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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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8/10

第8話 八百四十二人の王妃候補を帰そうとしたら、全員が俺の家へ留学することになった



「各世界より選ばれた王妃候補、総勢八百四十二名をお連れいたしました」


 白銀の鎧をまとった少女が、ひざまずいたまま告げた。


 彼女の背後。


 虚無へ繋がる巨大な穴の向こうには、俺たちの世界では見たこともない姿をした女性たちが並んでいる。


 人間に近い者。


 背中に翼を持つ者。


 頭に獣の耳を持つ者。


 下半身が蛇の者。


 全身が金属でできた者。


 水のように透き通った者。


 小さな光の塊にしか見えない者までいる。


 八百四十二人。


 七人と十一人の王女、そしてアステラだけでも多すぎると思っていた。


 それが、一気に八百六十一人。


 俺は玄関の扉を閉めた。


「先生?」


 セレスが俺を見る。


「見なかったことにする」


「外におります」


「扉を閉めれば少し静かになる」


 玄関の外から、白銀の鎧の少女の声が響く。


「虚無王陛下! お話だけでもお聞きください!」


「聞こえている」


「では、扉をお開けください!」


「今日はもう疲れた!」


「八百四十二世界の代表が待っております!」


「待たせておけ!」


 俺は扉へ背を預け、そのまま床へ座り込んだ。


 朝。


 虚無の狭間から帰還した。


 昼。


 自分の墓を見つけた。


 その後、世界大戦を止め、自分の複製と出会い、妻を名乗る家へ戻り、娘を名乗る少女と会った。


 さらに、知らないうちに地下国家の国王へされ、十一人の王女から婚姻を申し込まれ、七人の教え子から婚姻申請書を提出された。


 夜。


 虚無の狭間からアステラが来た。


 そして今。


 八百四十二人の王妃候補が、家の前にいる。


「一日が長すぎる」


「先生」


 セレスが俺の前へしゃがみ込む。


「お気持ちは分かります」


「本当に分かるのか?」


「はい」


「では、外の八百四十二人を帰してくれ」


「承知いたしました」


 セレスは立ち上がり、扉へ手をかけた。


「待て」


「どうなさいました?」


「何をする気だ」


「帝国皇帝として、正式に帰還を命じます」


「国家権力は禁止だ」


 セレスの手が止まった。


「忘れておりました」


「腕輪を着けていることを、都合よく忘れるな」


「では、普通の女性としてお願いしてまいります」


「本当にお願いだけか?」


「はい」


 セレスが笑う。


 笑顔は穏やかだ。


 だが、その目はまったく穏やかではない。


「先生を狙う八百四十二人の女性へ、二度と近づかないよう丁寧にお願いするだけです」


「具体的には?」


「一人ずつ目を見て」


「それから?」


「先生は私たち七人が十年間待っていた方だと説明し」


「うん」


「それでも帰らない場合は、相手が最も大切にしている国、家族、財産、名誉、将来について話し合います」


「脅迫だろう!」


「普通の交渉です」


「相手の弱点を並べる交渉を普通とは言わない」


 ミレイユがセレスの隣へ来る。


「先生。私へお任せください」


「どうする」


「神の教えを説きます」


「奇跡を使わないなら、話すだけだな」


「はい」


「どんな教えだ」


「他人の大切な方を奪おうとする者は、死後に少しだけ困るという教えです」


「具体的に何が起きる」


「魂が浄化されるまで、毎日同じ廊下を掃除し続けます」


「嫌に具体的だな」


「先ほど考えました」


「教えではない!」


 リリスが腕を組む。


「私が行く」


「魔力は使えないぞ」


「使わぬ」


「どうする」


「魔王として――」


「権力は禁止だ」


「では、普通の女として、八百四十二人へ決闘を申し込む」


「普通の女は、八百四十二人へ決闘を申し込まない」


「一人ずつなら公平」


「終わるまで何年かかるんだ」


「一日十人」


「三か月近くかかるだろう!」


 エリナが指を折って数える。


「八十五日」


「お前まで計算するな」


「私なら一日百人」


「腕輪で力を封じられているだろう」


「普通の剣でも勝つ」


「戦うこと自体をやめろ」


「では、走る」


「何を?」


「八百四十二人と競走する」


「勝ったら?」


「帰ってもらう」


「負けたら?」


「先生と結婚」


「俺を賭けるな!」


 アウラが扉へ耳を当てる。


「外、たくさんいる」


「知っている」


「お腹が減ったって言ってる」


「聞こえるのか?」


「うん。遠い世界から来たから、お腹が減ったって」


 俺は外を見る。


 扉の隙間から、境界の向こうに並ぶ女性たちが見える。


 確かに、長旅をしてきたのだろう。


 座り込んでいる者。


 荷物を下ろしている者。


 付き添いらしき者から飲み物を受け取っている者もいる。


「食事は必要だな」


「先生」


 クロエがすぐに反応した。


「八百四十二名への食事提供には、最低でも金貨二百枚以上必要です」


「そんなにかかるのか?」


「種族によって必要な食料が異なります。通常の食事をする方だけではありません」


 クロエが指を折る。


「魔力を食べる種族。金属を食べる種族。光を吸収する種族。夢を食べる種族。熱を食べる種族。記憶を食べる種族」


「最後の二つは近づけるな」


「適切に管理すれば安全です」


「俺の記憶を食べられたら困る」


「先生の記憶には極めて高い価値があります」


「値段をつけるな」


「私の個人資産を使えば、すぐに用意できます」


「資産は禁止だ」


「一日銀貨一枚では、八百四十二名を養えません」


「お前が養う必要はない」


「しかし、先生が全員へ食事を用意なさるのであれば、それは国王としての最初の施策となります」


「国王ではない」


「虚無王としては?」


「もっと違う」


 ノアが俺の背後から顔を出す。


「八百四十二人、全員調べる」


「姿を消せないのに?」


「普通に聞く」


「何を」


「先生を本当に好きか」


「初対面だ。好きなはずがない」


「好きって言ったら?」


「どうする気だ」


「帰ってもらう」


「どうやって」


「お願いする」


「ノアが一番まともだな」


「お願いを聞かなかったら、寝ている時に枕元へ立つ」


「怖すぎる!」


 七人は力を封じられている。


 国家権力も使えない。


 それでも、八百四十二人を追い返す方法だけは次々に出てくる。


 どれも普通ではない。


「レオン」


 アステラが俺の隣へ座った。


「私から説明しましょうか?」


「虚無の事情は、お前が一番詳しいな」


「ええ」


「王妃候補というのは、必ず結婚しなければいけないのか?」


「そんなことはないわ」


 俺は顔を上げた。


「ないのか?」


「王妃候補は、各世界が新しい虚無王へ差し出す友好の証みたいなものよ」


「人を贈り物にするな」


「世界によって文化は違うの」


「候補本人たちは納得しているのか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「私が管理者だった頃は、王妃候補が来る前に全部追い返していたから」


