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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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41/52

第41話 勇者が初キスを勝負にしたくないと言うので、今度は俺が一歩ずつ近づくことにした



 翌朝。


 食卓へ入った瞬間。


 妙なことに気づいた。


「……静かだな」


 八人いる。


 全員いる。


 なのに静かだ。


 セレスは朝食を食べている。


 ミレイユは茶を飲んでいる。


 リリスは昨日買った青い石を時々眺めている。


 アウラはパンを三つ重ねている。


 クロエは書類を読んでいる。


 ノアは俺の斜め後ろ。


 アステラは新しい色紙を作っている。


 そして。


 エリナ。


「……」


 黙っている。


「エリナ」


「何?」


「具合悪い?」


「元気」


「食欲は?」


「ある」


「剣を振りたい?」


「振りたい」


「いつもどおりだな」


「うん」


 なら。


 何だろう。


 昨日。


 リリスと。


 キスした。


 その前。


 ミレイユ。


 その前。


 セレス。


 そしてアステラ。


 ――あ。


 俺は。


 気づいた。


 第37話の。


 もう破棄された。


『初口づけ希望表』


 あれでは。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 その次が。


 エリナだった。


「……」


 俺が見る。


 エリナも。


 見る。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「思い出した?」


「何を」


「昔の表」


「……」


「思い出した顔」


「顔で分かるのか」


「先生、分かりやすい」


 周囲。


 七人も。


 微妙に。


 エリナを見る。


「見るな」


 エリナ。


 パン。


 かじる。


「今日は」


「ああ」


「私の番じゃない」


 全員。


 少し驚いた。


「エリナ?」


 セレス。


「順番はありません」


「知ってる」


「ですが以前の表では」


「だから」


 エリナが。


 少し強く。


「私の番じゃない」


「……」


「先生が」


 一度。


 俺を見る。


「したい時」


「ああ」


「私がしたい時」


「ああ」


「二人が同じ時」


「ああ」


「その時」


 言う。


「だから、今日は何もしない」


「今日って決めるのも予定では?」


 クロエ。


「……」


 エリナ。


 固まる。


「クロエ」


「はい」


「余計なことを言うな」


「申し訳ありません」


 エリナが。


 パン。


 もう一口。


「では」


「ああ」


「決めない」


「それでいいんじゃないか」


「うん」


 俺も。


 席へ。


 座る。


「先生」


「何だ」


「ただ」


 エリナ。


 少し。


 顔。


 赤くなる。


「今日」


「ああ」


「私と二人きりになっても」


「ああ」


「変な意味に取らないで」


「……」


「何?」


「それは」


 一度。


 考える。


「かなり難しいお願いでは?」


「先生!」


「恋人同士だぞ!」


「そうだけど!」


 八人。


 一斉に。


 こちらを見る。


「全員見るな!」


     ◇


 朝食後。


 庭。


 俺は。


 名前のない花へ。


 水をやっていた。


「先生」


「ん?」


 エリナ。


 木剣。


 持っている。


「稽古?」


「うん」


「付き合おうか?」


「駄目」


「どうして」


「先生と勝負すると」


「ああ」


「勝ちたくなる」


「普通では?」


「今日は」


 一度。


 木剣を見る。


「それをしたくない」


「どうして」


「分からない?」


「少し」


 エリナ。


 ため息。


「先生」


「何だ」


「私」


 木剣。


 置く。


「昨日」


「ああ」


「リリスと先生が」


「ああ」


「キスしたって聞いた時」


「ああ」


「最初」


 指。


 一本。


「羨ましい」


「ああ」


「次」


 二本。


「私もしたい」


「ああ」


「次」


 三本。


「……」


「何?」


「私の番」


 小さな声。


「って思った」


「ああ」


「すぐ」


 自分で。


 首を振る。


「違うって分かった」


「うん」


「でも」


 一歩。


 こちらへ。


「先生とキスしたい気持ちと」


「ああ」


「次は私だって気持ちが」


「ああ」


「混ざった」


「……」


「それが」


 エリナ。


 少し。


