↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/51

第49話 魔王に「今、踊りたい」と誘われたので、舞踏会ではなく台所の前で手を取った



 翌日の夕方、俺は台所で夕食後の皿を片づけていた。


 昨夜、家から「私との時間を」と妙な要求をされたせいで、朝から何度か壁に向かって話しかける羽目になったが、結論としては「家の点検を一緒にする」ということで落ち着いた。恋人扱いを認めたわけではない。そこだけは強く言っておきたい。


 もっとも、家は妙に満足したらしく、それ以降は静かだった。


「先生」


 背後から呼ばれて振り返ると、リリスが立っていた。


 いつもの黒い服。十二枚の翼も普段どおり畳まれている。ただし、昨日の夜に見た時とは少し表情が違う。


「どうした?」


「今、暇か?」


「皿を片づけたら暇かな」


「では手伝う」


 リリスは返事を待たずに残りの皿を持った。


「珍しいな」


「何がだ」


「魔王が皿洗い」


「先生は昨日、女帝にもさせていたではないか」


「見てたの?」


「家の中だぞ。普通に通った」


「最近、誰かが見てるって聞くと全部盗み見に思えてきた」


「環境が悪い」


「お前らのせいだよ」


 二人で皿を片づける。


 リリスは料理が好きなだけあって、台所仕事には慣れていた。俺よりよほど手際がいい。洗った皿を俺が拭いているうちに、あっという間に全部終わった。


「終わったな」


「うむ」


 それなのに、リリスは帰らなかった。


 台所の入口で立ったまま、俺を見ている。


「何かある?」


「……」


「リリス?」


「先生」


「何だ」


「昨日」


「ああ」


「私は、踊りたくなったら誘うと言った」


「言ってたな」


「その時は、今ではなかった」


「ああ」


 そこでリリスは一度、自分の胸元へ手を置いた。


 何かを確認するように。


「今は」


 十二枚の翼が、わずかに持ち上がる。


「踊りたい」


「俺と?」


「先生と」


 まっすぐだった。


「じゃあ踊るか」


「……」


「どうした?」


「そんなに簡単に決まるのか」


「誘われて、俺も嫌じゃない。ならいいだろ」


「場所は?」


「どこでも」


「音楽は?」


「なくてもいい」


「衣装は?」


「今のまま」


 リリスは台所を振り返った。


「ここで?」


「狭い?」


「十二枚ある」


「それは問題だな」


「先生が吹き飛ぶ」


「もっと問題だ」


 結局、俺たちは台所のすぐ外にある広めの居間へ移動した。


     ◇


「先生」


「何だ」


「踊れるか?」


「それを今聞く?」


「私は初心者だ」


「俺も大して上手くない」


 リリスの表情が少し明るくなった。


「なら同じだな」


「前に子供から教わった分、お前の方が上じゃない?」


「右、左、回る、しか知らぬ」


「十分だろ」


「先生」


「ああ」


「手を」


 差し出される。


 俺も握る。


 以前、リリスが子供たちと踊った時は、楽しさのあまり翼が本人より先に拍子を取っていた。


 今日は音楽もない。


 観客もいない。


 教師もいない。


「どうする?」


「先生」


「何」


「右」


「はい」


「左」


「はい」


「回る」


「俺も?」


「当然だ」


「そこまで教わってない!」


 結局、二人で適当に動いた。


 右へ一歩。


 左へ一歩。


 俺がリリスの手を上げ、彼女がその下を回る。


 十二枚の翼がぶわっと広がり、近くの椅子へぶつかりそうになった。


「翼!」


「分かっている!」


「分かってない動きだぞ!」


「勝手に嬉しがる!」


「本人が制御しろ!」


 リリスが声を上げて笑う。


 俺も笑った。


 踊りとしては酷い。


 舞踏会なら途中で追い出されるかもしれない。


 でも。


「先生」


「何だ?」


「楽しい」


「ああ」


「前より」


「何が違う?」


「分からぬ」


 少し動きを緩めながら、リリスは考える。


「前は、知らないことを教えてもらうのが楽しかった」


「ああ」


「今日は」


 俺の手を握り直す。


「下手な先生と一緒に、分からないままやっているのが楽しい」


「下手は余計だ」


「事実だ」