「経験がないのか」


「私は結婚するつもりがなかったもの」


「今は俺と結婚するつもりなのに?」


「レオンは特別」


 アステラが俺の肩へ頭を載せる。


 七人が一斉に彼女を見る。


 俺はアステラの頭を押し返した。


「近い」


「一メートル以内にいないと家が虚無化するわ」


「頭を載せる必要はない」


「触れていたほうが安全」


「家」


『接触は必須ではありません』


「家!」


 アステラが壁を叩く。


『正確な情報を提供しました』


「少しくらい味方してくれてもいいでしょう?」


『私は旦那様の妻です』


「私もよ」


『家としての婚姻歴は私のほうが長期です』


「家と喧嘩するな!」


 アステラは壁へ向かって頬を膨らませた。


 虚無の狭間を管理していた存在とは思えない。


「とにかく」


 俺は立ち上がった。


「八百四十二人と話をする」


「先生!」


 七人が止めようとする。


「相手の事情も聞かずに帰せないだろう」


「やはり先生はそうおっしゃいますね」


 セレスがため息をつく。


「分かっていたなら止めるな」


「先生が一人で話すことを止めています」


「全員で行くのか?」


「はい」


 七人。


 十一人の王女。


 アステラ。


 俺。


 後ろからレオとリタとフィオナまで来る。


「大人数すぎる」


「八百四十二人より少ないわ」


 フィオナが答えた。


「比較対象がおかしい」


     ◇


 玄関の扉を開ける。


 白銀の鎧をまとった少女が、まだひざまずいていた。


「待たせたな」


「虚無王陛下!」


「陛下と呼ぶな」


「では、虚無王様」


「王も外せ」


「境界所有者様」


「長い」


「ご主人様」


 七人の空気が変わった。


「それは駄目です」


 セレスが即座に言う。


「先生とお呼びください」


「なぜ先生なのですか?」


 白銀の少女が顔を上げる。


「先生だからです」


「私は教えを受けておりません」


「では、レオン様と」


 ミレイユが柔らかく言う。


「それなら問題ありません」


「承知しました。レオン様」


 少女が立ち上がる。


 俺より少し背が低い。


 見た目は十代後半ほどだが、異世界の者なので実際の年齢は分からない。


「名前は?」


「第一境界世界アルシオンより参りました、ルシア・グランベルです」


「王妃候補の代表か?」


「はい」


「八百四十二人全員が、本当に俺との結婚を望んでいるのか?」


「もちろんでございます」


「俺のことを知っている者は?」


 ルシアが後ろを振り返る。


「レオン様をご存じの方は、挙手をお願いいたします」


 八百四十二人の王妃候補たちが、互いを見る。


 一人。


 二人。


 三人。


 少しずつ手が上がる。


 最終的に手を上げたのは、十二人だった。


「少ないな」


「皆様、レオン様の存在を知ったのは数時間前ですので」


「なら、どうして結婚を望む」


「虚無王の配偶者となれば、世界間交流において大きな権限を得られるためです」


「正直だな」


「嘘を申し上げることは、レオン様への不敬となります」


 十一人の王女たちが気まずそうな顔をした。


 自分たちの国も、似たような理由で求婚させたのだろう。


「本人の意思ではなく、国の命令で来た者は?」


 ルシアがもう一度、後ろを見る。


「国命によって参りました方は、挙手を」


 今度は、八百人以上が手を上げた。


「ほとんどじゃないか」


「王族や世界代表者の娘が中心です」


「結婚したくない者は?」


 候補者たちは戸惑ったように顔を見合わせた。


 しばらくして。


 小さな手が一つ上がった。


 手を上げたのは、背中に透明な羽を持つ小柄な少女だった。


「怒らないから、正直に言ってくれ」


 続けて何人かが手を上げる。


 十人。


 百人。


 三百人。


 最後には、七百人以上の手が上がっていた。


「やっぱり嫌なんじゃないか!」


「レオン様が嫌なのではありません!」


 ルシアが慌てて説明する。


「知らない方との婚姻に、不安を覚えているだけです」


「当然だろう」


「しかし、各世界の命令へ逆らうことはできません」


「帰りたい者は帰っていい」


 候補者たちが固まった。


「聞こえなかったか?」


「レオン様」


 ルシアが困った顔になる。


「候補者を選ばず帰還させれば、多くの世界が拒絶されたと受け取ります」


「俺は誰も拒絶していない」


「結果としては同じです」


「面倒だな」


「八百四十二世界は、虚無を介して繋がっております。新たな管理者が友好を拒めば、境界の利用権を失う可能性があると恐れています」


「俺は利用権を奪うつもりはない」


「それを保証していただけますか?」


「ああ」


「各世界へ正式な文書として?」


「必要なら書く」


 クロエがすぐに俺の横へ来る。


「先生。八百四十二世界との境界利用契約は、極めて大きな経済価値を持ちます」


「金の話は後だ」


「無償で通行を認めれば、交渉材料を失います」


「困っている者から通行料を取る気か?」


「必要な維持費はいただくべきです」


「維持費がかかるのか?」


「境界を安全に保つには、アステラさんの力が必要です」


 全員がアステラを見る。


「私?」


「現在は付属管理人格です」


 クロエは淡々と続ける。


「先ほど家から資料を受け取りました。境界の維持には、虚無の魔力を定期的に補給する必要があります」


「どうやって補給する」


