第40話 魔王と『好き』を探しに出かけたら、十二枚の翼が俺より先に踊り始めた
「捨てた」
「全部?」
「二百五十枚」
「十一枚残ってるじゃないか」
朝。
玄関。
リリス。
胸を張っている。
「昨日の先生の命令どおりだ」
「俺は『せめて二百五十個は捨てろ』と言った」
「だから捨てた」
「十一個も候補を持っていくな」
「しかし」
紙。
十一枚。
上から。
『音楽鑑賞』
『絵画』
『陶芸』
『釣り』
『乗馬』
『裁縫』
『天体観測』
『読書』
『盤上遊戯』
『菓子作り』
『珍しい茸の観察』
「最後!」
「何だ」
「植物に戻ってる!」
「茸は菌類だ」
「そういう話じゃない!」
リリスが。
真剣な顔で。
「先生」
「何だ」
「茸は植物では――」
「今日は講義を受けに行くんじゃない!」
「うむ」
紙を。
折り畳む。
「では持っていく」
「持っていくな」
「見るだけだ」
「それを予定って言うんだ」
「……」
リリス。
十一枚。
見る。
俺。
見る。
「先生」
「何だ」
「怖い」
「何が?」
「何も決めずに出かけるのが」
少し。
意外だった。
「世界大戦は始めようとしてたのに?」
「あれには作戦計画があった」
「比較対象がおかしい」
「七年分あった」
「聞きたくない!」
リリスは。
紙を握る。
「料理なら」
「ああ」
「材料を決める」
「ああ」
「手順を決める」
「ああ」
「植物なら」
「ああ」
「観察項目を決める」
「そうだな」
「魔王軍を動かすなら」
「それは今日忘れろ」
「全部」
一度。
紙を見る。
「何をすればいいか分かる」
「ああ」
「でも」
玄関の外。
「今日は」
「ああ」
「何をすればいいか分からない」
「それを探すんだろ?」
「……うむ」
「だったら」
俺は。
十一枚。
手を出す。
「預かる」
「捨てる?」
「帰ったら返す」
「本当に?」
「ああ」
「茸も?」
「茸も」
リリス。
少し悩んで。
十一枚。
渡した。
「では」
「ああ」
「今日は」
手ぶら。
「何も持たずに行く」
「財布は持て」
「先生」
「無一文になる練習じゃない!」
◇
外。
「右か左」
「先生が決めてくれ」
「嫌だ」
「では左」
「理由は?」
「……」
リリス。
左右を見る。
「先生」
「何だ」
「理由が必要か?」
「別に」
「なら」
左。
「なんとなく」
「いいじゃないか」
「……」
「どうした」
「今」
「ああ」
「少し」
翼。
ぴくり。
「楽しかった」
「曲がっただけで?」
「自分で決めた」
「ああ」
「理由なしで」
「ああ」
「これは」
少し真剣に。
「好き?」
「判定が早い」
「そうか」
「今日は何個見つけてもいいんだ」
「一つに絞らなくて?」
「絞る必要ある?」
「……ない」
「じゃあ歩こう」
「うむ」
◇
十分。
「先生」
「何だ」
「何も起きない」
「散歩だからな」
二十分。
「先生」
「何だ」
「本当に何も起きない」
「平和でいいだろ」
三十分。
「先生」
「何だ」
「魔獣の襲撃は?」
「期待するな」
「盗賊」
「来なくていい」
「異界侵食」
「もっと来るな」
「世界滅亡級災害」
「デートだぞ!」
「先生との外出は」
「ああ」
「だいたい何か起きる」
「俺のせいみたいに言うな」
リリス。
少し。
笑う。
「退屈?」
聞くと。
「分からぬ」
「ああ」
「でも」
空。
見る。
「嫌ではない」
「なら続けよう」
「うむ」
◇
さらに。
歩く。
知らない通り。
市場でもない。
観光地でもない。
普通の。
住宅街。
「先生」
「何だ」
「この辺り」
「ああ」
「何もない」
「住んでる人に失礼だぞ」
「そうではない」
リリス。
周囲を見る。
「有名な店がない」
「ああ」
「歴史的建造物も」
「ああ」
「珍しい植物も」
「ああ」
「魔力地脈も」
「たぶんな」
「なのに」
一軒。
家。
窓から。
親子が。
洗濯物を干している。
向こう。
