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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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9/12

第9話 七人を別室へ隔離したら、朝食から監視されていた



 共同生活二日目の朝。


 俺が目を覚ました時、家の中は静まり返っていた。


 不自然なほど静かだった。


 普段なら、誰かが廊下を歩く音がする。


 アウラが寝返りを打って壁へ尻尾をぶつける音。


 エリナが早朝から素振りを始めようとして、腕輪のせいで剣を落とす音。


 ミレイユが祈りを捧げようとして、奇跡が使えないことを思い出し、小さくため息をつく声。


 何より。


 台所では、七人が異世界の留学生代表へ出す朝食を作っているはずだ。


 静かなはずがない。


「嫌な予感がする」


 俺は寝台から起き上がった。


 隣の床では、アステラが毛布へ包まって眠っている。


 家の虚無化を防ぐため、俺から一メートル以内にいる必要がある。


 直接触れる必要はないと何度も説明した結果、寝台の横へ簡易寝床を置くことで話がまとまった。


 もっとも。


 夜中に何度も寝台へ上がろうとしたため、そのたびに床へ戻した。


「アステラ」


「うーん……」


「起きろ」


「あと百年」


「長すぎる」


「虚無では短いわ」


「ここは人間の世界だ」


 毛布から藍色の髪が出る。


 アステラは片目だけ開き、俺を見上げた。


「おはよう、あなた」


「その呼び方はやめろ」


「おはよう、夫」


「もっと悪い」


「おはよう、レオン」


「最初からそれでいい」


 アステラがゆっくり起き上がる。


 寝癖のついた髪の先が、星のように点滅していた。


「静かね」


「気づいたか」


「七人が全員死んだ?」


「朝から縁起でもないことを言うな」


「では、料理に集中している?」


「それならいいが」


 俺は着替えを済ませ、扉を開いた。


 廊下にも誰もいない。


 七人は家から指定された課題を受けていた。


 俺が異世界から来た七人の留学生代表と面談する間、別室で待機。


 姿を見ることも。


 声を聞くことも。


 影や魔法で監視することも禁止。


 そして面談終了までに、俺と留学生七人分の朝食を作る。


 七人にとっては、世界を滅ぼす魔物と戦うより難しい課題かもしれない。


「家」


『はい、旦那様』


「七人はどこにいる」


『台所です』


「無事か?」


『生命活動に問題はありません』


「台所は?」


『問題があります』


「何が起きた」


『料理中です』


「料理そのものを問題扱いするな」


『昨日の実績から判断しております』


「否定しにくいな」


 廊下の奥から、小さな音が聞こえた。


 こん。


 こん。


 こん。


 一定の間隔で何かを叩く音だ。


「何の音だ?」


『影の女王ノアが、包丁で野菜を切っています』


「普通だな」


『野菜を一切見ず、旦那様の寝室方向を向いたまま切っています』


「どうしてだ」


『旦那様の気配を確認していると思われます』


「見るなと言ったが、気配まで感じるなとは言っていないからか」


『規則の隙を利用しています』


「すぐ修正する」


 別の音。


 ごりごり。


 何か重いものを引きずる音がする。


「今度は?」


『竜王アウラが、大量の肉を運んでおります』


「何人分だ」


『八人分の朝食として、牛三頭分です』


「多すぎる!」


『竜基準では軽食です』


「人間基準へ直させろ」


『旦那様から直接ご指示ください』


「課題中は顔を出さないほうがいいだろう」


『では、牛三頭分を調理します』


「家から言え!」


『私は審査官です。参加者への助言は公平性を損ないます』


「牛三頭を食卓へ出すほうが問題だ!」


 俺が台所へ向かおうとすると、目の前へ光の壁が現れた。


『旦那様は面談開始まで、台所へ入れません』


「どうして俺まで」


『七名が旦那様へ助けを求める可能性があります』


「助けを求められたら助ける」


『自力で生活する能力を審査できません』


「朝飯を作るだけだぞ」


『昨日、台所が半壊しました』


「今日も壊す前提か?」


『すでに一部が壊れています』


「どこを壊した!」


『勇者エリナが新しい包丁の切れ味を確認し、作業台を両断しました』


「腕輪で弱くなっているのに?」


『一般女性の力でも切断可能な、異世界製超高性能包丁を留学生から借りました』


「誰が貸した」


『機械世界の留学生です』


「もう交流が始まっているじゃないか」


『勇者エリナは、包丁を返却することを拒否しています』


「気に入ったのか」


『聖剣より食材を均等に切れると喜んでおります』


「聖剣を料理へ使っていたのか?」


『過去に三回』


「知らなかった」


「レオン」


 アステラが俺の肩へ顎を載せる。


「台所へ行かないなら、朝の散歩をしましょう」


「近い」


「一メートル以内」


「腕を掴む必要はない」


「迷子になるかもしれない」


「家の中だぞ」


「私は昨日来たばかり」


「確かにそうだが」


「では案内して」


 アステラが俺の腕へ自分の腕を絡ませる。


 その瞬間。


 台所の方向から、何かが落ちる大きな音がした。


 続いて、セレスの声。


「気にしないでください!」


「何も聞いていないぞ!」


「何でもありません!」


「聞こえているのか?」


「聞こえておりません!」


「返事をしただろう!」


 家の壁へ文字が浮かぶ。


『教育対象セレス。音声監視による規則違反、一点減点』


「違います!」


 台所から声が飛んでくる。


「偶然、先生の声が聞こえただけです!」


『台所と旦那様の現在地は、壁四枚を挟んで三十二メートル離れています』


「偶然です!」


『帝国皇帝の身体能力を腕輪で制限しているため、通常は聞こえません』


「愛の力です!」


『規則違反です』


「愛まで禁止なさるのですか!」


「愛を言い訳に監視するな!」