「レオンと触れ合う」


 アステラが即答した。


「本当か?」


「半分は」


「残り半分は?」


「食事と睡眠」


「普通だな」


「それから、レオンと触れ合う」


「二回言った」


「大事だから」


『境界維持に旦那様との身体接触は不要です』


「家!」


 アステラが再び壁のほうを見る。


 ここは外なのに、家の声が届いている。


「どこから話しているんだ?」


『庭も私の一部です』


「範囲が広いな」


『地下国家全域まで拡張予定です』


「これ以上広がるな」


「維持費については後で決める」


 俺はルシアへ向き直った。


「婚姻を拒否したからといって、境界を閉じることはない。各世界と話し合い、必要な規則を作る」


「では、王妃候補は?」


「全員帰していい」


 候補者たちの中から、安堵の声が漏れた。


 だが。


 ルシアだけは表情を曇らせた。


「レオン様」


「何だ?」


「戻る境界が、すでに閉じております」


「どうして」


「虚無王の継承式が終了するまで、各世界への帰還門は開きません」


「継承式?」


「はい」


「聞いていない」


「私も先ほど家から知らされました」


 ルシアが一枚の巻物を開く。


「新たな虚無王は、八百四十二世界の代表者から承認を受ける必要があります」


「断る」


「断った場合、境界管理者不在の状態へ戻ります」


「どうなる」


 アステラが答えた。


「八百四十二の世界が、少しずつ虚無へ沈むわ」


「重大な話を軽く言うな!」


「今はレオンが所有者だから、すぐには沈まない」


「継承式をしなくても大丈夫なのか?」


「一年くらいは」


「一年後は?」


「境界が不安定になって、世界同士がぶつかる」


「ぶつかる?」


「ある世界の海が、別の世界の空から降ってきたり」


「大災害だろう!」


「魔王城が機械世界の工場に刺さったり」


「もっとひどい!」


「すべての世界が一つになる可能性もある」


「絶対に止めないと駄目じゃないか!」


 七人が俺を見る。


「先生」


 セレスの表情は穏やかだった。


「継承式をなさるのですね?」


「世界が危ないなら仕方ない」


「そして、虚無王へ」


「名前はどうでもいい」


「八百四十二世界の頂点へ立たれるのですね」


「管理を引き受けるだけだ」


「さすが先生です」


「褒めるな。押しつけられているだけだ」


 ルシアが明るい表情になる。


「では、継承式へご参加いただけますか?」


「何をすればいい」


「八百四十二世界の代表者と、一人ずつ契約を交わしていただきます」


「一人ずつ?」


「はい」


「どのくらい時間がかかる」


「一人あたり儀礼を含め、およそ三時間です」


 俺は計算しようとしてやめた。


 クロエがすぐに答える。


「連続で行っても、二千五百二十六時間。約百五日です」


「長すぎる!」


「睡眠と食事を含めれば、半年程度かと」


「もっと長い!」


「先生」


 エリナが言う。


「一人三時間は長い」


「そうだろう」


「一人三分にする」


「短縮できるのか?」


「私が後ろから急かす」


「脅すな」


「では、一列に並べて、一度に契約する」


「それができるなら最初からしてくれ」


 ルシアが申し訳なさそうに首を振る。


「契約には、各代表者との信頼関係が必要となります」


「初対面で三時間話せば信頼できるのか?」


「規定では、そのようになっております」


「規定を変えろ」


「虚無王であれば変更できます」


「なら変更する」


「ただし、変更権限は継承後に得られます」


「継承前だから変更できないのか」


「はい」


「よくできた罠だな」


 誰が作った規則か知らないが、新しい管理者を長期間拘束するためとしか思えない。


「ほかに方法はないのか?」


 ルシアは少し迷った後、巻物の下を指さした。


「ございます」


「あるのか!」


「各代表者が、レオン様を信頼するに足る人物だと認めれば、個別の儀式を省略できます」


「どうやって認めてもらう」


「一定期間、行動を共にしていただきます」


「一定期間とは?」


「最短三十日です」


 俺は黙った。


 七人も黙った。


 十一人の王女たちも。


 アステラだけが楽しそうに笑っている。


「三十日?」


「はい」


「婚姻審査と同じ期間だな」


「婚姻審査?」


 ルシアが首を傾げる。


 クロエが説明する。


「先生は現在、七人と十一人の王女、アステラさんを対象として、三十日間の共同生活審査を行っています」


「婚姻相手として不適格かを見るだけだ」


「その説明では、候補者を選ぶ審査に聞こえます」


「聞こえても違う」


 ルシアは目を輝かせた。


「それでしたら、八百四十二人も参加できます」


「できない!」


「共同生活を通じ、レオン様のお人柄を知る。同時に、王妃候補として審査を受ける」


「二つ目はいらない」


「各世界も納得します」


「俺が納得しない」


「しかし、候補者をすぐに帰せば拒絶と受け取られます」


「友好のために留学させるのはどうだ」


「留学?」


「結婚ではなく、世界間交流を学ぶために滞在する」


 ルシアが考える。


「候補者ではなく、交流使節として?」


「ああ」


「三十日間、レオン様の国で?」


「俺の国ではないが、地下都市なら場所はある」


「先生」


 セレスが俺を見る。


「地下都市へ、八百四十二人を入れるおつもりですか?」


「野宿させるわけにはいかない」


「先生の近くへ?」