 悔しそうに。


「嫌だった」


 なるほど。


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「何でも」


 木剣。


 見る。


「勝負にしてきた」


「ああ」


「剣も」


「ああ」


「泳ぎも」


「ああ」


「食事の速さも」


「それは競わなくていい」


「先生に頭を撫でてもらう回数も」


「いつ競ってた!?」


「秘密」


「今言っただろ!」


「でも」


 エリナ。


 少し笑う。


「キスは」


「ああ」


「勝ち負けにしたくない」


「……」


「先生とのこと」


 胸。


 軽く押さえる。


「一番とか」


「ああ」


「先とか」


「ああ」


「誰より多いとか」


「ああ」


「そういうので」


 一度。


 言葉。


 探す。


「嬉しくなりたくない」


「じゃあ」


 俺は。


 水差し。


 置く。


「今日は、しなくてもいい」


「……」


 エリナ。


 少し。


 寂しそう。


「したくないとは言ってない」


「難しいな!」


「私も難しい!」


     ◇


「じゃあ出かける?」


「どこへ?」


「決めてない」


「セレスみたい」


「予定表四十三枚はいらないぞ」


「持ってない」


「本当?」


「うん」


 エリナ。


 腰。


 見る。


 剣。


 ない。


「今日は剣も置いていく」


「いいの?」


「うん」


「不安じゃない?」


「少し」


「じゃあ持っていっても」


「でも」


 首。


 振る。


「今日は」


「ああ」


「勇者じゃなくて」


 一度。


 照れる。


「先生の恋人で出かけたい」


「……」


「先生」


「何だ」


「顔赤い」


「お前もな!」


     ◇


 街。


 二人。


 歩く。


 エリナは。


 普通の服。


 白いシャツ。


 青い上着。


 膝下までの。


 軽いスカート。


 腰。


 剣なし。


「先生」


「何だ」


「歩きにくい」


「スカート?」


「違う」


「じゃあ何」


「武器がない」


「ああ」


「腰が軽すぎる」


「慣れろ」


「先生」


「何だ」


「襲われたら?」


「拳」


「ある」


「蹴り」


「ある」


「魔法」


「少し」


「十分強いじゃないか!」


「でも聖剣が」


「今日は世界を救わなくていい」


「……」


 エリナ。


 一瞬。


 止まる。


「何?」


「その言い方」


「ああ」


「好き」


「そう?」


「うん」


 また。


 歩き出す。


「今日は世界を救わなくていい」


「ああ」


「すごい」


「普通の休日だ」


「勇者には難しい」


「知ってる」


     ◇


 露店。


 小物。


 並ぶ。


「先生」


「ん?」


「これ」


 髪紐。


 淡い青。


 小さな。


 銀色の飾り。


「似合うと思う?」


「つけてみれば?」


「先生が選んで」


「自分で選ばないの?」


「二つまで選んだ」


 右手。


 青。


 左手。


 赤。


「最後」


「ああ」


「先生」


「どうして」


「先生に」


 少し。


 恥ずかしそうに。


「似合うって思ってほしいから」


 なるほど。


「じゃあ青」


「理由」


「今日の服に合う」


「それだけ?」


「目の色にも合う」


「それだけ?」


「まだいる?」


「かわいい?」


「かわいいと思う」


「買う!」


「早いな!」


 店主。


 笑っている。


「恋人さんに選んでもらったなら、つけていかれます?」


「恋人」


 エリナ。


 反応。


「はい!」


「俺が返事する前に!」


「恋人だから!」


「そこは否定してない!」


 金。


 払う。


 店主が。


 髪紐。


 渡す。


 エリナ。


 受け取らない。


「先生」


「何?」


「結んで」


「……」


「前」


 水鏡庭園。


「結んでくれた」


「ああ」


「また」


 少し。


 俯く。


「してほしい」


「下手だぞ」


「知ってる」


「左右ずれるぞ」


「知ってる」


「本当にいい?」


「うん」


 俺は。


 エリナ。


 後ろ。


 立つ。


「髪、触るぞ」


「うん」


 長い髪。


 手。


 すくう。


「先生」


「何だ」


「前も」


「ああ」


「聞いた」


「触る前?」


「うん」


「聞くよ」


「恋人でも?」


「恋人だからって勝手に触っていいわけじゃないだろ」


「……」


「エリナ?」


「好き」


「急だな」


「今思った」


「そうか」


「うん」


 結ぶ。


 青い紐。


 少し。


 右。


 ずれた。


「……」


「できた?」


「ああ」


「変?」


「少し」


