第50話 十年前の死亡報告を調べ直したら、世界大戦の証拠の送信者欄が『虚無王』だった
翌朝、食卓にパンが並び終わったところで、家が珍しく朝食を止めた。
『旦那様。レオ様とフィオナ様から、確認していただきたい記録がございます』
「朝飯より先?」
『可能であれば』
いつもなら俺の食事を何より優先しようとする家が、そんな言い方をする。それだけで軽い話ではないと分かったらしく、セレスたちも自然に会話を止めた。
ただしアウラだけは、手に持っていたパンをどうするか迷った末、そのまま口へ入れた。
「食べながら聞く」
「お前はそれでいいよ」
食堂の扉が開き、レオとフィオナが入ってきた。俺と同じ顔を持つ弟は、普段より少し険しい表情をしている。隣のフィオナも、いつもの冗談めいた笑みを浮かべていなかった。
レオが机へ置いたのは、掌ほどの古い記録板だった。
「兄」
「その呼び方、まだ慣れないな」
「今さら変える気はない。それより、これを見ろ」
「何だ?」
「お前が死んだことになった日の記録だ」
食卓の空気が変わった。
さっきまでパンを食べていたアウラの動きまで止まり、ノアの影が僅かに広がる。セレスも無意識に背筋を伸ばしていたが、誰も立ち上がらなかった。
それが少しだけ嬉しかった。
以前なら「どこの国の記録だ」と聞くより先に、それぞれの軍や諜報組織へ命令を飛ばしていただろう。
「見つけたのか?」
「正確には、残っていたものを読めるようにした」
フィオナが椅子を引き、俺たちにも見えるよう記録板を中央へ寄せた。
「前にレオと私で直した記憶具があったでしょう? あれを調整していたら、家の古い記録領域と接続できたの。そこに、破損したまま十年間放置されていた通信記録が残っていたわ」
『私自身も通常領域から参照できない箇所でした』
家が補足する。
「お前の中に、お前が読めない記録があったのか?」
『はい。当時の私には、現在ほど高い自己解析能力がありませんでした。また、当該記録は境界通信による損傷を受けています』
「境界通信?」
アステラの表情が変わった。
彼女はパンから手を離し、記録板を見る。
「虚無を通った通信?」
「そこまでは分かっている」
レオが答える。
「だから、お前にも見てもらいたい」
「見せて」
アステラが椅子を寄せた。
◇
記録板へ魔力を流すと、古い文字列が浮かび上がった。
日付は十年前。
俺が虚無門へ入り、この世界から姿を消した日の翌日だった。
『対象――レオン・アルヴェイン』
『生存確認――不能』
『帰還経路――消失』
『現地時間経過――算出不能』
「ここまでは家の記録?」
『はい』
俺が尋ねると、すぐ返事があった。
『旦那様が虚無門へ入られた直後から、私は帰還経路を検索していました。しかし翌日、既知の接続経路が完全に失われました』
「それで俺が死んだと判断した?」
『いいえ』
「違うのか」
『死亡確認はできませんでした。ただし、生存確認もできませんでした』
俺は少し考える。
「だから複製の体を作った」
『はい。七名が旦那様を追って虚無へ入ることを防ぐためです』
七人が気まずそうに目を逸らした。
「今さら怒らないよ。実際、全員行こうとしたんだろ?」
「……帝国軍を用いてでも門を再開するつもりでした」
セレスが認めると、ミレイユも静かに頷いた。
「私は神殿の禁術を使うつもりでしたし、皆さんも程度の差こそあれ、先生を追うことしか考えておりませんでした。家の判断が正しかったかは今でも簡単には決められませんが、少なくとも当時の私たちが冷静ではなかったことだけは認めます」
「私、一回入った」
ノアが小さく付け加える。
「それは今でも怒ってる」
「入口だけ」
「入口でもだ」
ノアは少しだけ肩をすくめた。
昔なら、そこでさらに言い訳を重ねただろう。今は俺が心配したのだと分かっているのか、それ以上は何も言わなかった。
「問題はここからだ」
レオが記録を先へ進める。
文字列が一度乱れた後、見覚えのない形式へ切り替わった。
『外部照会を受信』
『対象の死亡判定を要求』
『要求元――識別不能』
『要求権限――境界最上位』