「全員を家に入れるわけじゃない」


「しかし、同じ国にはいます」


「距離はある」


「毎日、会いに来る可能性が」


「会議の日を決めればいい」


「先生」


 ノアが俺の服を引く。


「八百四十二人、交代で来たら、毎日二十八人」


「三十日で割ったのか」


「うん」


「一日二十八人と話すのも多いな」


「一人三分なら八十四分」


 エリナが言う。


「急かす気だな」


「効率的」


 クロエはすでに計算を始めている。


「地下都市の未使用区画を利用すれば、八百四十二名と随行員を収容可能です」


「随行員もいるのか?」


「一人平均五名として、四千二百名ほど増えます」


「地下の人口より多いじゃないか!」


「経済効果は大きいです」


「すぐ金の話をするな」


「住民の雇用も生まれます」


「本当に収容できるのか?」


「帝国区画、魔界区画、神殿区画を一部開放します」


「七人の施設を使うのか?」


「私は認めません」


 セレスが即答する。


「帝国区画へ王妃候補を入れるなど」


「国家権力は禁止だぞ」


「施設は私の個人所有です」


「そういう逃げ方をするな」


「では、使用料をいただきます」


「クロエに影響されているぞ」


 リリスも首を振る。


「魔界区画は駄目だ」


「どうして」


「魔族用の設備しかない」


「具体的には?」


「夜になると壁が叫ぶ」


「どうしてそんな設備がある」


「魔界では普通」


「どんな生活をしているんだ」


 ミレイユが手を上げる。


「神殿区画であれば、安全です」


「本当か?」


「朝五時から祈り。六時から清掃。七時から聖典の朗読。食事は一日二回。肉と酒は禁止です」


 候補者たちの一部が明らかに後ずさった。


「厳しすぎる」


「心身が清められます」


「三十日で全員逃げるだろう」


「先生への婚姻希望者を減らすことができます」


「それが目的か!」


 アウラが手を上げる。


「竜の巣、空いてる」


「何人入れる」


「三百人」


「意外と広いな」


「でも、床は熱い」


「なぜ?」


「火竜が寝るから」


「普通の人間には無理だ」


「卵を抱けば冷たくなる」


「知らない卵を抱かせるな」


 エリナの訓練区画は、寝床がない。


 ノアの秘密区画は、本人以外には入口が分からない。


 クロエの商業区画は、すでに候補者用宿泊施設として値段を計算し始めている。


「一泊金貨五枚」


「高い!」


「異世界向け特別価格です」


「足元を見るな」


「需要に応じた価格設定です」


「無料にしろ」


「先生」


 クロエが真剣な顔をする。


「八百四十二名を無料で受け入れれば、食費、光熱費、設備費、人件費によって国家財政が圧迫されます」


「国ではない」


「地下都市財政です」


「それなら、各世界から滞在費を取ればいい」


「同意します」


「必要な分だけだぞ」


「利益は?」


「出さなくていい」


「先生」


 クロエが悲しそうに俺を見る。


「事業とは、利益を出すことで持続します」


「少しくらいならいい」


「では、目標利益率四十パーセントで」


「高すぎる!」


「二十パーセント」


「五パーセント」


「十五」


「七」


「十二」


「八」


「十パーセントで」


「交渉成立です」


「いつの間にか値切られた気がする」


「利益率を認めていただきました」


 クロエは満足そうに笑った。


 最初から十パーセントを狙っていたのかもしれない。


「では」


 ルシアがひざまずき直す。


「王妃候補八百四十二名を、世界間交流留学生として三十日間受け入れていただけるのですね?」


「王妃候補の肩書は外せ」


「各世界へ戻るまでは、正式な身分です」


「この国では留学生として扱う」


「承知しました」


「それから、俺の家へ勝手に来るな」


「定期的な面談は?」


「代表者だけだ」


「一日に何名まで?」


「七人」


 七人の教え子たちが反応した。


「なぜ七人なのですか?」


 セレスが尋ねる。


「一週間で四十九人。残りは大きな集会で話せばいい」


「七人という数字に、特別な意味は?」


「計算しやすいだけだ」


「私たち七人と同じです」


「偶然だ」


「先生にとって、七という数字は特別なのですね」


「都合よく解釈するな」


 こうして。


 八百四十二人の王妃候補は、結婚相手ではなく、三十日間の世界間交流留学生として地下都市へ滞在することになった。


 少なくとも、俺の中では。


     ◇


「では、皆様へ説明いたします」


 ルシアが候補者たちの前へ立つ。


「虚無王レオン様の御意向により、我々は三十日間、七冠王国へ留学します」


「虚無王も七冠王国も認めていない」


 俺の声は無視された。


「留学期間中は、各世界の文化、技術、知識を交換し、レオン様との信頼を築きます」


「俺との部分は代表者だけだ」


「なお、王妃選定は一時保留となります」


 八百四十二人の中から、ざわめきが起こる。


「一時保留?」


「中止ではないの?」


「留学後に選ばれる可能性が?」


「違う!」


 俺は声を張り上げた。


「王妃選定は行わない!」


 ざわめきが止まる。


「俺は今日、お前たちの存在を知ったばかりだ。知らない者同士が、国や世界の都合で結婚する必要はない」


 候補者たちが俺を見る。


「三十日間、ここで学んでくれ。帰りたい者は、継承式が終わり次第帰っていい。残りたい者も、王妃ではなく、自分が望む立場を選べ」