老人。
椅子。
日向ぼっこ。
子供。
犬。
追いかけている。
「人が暮らしている」
「ああ」
「先生」
「何だ」
「これは」
「ああ」
「何を見ればいい?」
「見たいものを見れば?」
「……」
困る。
本気で。
「分からない?」
「うむ」
「なら全部見ろ」
「全部?」
「そのうち気になるものが出る」
「なるほど」
リリス。
真剣に。
右。
左。
上。
下。
「そんな偵察みたいに見るな」
「難しい」
「力を抜け」
「魔王へそれを要求するか」
「今日は魔王じゃないだろ」
「……」
リリス。
少し。
肩。
下げる。
十二枚の翼も。
小さく。
緩んだ。
その時。
遠く。
音。
「……」
「リリス?」
足。
止まった。
◇
弦楽器。
笛。
小さな太鼓。
広場。
三人。
演奏している。
特別。
上手いわけではない。
大道芸人。
というより。
近所の人たち。
休日。
楽しんでいるだけ。
その周囲で。
子供。
大人。
老人。
何人か。
手拍子。
「行く?」
「……」
「リリス」
「先生」
「何だ」
「私は」
「ああ」
「音楽に興味はない」
「そうか」
「候補には入れたが」
「ああ」
「知識として試すべきだと思っただけだ」
「そうか」
「だから」
「ああ」
「行かなくてもいい」
「分かった」
俺。
反対側。
歩こうとする。
「先生」
「何だ」
「待ってくれ」
「興味ないんだろ?」
「うむ」
「じゃあ」
「少しだけ」
「ああ」
「確認する」
「何を?」
「興味がないことを」
「面倒臭いな!」
◇
広場。
端。
二人。
立つ。
演奏。
続いている。
リリス。
無表情。
「どう?」
「普通だ」
「ああ」
「特に」
「ああ」
「何も」
「ああ」
「感じぬ」
「そうか」
「うむ」
右下。
一枚目の翼。
揺れる。
「リリス」
「何だ」
「翼」
「何が」
「動いてる」
「風だ」
「風ないぞ」
「局地風」
「便利な言葉を作るな」
二枚目。
三枚目。
ぴく。
ぴく。
太鼓。
とん。
ととん。
翼。
ぱた。
ぱぱた。
「リリス」
「何だ」
「完全に拍子取ってる」
「取っていない」
笛。
高く。
翼。
ふわっ。
「今広がったぞ」
「姿勢調整だ」
「音に合わせて?」
「偶然」
「魔王も偶然って言うんだな」
「先生」
「何だ」
「私は」
「ああ」
「音楽に興味など」
演奏。
曲。
終わる。
翼。
止まる。
「……」
「……」
次の曲。
始まる。
翼。
揺れる。
「好きなんじゃない?」
「……」
「リリス?」
「まだ」
「ああ」
「分からぬ」
でも。
帰ろうとは。
言わなかった。
◇
三曲目。
広場。
子供たち。
踊り始めた。
手。
繋ぐ。
輪。
くるくる。
「先生」
「何だ」
「あれは?」
「踊ってる」
「見れば分かる」
「じゃあ聞くな」
「なぜ」
「ああ」
「あんなに楽しそうなのだ」
「楽しいからだろ」
「音に合わせて歩いているだけだ」
「そうだな」
「時々回る」
「ああ」
「意味は?」
「ないんじゃない?」
「意味がない?」
「ああ」
「何の役にも?」
「たぶんな」
「……」
リリス。
見る。
じっと。
子供。
一人。
輪から。
外れる。
リリスのところへ。
「お姉ちゃん」
「私か?」
「うん」
怖くないのか。
十二枚。
翼。
あるぞ。
「踊らないの?」
「私は魔――」
止まる。
俺。
見る。
「今日は?」
「……」
リリス。
子供へ。
「踊ったことがない」
「じゃあ教える!」
「私に?」
「うん!」
「お前が?」
「うん!」
リリス。
固まる。
世界最強の魔王。
五歳くらいの子供。
見つめ合う。
「先生」
「何だ」
「どうすればいい」
「教われば?」
「この子に?」
「嫌?」
「違う」
一度。
しゃがむ。
「頼む」
「うん!」
小さな手。
リリス。
指。
握る。
◇
「右!」
「右」
「左!」
「左」
「くるっ!」
「くる」
ばさあっ!