 俺が叫ぶと、台所が静かになった。


 数秒後。


 ミレイユの小さな声が聞こえる。


「先生が、アステラさんと腕を組んでいるような気がします」


「なぜ分かる!」


「神のお告げです」


『奇跡は封じられています』


「女の勘です」


『事前に廊下へ設置した鏡を、鍋の蓋へ反射させて確認しています』


「計画的じゃないか!」


『教育対象ミレイユ。監視行為、三点減点』


「家!」


「鏡を撤去しろ!」


『承知しました』


 壁の奥から、何かが回収される音がする。


 アステラは楽しそうに俺の腕へ抱きついたままだ。


「大人気ね」


「面白がるな」


「私がもっと近づいたら、どうなるかしら」


「試すな」


 アステラが俺の頬へ顔を寄せた。


 台所から、今度は鍋が爆発する音がした。


「何をした!」


「何もしていない!」


 リリスの声。


「鍋が勝手に!」


『魔王リリスが、旦那様とアステラ様の距離を確認するため、魔界の感応香辛料を鍋へ投入しました』


「感応香辛料?」


『想い人が別の異性と接近すると、加熱反応を起こします』


「そんな物を料理へ入れるな!」


「毒ではない!」


「爆発しているだろう!」


「愛が強いだけだ!」


『料理は消失しました』


「私の料理が!」


「自業自得だ!」


 共同生活二日目。


 面談はまだ始まっていない。


 七人の再更生教育は、すでに失敗しかけていた。


     ◇


 面談場所は、地下都市の中央に作られた小さな応接室だった。


 俺の家で行えば、七人が壁や床を通して監視する。


 地下都市の別区画なら安心。


 そう考えたのだが。


「家」


『はい』


「どうして壁に目がついている」


 応接室の壁。


 七つの小さな飾り穴が並んでいた。


 一見すると、花の模様に見える。


 だが、よく見ると奥で何かが動いている。


『教育対象が設置した監視装置です』


「全部外せ」


『すでに機能停止しております』


「誰が設置した」


『一つ目、女帝セレス。帝国式遠隔観測具』


「国家権力は禁止だろう」


『個人所有品であると主張しています』


「屁理屈だ」


『二つ目、聖女ミレイユ。告解室用音声収集器』


「どうして持っている」


『信徒の声を聞くための物です』


「俺の会話を聞くためじゃない」


『三つ目、魔王リリス。使い魔の眼球』


「怖い物を壁へ入れるな」


『四つ目、勇者エリナ。小型鏡』


「急に普通だな」


『角度が合わず、天井しか映っておりません』


「エリナらしい」


『五つ目、竜王アウラ。自身の鱗』


「鱗で見えるのか?」


『匂いと温度を感知します』


「監視というより追跡だ」


『六つ目、商業王クロエ。店舗用防犯魔導具』


「どこでも商売の道具を使うな」


『七つ目、影の女王ノア』


「何を置いた」


『本人です』


「どこだ」


 俺は部屋を見回した。


 机。


 椅子。


 棚。


 窓。


 影はあるが、腕輪によってノアは潜れないはずだ。


『天井裏です』


「家から連れ出せ」


『承知しました』


 天井が開く。


 ノアが両腕を抱えられ、ゆっくり下りてきた。


 家から伸びた木の腕に捕まっている。


「先生」


「何をしている」


「掃除」


「天井裏を?」


「埃があった」


「道具を持っていないだろう」


「手で」


「嘘をつくな」


「少し見守ってた」


「禁止だ」


「少しだけ」


『教育対象ノア。監視行為、五点減点』


「家」


 ノアが壁を見る。


『事実です』


「後で壊す」


「家を脅すな」


「先生」


 ノアが俺を見る。


「七人と話すの?」


「面談相手は七人だ」


「女?」


「八百四十二人、全員女性だろう」


「帰りたい」


「お前は別室で朝食を作れ」


「先生も一緒に」


「それでは課題にならない」


「朝食、もうできた」


「早いな」


「私のスープだけ」


「ほかは?」


「知らない」


「手伝え」


「敵」


「留学生は敵ではない」


 俺はノアの頭を軽く撫でた。


「約束を守って待っていてくれ」


「……分かった」


「本当か?」


「たぶん」


「不安な返事だな」


 家の木の腕がノアを持ち上げ、そのまま部屋の外へ運んでいく。


「先生」


「何だ」


「三分ずつ」


「ああ」


「笑わないで」


「無茶を言うな」


「優しくしないで」


「面談だぞ」


「目を見ないで」


「それでは話せない」


「近づかないで」


「二メートル離れる」


「名前を呼ばないで」


「どう呼ぶんだ」


「七番とか」


「失礼だろう!」


 ノアの姿が廊下の向こうへ消えた。


 別室から、七人の声が聞こえ始める。


「ノア、先生は何をしていましたか!」


「教えない」


「一人で見てきたのか!」


「ずるい!」


「私たちは料理をしていたのに!」


「監視は禁止です!」


「ミレイユが言うな!」


「私の鏡は家に撤去されました!」


 俺は扉を閉めた。


 静かになった。


「本当に、あれが世界の頂点に立つ七人なの?」


 アステラが隣で尋ねる。


「俺も昨日から何度も疑っている」


 アステラは核を安定させるため、面談中も一メートル以内にいる。


 七人は強く反対した。


 だが、家が虚無化の可能性を示したため、最終的には認めた。


 代わりに。


 俺とアステラの間には、木製の衝立が置かれている。


「これ、必要?」


 アステラが衝立を指で叩く。


「七人が用意した」


「私がレオンへ触れないように?」


「そうだ」


「声は聞こえるわ」


「会話はできる」


「手だけ下から出しても?」


「駄目だ」


「足は?」


「駄目だ」


「核を投げたら?」


「物を投げるな」


 俺は面談用の椅子へ座った。


 向かいには七つの椅子。


 一人ずつではなく、七人同時に話すことへ変更した。


 一人三分では、自己紹介だけで終わる。


 七人で三十分。


 質問も含めれば、そのくらいがちょうどいい。


「始めてくれ」


『留学生代表者七名を案内します』


 扉が開く。


 最初の七人が入ってきた。