 しばらく静寂が続いた。


 最初に手を上げたのは、透明な羽を持つ小柄な少女だった。


「あの」


「何だ?」


「本当に、結婚しなくていいのですか?」


「ああ」


「国へ戻っても、境界を閉じられませんか?」


「閉じない」


「父が怒って攻めてきたら?」


「話し合う」


「話し合いで済まなかったら?」


 俺の後ろで、七人が一歩前へ出た。


「その時は、私たちが対応します」


 セレスが微笑む。


 少女が青ざめる。


「戦争はするな」


「先生を守るための防衛です」


「まず話を聞け」


「もちろんです」


 セレスは素直に一歩下がった。


 少女は安心したように胸を撫で下ろす。


「私は、薬草について学びたいです」


「いいんじゃないか」


「王妃になる以外の道を選んでも?」


「好きに選べ」


「ありがとうございます!」


 少女が深く頭を下げた。


 次に、全身が金属でできた女性が手を上げる。


「当機は婚姻機能を搭載していません」


「どうして王妃候補になった」


「当世界の統治演算機が、最適な外交端末として当機を選出しました」


「結婚できないのに?」


「必要であれば、婚姻機能を追加可能です」


「追加しなくていい」


「承認しました」


 機械の女性の胸から、何かが外れる音がした。


「今、何をした」


「婚姻機能増設予約を削除しました」


「予約していたのか」


「十七分後に工事開始予定でした」


「間に合ってよかった」


 水でできた女性が手を上げる。


「私は海しかない世界から参りました」


「陸は大丈夫か?」


「先ほどから少しずつ蒸発しています」


「早く水を用意しろ!」


 アウラが井戸を指さす。


「入る?」


「井戸へ入れるな」


 ミレイユが大きな桶を用意し、水を満たした。


 水の女性は、その中へ入る。


「助かりました」


「三十日間、その桶で暮らすのか?」


「海があれば」


「地下に湖はあるか?」


『ございます』


 家が答える。


『竜区画の地下に、広大な地底湖があります』


「魚いる」


 アウラが言う。


「食べないでくださいね?」


 水の女性が不安そうに尋ねる。


「魚?」


「私をです」


「おいしくない?」


「食べようとするな!」


 候補者たちは次々に、自分が本当に望んでいることを話し始めた。


 魔法を学びたい者。


 機械技術を知りたい者。


 ほかの世界の料理を食べたい者。


 ただ国から離れたかった者。


 家族へ命じられ、断れなかった者。


 王妃になりたいと望んで来た者も、少数だがいた。


 だが、全員が俺と結婚したいわけではない。


 それが分かっただけでもよかった。


「レオン様」


 ルシアが隣へ来た。


「ありがとうございます」


「何が?」


「私たちへ、選ぶ権利をくださったことです」


「最初からあるべきものだ」


「多くの世界では、王族や代表者にその権利はありません」


「では、この三十日で考えればいい」


「私もですか?」


「もちろんだ」


「私は代表者として、王妃になる覚悟で参りました」


「覚悟だけで結婚する必要はない」


「しかし、レオン様を知る前より、少しだけ興味が湧きました」


「どうして」


「八百四十二世界の所有者となって最初に命じたことが、候補者の解放だったからです」


「大げさだ。ただ、嫌な者は帰ればいいと言っただけだ」


「それを言える方は、思っているほど多くありません」


 ルシアは小さく笑った。


 その瞬間。


 俺とルシアの間へ、セレスが入った。


「お話は終わりましたか?」


「まだ少し」


「代表者との面談は、明日からです」


「今は面談ではありません」


「では、私的な会話でしょうか」


「そうなりますね」


 セレスの笑顔が固まる。


「先生」


「何だ」


「一日に七人までと決めたばかりです」


「今日は数に入らない」


「なぜですか?」


「継承式の説明を受けているからだ」


「では、明日の七人からルシアさんを外します」


「どうして」


「本日、すでにお話しされました」


「一回話したら終わりなのか?」


「八百四十二人おりますので」


「お前が決めるな」


 ミレイユが手帳を持って現れた。


「先生。面談の予定はこちらで管理いたします」


「神殿の仕事は?」


「三十日間、代理へ任せました」


「勝手に休めるのか?」


「最高責任者ですので」


「そういうところだけ便利だな」


「面談は一人三分。先生との距離は二メートル以上。身体接触は禁止。贈り物は事前審査。個人的な連絡先の交換も禁止です」


「婚姻審査参加者より厳しくないか?」


「留学生ですから」


「留学生へ厳しくする理由になっていない」


 クロエも紙を持ってくる。


「面談料を設定しました」


「取るな!」


「先生の三十分には、金貨二千枚以上の価値があります」


「一人三分だろう」


「金貨二百枚です」


「高すぎる!」


「得られた利益は、留学生の生活費へ充てます」


「自分と話すために払った金で生活させるのか?」


「循環型経済です」


「聞こえはいいが、面会販売だろう!」


 ノアが俺とルシアの間へ立つ。


「三分終わり」


「計っていたのか?」


「うん」


「まだ始めた覚えがない」


「今終わった」


「勝手に始めて勝手に終わらせるな」


 八百四十二人を留学生にしたことで、婚姻問題は少しだけ遠ざかった。


 そのはずだった。


 だが、七人にとっては。