「翼!」
「すまぬ!」
「もう一回!」
「うむ」
「右!」
「右」
「左!」
「左」
「くるっ!」
ばさっ!
「リリス!」
「難しい!」
「翼まで回すな!」
「勝手に動く!」
「楽しんでるからだろ!」
「まだ分からぬ!」
分かりやすい。
ものすごく。
◇
十分。
リリス。
まだ。
踊っている。
二十分。
まだ。
三十分。
「先生!」
「何だ!」
「見てくれ!」
「見てる!」
「今!」
回る。
翼。
十二枚。
綺麗に。
円。
作る。
「できた!」
「ああ!」
「ぶつからなかった!」
「そこが基準か!」
子供たち。
拍手。
リリス。
笑う。
本当に。
声を出して。
笑っている。
「もう一度!」
魔王が。
子供へ。
頼んでいる。
「いいよ!」
もう一度。
音。
始まる。
◇
俺は。
少し離れて。
見ていた。
「……」
十年前。
リリス。
笑うのが。
下手だった。
食べ物を渡せば。
「ありがとう」と。
言った。
服を渡せば。
「大切にする」と。
言った。
俺が褒めれば。
嬉しそうにした。
でも。
今。
俺は。
何もしていない。
料理も。
教えていない。
植物も。
与えていない。
ただ。
知らない人の音楽。
知らない子供。
意味のない踊り。
それだけで。
楽しそうだ。
「先生!」
「何だ?」
「見ていたか!」
「ああ!」
「私」
一度。
回る。
翼。
大きく。
広がる。
「これ!」
「ああ!」
「好きかもしれぬ!」
俺は。
思わず。
笑った。
「よかったな!」
「うむ!」
◇
曲。
終わる。
リリス。
戻ってくる。
汗。
少し。
「先生」
「何だ」
「疲れた」
「そりゃ三十分も踊ればな」
「しかし」
翼。
まだ。
小さく。
揺れている。
「もう一曲なら」
「休め」
「うむ」
隣。
座る。
「水」
「持ってきている」
「準備いいな」
「財布と水だけは必要だと思った」
「正解」
飲む。
少し。
息。
整える。
「先生」
「何だ」
「私」
「ああ」
「踊るのが好きだったのか?」
「俺に聞くな」
「今まで知らなかった」
「今日知ったんだろ」
「魔王になって」
「ああ」
「宴は何度もあった」
「ああ」
「舞踏会も」
「ああ」
「踊らなかった?」
「魔王が踊れば」
一度。
遠い顔。
「周囲が全員、私を見る」
「ああ」
「間違えれば」
「ああ」
「誰も笑わぬ」
「そうだろうな」
「上手く踊れば」
「ああ」
「全員が褒める」
「ああ」
「だから」
広場。
見る。
「面白くなかった」
「今日は?」
「翼が三回、人に当たりそうになった」
「危なかったな」
「二回、足を間違えた」
「ああ」
「一回」
俺を見る。
「転びそうになった」
「見てた」
「先生」
「ああ」
「笑った」
「笑った」
「子供も笑った」
「ああ」
「私も」
少し。
口元。
「笑った」
「ああ」
「それが」
一度。
翼。
広がる。
「楽しかった」
◇
「一個見つかったな」
「うむ」
「料理」
「ああ」
「植物」
「ああ」
「踊ること」
リリス。
指。
三本。
「三つ」
「増えたな」
「先生」
「何だ」
「まだ探していい?」
「もちろん」
「今日?」
「疲れてない?」
「少し」