 昨日、最初に質問した透明な羽の少女。


 全身が金属でできた女性。


 水の体を持つ女性。


 四本腕の褐色の女性。


 頭上へ小さな太陽のような光を浮かべた女性。


 獣の耳と九本の尾を持つ女性。


 最後は、手のひらに乗りそうなほど小さな妖精だった。


「種族が違いすぎるな」


「八百四十二世界から、抽選で選びました」


 ルシアが案内役として答えた。


「お前は参加しないのか?」


「私は全体の代表ですので、別日に正式な面談をお願いしております」


 別室の方向から、何かが倒れる音がした。


 セレスたちには声が聞こえないよう遮断されているはずだ。


 偶然だろう。


 たぶん。


「名前を教えてくれ」


 最初に、透明な羽を持つ小柄な少女が立ち上がった。


「エルフィと申します。薬花世界フィリネアより参りました」


「昨日、薬草を学びたいと言っていた子だな」


「覚えてくださっていたのですか?」


「ああ」


 エルフィの顔が明るくなる。


 別室で、また何かが落ちた。


「家」


『偶然です』


「本当に?」


『教育対象七名は音声を聞けません』


「では、どうして騒いでいる」


『旦那様が留学生の名前を覚えている可能性を想像し、全員が動揺しました』


「想像だけで?」


『はい』


「面倒だな」


 エルフィが困ったように俺を見る。


「私、何か失礼なことを?」


「君のせいではない」


「後ろの方々が、私を嫌っているのでしょうか」


「嫌ってはいない」


「敵だと思われています」


 衝立の向こうから、アステラが答える。


「余計なことを言うな」


「事実でしょう?」


「誤解を解くのが俺の役目だ」


「敵ではないなら、何?」


「留学生だ」


「将来の妻候補でも?」


「違う」


 七人の代表者が顔を見合わせる。


「レオン様」


 金属の女性が手を上げた。


「質問を許可願います」


「どうぞ」


「当機は、婚姻機能追加予約を解除しました」


「昨日聞いた」


「しかし、世界代表演算機より再予約命令が届いています」


「無視できないのか?」


「命令優先度は最高位です」


「本人の希望は?」


「当機には希望という概念がありません」


「では、嫌かどうかも分からない?」


「はい」


「婚姻機能を追加する前に、希望を持てる機能をつけたほうがいい」


 金属の女性の瞳が点滅した。


「希望機能」


「自分で選ぶために必要だろう」


「新規概念として記録します」


「名前は?」


「機体識別番号、A―七七一九」


「長いな」


「任意の呼称設定が可能です」


「自分で決めていい」


「自分で?」


「ああ」


「希望機能が未実装です」


「では、三十日間で考えればいい」


「承認しました」


 A―七七一九は静かに座る。


 頭の横から、小さな煙が出た。


「大丈夫か?」


「自己命名演算による発熱です」


「無理するな」


「初めての処理です」


 次に、水の女性が桶の中から手を上げる。


「私はミレアと申します」


「地底湖は住みやすかったか?」


「はい。ただし、竜王様が魚を捕りに何度も潜ってこられます」


「アウラへ言っておく」


「私を食べようとはなさいませんでした」


「本当に?」


「一度だけ、味見してもいいかと尋ねられました」


「後で正座を一時間追加する」


 別室から、悲鳴が聞こえた気がした。


 音声を遮断されているのに。


「どうして聞こえた」


『竜王アウラが、理由も分からず危機を感じました』


「野生の勘か」


『はい』


 四本腕の女性は、戦士のような体格をしていた。


「名はガルナ。戦争世界ザルガから来た」


「戦争世界?」


「我々の世界では、三百年戦争が続いている」


 少しだけ空気が重くなる。


 だが、ガルナ本人は明るい。


「王妃になれば、虚無王の軍を借りられると聞いた」


「貸さない」


「即答だな」


「戦争を終わらせるためでも、まず事情を聞かないと判断できない」


「敵は悪だ」


「敵も同じことを言っているかもしれない」


 ガルナは少し黙った。


「レオン様は、戦わないのか?」


「必要なら戦う。だが、話せるなら先に話す」


「我が世界では、話し合いは弱者が時間を稼ぐために行う」


「なら、三十日で別の考え方を見ていけばいい」


「私が変わると?」


「変わるかどうかは、自分で決める」


 ガルナは俺をじっと見た。


 やがて笑う。


「面白い。剣を持たぬ王は初めてだ」


「剣はある」


「では、弱い王か」


「腕輪を着けたエリナよりは強いと思う」


 別室から、机を叩く音がした。


「今のは聞こえたのか?」


『勇者エリナが、先生に自分より強いと思われている気がすると主張しています』


「想像力が強すぎる」


 九尾の獣人女性は、ずっと俺の匂いを嗅いでいた。


「名前は?」


「コノハ」


「何をしている」


「匂いで嘘が分かる」


「俺が嘘をついていると?」


「ついてない」


「なら、やめてくれ」


「でも、変な匂いが多い」


「どんな?」


「竜、魔族、聖女、女帝、剣士、お金、影、虚無、家」


「最後の家まで匂うのか」


「全部、レオン様にべったり」


「本人たちが聞いたら喜びそうだな」


「七人の匂いが、縄みたいに巻きついてる」


「怖い表現をするな」


「逃げられない」


「もっと怖い」


 衝立の向こうで、アステラが笑う。


「よく分かっているじゃない」


「虚無の匂いは、魂の中」


「そうよ」


「家の匂いは、服と髪」


『旦那様は私の中で生活されています』


「家が一番強い」


 コノハが言った。


 壁が少し誇らしげに光る。


「張り合うな」


 頭上へ光を浮かべた女性は、自分をソレイアと名乗った。


 彼女の世界には夜がないらしい。


「暗くなると、体調を崩します」


「地下都市の人工空は夜になる」


「私の周囲だけ明るくできます」


「同室の者は眠れないな」


「昨日、全員に怒られました」


「個室を用意しよう」


「よろしいのですか?」


「体質なら仕方ない」


「王妃でなくても?」


「関係ない」


「私の世界では、婚姻相手以外の男性が女性へ部屋を与えることは求婚になります」