アステラが身を乗り出した。
「待って」
「分かる?」
「この形式は知ってる。でも、おかしい」
彼女は文字へ指を添える。銀と黒の光が記録板を覆い、古い情報を一つずつ読み取っていく。
「これは普通の世界から送れる通信じゃない。八百四十二世界の王でも無理よ。境界管理者か、それより上の権限が必要になる」
「アステラなら?」
セレスの質問に、全員が少しだけ緊張した。
けれどその声に疑いの色はなかった。ただ事実を確認している。
アステラも、それが分かったらしい。
「今の私なら送れる。でも当時の私は、レオンと虚無の狭間にいた。境界核の大部分も不安定で、外へこんな通信を送る余裕なんてなかったわ」
『アステラ様の操作履歴にも該当する記録は存在しません』
家がすぐに告げた。
「では、誰ですか?」
ミレイユが静かに尋ねる。
「まだ分からない」
アステラが記録板を睨む。
「でも続きを見れば、もう少し絞れるかもしれない」
◇
次の記録。
『死亡判定――保留』
『外部照会元より追加情報を受信』
『肉体反応――消失』
『魂魄反応――境界外』
『帰還可能性――不明』
『判定を再要求』
俺は眉を寄せた。
「ずいぶん死んだことにしたがってるな」
「ええ」
フィオナも腕を組む。
「家は何度も判定を保留している。でも、外から何度も『死亡として処理しろ』と要求されているわ」
セレスの指先が僅かに動いた。
「その外部照会元が、先生の死亡報告を作った者でしょうか」
「可能性はある。でも、まだ決めない」
俺が答えると、セレスは一瞬だけ驚いてから頷いた。
「……はい。まず最後まで見ます」
それでいい。
腹が立つ時ほど、相手の話を聞く。
証拠を見つけた時ほど、すぐ誰かを犯人にしない。
七人へ何度も教えたことだが、今は俺自身にも必要だった。
記録がさらに進む。
『家族保護を最優先』
『死亡判定要求――拒否』
『代替措置――複製体生成』
『七名に対する追跡抑止を開始』
ここまでは家が話していた通り。
その直後。
表示が赤く変わった。
『外部照会元からの干渉を検出』
『記録領域の一部を隔離』
『干渉元識別――』
文字が途切れる。
「壊れてる?」
エリナが顔を近づけた。
「ここが一番酷い」
レオが答える。
「だから今まで読めなかった。だがフィオナが記憶具の欠損補完を使えば、一部だけ戻せる」
「完全には無理よ」
フィオナは両手を記録板へ置いた。
「記憶を作ることはできない。残っている破片を、元の位置へ戻すだけ。それでもいい?」
「十分だ」
「分かった」
金色の光が広がる。
細かく砕けていた文字が、少しずつ位置を変え始めた。
一文字。
二文字。
三文字。
やがて。
『干渉元識別――虚無――』
そこでまた切れる。
「虚無?」
リリスの翼が僅かに広がった。
アステラは首を振る。
「まだ続きがある」
フィオナが額に汗を浮かべながら、さらに光を強める。
『虚無――王――』
食堂が静まった。
「……虚無王?」
エリナが俺を見る。
俺も記録を見る。
「嫌な名前が出たな」
クロエは珍しく数字も紙も出さず、真剣な顔でアステラを見た。
「虚無王の権限を使える存在は、何名いるのですか?」
「正式な虚無王なら一人」
「現在は?」
「正式継承は終わっていないけれど、境界側はレオンを所有者として認識している部分がある」
「つまり」
クロエがゆっくり俺を見る。
「先生も、その権限を使用できる可能性がある」
「俺、十年前は虚無で死にかけてたぞ」
「承知しております。可能性の確認です」
「それならいい」
クロエもそこで止めた。
昔なら「先生が無意識に送った可能性〇・〇何パーセント」と計算を始めていたかもしれない。
今は俺の顔を見て、続きを待つ。
フィオナの光が最後の破片をつないだ。
『干渉元識別――虚無王権限』
アステラが息を呑んだ。
「人じゃない」
「どういう意味?」
「これは送信者名じゃない。使われた権限の種類よ」
「じゃあ、犯人が虚無王とは限らない?」
「ええ。鍵を使った者と、鍵の名前は別」
なるほど。
少しだけ安心した。