「先生!」


「前と同じだ!」


「成長してない!」


「髪結びを修行してないからな!」


 鏡。


 見る。


 エリナ。


 ずれている。


「直す?」


「直さない」


「また?」


「うん」


 紐。


 触る。


「先生が選んで」


「ああ」


「先生が結んだ」


「ああ」


「今日はこれでいい」


 笑う。


 剣を持っている時より。


 ずっと。


 柔らかい。


「かわいいな」


「……」


 止まる。


「エリナ?」


「今」


「ああ」


「頼んでない」


「俺が言いたかった」


「……」


「どうした」


「先生」


「ああ」


「もう一回」


「かわいい」


「……もう一回」


「増やすな!」


     ◇


 その先。


 小さな広場。


 子供。


 走っている。


「勇者様!」


「……」


 エリナ。


 固まる。


「ばれたな」


「武器ないのに」


「顔は同じだ」


 三人。


 子供。


 集まる。


「勇者様!」


「うん」


「競走して!」


「……」


 俺を見る。


「自分で決めろ」


「うん」


 エリナ。


 子供。


 見る。


「今日は」


 一度。


 息。


「競走しない」


「えー!」


「でも」


 少し。


 笑う。


「一緒に走るならいい」


「どう違うの?」


「誰が一番か決めない」


「なんで?」


「私が」


 少し。


 考える。


「そうしたい日だから」


「分かった!」


 子供。


 分かっているのか。


 たぶん。


 分かってない。


「先生も!」


「俺!?」


「一緒に走る!」


 エリナ。


 俺の腕。


 掴む。


「待て!」


「勝負じゃない!」


「だからって全力で引っ張るな!」


     ◇


 走る。


 子供。


 三人。


 エリナ。


 俺。


「速い!」


「勇者様、速い!」


「先生遅い!」


「俺を基準にするな!」


 エリナ。


 前。


 出る。


 でも。


 すぐ。


 止まる。


 戻ってくる。


「どうした」


「先生が遅い」


「悪かったな」


「合わせる」


「いいの?」


「うん」


「勝てるぞ」


「勝負じゃない」


 隣。


 走る。


 ゆっくり。


 子供が。


 先に行く。


「勇者様負けた!」


「うん!」


 エリナ。


 笑う。


「負けた!」


 一瞬。


 俺は。


 見る。


「平気?」


「……」


 エリナも。


 気づく。


「あ」


「嫌?」


「違う」


 少し。


 考えて。


「今」


「ああ」


「悔しくない」


「そうか」


「先生と走ってるほうが」


 こっち。


 見る。


「楽しい」


「……」


「先生?」


「何だ」


「顔赤い」


「走ったからだ!」


「本当?」


「走れ!」


「逃げた!」


     ◇


 昼。


 小さな食堂。


 注文。


「先生」


「何」


「同じのにする?」


「自分の食べたいのでいい」


「先生は?」


「魚」


「私は肉」


「決まり」


「違っていい?」


「いい」


「一口」


「交換したい?」


「うん」


「じゃあする」


「先生」


「何だ」


「私」


 嬉しそう。


「こういうの慣れてきた」


「何が」


「違うの」


「ああ」


「先生と違っても」


 一度。


 自分の胸。


「私が好きならいい」


「前よりずいぶん進んだな」


「褒めた?」


「ああ」


「頭」


「食事中はやめろ」


「あとで」


「予約するな」


「キスじゃない!」


「何でも予約するな!」


     ◇


 午後。


 急に。


 雨。


「降ってきたな」


「うん」


 軒下。


 二人。


 入る。


「先生」


「何だ」


「走る?」


「雨宿りしよう」


「濡れる」


「もう少しで止むだろ」


 人。


 少ない。


 道。


 屋根。


 雨音。


 エリナ。


 手。


 外。


 伸ばす。


「冷たい」


「ああ」


「先生」


「何」


「雨」


「ああ」


「斬れると思う?」


「斬るな」


「冗談」


「本当に?」


「半分」


「半分はやる気だったのか!」


 笑う。


 エリナ。


 その時。


 屋根。


 端。


 溜まっていた水。


 一気に。


 落ちる。


「エリナ!」


 俺。


 反射的に。


 腕。


 引く。


 自分。


 前。


 出る。


 ざばっ。


「……」


「……」


 俺。


 肩。


 びしょ濡れ。


 エリナ。


 ほぼ。


 無傷。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私を庇った?」


「水だぞ」