 俺は黙った。


「断る」


「もう言ってしまいました」


「この世界の意味では、ただの宿泊支援だ」


「文化差の問題として記録します」


「助かる」


 小さな妖精は、机の上へ立った。


「わたし、ピピ!」


「ピピ」


「レオン、大きい!」


「君が小さいんだ」


「王妃になると、お菓子いっぱい?」


「王妃にならなくても、少しくらいなら出す」


「なる!」


「話を聞いていたか?」


「お菓子!」


「目的が変わっている」


「先生」


 衝立の向こうから、アステラの声。


「小さい子へ甘すぎるわ」


「子供だろう」


「ピピは何歳?」


「五百四十二歳!」


 ピピが胸を張る。


「年上だった」


「私より上ね」


 アステラが驚く。


「でも、妖精としては子供!」


「なら菓子は一つだ」


「三つ!」


「二つ」


「四つ!」


「増えているぞ」


「交渉!」


「クロエに似たことを言うな」


 最後の一人は、ほとんど言葉を発さなかった。


 薄い灰色の髪。


 白い衣装。


 姿は人間に近い。


 だが、瞳には何も映っていない。


「名前は?」


「ありません」


「世界は?」


「終わりました」


 俺は少し姿勢を正した。


「終わった?」


「私以外、何も残っていません」


「王妃候補として、誰に選ばれた」


「境界が」


「境界?」


「世界が終わったため、残った私は自動的に代表者となりました」


「帰る場所は?」


「ありません」


 今度こそ、部屋が静かになった。


 俺は少女を見る。


 悲しんでいるようには見えない。


 感情そのものを失っているようだった。


「ここへ来る前は、どこにいた」


「崩れた世界の中央」


「一人で?」


「はい」


「どのくらい」


「数えられません」


 アステラが衝立の向こうで息を呑んだ。


「境界残存者」


「知っているのか?」


「世界が消えた後も、稀に一人だけ存在が残ることがある。でも、普通は長く保てない」


「では、この子は」


「たぶん、誰かを待っていた」


 少女は俺を見た。


「待っていた?」


「分かりません」


「名前も覚えていないのか?」


「ありませんでした」


「呼ばれていた名前は」


「声が、もう思い出せません」


 俺は少し考えた。


「三十日間、ここにいればいい」


「王妃になるために?」


「違う」


「では、何のために?」


「帰る場所を決めるためだ」


「帰る場所はありません」


「ここへ残ってもいいし、別の世界へ行ってもいい。自分で選べばいい」


「選ぶ」


「ああ」


「どうやって?」


「見て、話して、考える」


「私には、何もありません」


「名前から考えるか」


 少女が首を傾げる。


「名前」


「自分で決めるのが難しいなら、仮の名前を使えばいい」


「レオン様が決める?」


 別室で、何かが一斉に倒れた。


 七人が同時に反応したらしい。


「俺が決めてもいいが、後で好きな名前に変えていい」


「はい」


「白い服で、雪みたいだから……ユキはどうだ」


「ユキ」


「嫌なら別のものを考える」


「ユキ」


 少女が自分の胸へ手を置いた。


「私は、ユキ」


「ああ」


 無表情だった少女の口元が、ほんの少しだけ動いた。


 笑ったのかもしれない。


「ありがとう、ございます」


 別室の方向から、今度は明確な悲鳴が聞こえた。


「名前をつけた!」


「先生が!」


「知らない女に!」


「私たちの名前も先生が呼んでくださった!」


「それとこれは違う!」


「名前を贈る行為は求婚では!?」


「世界によっては!」


「今すぐ確認しないと!」


 扉の外で、七人が一斉に走る音がする。


「家」


『はい』


「扉を守れ」


『承知しました』


 扉の向こうで衝突音。


「痛い!」


 エリナの声。


「先生!」


 セレスが扉を叩く。


「今、どなたへ名前を贈られたのですか!」


「面談中だ!」


「名前を決めるだけなら、私たちへ相談してくださっても!」


「相談する必要があるか?」


「あります!」


「どうして!」


「先生が女性へ名前を贈ることは、非常に重い意味を持ちます!」


「仮の名前だ!」


「仮でもです!」


『教育対象七名。面談への介入を確認しました』


 家の声が響く。


『全員十点減点』


「家!」


『さらに、課題用朝食を放置しています』


 七人が黙った。


「朝食?」


 俺も忘れていた。


『現在、台所から煙が発生しています』


「またか!」


『火災ではありません』


「では何だ」


『女帝セレスの塩煮込みが、煮詰まっています』


「火を止めろ!」


「私の料理!」


 セレスが走っていく。


「パン!」


 ミレイユ。


「毒のない煮込み!」


 リリス。


「包丁!」


 エリナ。


「お肉!」


 アウラ。


「原価計算!」


 クロエ。


「スープ」


 ノア。


 七人の足音が遠ざかった。


「……今の方々が、この世界の最高権力者なのですか?」


 エルフィが尋ねる。


「ああ」


「少し安心しました」


「どこを見て?」


「私たちと同じように、失敗する方々なのだと」


「失敗の規模は大きいがな」


     ◇


 面談終了後。


 俺たちは朝食のため、家の食堂へ戻った。


 食卓には、七人が用意した七品が並んでいる。


 正確には。


 料理らしきものが七つ。


「先生」


 セレスが緊張した顔で俺を迎えた。


「面談はいかがでしたか?」


「今は朝食の話をしよう」


「女性に名前を贈られたと」


「朝食の話だ」


「後で詳しく伺います」


「話すほどのことはない」


「私たちにとってはございます」


 七人は俺だけでなく、留学生代表七人の料理も用意した。


 俺とアステラ。


 留学生七人。


 案内役のルシア。


 料理を作った七人。


 リタ。


 レオ。


 フィオナは食べないが見物に来ている。


 大きな食卓は、朝から満席だった。


「まず、セレス」


「はい」


 セレスの料理は、昨日に続いて煮込みだった。