もっとも、その鍵を誰が使ったのかという問題は残っている。
◇
「待ってください」
セレスが記録板を見たまま言った。
「先生が消えられた翌日に、この干渉があった。それなのに、私たちへ先生を殺した犯人だと示す証拠が届いたのは十年後です」
「十回目の命日」
ノアが続ける。
「世界大戦の日」
「ああ」
俺もそこが気になっていた。
十年間。
何もせず待った。
そして十年後、七人全員へ、それぞれ別の陣営を疑わせる本物の証拠が同時に届いた。
「家。十年前の干渉と、十年後の証拠送信はつながってる?」
『現時点では断定できません。ただし――』
一拍置いて。
『十回目の命日に七名へ送付された証拠には、共通する境界処理痕が存在します』
七人全員の顔が変わった。
「今まで分からなかった?」
『七名が持ち寄るまで比較できませんでした。また、当時は世界大戦回避を優先し、詳細解析が後回しになりました』
「その後、私たちが先生を取り合い始めた」
エリナが気まずそうに言う。
「否定できないな」
「……ごめんなさい」
「今さらそこはいいよ」
問題は。
その処理痕だ。
「同じもの?」
『完全一致ではありません。しかし、同一規格です』
「どの規格?」
家が答える前に。
アステラが小さく呟いた。
「虚無王」
『はい』
今度こそ。
誰もすぐには話さなかった。
◇
「先生」
最初に口を開いたのはセレスだった。
「帝国の境界研究部門を動かしてもよろしいでしょうか」
俺はすぐには答えなかった。
「何人?」
「……」
セレスが止まる。
「以前なら、全部隊と申し上げていました」
「今は?」
「まず三名。先生の情報を不用意に広めない者だけを選びます」
「いいと思う」
「ありがとうございます」
ミレイユも続く。
「神殿にも、古い境界記録を扱える者がおります。ただし、神託による犯人探しは行いません。神の言葉を答えとして受け取るのではなく、記録の照合だけを依頼します」
「それなら頼む」
「はい」
リリスは十二枚の翼を一度広げかけ、自分で畳んだ。
「魔界には、虚無に接する古い穴が三つある。軍は出さぬ。私が見に行く」
「一人で?」
「危険なら先生に怒られる」
「分かってるじゃないか」
「二名だけ連れていく」
「よし」
エリナは少し悔しそうだった。
「私は?」
「斬らなくていいぞ」
「まだ言ってない!」
「顔に出てる」
「……虚無王権限って斬れる?」
「やっぱり斬る気だった!」
「冗談半分」
「半分本気か!」
エリナは笑ってから、少し真面目な顔に戻った。
「勇者の記録庫に、先生が消えた日の戦闘記録が残ってる。私が先生を刺してる映像の元になった記録も、もう一回調べたい」
「一人で結論出すなよ」
「うん。誰かと一緒に見る」
「それがいい」
アウラは難しい顔で考えている。
「竜は記録あまり残さない」
「ああ」
「でも匂い覚える」
「十年前でも?」
「古竜なら」
金色の目が真剣になる。
「先生の遺体を運んだって記録に出てきた竜、生きてる」
「会える?」
「うん。でも」
アウラはそこで一度止まった。
「怒らないで聞く」
俺は少し驚いた。
「偉い」
「頭はあと」
「そこは忘れないんだな」
クロエは指を折って何か数えかけ、途中で手を下ろした。
「商業連盟に残る毒薬取引の原本と、その証拠が十年後に私へ送られた経路を別々に追います。利益や国家間取引は絡めません」
「買収は?」
「必要な情報を正当な対価で得る程度に留めます」
「国ごと買うなよ」
「先生」
「何だ」
「私も成長しております」
「その言い方、前科がある人みたいだぞ」
ノアはしばらく黙っていた。
「ノア?」
「先生」
「何だ」
「私」
少し迷う。
「犯人を見つけても」
「ああ」
「先に消さない」
そこからか。
でも。
「大事だな」
「先生に連れてくる」
「連れてこられる相手ならな」
「話を聞く」
「その後は?」
「先生と決める」
「俺だけじゃなくて、みんなでな」
ノアは一度七人を見てから頷いた。
「うん」
十年前。
俺が消えた時。
この七人は、俺を失ったまま世界の頂点まで登った。
十年後。
互いを殺しかねないほど疑い合った。