 俺の近くに八百四十二人の女性が滞在することに変わりはないらしい。


     ◇


 候補者たちは、地下都市へ案内されていった。


 巨大な体を持つ者は、竜区画。


 水中で暮らす者は、地底湖。


 機械種族は、商業区画の工房。


 魔力の濃い場所を必要とする者は、魔界区画。


 神聖な力を必要とする者は、神殿区画。


 種族ごとに振り分けるだけで、日付が変わりそうだ。


「クロエ」


「はい」


「住民へ迷惑をかけるなよ」


「必要な補償は行います」


「利益の十パーセントを取るんだろう?」


「はい」


「半分は住民へ還元しろ」


「承知しました」


「残り半分は、施設の維持へ」


「先生の自由に使える個人資産として――」


「維持へ」


「……承知しました」


 クロエは少し残念そうだ。


 俺が国王として金を持てば、自分の国へ連れていきやすくなるとでも考えていたのだろうか。


「先生」


 アウラが俺の袖を引く。


「地底湖に、魚の女の子がたくさん来る」


「食べるなよ」


「食べない」


「本当に?」


「友達になる」


「それならいい」


「おいしい魚の場所を教えてもらう」


「結局食べ物の話か」


 エリナは機械種族の女性たちを見ている。


「先生」


「何だ」


「あの金属の人と戦っていい?」


「駄目だ」


「腕輪を外した後なら?」


「本人が同意して、壊れない場所ならいい」


「聞いてくる」


「今日は休め」


「三十日しかない」


「審査と戦いは関係ない」


「異世界の剣を知ることは、今の私を先生に見せること」


 言われると、完全には否定できない。


 エリナがこの十年、何をしてきたか。


 それを知ると言ったのは俺だ。


「明日な」


「約束」


「ああ」


 エリナは満足そうに頷いた。


 リリスは魔界区画へ案内される異世界人を見ている。


「先生」


「お前も戦いたいのか?」


「違う」


「では何だ」


「あの者たちへ、魔界を見せてもよいか?」


「三十日後に?」


「もっと早く」


「どうして」


「別の世界から来た魔族がいる」


 リリスが指さす。


 角や翼を持つ女性たちが、魔界区画の入口で魔族の住民と話している。


「私たちの魔界とは、文化も魔法も違う。話を聞きたい」


「いいんじゃないか」


「先生も来るか?」


「時間があれば」


「必ず作る」


「魔王の権力で予定を空けるなよ」


「普通の女として先生の服を掴んで連れていく」


「力を封じられていても、それは駄目だ」


 七人にとっても、八百四十二世界との出会いは悪いことばかりではないのかもしれない。


 敵ではなく。


 俺の妻を奪う競争相手でもなく。


 異なる文化を持つ者として出会えば、学べることも多い。


「先生」


 セレスが俺の顔を覗き込む。


「楽しそうですね」


「そう見えるか?」


「はい」


「見たことのない世界の者が、これだけ集まっているからな」


「女性ばかりですが」


「そこは問題だ」


「やはり、全員男性へ変更できないでしょうか」


「無茶を言うな」


「各世界へ、男性代表者との交代を要求します」


「国家権力は禁止」


「普通の女として手紙を書きます」


「理由をどう書く」


「先生の安全のため」


「俺は八百四十二人の女性より、七人が暴れるほうが怖い」


 セレスが固まる。


「先生」


「何だ」


「私たちは、そこまで暴れておりません」


「今日だけで、何回剣を抜こうとした?」


「実際には抜いておりません」


「腕輪で抜けなかっただけだろう」


「結果が大切です」


「自分へ都合のいい解釈をするな」


 セレスは少しだけ頬を膨らませた。


 女帝としての姿を知る前に、十年前と変わらない姿ばかり見ている気がする。


     ◇


 八百四十二人の案内が終わったのは、深夜だった。


 俺は家の居間へ戻り、椅子へ座る。


「もう何も起きないよな」


『本日の予定は、あと三件ございます』


「まだあるのか?」


『アステラ様の就寝位置決定』


「明日でいい」


『八百四十二世界との仮通行契約』


「明日」


『継承式の衣装採寸』


「絶対に明日だ」


『承知しました』


 家は素直に引いた。


 珍しい。


「レオン」


 レオが向かいへ座る。


「何だ」


「八百四十二世界の管理、本当に引き受けるのか?」


「世界が危険なら仕方ない」


「お前一人で?」


「一人では無理だな」


「七人へ頼むのか?」


 俺は少し考えた。


 七人は自分たちの国や組織を持っている。


 今でも十分忙しいはずだ。


 俺の都合で、さらに仕事を増やすわけにはいかない。


「継承が終わったら、各世界の代表者で管理組織を作る」


「お前は?」


「最終確認だけする」


「その程度で済むと思うか?」


「済ませる」


「七冠王国の国王も拒否しているのに?」


「それとこれとは違う」


「同じだ。お前は困っている者を見れば、結局最後まで面倒を見る」


「俺はそこまで人がよくない」


「自分の記憶を持つ俺から見ると、十分に人がいい」


「褒めているのか?」


「呆れている」


 レオは俺と同じ顔でため息をついた。


「少しは自分のことも考えろ」


「お前に言われると、自分で自分へ説教されている気分になる」


「事実だ」


「気持ち悪いな」


「俺も同じだ」


 リタがお茶を運んでくる。


「お父さん一号。レオお父さん。お茶です」


「ありがとう」


「父親ではない」