 ただし今回は、塩の袋が遠くへ置かれている。


「昨日より色が薄いな」


「塩を減らしました」


「どのくらい?」


「一つまみです」


「覚えたのか」


「クロエに、一つまみの重量を測定してもらいました」


「料理中に秤を使ったのか?」


「失敗するよりよいかと」


「それはそうだ」


 俺は一口食べた。


 味は薄い。


 だが、昨日とは比べものにならない。


 普通に食べられる。


「うまい」


 セレスの赤い瞳が輝いた。


「本当ですか?」


「ああ。少し薄いが、朝にはちょうどいい」


「先生が、私の料理を」


「昨日も食べた」


「昨日は水分補給とおっしゃいました」


「今日は料理だ」


 セレスは胸の前で両手を握った。


 女帝の顔ではない。


 昔、初めてまともにパンを焼けた時と同じ顔だ。


「明日は、もっとおいしくします」


「期待している」


「はい」


 留学生たちも口にする。


 ガルナが大きく頷いた。


「薄いが、戦場の朝食にはいい」


「戦場ではありません」


 セレスがすぐに訂正する。


「先生と暮らす家です」


「そこが重要なのか」


「極めて」


 ミレイユは、昨日失敗したパンへ再挑戦していた。


 見た目は丸い。


 持ち上げても、机のような音はしない。


「今回は柔らかそうだ」


「家から、酵母という存在を教わりました」


「昨日は知らなかったのか」


「神殿では祈れば膨らみますので」


「酵母も大切にしろ」


「小さな命が働いているのですね」


「そうだ」


「今後、神殿で酵母へ感謝する祈りを」


「余計な宗派を増やすな」


 パンを割る。


 少し詰まっているが、食べられる。


「悪くない」


「うまい、では?」


「悪くない」


「先生」


「明日に期待だ」


「……はい」


 ミレイユは少し不満そうだが、パンを大切そうに皿へ置いた。


 リリスの料理は、見た目だけなら普通の肉料理だった。


「毒は?」


「入れていない」


「魔界の香辛料は?」


「人間が食べられるものだけ」


「どうやって確認した」


「レオに食べさせた」


 俺はレオを見る。


「毒見に使ったのか」


「俺はお前と同じ体だ。お前が食べられるか確認するには合理的だと言われた」


「断れよ」


「断った」


「では、なぜ食べた」


「リタが、レオお父さんはお父さん一号を守ってくれないの、と聞いた」


 リタが笑顔でレオを見る。


「守ってくれました」


「子供を使うな、リリス」


「私は頼んでいない。リタが勝手に言った」


「本当か?」


「はい」


 リタが答える。


「レオお父さんは優しいです」


「父親ではない」


 レオは否定しながら、少しだけ嬉しそうだった。


 リリスの料理を食べる。


 辛い。


 だが、昨日のように意識を失うほどではない。


「辛いな」


「魔界では甘口」


「人間向けにしてくれ」


「先生の舌が弱い」


「普通だ」


「次は、もっと弱くする」


「頼む」


 エリナの皿には、均等な大きさへ切られた野菜と肉が並んでいた。


 美しいほど同じ形だ。


「調理は?」


「切った」


「昨日と同じじゃないか」


「今日は均等」


「料理ではない」


「塩を振った」


「少し進歩したな」


「包丁がすごい」


「道具の感想になっている」


 機械女性A―七七一九が、エリナの包丁を見る。


「当世界製、分子分断調理刃です」


「名前が怖い」


「食材の細胞結合のみを切断します」


「人は斬れないのか?」


「安全装置によって不可能です」


 エリナが固まる。


「人を斬れない?」


「調理器具ですので」


「返す」


「急に興味を失うな」


 アウラの皿には、大きな肉の塊が載っていた。


 昨日よりは進歩している。


 焼いてある。


「牛三頭分は?」


「家に減らされた」


「この肉は?」


「一頭分」


「まだ多い」


「八人で食べる」


「一人一品だ」


「先生にたくさん食べてほしい」


「朝から無理だ」


「残ったら私が食べる」


「最初からそれが狙いか?」


「違う」


 アウラは目を逸らした。


 焼き加減は悪くない。


 外側は少し焦げているが、中まで火が通っている。


「うまいぞ」


 アウラの尻尾が勢いよく振られ、隣の椅子を倒した。


「本当?」


「ああ」


「全部食べて」


「昼と夜にも食べる」


「明日も焼く」


「明日は野菜も入れろ」


「お肉の横に?」


「一緒にだ」


「努力する」


 クロエは、小さな木の皿に卵料理を作っていた。


 見た目はきれいだ。


「自分で作ったのか?」


「はい」


「料理人は?」


「雇っておりません」


「道具の買収は?」


「しておりません」


「食材の市場調査は?」


「行いました」


「そこは譲らないのか」


「適正価格の確認は基本です」


「一日銀貨一枚で足りたか?」


「卵を一個、銅貨一枚。野菜を銅貨二枚。調味料の使用分を銅貨一枚として計上しました」


「安いな」


「人件費は自分ですので無料です」


「自分の時間にも価値があるだろう」


 クロエが固まった。


「先生」


「何だ」


「私の時間にも、価値が?」


「当然だ」


「いくらでしょう」


「金額の話ではない」


「先生と過ごす時間は?」


「もっと金額にできない」


 クロエの顔がゆっくり赤くなる。


「……今の言葉を、契約書へ記録しても?」


「するな」


「生涯保管します」


「卵を食べさせてくれ」


 味は少し焦げていた。


 だが食べられる。


「うまい」


「先生に利益を出せました」


「料理は利益ではない」


「先生が喜ばれたことが、利益です」


「そういう考え方なら悪くない」


 クロエは大切そうに俺の言葉を書き留めた。


 ノアの料理は昨日と同じ、豆と野菜のスープ。


 ただし、今日は具材が少し増えている。


「昨日より豪華だな」


「留学生もいるから」


「敵だと言っていたのに?」


「先生が敵じゃないと言った」


「覚えてくれたのか」


「うん」


 ノアはエルフィの前へスープを置いた。


「毒、ない」


