奈央は免疫がない
「な、なぁ……本当にこの格好で行かなきゃダメなのか?」
出発前、俺は自分の格好を鏡で見ながら奈央に聞く。
俺の耳と背中に『狐の耳』と『尻尾』がついていたからだ。
奈央の変化の術の応用で、俺の姿を変えたのだ。
「零様は、人間だとバレてはいけませんから」
この世界で人間は絶滅している。
そんな人間がこの世界に現れたとなったら、それはもう大変な騒ぎになっちまうだろう。
「人間だとバレた場合、拉致され、どこかに売られることも十分あり得ます──」
「怖いこと言うな」
ますます出たくなくなるわ。
「だが、そもそもこんな耳と尻尾で本当に人間だとバレないもんなのか?」
「はい──人間は絶滅しているという認識でいますから、こんなところに人間がいるなんて普通は考えつきませんので」
「そ、そういうもんか」
いい年こいた男が狐耳と尻尾つけてるのって居た堪れなすぎるんだが。
「まぁ、でもこれなら奈央と一緒に歩けばキツネの夫婦として見られるか」
「──」
俺の言葉に、奈央は固まった。
「ど、どうした?」
「──い、いいえ、な、なんでも、ありません」
奈央は顔を袖で隠しながら、上擦った声を上げる。
「それでは──準備はよろしいですか?」
「あぁ」
震える足をどうにか押さえて、俺は玄関の扉を開けた。
ステップ1
『商店街を歩いてみよう』
幽冥町の入り口に来た俺たち。
ここから先は商店街になっていて、様々なお店がある。
無論、店員も客も全員妖怪だ。
「目的地は、商店街の奥の方にあるお肉屋さんです。そこで、鶏肉、豚肉、牛肉をそれぞれ200グラムずつ買います」
渡された地図を見ると、目的地はここから500メートルほど進んだところだった。
「こ、こんなに奥の方まで行かなきゃダメなのか?」
往復1キロだ。
もちろん長ければ妖怪とすれ違う。
耐えられるだろうか。
「大丈夫です──きっと、零様ならできるはずです」
その根拠はどこからとツッコミたくはなるが、信頼している瞳を向けられて何も言えなかった。
でも今の俺の心境を例えると、『お化け屋敷の入り口に立っている』と想像して貰えば分かりやすいだろうか?
正直怖すぎて、このスタートから一歩も動けなそうなんだけど。
「そ、それでは──」
そんな俺を見て、奈央が手を差し出してくる。
「へ?」
──なんの手だ?
俺が困惑していると、奈央は顔を赤らめて照れたように俯いた。
「あ、あの……手を繋げば……こ、怖さも、和らぐと──思い、ます……」
確かにそうだ。
俺は差し出された手を容赦なく握る。
「──!」
「マジでありがとう」
お礼を言うと、奈央の身体がびくりと震えた。
「い、いえ──い、行きましょうか」
「お、おう」
俺たちは商店街に一歩、足を踏み出した。
昼間も妖怪は活動しているが、夜の方が賑やかだ。
大通りにいる妖怪は今は少ない。だが、それでもそこかしこに妖怪がいる。
首が長い奴だのベロが長い奴だの蜘蛛みたいな奴だの……視界の端に入ってくる。
あー手汗、手汗掻いてきた。
すまん奈央。
手汗でベッタベタだけど我慢してくれ。
ギュッと握る手に力を込める。
「──! 〜〜っ!」
奈央も、手を握り返してくれた。
ありがとう。
俺に勇気を与えようとしているんだな。
お前が隣にいてくれるんなら、俺も男を見せなきゃな。
「ふぅー……」
あまり顔を上げるな。
顔さえ見なければなんとかなる。
見るのは相手の体とか、地面だ。
それさえできれば、ほら簡単。
こんな商店街なんて順調に歩けて……
「おーいそこの狐のにいちゃん、野菜が安いけど一つどうだい?」
「へ?」
右にあった八百屋から呼ばれてつい声の方向を向いてしまった。
そこにいたのは人間の形をした生物。
しかし、『目が一つだけ』だった。
「ぎゃあああああ一つ目ぇ!!!」
俺は情けない声をあげ、咄嗟に横にジャンプ。
その瞬間
ぷにょん
突然視界が暗転し、顔が何か柔らかいものに包み込まれた。
──へ? 何これ?
でも、なんか安心する。
さっきまでの恐怖が一気に消え去り、ずっとここにいたいような、そんな感覚。
「れ、れ、零様……」
「……へ?」
上から可愛い声。
目の前を覆った柔らかいものを揉む。
「ぁ──」
極上だった。ずっと揉んでいたいくらい。
「なんだい狐の夫婦同士、昼間っからお盛んだねぇ」
そんな声が聞こえたところで、俺は我に帰って顔を起こす。
目の前には、真っ赤な顔で目を回している奈央が至近距離でいた。
鷲掴みにしていたのが、奈央のおっぱいだったから。
デカいおっぱい。
「どわぁ! な、奈央! すまん……!」
「あ? なんだあんちゃん……なんか耳が消えかかってないか?」
「え?」
俺は咄嗟にキツネ耳を触ろうとするが掴めない。
尻尾を見ると半透明になっていた。
げぇ!? やばい、なんで!?
「──プシュウ」
俺が慌てていると、目の前にいた奈央が顔を真っ赤にして倒れそうになった。
「って、え!? な、奈央!? どうした!?」
倒れかけた奈央を支え、俺はその場を急いで離れた。
しばらく人気の少ない裏路地で休んで、目を覚ました奈央は俺に頭を下げる。
「も、申し訳ありません……」
「い、いや、俺のほうこそすまん。しかも人前で……」
胸を揉んだ俺が100パー悪いのだが、まさか奈央も気絶するとは。
千年以上生きてるにしちゃだいぶウブな気がするけど、意外と男に免疫がない方なのか。
商店街を歩き始めたばかりだというのに、こんなアクシデントで、この先大丈夫なのだろうかと不安が拭えなかった。