 レオは否定しながらも、素直に茶を受け取った。


「リタ」


「はい」


「八百四十二人も増えて、大丈夫か?」


「何がですか?」


「地下施設の案内や管理だ」


「家がお手伝いしてくれます」


『私の処理能力を一部拡張しました』


「どうやって」


『八百四十二世界の境界情報へ接続しました』


「勝手に?」


『旦那様が所有者ですので』


「俺の許可は?」


『旦那様は、皆様を受け入れるとおっしゃいました』


「受け入れることと、情報へ接続することは違う」


『効率を優先しました』


「また効率か」


 家に感情はある。


 だが、判断基準の多くは効率だ。


 そこへ七人の善意と執着が混ざっている。


 とても嫌な組み合わせだ。


『旦那様』


「今度は何だ」


『八百四十二世界との接続により、私の機能が向上しました』


「具体的には?」


『新たな家族管理機能が使用可能です』


「嫌な名前だな」


『旦那様と関係する全女性の好感度、婚姻適性、生活能力、危険度を一覧表示できます』


「必要ない」


 居間の壁が光った。


「表示するな!」


 巨大な一覧表が現れる。


 名前。


 所属。


 種族。


 好感度。


 婚姻適性。


 料理能力。


 生活能力。


 先生への危険度。


 七人。


 十一人の王女。


 アステラ。


 そして、八百四十二人の留学生。


 合計八百六十一名。


 すべての名前が並んでいる。


「消せ」


『旦那様の配偶者選定に有用です』


「選定しない」


『現在の第一位を発表します』


「するな!」


 家中へ鐘の音が響いた。


『総合第一位――』


 七人が居間へ駆け込んでくる。


「何が始まったのですか?」


 セレスが壁を見る。


「家が勝手に順位を」


『第一位、該当者なし』


 居間が静まり返った。


「……該当者なし?」


 セレスの声が震える。


 ミレイユが一覧表を確認する。


「七人全員が?」


『はい』


「十一人の王女も?」


『はい』


「アステラさんも?」


『はい』


「八百四十二人も?」


『はい』


 アステラが壁を叩く。


「どうして私まで!」


『料理能力、社会適応力、旦那様の意思を尊重する能力に重大な不足があります』


「料理はこれから覚えるわ!」


『三か月間、旦那様へ契約内容を説明しませんでした』


「説明する余裕がなかったの!」


『旦那様の同意なく婚約者を名乗りました』


「契約上は婚約者よ!」


『旦那様本人が否定しております』


 家が珍しく正論を言っている。


「私たちの不足は?」


 セレスが尋ねる。


『先生の意思を尊重する能力』


 七人が黙る。


「ほかには?」


『先生の行動を制限しようとする傾向』


「安全のためです」


『軍事力または国家権力によって、恋愛問題を解決しようとする傾向』


「本日は使っておりません」


『腕輪で封印されているためです』


「家」


 セレスの笑顔が怖い。


『事実です』


「料理能力も低い」


 俺が付け加えた。


 七人が俺を見る。


「先生」


「何だ」


「家だけでなく、先生まで」


「事実だろう」


「私は煮込みを作りました」


「塩水だった」


「改善できます」


「期待している」


 セレスは少しだけ表情を緩めた。


 褒めてはいないのだが。


『ただし』


 家が続ける。


『旦那様への理解度、忠誠度、愛情値では、七名が大きく上回っております』


 七人の顔が一気に明るくなる。


「やはり、私たちが」


「一番」


「先生を理解してる」


「順位をつけるな」


『七名の中での第一位を発表します』


「やめろ!」


 七人が壁へ近づく。


 俺だけが止めようとしている。


『第一位――』


 文字が切り替わる。


『算出不能』


「どうしてだ」


 リリスが壁を睨む。


『七名全員の数値が測定限界を超えております』


「測定限界?」


 ミレイユが微笑む。


『愛情値が過剰です』


 七人が満足そうに頷く。


「過剰は褒め言葉じゃないぞ」


『さらに、七名が同時に旦那様を愛していることで、計算上の競合が発生しております』


「どうなる」


『七名のうち一人を選んだ場合、残る六名によって世界が滅びる可能性があります』


「滅ぼさない」


 ノアが言う。


「少しだけ消す」


「誰を?」


「選ばれた人以外」


「それを世界が滅びると言うんだ!」


『七名全員を選んだ場合』


「選ばない」


『正妻順位を巡って、世界が滅びる可能性があります』


「前にも聞いた」


『誰も選ばなかった場合』


 俺は少し嫌な予感を覚えた。


「どうなる」


『七名が旦那様を説得するため、さらに国家権力を使用します』


「世界は?」


『やはり滅びます』


「どう選んでも滅びるじゃないか!」


『そのため、現時点での最適解を算出しました』


「聞きたくない」


 壁へ大きな文字が浮かぶ。


『旦那様は、三十日以内に七名の性格を改善してください』


「どうやって?」


『十年前と同様に、更生教育を行います』


 七人が固まった。


 俺も壁を見る。


「更生?」


『はい』


「七人は、すでに更生したはずだ」


『世界を滅ぼす悪女となる未来は回避されました』


「なら問題ないだろう」


『代わりに、旦那様への愛情によって世界を滅ぼす可能性が発生しています』


 居間が静まり返る。


 七人が、互いを見る。


「私たちが?」


 セレスが呟く。


『はい』