「避けられた」


「俺が先に動いた」


「私なら」


「ああ」


「全部弾けた」


「知ってる」


「先生より」


「ああ」


「強い」


「知ってる」


「なのに」


 俺。


 袖。


 絞る。


「庇った」


「体が動いた」


「……」


「怒った?」


「違う」


 エリナ。


 俺の。


 濡れた肩。


 見る。


「嬉しい」


「ああ」


「すごく」


 一度。


 言いかける。


「負けた気――」


 止まる。


「……違う」


「ん?」


「負けじゃない」


「ああ」


「先生に」


 少し。


 顔。


 赤い。


「大事にされた」


「恋人だからな」


「……」


「エリナ?」


「先生」


「何」


「今の」


「ああ」


「もう一回言って」


「水は二回かぶらないぞ」


「そこじゃない!」


「恋人だから?」


「うん」


「恋人だから」


「……」


「満足?」


「全然」


「何で!?」


     ◇


 雨。


 止む。


 近く。


 公園。


 長椅子。


 二人。


 座る。


「先生」


「何」


「肩」


「ああ」


「拭く」


「頼む」


 布。


 出す。


 エリナ。


 俺。


 肩。


 拭く。


「先生」


「ん?」


「私」


「ああ」


「朝より」


「ああ」


「分かった」


「何が」


 ゆっくり。


 手。


 止める。


「キスしたい」


「……」


「でも」


「ああ」


「今」


 目。


 俺。


「リリスの次だからとか」


「ああ」


「セレスより後とか」


「ああ」


「残りの三人より先とか」


「ああ」


「考えてない」


「じゃあ何を考えてる?」


「先生が好き」


「……」


「今日」


 髪紐。


 触る。


「選んでくれて」


「ああ」


「結んでくれて」


「ああ」


「かわいいって」


「ああ」


「頼んでないのに言ってくれて」


「ああ」


「一緒に走って」


「ああ」


「私に合わせたんじゃなくて」


「ああ」


「私が先生に合わせて」


「ああ」


「それでも楽しくて」


「ああ」


「雨から庇ってくれて」


「ああ」


「恋人だからって」


「ああ」


「言ってくれて」


 エリナ。


 笑う。


「だから」


 一度。


 深呼吸。


「先生とキスしたい」


 真っ直ぐ。


 昔。


 剣を構えた時と。


 同じくらい。


 真っ直ぐ。


 でも。


 剣を持っていない。


「聞いていい?」


「うん」


「今」


 一度。


 俺自身。


 気持ち。


 確かめる。


「俺からしていい?」


「……」


 エリナ。


 目。


 見開く。


「先生から?」


「ああ」


「私が」


「ああ」


「待つ?」


「ああ」


「先生が来るまで?」


「ああ」


「……」


「嫌?」


「違う!」


 大きい。


「嬉しい!」


「声!」


「ごめん!」


 周囲。


 人。


 少し。


 見る。


「小さく!」


「うん」


 エリナ。


 座り直す。


 背筋。


 伸ばす。


「では」


「ああ」


 目。


 閉じる。


 拳。


 握る。


「待つ」


「力入りすぎだろ」


「緊張してる」


「戦闘前みたいだぞ」


「戦闘じゃない」


「ああ」


「分かってる」


 俺。


 少し。


 近づく。


 エリナ。


 動かない。


 もう少し。


 距離。


 近く。


「先生」


「何」


「まだ?」


「目閉じてろ」


「距離が分からない」


「開ける?」


「開けたら」


「ああ」


「私から行きそう」


「我慢しろ」


「頑張る」


 一歩。


 いや。


 座っているから。


 少し。


 体。


 寄せる。


 息。


 分かる距離。


「エリナ」


「何」


「本当にいい?」


「うん」


 小さい。


 でも。


 迷わない。


「先生」


「ああ」


「来て」


 唇。


 重ねる。


     ◇


 短い。


 触れるだけ。


 離れる。


「……」


「……」


 エリナ。


 目。


 開く。


「先生」


「何」


「今」


「ああ」


「した?」


「した」


「本当に?」


「した」


「私」


「ああ」


「動かなかった?」


「動いてない」


「先生から?」


「ああ」


「……」


 拳。


 上がる。


「やっ――」


 途中。


 止まる。


「どうした」


「勝ったって言いそうになった」


「危なかったな」


「うん」


 拳。


 ゆっくり。


 下ろす。


「でも」


「ああ」


「違う」


「ああ」


「嬉しい」


 それだけ。


「先生」


「何」