「お前もだろ」


「うむ」


 二人でまた笑った。


     ◇


 ところが。


「……」


 何度か回ったところで、俺は妙な気配に気づいた。


「リリス」


「何だ?」


「観客いるよな」


「いる」


「分かってたの?」


「最初から」


「何で言わない!」


 居間の扉を開ける。


 廊下。


 七人。


 座っていた。


「お前ら!」


「先生」


 セレスが静かに手を上げる。


「今回は侵入しておりません」


「扉一枚隔てただけだろ!」


「音が聞こえましたので」


 ミレイユが微笑む。


「楽しそうでしたから」


 エリナ。


「踊ってた?」


「ああ」


「いいな」


 その言葉に。


 リリスの翼が、少しだけ固くなった。


 俺は気づいた。


 たぶん。


 以前ならここから、「私も」と続いた。


 でもエリナは続けなかった。


「私も、踊りたくなったら誘う」


「……」


 リリスがエリナを見る。


「今日は入らぬのか?」


「今日はリリスが先生を誘ったんでしょ?」


「うむ」


「なら見ない」


 エリナが立つ。


「聞いちゃったけど」


「私もです」


 セレスも続く。


「失礼しました」


 ミレイユも。


 アウラは少しだけ名残惜しそうに居間を見る。


「先生」


「何だ」


「踊り終わったら」


「ああ」


「お菓子食べたくなったら呼んで」


「条件多いな」


「今は食べたいけど、一人で食べる」


「偉い」


 尻尾が動く。


 自分で止めた。


「もっと偉い」


「頭はあとで!」


「結局予約するのか!」


 クロエもノアもアステラも、それぞれ戻っていく。


 七人が消えた後。


「先生」


「何?」


「変な感じだ」


「何が?」


「誰も入ってこなかった」


「前なら全員参加だったな」


「うむ」


 リリスはしばらく閉じた扉を見た。


「少し寂しい」


「え?」


「だが」


 俺を見る。


「嬉しい」


「両方?」


「両方だ」


「最近みんなそれ覚えたな」


「先生」


「何だ」


「感情は、一つでなくてもいいのだな」


「たぶんな」


 アステラなら色で説明するのだろう。


 でもリリスはリリスなりに、同じことを覚えつつある。


     ◇


 再び手を取る。


「今度はどうする?」


「先生が決めろ」


「俺?」


「うむ」


「じゃあ……」


 適当に。


 右。


 左。


 回る。


 リリスが回った勢いで、翼が俺の背中へ触れた。


「危なっ」


「すまぬ」


「今のは柔らかかったな」


「先生」


「何」


「触ってもいいぞ」


「翼?」


「うむ」


「今?」


「今」


 踊りを止める。


 十二枚の翼。


 一枚。


 目の前。


 黒く。


 大きい。


「触るぞ」


「うむ」


 手を伸ばす。


 羽。


 指。


 沈む。


「柔らかいな」


「……」


「リリス?」


「もう少し」


「ここ?」


「そこ」


 撫でる。


 翼。


 僅かに震える。


「くすぐったい?」


「違う」


「嫌?」


「違う」


「じゃあ?」


 リリス。


 少し。


 顔。


 赤い。


「嬉しい」


「ああ」


「先生」


「何だ」


「昔」


 翼。


 少し畳む。


「私は、これが嫌いだった」


「翼?」


「うむ」


 昔。


 リリスを拾った時。


 十二枚の翼は、彼女が人から恐れられる最大の理由の一つだった。


「邪魔だった?」


「違う」


 首を振る。


「これを見ると皆、魔族だと言った」


「ああ」


「化け物だと」


「ああ」


「先生だけ」


 一度。


 俺を見る。


「大きくて格好いい、と言った」


「言ったな」


「覚えている?」


「もちろん」


 当時。


 リリスは泣かなかった。


 でも。


 俺が翼を褒めた時だけ。


 少しだけ。


 嬉しそうに広げた。


「先生」


「何」


「今も」


 一枚。


 俺の手へ。


「格好いいか?」


「ああ」


「綺麗?」


「ああ」


「好き?」


「好きだよ」


「……」


 十二枚。


 一斉。


 ばさああっ!