そして今。
また俺の死に関わる証拠が目の前に出てきても。
誰も軍を動かさない。
誰も剣を抜かない。
誰も「犯人」を決めない。
「先生?」
セレスが俺を見る。
「何でもない」
「……褒めてくださっても構いません」
「顔に出てた?」
「少し」
「じゃあ」
七人を見る。
「ちゃんと成長したな」
全員の顔が一斉に緩んだ。
その直後。
「先生」
アウラ。
「頭」
「一人ずつ来い!」
◇
八人目。
アステラだけは。
俺に頭を撫でられる七人を少し離れた場所から見ていた。
「アステラ?」
「何?」
「どうした」
「考えてる」
「虚無王権限?」
「うん」
俺は彼女の隣へ移動した。
「何か心当たりある?」
「一つだけ」
「言って」
アステラはすぐには答えず、自分の胸へ手を当てた。
そこには今、彼女自身の境界核がある。
「虚無王の権限は、王本人しか使えないわけじゃない」
「ああ」
「王が許可した管理者。王の代理。王が作った装置。そして」
一度。
俺を見る。
「王の記録を持つ存在」
俺は。
食卓の向こう。
レオを見る。
レオも俺を見る。
「俺?」
「違う」
レオは即答した。
「まだ何も言ってないぞ」
「顔で分かる」
同じ顔だからか。
「レオが生まれたのは十年前?」
「体は」
家が答える。
『複製体の基礎生成は旦那様消失後に開始しております』
「なら」
アステラはレオを見る。
「可能性だけならある」
七人の空気が僅かに変わる。
俺はすぐ口を開いた。
「レオ」
「何だ」
「お前、送った覚えある?」
「ない」
「じゃあ今はそれでいい」
「……それだけか?」
「記憶にないことまで謝られても困る」
「俺が無意識にやった可能性は?」
「調べる」
「ああ」
「でも調べ終わるまで、お前は犯人じゃない」
レオはしばらく俺を見ていた。
やがて。
「兄」
「何だ」
「お前は昔から、こうだったのか?」
七人が揃って頷いた。
「勝手に答えるな」
「こうでした」
セレス。
「面倒なほど」
リリス。
「人をすぐ疑わない」
エリナ。
「怒るけど」
アウラ。
「採算は悪いです」
クロエ。
「でも好き」
ノア。
「最後だけ話が違う」
俺が言うと、少しだけ重くなっていた食卓に笑いが戻った。
◇
「ただし」
アステラの声が。
その笑いを止めた。
「レオ以外にもいる」
「誰?」
「家」
『私ですか』
「あなたはレオンの記録を持っている。それに、境界へ接続できる」
『現在は可能です。当時は限定的でした』
「限定的でも、ゼロではない」
「家にも覚えは?」
『ございません』
「なら同じだ」
俺は壁を見る。
「家も今は犯人じゃない」
『旦那様』
「何だ」
『ありがとうございます』
「いや、まだ調べるからな」
『はい』
「そこで完全に喜ぶな」
アステラはさらに続ける。
「フィオナやリタは違うと思う。虚無王の記録を持っていない。でも問題は、レオン」
「俺?」
「あなた自身」
「俺は虚無にいた」
「だからよ」
アステラの表情が真剣になる。
「三か月の間、あなたは何度も境界へ触れた。覚えてない?」
「触れたというか、脱出するために壊したり開けたりはした」
「どのくらい?」
「……結構」
「レオン」
「何だ」
「私が止めても?」
「生きて帰りたかったからな」
「十七回」
「数えてたのか」
「大規模なものだけ」
七人が俺を見る。
「先生」
セレス。
「虚無で何をなさっていたのですか?」
「帰ろうとしてた」
「境界を十七回破壊しながら?」
「帰ろうとしてた」
「先生らしい」
エリナだけ妙に納得している。
アステラは笑わなかった。
「その時、レオン自身が知らないまま、虚無王権限を起動した可能性もある」
「俺が」
「ああ」
「自分を死亡扱いにしろって家へ要求した?」
「分からない」
「十年後に七人へ戦争の証拠を送った?」
「それはもっと分からない」
アステラは首を振る。
「だから調べるの」
まさか。
自分の死亡報告の犯人候補に。
自分まで入るとは思わなかった。
「……俺、犯人だったらどうする?」
冗談半分で言った。
七人。
黙る。
少し。