「すごく嬉しい」


「俺も」


「……」


「エリナ?」


「先生」


「何」


「今」


 顔。


 真っ赤。


「俺もって」


「ああ」


「言った」


「ああ」


「もう一回」


「キス?」


「違う!」


「じゃあ」


「俺も嬉しい」


「……」


 両手。


 顔。


 隠す。


「何でそっちのほうが恥ずかしいんだ」


「分からない!」


     ◇


 少しして。


 エリナ。


 落ち着く。


「先生」


「ん?」


「手」


「つなぐ?」


「うん」


 差し出す。


 握る。


「先生」


「何」


「帰るまで?」


「ああ」


「ずっと?」


「嫌になったら離す」


「嫌にならない」


「俺が暑くなったら?」


「……」


「エリナ」


「我慢して」


「俺が!?」


「少しだけ」


「自分のお願いが上手くなったな」


「褒めた?」


「ああ」


「頭」


「手をつないでるだろ!」


「反対の手」


「要求が増えてる!」


     ◇


 帰宅。


 扉。


 開く。


「ただいま」


「ただいま」


 七人。


 アステラ。


 一斉に。


 見る。


「……」


「……」


「……」


「何だ」


 セレス。


 まず。


 手。


 見る。


「つないでいます」


「見れば分かる」


 ミレイユ。


 エリナ。


 顔。


 見る。


「赤いですね」


「走ったから」


「帰宅直前まで?」


「……」


 リリス。


「分かりやすい」


「翼に言われたくない!」


「私の翼は正直なだけだ」


「私の顔も正直!」


「認めたな」


「先生!」


「俺を見るな!」


 アウラ。


 一歩。


 近づく。


「した?」


「何を」


「キス」


「直球だな!」


 エリナ。


 一度。


 俺。


 見る。


 俺。


 頷く。


「した」


 空気。


 止まる。


「先生から」


 さらに。


 止まる。


「先生から?」


 クロエ。


「うん」


「エリナさんは待機?」


「うん」


「自発的先制行動なし?」


「うん」


「歴史的事象です」


「何で!?」


 ノア。


「エリナが」


「ああ」


「待てた」


「うん」


「偉い」


「ノア!」


 アステラ。


 少し。


 笑う。


「よかったね」


「うん!」


「嫉妬するけど」


「うん」


「でも」


 アステラ。


 手。


 見る。


「エリナ、前なら」


「ああ」


「誰より先だったか気にした」


「……」


「今日は」


「ああ」


「先生からだったことを喜んでる」


「うん」


「順番じゃなくて」


「うん」


「レオンがしてくれたこと」


「……」


 エリナ。


 少し。


 目。


 潤む。


「アステラ」


「何?」


「好き」


「私も」


 抱きつく。


「先生」


「何だ」


「アステラにも抱きついた」


「今それを競うな!」


「違う!」


     ◇


『第五例目を確認しました』


「家!」


『はい』


「数えるなって昨日も言った!」


『記録は必要です』


「何に使う!」


『家族史』


「公開するなよ!」


『非公開です』


「絶対だぞ!」


 壁。


 文字。


『本日のエリナ様』


「やっぱりやるのか」


『旧希望表における順番と、自身の希望が一致したことへ違和感を自覚』


「ああ」


『口づけを競争・順位・優劣として扱いたくないという意思を、自ら言語化』


「ああ」


『勝敗を伴わない外出を自ら継続』


「ああ」


『子供との競走要求に対し』


「一緒に走った」


『順位を決めず楽しむ方法を提案』


「ああ」


『また』


 エリナ。


 少し。


 身構える。


『自身より弱い旦那様に庇われることを』


「家!」


『敗北ではなく愛情として受領』


「言い方!」


 全員。


 俺。


 見る。


「先生」


 セレス。


「エリナさんを庇われたのですか?」


「雨水から」


「私も明日、雨の下へ」


「行くな!」


 ミレイユ。


「水を用意いたします」


「人工的に降らせるな!」


 リリス。


「魔界には腐食性の雨が」


「もっと駄目!」


 アウラ。


「私、滝でもいい」


「規模を上げるな!」


 クロエ。


「降雨地域への旅行商品を」


「作るな!」


 ノア。


「先生」


「何だ」


「水」


 杯。


 持つ。


「かけて」


「自分で飲め!」


「違う」


「分かってる!」


 家。


 続ける。


『最後に』


「ああ」


『エリナ様は、旦那様から近づく意思を確認した後』


「ああ」


『自ら先行せず待機』


 エリナ。


 顔。


 赤い。


『旦那様からの口づけを受け入れました』


「家!」


『高評価です』