「うわっ!」


「すまぬ!」


「壁!」


『損傷軽微です』


「家!」


『はい』


「急に入るな!」


「先生!」


「何!」


「今のは先生が悪い!」


「俺は聞かれたから答えただけだ!」


「好きと言った!」


「翼が!」


「分かっている!」


「なら制御しろ!」


「無理だ!」


     ◇


 少し落ち着いて。


 また踊る。


 今度は。


 かなりゆっくり。


「先生」


「何?」


「一つ聞きたい」


「ああ」


「私」


 動き。


 止めない。


「前」


「ああ」


「先生とキスした時」


「ああ」


「先生が私を好きだと言ってくれた」


「ああ」


「今日も」


「ああ」


「翼が好きだと言った」


「ああ」


「……」


「何?」


「私」


 一度。


 言葉。


 探す。


「何度も確認したくなる」


「ああ」


「先生が」


 一歩。


 近い。


「まだ好きか」


「ああ」


「今日も好きか」


「ああ」


「昨日と変わっていないか」


「ああ」


「確認しないと」


 ほんの少し。


 声。


 弱い。


「怖い時がある」


 俺は。


 動きを止めた。


「十年のせい?」


「たぶん」


「ああ」


「先生は」


 一度。


 目。


 伏せる。


「突然いなくなった」


「ああ」


「好きだと言ってくれた人も」


「ああ」


「明日もいると思っていた人も」


「ああ」


「いなくなる」


 リリスの手。


 少し。


 強い。


「だから」


「ああ」


「今、好きと言われても」


 一度。


 笑おうとして。


 少し失敗する。


「明日は違うかもしれないと、思う時がある」


 それは。


 リリスだけではないのかもしれない。


 八人全員。


 形は違っても。


 同じ恐怖を抱えている。


「リリス」


「うむ」


「明日も絶対好きだって約束は、しない」


「……」


 リリス。


 少し。


 目。


 見開く。


「先生?」


「約束したら、また明日の保証を集めるだろ」


「……」


「ああ」


「今」


「ああ」


「好き?」


「好き」


「今日?」


「好き」


「明日は?」


「明日聞け」


「……」


「明日、聞きたくなったらな」


 長い。


 沈黙。


「先生」


「何だ」


「それ」


 一度。


 翼。


 ゆっくり。


 開く。


「怖い」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「少し」


 笑う。


「安心する」


「変な感じ?」


「うむ」


「明日の分まで今日決めなくていい」


「ああ」


「明日は明日」


「ああ」


「先生がいたら」


「ああ」


「その時また聞けばいい」


「ああ」


「……」


 握っていた手から。


 少しだけ。


 力が抜ける。


「それでいい」


     ◇


 もう一度。


 踊る。


 今度は。


 さっきより。


 リリスの動きが軽い。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「キスしたい」


「……」


 今度は。


 俺も。


 自分へ聞く。


「俺も」


「明日も?」


「今の話聞いてた?」


「冗談だ」


「お前まで九割とか言うなよ」


「十割」


「完全に冗談か」


「うむ」


 リリス。


 顔。


 近い。


「先生」


「何?」


「私からしていい?」


「ああ」


「今?」


「今」


 リリスが。


 少し。


 笑う。


「よい言葉だ」


「何が?」


「今」


 そのまま。


 唇。


 重なる。


     ◇


 二回目。


 最初より。


 少し長い。


 でも。


 離れる。


「……」


「……」


 翼。


 静か。


「今日は開かないな」


「必死だ」


「我慢してる?」


「うむ」


「開いてもいいぞ」


「先生が吹き飛ぶ」


「じゃあ駄目だ」


「先生」


「何?」


「抱きついていい?」


「いいぞ」


 今度は。


 翼ではなく。


 腕。


 俺。


 抱く。


「……」


「リリス?」


「先生」


「ああ」


「今」


「ああ」


「好き」


「俺も」


「……」


 翼。


 ぶわっ!