「ありがとうございます」


「先生に近づかなければ、もっとあげる」


「条件をつけるな」


「近づいても、少しならあげる」


「進歩したのか?」


「譲歩」


「覚えた言葉を使いたいだけだろう」


 最後。


 俺は食卓を見回した。


「一人足りない」


 七人のうち六人の料理は食べた。


「エリナは切っただけだから数えていいのか?」


「数えて」


「では、誰だ」


 食卓の下から声がする。


「先生」


「ノアはいる」


「ここ」


 見ると、ノアが俺の椅子の下へ半分隠れていた。


「では」


 居間の隅。


 大きな布の塊が動いた。


 布が持ち上がる。


 そこにはミレイユではなく。


「ミレイユはパンを出した」


 俺は七人を数え直した。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 ノア。


「全員いるな」


『朝食参加者が一名不足しています』


「誰が?」


『料理審査参加者、アステラ様です』


 全員が衝立の横に座っているアステラを見る。


「私?」


「お前も婚姻審査へ参加している扱いだったな」


「忘れていたわ」


「何も作っていないのか?」


「虚無の朝食なら」


 アステラが両手を広げる。


 手の中に、黒い球体が現れた。


「何だ、これは」


「無」


「料理か?」


「完全に何もない味を楽しめるわ」


「食べられるのか?」


「口へ入れると、食べたという記憶だけが消える」


「意味がない!」


「空腹も消える」


「それは便利だな」


「食事をした喜びも消える」


「やはり駄目だ」


 アステラが残念そうに黒い球体を消した。


「料理、覚えないと駄目?」


「共同生活では必要だ」


「レオンが作ってくれれば」


「毎日俺に作らせる気か?」


「一緒に作る」


「それならいい」


 アステラの顔が明るくなる。


 七人の箸が一斉に止まった。


「先生」


 セレスが呼ぶ。


「何だ」


「アステラさんと、二人で料理を?」


「教えるだけだ」


「私たちにも教えてください」


「今も助言しているだろう」


「二人きりで」


「全員まとめて教える」


「台所が狭いです」


 クロエがすぐに答える。


「十八人用へ増築を」


「増築するな」


「では、一日一人ずつ先生と料理を」


 ミレイユが提案する。


「先生との共同調理当番ですね」


「当番なら公平」


 ノア。


「私が最初」


 セレス。


「提出日順なら私です」


 エリナ。


「年齢順」


 リリス。


「一番若い人から」


 アウラ。


「順番を決めるな!」


 留学生七人は、七人の言い争いを興味深そうに見ていた。


「面談より」


 ガルナが呟く。


「この七人を観察するほうが、レオン様を理解できそうだ」


「どういう意味だ」


「七人全員、レオン様を中心に動いている」


「今、それを直そうとしている」


「直す必要があるのか?」


「世界大戦を始めようとしていたんだぞ」


「我が世界では、愛する者のために戦争をするのは普通だ」


「だから三百年も戦争が続いているんじゃないか?」


 ガルナが固まった。


「……そうかもしれない」


「そこから考えよう」


     ◇


『第二日朝食審査を終了します』


 家の声が食堂へ響いた。


「審査ではなく、朝食だ」


『料理能力、協調性、他者への配慮、旦那様の意思を尊重する能力を集計しました』


「最後だけ何度も言うな」


 七人が緊張した顔で姿勢を正す。


「一位は?」


 セレスが尋ねる。


「競争ではない」


『第一位を発表します』


「家!」


『第一位、女帝セレス』


 セレスの目が大きくなる。


「私が?」


『昨日からの改善率が最も高く、留学生用として安全な料理を提供しました』


 セレスは俺を見る。


「先生」


「よかったな」


「はい」


「塩加減を覚えた成果だ」


「先生に教えていただいたからです」


『報酬として、本日の夕食調理時、旦那様から個別指導を受けられます』


「勝手に決めるな」


 セレスの顔が明るくなる。


「個別指導」


「家へ抗議するところだぞ」


「抗議は後ほど」


「先にしろ」


『第二位、影の女王ノア』


 ノアが俺の袖を掴む。


「昨日一位。今日は二位」


「十分だろう」


「悔しい」


「他人へ料理を出した点は進歩だ」


「先生、褒めた」


「ああ」


「二位でもいい」


 単純だ。


『最下位、アステラ様』


「私、何も作ってないもの!」


『参加姿勢にも問題があります』


「明日作るわ!」


『料理能力が確認できなかったため、婚姻適性を下方修正します』


「レオン!」


「俺へ言うな」


「一緒に練習して!」


「時間があればな」


「今日!」


「セレスの個別指導がある」


 アステラがセレスを見る。


 セレスは勝ち誇ったように微笑む。


「申し訳ありません、アステラさん。本日は私の時間です」


「家が勝手に決めただけでしょう!」


「正式な審査結果です」


「審査は競争ではない!」


 俺と同じことを言い始めた。


『なお』


 家の声が続く。


『留学生代表者七名から、七人の教育対象へ質問が提出されました』


「私たちへ?」


 ミレイユが尋ねる。


「はい」


 エルフィが小さく手を上げる。


「私たちだけがレオン様と面談するのは、公平ではないと思いました」


「どういう意味だ」


「七冠の皆様が、レオン様の婚姻相手として相応しいか、私たち留学生も知る必要があります」


 七人が固まった。


「なぜ、あなた方に審査される必要が?」


 セレスの声が低くなる。


 エルフィは少し怯えながらも答えた。


「レオン様が八百四十二世界の管理者になるのであれば、その配偶者は私たちの世界にも影響を与えます」


 クロエが頷く。


「理屈としては正しいですね」


「クロエ」


「先生の配偶者は、世界間外交における重要人物となります」


「俺は誰とも結婚すると言っていない」


「仮定の話です」


 ルシアが一枚の紙を広げる。


「八百四十二世界の留学生による、境界王妃適性評価を行いたいと思います」