「……」


 エリナ。


 一度。


 深呼吸。


「先生」


「何だ」


「褒めて」


「よくできた」


「頭」


「はいはい」


 撫でる。


「……」


「満足?」


「うん」


 少し。


 考える。


「先生」


「何だ」


「今日」


「ああ」


「私」


 一度。


 笑う。


「勝たなかった」


「ああ」


「でも」


「ああ」


「すごく嬉しい」


「それでいいんじゃないか」


「うん」


     ◇


 夜。


 自室。


 机。


 水鏡庭園で。


 以前。


 エリナと撮った。


 記録画。


 俺。


 水着。


 エリナ。


 水着。


 二人。


 笑っている。


「……」


 扉。


 こんこん。


「先生」


「エリナ?」


「入っていい?」


「いいぞ」


 扉。


 開く。


「何?」


「これ」


 新しい。


 青い髪紐。


「まだつけてるのか」


「うん」


「寝る時は外せよ」


「分かってる」


 エリナ。


 部屋。


 入る。


 机。


 記録画。


 見る。


「まだある」


「当たり前だろ」


「先生の部屋に」


「ああ」


「私」


 写ってる。


「ああ」


「今日」


 一度。


 頬。


 赤い。


「もう一枚増やしてもいい?」


「今日の記録画?」


「違う」


「何?」


 エリナ。


 髪紐。


 外す。


 机。


 記録画。


 横。


 置く。


「これ」


「髪紐?」


「うん」


「置いていくの?」


「一晩だけ」


「どうして」


「先生の部屋に」


 一度。


 照れる。


「私が選んでもらったものがあるの」


「ああ」


「嬉しい」


「明日返すぞ」


「うん」


「忘れない?」


「絶対来る」


「それが目的では?」


「半分」


「お前!」


「半分は本当に置きたい!」


「残り半分!」


「明日、先生の部屋へ来る理由!」


「正直だな!」


 エリナ。


 笑う。


「先生」


「何」


「おやすみ」


「おやすみ」


 扉。


 行く。


 途中。


 振り返る。


「先生」


「何だ」


「今日」


「ああ」


「キス」


「ああ」


「勝ち負けじゃなかった」


「ああ」


「次も?」


「次?」


「いつか」


 少し。


 恥ずかしそうに。


「またしたくなった時」


「ああ」


「何回目とか」


「ああ」


「誰より多いとか」


「ああ」


「考えないで」


「ああ」


「先生としたいだけで」


「ああ」


「していい?」


「もちろん」


「……」


 笑う。


「じゃあ」


「ああ」


「それまで待つ」


「偉いな」


「でも」


「何」


「頭は明日も撫でて」


「そっちは待たないのか!」


「別!」


 扉。


 閉じる。


 俺は。


 机。


 見る。


 記録画。


 青い髪紐。


 剣のない。


 エリナ。


 勝たなくても。


 誰かより先でなくても。


 自分が嬉しいから。


 笑えるようになった。


「……勇者じゃなくても」


 小さく。


 呟く。


「十分、魅力的だよな」


『本人へ直接伝えることを推奨します』


「家!」


『はい』


「聞いてたのか!」


『旦那様のお部屋ですので』


「明日言う!」


『記録しました』


「記録するな!」


     ◇


 翌朝。


 食卓。


「先生!」


 アウラ。


「何だ」


「今日!」


「ああ」


 一瞬。


 止まる。


 みんな。


 アウラを見る。


 アウラも。


 気づく。


「……」


 口。


 閉じる。


「どうした?」


「今」


「ああ」


「次は私って」


「ああ」


「言おうとした」


「我慢した?」


「うん」


「偉い」


「頭!」


「お前もか!」


 アウラ。


 頭。


 差し出す。


「でも先生」


「何だ」


「今日のおやつ」


「ああ」


「一緒に食べたい」


「それは?」


「順番じゃない」


 にこっ。


「私が食べたいから」


「俺も?」


「先生にも食べてほしい」


「じゃあ食べよう」


 尻尾。


 床。


 どんっ!


「やった!」


「床!」


『損傷なし』


「家が先に確認するな!」


 世界を滅ぼしかねない勇者が。


 新しく覚えたこと。


 勝たない楽しさ。


 待つこと。


 守られること。


 そして。


 好きな人との出来事を。


 誰かとの勝敗ではなく。


 自分の嬉しさとして受け取ること。


 たぶん。


 恋人になるというのは。


 こういう小さなことを。


 一つずつ。


 覚えていくことなのだと思う。


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