俺たちはこの世界で生きていく
気を失った俺は、奈央に運んでもらって自宅の布団で横になっていた。
「もういやだぁ!! もうやだぁ!!」
夕方になって目を覚ました俺は、部屋の隅っこで丸くなる。
「もういい俺メタボになる!! 外なんて出なくていい! 太く短く生きて行くんだぁ!!」
恐ろしい体験すぎる。
幼児退行もしちまうよ。
周りの視線も集まってるが知ったこっちゃない。
「で、ですが──途中までよく話せてましたよ。最後のアクシデントさえなければ……」
「そのアクシデントがもう過去最大級のトラウマに決まってんだろ……」
肉を食うたびにあの光景と感触がフラッシュバックしそうだ。
どうすんだ肉が食えない体になったら。
ベジタリアンになっちゃうぞ。
「はぁ……」
正直もうキツい。
妖怪には慣れる気がしない。
これを続けて行くと本当にストレスで禿げ上がるだろう。
「零様……」
奈央は俺のことを心配そうに見てくる。
「奈央……すまんが、無理だ」
そう、弱音を吐いた。
「色々心配かけちまって悪い。でも、もう町に出るのはこれっきりだ」
奈央も色々考えてくれたのだろう。
でも、今日ではっきりわかった。
俺は妖怪に慣れる気がしない。
「俺だって、本当は妖怪と仲良くなりてぇよ」
こんな世界だ。
できれば適応したいし、普通に過ごしたい。
それに何より……
「奈央とも、いろんな所に行ってみてぇ」
妖怪を克服してそんなことができるなら、どれだけ幸せなことだろうか。
町を2人で歩いて、隣で笑ってる奈央を見て。
「妖怪にいい奴がいるってのもわかる。でも、どうしても無理なんだ」
体の恐怖がどうしても邪魔をする。
「それこそ、『視界にいる全員を人間に変える』とかしない限り、外には出れねぇよ」
「──え?」
俺の言葉に、奈央は顔を上げた。
「え、なに?」
「視界にいる方を、全員人間に……?」
奈央は少し考え込み、そして
「──あ」
小さく声を上げた。
「私としたことが、この方法を思いつかないとは、失念してました──」
俺は目を閉じて、奈央に手を引かれて歩いている。
連れて行かれているのは、家から出て幽冥町、『飲み屋街』の入り口。
奈央が思いついたのは、俺の目に幻術をかけるという方法だ。
『妖怪が、人間に見える』幻術。
そうすれば、妖怪を妖怪だと認識せずに、町を歩くことができるだろう。
奈央は前回の鬼達との戦いで力を取り戻すまで、ほぼ妖力のないただの化けギツネ同然だったのだ。
だから、この方法を思いつかなかった。
「幻術を使うのも随分と久しいもので──申し訳ありません──」
「い、いやいやそりゃ良いんだけどよ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい──きっと」
これからの時間帯はますます妖怪が町を跋扈するだろう。
妖怪の少ない昼間でもあの有様だったんだ。
これで目の前が妖怪たちの魑魅魍魎だったら今日のキャパは余裕で超える。
その場で気絶する気しかしない。
しばらく目を閉じて移動していると、耳に聞こえてくるのは町の喧騒。
もう既に、妖怪たちが夜の街を跋扈しているのだろう。
「到着しました。目を──開けても大丈夫です」
「おう……」
返事をするが、目を開けられない。
奈央が、俺の手を握った。
その温もりに身を委ねながら、俺は……
「おそらく、零様がいた世界と──」
そっと、目を開いた。
「何も変わらない世界が広がっていると思います」
「おーい2軒目行くぞ!」
「何やってんすか先輩。もう帰りますよ」
「何言ってんだまだまだ飲むぞぉ!」
「お兄ちゃん! うちの店どう? サービスするよ!」
「ねぇ飲みすぎちゃった……今日、家、行ってもいい?」
「オロロロロロロ!! のみしゅぎオロロロロロロロ!!」
喧騒が、俺の顔面を叩く。
視界が開けたその先。
そこにあったのは、なんの変哲もない、ただの飲み屋街の光景だった。
会社の同僚たちが肩を組み、カップルがいちゃつき、呼び込みが声を掛け、端っこで吐いている奴までいる。
正直、いい景色とは言えないかもしれない。
でも、それは前の世界の光景と、同じだった。
「──どうでしょうか? 恐怖は……」
「……あぁ、微塵もねぇ」
それは、幻術のおかげか。
それとも……
「……同じだな。人間も、妖怪も」
妖怪たちの、本質を知ったからか。
遊んで、酒飲んで、飯食って、馬鹿騒ぎする。
人間も、妖怪も、根本的には、あまり変わらないのかもしれない。
見た目が怖いか、怖くないかの違いなだけで。
でも、奈央が与えてくれたこの光景は、少し、前の世界を思い起こさせてくれた。
懐かしい人間の世界を。
「なぁ、奈央」
「はい──」
「なんか飲みたい気分になってきちまった」
恐怖がなくなって、さっそく俺は、やってみたかったことをやることにした。
「どうだ? 一緒に」
「──はい。お供、致します」
奈央に手を差し出し、彼女がそっと手を握る。
俺の生活は、相変わらず奈央がいないと成り立たない。
でも、ようやく、この世界で胸を張って生きていけるって言えそうだった。
俺たちは、夜の街へと消えていった。
これで、第1章は終わりとなります。
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