烏天狗はしばかれる
しばらくして奈央と女が家に入り、奈央の部屋で本格的な治療を始めてから30分ほどが過ぎた。
俺はキッチンで軽食を作り、待っている。
すると、奈央が居間に入ってきた。
「お待たせいたしました、零様」
「お疲れ。疲れたろ。軽食だが、飯作ったぞ」
俺は奈央に食卓に着くように促し、おにぎりと卵焼きと茶を置いた。
「ありがとうございます──申し訳ありません……本日の当番は私でしたのに……」
「気にすんなよ、緊急事態だ。食おうぜ」
そうして俺たちは軽食をとった。
食べ終わった後、彼女のことを聞く。
「どうだった? 傷の方は」
「止血をしたので、峠は超えました。しかし、まだ完治には程遠いです。治っていない傷も数箇所、火傷に羽の骨折、熱もあります」
「俺の時みたいに、傷をすぐに治せないのか?」
「あの時の力は零様との絆のおかげですので、零様以外を治すには相当な妖力が必要なのです──後はゆっくりと治していくしかないかと」
「そうか……」
まだ彼女は目を覚さない。
「あいつ、いったい何者なんだ? 俺から見たら、翼が生えた人間の女にしか見えないんだが……」
「あ、そうでしたね──失念しておりました」
俺の目は奈央の幻術で、妖怪が人間に見えるようになっている。
彼女の姿も、本当は人間ではないのだろう。
「彼女は──烏天狗です」
「烏天狗……」
流石に聞いたことある。
なんかカラスみたいな顔をした翼の生えた妖怪じゃなかったっけ?
ってことはあの美人も、幻術が解ければカラスの顔になるってことか……
「あれ、でも天狗って鼻が長い天狗もいなかったっけ?」
「それは大天狗ですね──天狗族は3種類存在するんです。鼻が高い見た目の『大天狗』と、カラスのような見た目をした『烏天狗』と、白狼のような見た目をした『白狼天狗』です」
「そんだけ種類があったのか」
全然知らなかった。
妖怪に対して詳しいわけじゃなかったが……白狼天狗なんて聞いたこともない。
「で、その烏天狗が、いったい何であんな傷を負って倒れてたんだ?」
「わかりませんが……あの傷は、事故のものではありません」
「おいおい、それって……」
「はい──誰かに攻撃された跡です」
やはりそうだったか。何となく予感はしていたが……
「誰にやられたかはわからないんだな?」
「はい。彼女に直接話を聞いてみるしか──」
「それでいいだろ。交代で看病しようぜ」
俺は妖力を使って疲れていた奈央を休ませ、天狗の女の看病を始めた。
治療を受けたからか、寝息はスムーズだ。
先ほどはよく見ていなかったが、おそらくこの烏天狗は大人ではない。
高校生くらいの顔立ちだ。
切れ長の瞳に長いまつ毛。
誰が見ても綺麗な顔立ちだった。
いや、まぁコイツの本当の顔ではないんだが。
それに、未成年とは思えない豊満な体。
奈央にも負けてねーんじゃねぇか?
出るとこ出てて……いや、これはどうでもいいわ今は。
多少見惚れていた頭を振り払う。
「……」
──本当に、この世界は物騒だな。
誰かにこんなボロボロになるまで攻撃されるなんざ。
俺は少しだけ、この世界のありように歯噛みをした。
しばらく看病をして、熱は完全に下がったようだった。
俺はタオルを取り替えようと彼女の額に手を伸ばす。
すると、その時
「……ぅ……ん」
「お?」
彼女が、目を覚ました。
深い青色の瞳が、俺をバッチリ捉える。
「目が覚め……ぶべらぁ!!」
俺が喋りかけた瞬間、俺の顔面にモロ蹴りを入れてきやがった。
「て、てめぇ!! 何しやがるいきなり!」
「黙れ! 貴様こそ私に手を伸ばして何をしようとしてきた変態が!」
「は、はぁ? 何言ってんだ!? 何もしようとしてねえよ! 自意識過剰だボケ!」
「じゃあここはどこだ! 貴様の家か!? 私を攫って何をしようとしている!?」
「看病してやったんだよ!! 恩人にそりゃ無いんじゃないの!? 今時暴力ヒロインなんて流行らないよ!? 美人だろうがブスだろうが、問答無用で叩かれるからな!」
飛んだじゃじゃ馬だった。
「何を訳のわからないことを……ぐっ!!」
女は立ちあがろうとして、肩を抑える。
「な、なんだ……? この傷は……」
様子がどうもおかしい。
自分の受けた傷を知らないようだった。
「まさか……お前、覚えていないのか?」
「なに……?」
俺の言葉に、本気で困惑しているようだった。
その時、廊下から足音が聞こえた。
「零様──! どうしました、か……」
奈央が部屋に入った瞬間、奈央の瞳からハイライトが消えた。
奈央の目の前の光景は、蹴られて鼻血を出している俺。
犯人は、目の前の女。
そのことを認識すると、瞬時に九尾の妖力を解放した。
あの黒鬼を瞬殺した姿だ。
──あ、やっばーい。
「貴方──零様に、何をしましたか?」
「え……?」
いきなりのことに、烏天狗は目を白黒にさせた。
「お、おい奈央落ち着けって……相手は怪我人で……お、俺も気にしてねぇし……」
「──わかりました」
──わかってくれたか。
「それでは──外傷を与えず、心に決して消えぬ傷を与えましょう」
──わかってなかった。
「二度と──このような真似をしないように」
「ヒッ……!」
その後、女の泣く声が絶えなかった。