「結局開くのか!」


「無理だ!」


     ◇


 居間を出ると。


 七人。


 いなかった。


「本当に帰ったな」


「うむ」


 リリス。


 少し。


 嬉しそう。


「先生」


「何?」


「報告する?」


「何を」


「二回目」


「自分から言いたい?」


「……」


 考える。


「言いたくない」


「じゃあ言わなくていい」


「秘密?」


「秘密ってほどでもないけど」


「聞かれたら?」


「答えたければ答える」


「答えたくなければ?」


「言わなくてもいい」


 リリス。


 驚く。


「恋人同士のことを?」


「ああ」


「八人に共有しなくても?」


「ああ」


「……」


「嫌?」


「違う」


 少し。


 口元。


 上がる。


「嬉しい」


 俺たちは、そのまま夕食後の居間へ戻った。


     ◇


「おかえり」


 アステラ。


「ただいま」


「踊れた?」


「うむ」


 リリス。


 それだけ。


 エリナが見る。


「楽しかった?」


「うむ」


 セレス。


「よかったですね」


「うむ」


 誰も。


『キスした?』


 とは聞かなかった。


 以前なら確実に聞いただろう。


 アウラも。


 口。


 開きかけた。


「……」


 閉じた。


「アウラ?」


「何でもない」


「聞きたい?」


「少し」


「聞かないの?」


「リリスが言いたかったら言う」


 リリス。


 アウラ。


 見る。


「……」


「何?」


「成長したな」


「リリスに言われた!」


「私も成長している」


「知ってる!」


 二人。


 笑う。


     ◇


 クロエが青い器の中へ新しい紙を入れていた。


「何書いた?」


「秘密です」


「俺にも?」


「はい」


「お」


 クロエ。


 少し。


 得意そう。


「先生が、見せないものがあってもよいと以前おっしゃいましたので」


「ああ」


「実践しています」


「いいじゃないか」


「中身を聞かれませんか?」


「聞いてほしい?」


「……少し」


「どっちだよ」


「秘密にしたい自分と、先生には気づいてほしい自分が同時に」


「それも両方でいいんじゃない?」


「なるほど」


 最近。


 全員。


 どんどん複雑になっている。


 でも。


 たぶんそれでいい。


     ◇


『本日の記録を開始します』


「家」


『はい』


「どこまで見てた?」


『共有空間のみ』


「本当?」


『はい』


「キスは?」


『記録対象外です』


 リリス。


 俺。


 同時。


 家を見る。


「珍しいな」


『旦那様が、全てを共有する必要はないとお考えであることを学習しました』


「……」


「家」


『はい』


「お前まで成長した?」


『高性能ですので』


「そこ自分で言うな」


『本日の記録としては』


「ああ」


『リリス様は昨日生じた希望を即座に予定化せず、本日改めて希望が生じた時点で旦那様を誘いました』


「ああ」


『また』


「ああ」


『未来の感情を事前確保せず、現在の感情のみを確認する試みを開始』


 リリス。


 少し。


 考える。


「……今だけ」


『はい』


「今好き」


『はい』


「明日は明日」


『その理解です』


「うむ」


 納得。


     ◇


 夜。


 俺が自室へ戻ろうとすると。


 階段。


 エリナ。


 座っていた。


「どうした?」


「先生」


「何?」


「今日」


 少し。


 考える。


「リリスと何したか」


「ああ」


「詳しく聞きたい気持ちある」


「ああ」


「でも」


 自分の胸。


 軽く。


 叩く。


「聞かない」


「どうして?」


「聞いたら」


 一度。


 笑う。


「比べるから」


「ああ」


「何回キスしたとか」


「ああ」


「何分一緒にいたとか」


「ああ」


「どっちからとか」


「ああ」


「たぶん気になる」


「うん」


「だから」


 俺を見る。


「今日は知らなくていい」


「……」


「先生」


「何」


「これも恋人?」


「たぶん」


「難しいね」


「俺もそう思う」


「でも」


 少し。


 笑う。


「前より楽」


「何が?」


「全部知らなくても」


 一度。


 視線。


 廊下。


「先生が明日もいる気がする」


 その言葉に。


 俺は。


 少し。


 胸。


 詰まる。


「エリナ」


「何?」


「明日は保証しないぞ」


「知ってる」


「じゃあ?」


「明日いたら」


 笑う。


「おはようって言う」


「……ああ」


「それでいい」


「ああ」


「おやすみ、先生」


「おやすみ」


 階段。


 上がる。


 俺は。


 少しだけ。


 振り返る。


 八人に。


 明日の俺を。


 約束することはできない。


 死なないとも。


 消えないとも。


 永遠に何も変わらないとも。


 言えない。


 でも。


 今。


 ここにいる。


 好きなら。


 好きと言う。


 隣にいたいなら。


 隣にいる。


 踊りたいなら。


 踊る。


 明日の分まで。


 今日のうちに確保しなくてもいい。


『旦那様』


「何だ」


『明日』


「家」


『はい』


「今は?」


『……』


「今は何したい?」


 少し。


 沈黙。


『照明を消したいです』


「寝ろってこと?」


『はい』


「じゃあ消して」


『おやすみなさいませ』


「おやすみ」


 灯りが消える。


 普通の恋人になる練習は。


 いつの間にか。


 普通に明日を待つ練習へ。


 少しずつ変わり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。