「いつ決めた」


「先ほどの面談中です」


「話すのが早い」


「七冠の皆様は、レオン様を深く愛していると伺いました」


「当然です」


 七人が同時に答える。


「ですが、レオン様の意思を尊重できるかについて、家から問題があると」


 七人が壁を見る。


『事実です』


「家!」


「そこで」


 ルシアは七人へ向き直った。


「今度は七冠の皆様に、八百四十二世界の留学生代表者と面談していただきます」


「何を話すのですか?」


 ミレイユが尋ねる。


「レオン様との関係。今後どのような家庭を築きたいか。ほかの世界の住民をどのように扱うか」


「私たちの家庭へ、ほかの世界は関係ありません」


 リリスが答える。


「虚無王の家庭は、八百四十二世界の政治に影響します」


「先生は虚無王になりたくてなるわけではない」


「それでも力を持ちます」


「先生の力を利用する気?」


 ノアがルシアを睨む。


「利用されないために、話し合うのです」


 ノアが黙った。


 筋は通っている。


「面白そうじゃない」


 フィオナが笑う。


「七人が審査される側になるのね」


「私たちはすでに婚姻申請を提出しています」


 セレスが言う。


「申請が早いことと、適性は別です」


 フィオナは容赦がない。


「先生」


 セレスが俺を見る。


「この審査を認められるのですか?」


「悪くないと思う」


「先生まで」


「俺の前では、お前たちは昔の少女に戻る」


「それが悪いのでしょうか」


「悪くはない。だが、八百四十二世界と向き合う時は、世界の頂点に立つ今のお前たちも必要になる」


「先生は、今の私たちを知りたいと」


「ああ」


「では、お見せします」


 セレスが静かに立ち上がる。


 その顔から、先ほどまでの少女らしさが消えた。


 魔力も。


 皇帝としての力も、腕輪で封じられている。


 それでも。


 彼女がただ立っただけで、場の空気が変わった。


 大陸最大の帝国を十年率いてきた女帝。


 セレス・ヴァルグランド。


「八百四十二世界の代表者からの問い、すべてお受けします」


 ミレイユも立ち上がる。


「私も、神殿の最高位聖女としてではなく、一人の女性としてお答えいたします」


 リリスが翼を広げようとして、重さで少しふらつく。


 すぐに姿勢を戻す。


「魔王として、先生の隣に立てることを証明する」


 エリナも立つ。


「質問だけ?」


「面談です」


 ルシアが答える。


「戦闘試験は?」


「ありません」


「……分かった」


 少し残念そうだ。


 アウラは自分の尻尾を抱えて立つ。


「難しい質問は?」


「ございます」


「先生に聞いていい?」


「自分で答えろ」


「頑張る」


 クロエはすでに、面談の経済的影響を計算している。


 ノアは俺の背後へ隠れようとする。


 俺はその肩を押し、前へ出した。


「先生」


「自分で話せ」


「人が多い」


「八百四十二世界の頂点に立つ影の女王だろう」


「先生の前では普通の女の子」


「今回は影の女王として話すところも見せてくれ」


 ノアはしばらく俺を見た。


 やがて、小さく頷く。


「分かった」


 ルシアが七人へ一礼した。


「それでは、本日午後より七冠の皆様への適性面談を開始します」


「質問者は?」


 セレス。


「最初は、先ほど面談した七名です」


 ガルナが四本の腕を組む。


「女帝へ聞きたい。愛する男と国民、どちらか一方しか救えない時、どちらを選ぶ?」


 セレスの表情が止まった。


 俺もガルナを見る。


「いきなり重い質問だな」


「王の配偶者だ。必要だろう」


 セレスは俺を見た。


 次に、食堂の窓から見える地下都市を見た。


 住民たちが行き交っている。


 人間。


 魔族。


 竜人。


 獣人。


 多くの者が暮らす場所。


「先生」


「俺へ聞くな」


「分かっています」


 セレスは、ゆっくり息を吐いた。


「国民を救います」


 七人のうち何人かが、驚いたようにセレスを見る。


「なぜ?」


 ガルナが尋ねる。


「先生なら、私へそう命じるからです」


「自分の意思ではないのか?」


「私自身の意思でもあります」


 セレスは真っすぐ答えた。


「先生を選び、国民を見捨てれば、助かった先生は生涯苦しみます。そのような選択を、先生は望みません」


「では、レオン様は見捨てる?」


「いいえ」


 セレスの赤い瞳が鋭くなる。


「国民を救った後、必ず先生も救います」


「一方しか救えないと言った」


「その前提を壊します」


「できなければ?」


「できるまで考えます」


「時間がなければ?」


「時間を作ります」


「敵が許さなければ?」


「普通の女性として説得します」


 俺は眉を上げた。


「普通の女性として?」


「現在、国家権力と戦闘力は禁止されていますので」


「条件を覚えていたのか」


「もちろんです」


「説得できなければ?」


 ガルナがさらに尋ねる。


 セレスは微笑んだ。


「先生から、話を聞いた後なら怒ってよいと教わりました」


「怒った後は?」


「それは、面談の範囲外です」


「含みのある言い方をするな」


 セレスは俺へ向かって、わずかに笑った。


 その顔は女帝であり。


 同時に、俺の知る少女でもあった。


「先生」


「何だ」


「今の答えは、いかがでしたか?」


「悪くなかった」


「合格でしょうか」


「俺へ聞くな。審査するのは留学生だ」


「先生からの評価も重要です」


「後で話す」


「二人で?」


「七人まとめてだ」


「……承知しました」


 少し不満そうだった。


『七冠適性面談の準備を開始します』


 家の声が響く。


『なお、八百四十二名の留学生より、合計一万三千八百二十六件の質問が提出されています』


「多すぎる!」


 七人が固まった。


「一人十六問程度ですね」


 クロエが計算する。


「全部答えるのか?」


『はい』


「どのくらいかかる」


『一問三分として、約六百九十一時間です』


「一か月近いぞ!」


『共同生活審査期間は三十日です』


「面談だけで終わるじゃないか!」