考える。
最初にセレスが答えた。
「理由を聞きます」
「その後は?」
「先生が悪いことをなさっていたのであれば」
柔らかく。
でも。
はっきり。
「叱ります」
「お前が俺を?」
「はい」
「成長したな」
「先生に育てていただきましたので」
ミレイユも頷く。
「必要であれば反省していただきます」
リリス。
「説教もする」
エリナ。
「勝負は?」
「しない」
「そこはしないのか」
アウラ。
「先生でも悪いことしたら謝る」
クロエ。
「賠償額は相談の上で」
「急に怖い」
ノア。
「消さない」
「俺にも?」
「うん」
「よかった」
ノアが少し考える。
「でも逃げたら捕まえる」
「そこは頼もしいな」
俺は。
笑ってしまった。
「じゃあ俺が犯人でも安心だな」
『安心する場面ではありません、旦那様』
「家に言われた!」
◇
朝食は完全に冷めていた。
「温め直す?」
アウラが自分の皿を見ながら聞く。
「そうするか」
『ただちに』
家が動こうとする。
その時。
記録板。
小さな音。
かちり。
「……」
「レオ?」
「俺じゃない」
「フィオナ?」
「触ってないわ」
全員の視線。
記録板。
集まる。
表示されていた古い文字が消えた。
代わりに。
一行。
『復元率が規定値を超えました』
フィオナが目を見開く。
「まだ記録がある」
「どのくらい?」
「分からない。隠れていた領域が開いたみたい」
次の文字。
『封印記録一件』
『閲覧条件――帰還者本人』
俺を見る。
「先生」
セレス。
「俺?」
俺が指を記録板へ触れる。
一瞬。
冷たい。
次に。
虚無で何度も感じた。
あの。
何もないはずなのに。
すべてが裏返りそうになる。
嫌な感覚。
『本人認証完了』
文字が浮かぶ。
そして。
『記録者――不明』
『記録時刻――境界時間換算不能』
『宛先――レオン・アルヴェイン』
「俺宛て?」
アステラが俺の腕を掴む。
「待って。これ」
「何?」
「虚無の内側で作られてる」
「俺がいた場所?」
「たぶん。でも」
アステラの指が僅かに震える。
「私の知らない領域」
次の文字。
『帰還したレオン・アルヴェインへ』
全員。
息を止める。
さらに。
『あなたがこれを読んでいるなら――』
そこで。
一度。
表示が止まった。
「家」
『私は操作しておりません』
「フィオナ」
「復元は終わってる」
「アステラ?」
「読める。続きが来る」
数秒。
長く感じた。
やがて。
最後の一行が現れた。
『十年前の死亡報告は、予定どおり成功した』
誰も。
声を出さなかった。
「……成功?」
俺が呟く。
死亡報告は。
間違いではなかった?
事故でも。
家だけの判断でもなく。
誰かが。
最初から。
成功させようとしていた。
そして。
そいつは。
俺が帰還して。
この記録を読む可能性まで。
知っていた。
「先生」
ノアの手が。
俺の袖を掴む。
昔なら。
そのまま全身でしがみついたかもしれない。
でも今は。
袖だけ。
「いる?」
「ああ」
「今?」
「ああ」
「じゃあ」
ノア。
記録。
見る。
「読む」
セレスも。
ミレイユも。
リリスも。
エリナも。
アウラも。
クロエも。
アステラも。
誰も武器を取らない。
誰も命令を出さない。
ただ。
次の文字を待つ。
俺も。
逃げない。
「家」
『はい』
「朝飯」
『温め直しますか?』
「ああ」
全員が俺を見る。
「何だよ」
エリナが呆れたように笑った。
「先生。今?」
「腹減ったまま犯人探ししたら、ろくな判断しないだろ」
リリスが。
最初に笑った。
「先生らしい」
「だろ?」
「うむ」
アウラもパンを持ち上げる。
「食べながら続き見る」
「こぼすなよ」
「努力する」
「約束しろ」
「それは無理」
「そこは即答するな!」
少しだけ。
いつもの朝へ戻る。
でも。
机の上には。
十年前から。
俺だけを待っていた記録。
『死亡報告は、予定どおり成功した』
その一文だけが。
消えずに残っていた。
どうやら。
普通に明日を待つ練習を始めた俺たちへ。
十年前の誰かが。
ずいぶん遅れて。
続きを届けに来たらしい。