「先生のために世界を守ってきました」


 ミレイユ。


『旦那様のために世界大戦を始めようとしていました』


「始める前に止めた」


 リリス。


『旦那様が帰還したためです』


「今は始めない」


 エリナ。


『婚姻問題によって、すでに六十八回ほど武器へ手をかけています』


「抜いてない」


『腕輪の効果です』


 七人が黙った。


『結論』


 壁の文字が切り替わる。


『世界を滅ぼす七人の悪女は、完全には更生しておりません』


 俺は額を押さえた。


 タイトルどおりの七人だった。


「では、どうすればいい」


『三十日間の共同生活を通じ、旦那様への愛情を健全な範囲へ調整してください』


「健全な範囲とは?」


『国家権力を用いず』


「ああ」


『他者を消そうとせず』


「当然だ」


『旦那様の意思を最優先し』


「それが大切だな」


『旦那様が別の女性と話していても、笑顔で見守れる程度です』


「無理です」


 七人が同時に答えた。


「即答するな!」


「先生」


 セレスが真剣な顔で俺を見る。


「最後の条件だけ、変更できませんか?」


「できない」


「先生が別の女性と話す必要をなくせば」


「八百四十二世界の代表者と話す必要がある」


「私が代わります」


「お前は虚無王ではない」


「先生の代理として」


「国家権力は禁止だ」


「普通の女性として、先生の横へ座ります」


「監視する気だろう」


「お守りします」


「同じだ!」


『更生教育の担当者を登録します』


 家の声が響く。


「待て」


『担当者、レオン・アルヴェイン』


「俺か!」


『副担当者、レオ』


「俺も?」


 レオが嫌そうな顔をする。


『補助担当者、フィオナ』


「面白そうね」


「面白がるな」


『教育対象、七名』


 壁へ七人の名前が並ぶ。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 ノア。


『第一課題を発表します』


「まだやるのか?」


『明日、旦那様は八百四十二世界の留学生代表者七名と面談します』


 七人の表情が固くなる。


『七名の教育対象は、面談が終了するまで別室で待機してください』


「先生と同席できないのですか?」


 セレスが尋ねる。


『できません』


「姿を見ることも?」


『禁止です』


「音声は?」


『遮断します』


「影から見守るのは?」


 ノア。


『禁止です』


「屋根の上から匂いを確認するのは?」


 アウラ。


『禁止です』


「面談相手の資産を事前に調べるのは?」


 クロエ。


『禁止です』


「戦闘力を測るのは?」


 エリナ。


『禁止です』


「魔界の使者へ監視を頼むのは?」


 リリス。


『国家権力の使用に該当します』


「神へ祈って様子を見るのは?」


 ミレイユ。


『腕輪によって不可能です』


 七人が俺を見る。


 捨てられた子犬のような目だった。


 世界を滅ぼせる七人の女性とは思えない。


「三分ずつ話すだけだ」


「七人で二十一分」


 セレスが呟く。


「移動を含めて三十分程度だ」


「三十分も先生が、知らない女性と」


「話すだけだ」


「その間、私たちは何をすれば」


『第二日の朝食を作ってください』


 七人の顔色が変わった。


「料理」


 エリナが呟く。


『面談終了時刻までに、旦那様と留学生代表者七名の朝食を完成させてください』


「代表者の分も?」


 リリスの翼が震える。


『はい』


「敵へ食事を作るのか?」


「敵ではない」


『健全な交流を学ぶ課題です』


 ミレイユが手を上げる。


「料理を失敗した場合は?」


『教育評価が下がります』


「先生との婚姻適性も?」


『下がります』


 七人が一斉に台所へ走り出した。


「今から練習します!」


「塩の量を調べます!」


「毒のない魔界料理!」


「包丁を買う!」


「お肉を食べない!」


「食材市場を調査します!」


「スープ」


「夜中だぞ!」


 俺が止める声は、誰にも届かなかった。


 七人は腕輪で力を封じられたまま、台所へ殺到する。


 数秒後。


 大きな音がした。


 続いて、煙。


「何をした!」


「先生!」


 セレスの声が台所から響く。


「鍋が燃えました!」


「どうして火をつけて数秒で燃える!」


「普通の火は、帝国魔術より調整が難しいです!」


「水をかけろ!」


「ミレイユが井戸へ!」


「腕輪で水桶を持てません!」


「全員、落ち着け!」


 世界を滅ぼす七人の悪女。


 十年前。


 俺は彼女たちへ、弱い者を傷つけず、誰かを罰する前に話を聞くよう教えた。


 その結果。


 世界を滅ぼす予言は回避された。


 ただし。


 俺への愛情が強すぎるという、新しい問題が残っていたらしい。


 台所から黒煙が上がる。


 八百四十二人の留学生たちは、地下都市で明日を待っている。


 そして明日の朝。


 俺は七人の見ていない場所で、異世界から来た女性たちと面談しなければならない。


 七人が用意する朝食を食べながら。


「先生!」


 今度はクロエの声がする。


「台所の修繕費を、誰の負担といたしますか!」


「まず火を消せ!」


 共同生活二日目。


 七人の再更生教育は。


 朝を迎える前から、すでに失敗しそうだった。


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