『効率化のため、七名へ同時に別の質問を行います』


「同時?」


 ミレイユが聞き返す。


『七つの面談室を用意します』


 七人の表情が変わった。


「先生は?」


 ノアが尋ねる。


『旦那様は、各部屋を順番に見学できます』


「先生が見ている部屋は?」


『表示されます』


「見られていない時は?」


『録画します』


 七人の視線が、一斉に俺へ向いた。


「待て」


 俺は後ずさった。


「俺は審査官ではない」


「先生」


 セレスが微笑む。


「私の部屋からご覧になりますよね?」


「最初は抽選だ」


「帝国式の公正な抽選器を」


「国家権力は禁止」


「では、じゃんけんで」


「昨日もやっただろう」


「今度は負けません」


「私が最初」


 リリス。


「戦闘順なら私」


 エリナ。


「年齢が若い順」


 アウラ。


「申請提出順です」


 クロエ。


「先生の影に近い順」


 ノア。


「その基準はお前が勝つだろう」


『見学順を抽選します』


 家の壁へ光る文字が現れた。


 七人が息を呑む。


 最初の名前が表示される。


『第一面談室――影の女王ノア』


「勝った」


 ノアが俺の腕へ抱きついた。


「抽選だ」


「先生が最初に見る」


「三分だけだぞ」


「十分」


「三分」


「五分」


「交渉するな」


『ただし』


 家の声が続く。


『影の女王ノアへの最初の質問は、旦那様がほかの女性と婚姻した場合、その女性を害さず祝福できるか、です』


 ノアの動きが止まった。


 俺を見る。


 留学生たちを見る。


 もう一度俺を見る。


「……別の質問」


『変更できません』


「家」


『事実です』


「先生」


「何だ」


「一緒に答えて」


「お前への質問だ」


「難しい」


「だから審査なんだろう」


 ノアは俺の腕を掴んだまま、少し考えた。


「害さない」


「本当か?」


「先生が本当に幸せなら」


 俺は少し驚いた。


「祝福は?」


「……」


「できるか?」


「三十年くらい待って」


「長すぎる!」


「努力する」


 ノアは不満そうな顔で、俺の服へ額を押しつけた。


「先生が誰も選ばなければ、一番楽」


「その選択肢もある」


「では、それで」


「審査を始める前に結論を出すな」


 七人が八百四十二世界の留学生を審査するつもりだったはずが。


 気づけば。


 八百四十二世界のほうから、七人が俺の隣へ立つ資格を審査されることになった。


 そして提出された質問の一覧には。


 料理や家事。


 政治や外交。


 俺への理解。


 嫉妬した時の対応。


 他種族への価値観。


 子供を持った場合の教育方針。


 夫婦喧嘩の仲直り方法。


 さらには。


『旦那様が一週間、家で何もせず寝ていたいと希望した場合、それを許せますか』


 という質問まであった。


 七人が同時に答える。


「許しません」


「即答するな!」


 セレスが真剣な顔で続ける。


「先生の健康が心配です」


「一週間くらい休ませてくれ」


「寝たきりは体に悪いです」


「食事の時は起きる」


「運動も必要です」


「散歩くらいはする」


「私が予定を管理します」


「それが嫌なんだ!」


 家の壁へ、新しい評価項目が追加された。


『旦那様の自由を尊重する能力――全員、要改善』


 七人が壁を見る。


 次に俺を見る。


「先生」


「何だ」


「一週間も、何もせず寝ていたいのですか?」


「今すぐ寝たい」


「では、面談が終わった後に」


「面談は六百時間以上あるだろう!」


「一日に二十時間行えば、三十五日ほどです」


 クロエが計算する。


「共同生活期間を超えている!」


『期間延長を提案します』


「絶対に延長しない!」


『では、質問を絞り込みます』


「最初からそうしろ」


『八百四十二世界で最も支持の高い百問を選出します』


「百問なら、まだ何とかなるな」


『一名あたり百問です』


「七百問じゃないか!」


『さらに旦那様への質問も百問ございます』


「俺も?」


『七名のうち、誰を最も女性として意識しているか』


 七人の動きが止まった。


「家」


「先生」


 セレスが俺を見る。


「今、お答えください」


「面談の質問だろう」


「事前確認です」


「答えない」


「なぜですか?」


「七人全員がいる場所で答えられるか!」


 七人の視線が集中する。


 逃げ道はない。


 異世界から来た留学生たちは、興味津々で俺たちを見ている。


 アステラは楽しそうに笑っていた。


「レオン」


「何だ」


「私も候補に入っている?」


「質問は七人についてだ」


「では、質問を八人に変えて」


「増やすな!」


『アステラ様からの修正要求を受理しました』


「受理するな!」


『旦那様が最も女性として意識している相手を、八名から選択してください』


「家!」


『妻として重要な質問です』


「お前も妻を名乗っているだろう!」


『私は建物ですので、女性部門には含まれません』


「妙に冷静だな!」


 こうして。


 七人の再更生教育二日目。


 俺は八百四十二世界の留学生から。


 七人の教え子と、虚無の婚約者のうち。


 誰を最も女性として意識しているのか。


 答えなければならなくなった。


 そして。


 俺が答えを拒み続けている間に。


 家は七人とアステラへ向け、もっと厄介な質問を表示した。


『旦那様が、自分以外の七名全員とも婚姻することを希望した場合、認められますか』


 八人の女性が、一斉に固まる。


「待て」


 俺は両手を上げた。


「俺は希望していない」


『仮定の質問です』


 セレスが残る七人を見る。


 ミレイユも。


 リリスも。


 エリナも。


 アウラも。


 クロエも。


 ノアも。


 アステラも。


 誰一人として、すぐには答えなかった。


 世界大戦を止めるより難しい話し合いが。


 今度こそ、本当に始まろうとしていた。


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