「じゃあ休んでから」
「うむ」
リリス。
少し。
考える。
「先生」
「何だ」
「一つ訂正したい」
「ああ」
「踊ること」
「ああ」
「だけではないかもしれぬ」
「どういう?」
「教えてもらうこと」
「ああ」
「あれも」
子供。
もう別の子と。
遊んでいる。
「楽しかった」
「今まで教える側だった?」
「魔王だからな」
「ああ」
「誰も」
一度。
小さく笑う。
「私へ『右! 左!』などと言わぬ」
「俺は言うぞ」
「先生は別だ」
「ああ」
「知らないことを」
「ああ」
「知らないと言って」
両手。
膝。
「誰かに教えてもらうのも」
「ああ」
「好きかもしれぬ」
「四つ目だ」
「……」
指。
四本。
「増えすぎでは?」
「好きなものに上限あるのか?」
「ない」
「ならいいだろ」
「うむ」
◇
昼。
何も決めず。
また歩く。
「先生」
「何だ」
「腹が減った」
「何食べたい?」
「……」
「何でもいいは駄目だぞ」
「分かっている」
周囲。
見る。
小さな店。
麺。
パン。
焼いた肉。
甘味。
リリス。
止まる。
「先生」
「何だ」
「あれ」
焼いた。
薄い生地。
野菜。
肉。
包んでいる。
「知らない?」
「知らぬ」
「食べる?」
「……」
昔なら。
『先生が食べたいなら』
そう言っただろう。
でも。
「食べたい」
「決まり」
「先生は?」
「俺も食べたい」
「本当に?」
「ああ」
「私に合わせていない?」
「ああ」
「……」
「何だ」
「嬉しい」
◇
昼食。
「辛い!」
「先生」
「何だ!」
「私は好きだ!」
「俺は水が好きになりそうだ!」
「店主!」
「追加の水を!」
「先生」
「何だ!」
「また一つ!」
「辛いもの!?」
「うむ!」
「俺と共有できない好きが見つかったな!」
「それも」
一度。
笑う。
「嬉しい!」
「俺の舌は嬉しくない!」
◇
午後。
今度は。
路地。
小さな店。
窓。
色のついた石。
「……」
リリス。
止まる。
「気になる?」
「少し」
「入る?」
「予定にない」
「だから入るんだろ」
「うむ」
◇
石。
ただの石。
宝石ではない。
魔力も。
ない。
子供向けの。
磨かれた小石。
「先生」
「何だ」
「これは?」
「青」
「それは分かる」
「じゃあ何を聞いてる」
「価値」
「銅貨一枚」
「そうではない」
リリス。
青い石。
手。
「何に使う?」
「飾る?」
「効果は?」
「ない」
「魔力」
「ない」
「薬効」
「ない」
「武器に」
「ならない」
「……」
「いらない?」
「……」
石。
見る。
「綺麗だ」
「ああ」
「それだけ?」
「それだけ」
「買っても?」
「いいんじゃない?」
「先生に?」
「自分にだ」
「……」
「欲しいんだろ」
一度。
長い。
沈黙。
「欲しい」
「じゃあ買おう」
◇
店。
出る。
リリス。
青い石。
持っている。
「先生」
「何だ」
「役に立たぬ」
「ああ」
「銅貨一枚使った」
「ああ」
「ただ」
光。
当てる。
「綺麗だから」
「ああ」
「買った」
「ああ」
「これは」
すごく。
不思議そうに。
「贅沢だな」
「銅貨一枚だぞ」
「金額ではない」
「ああ」
「私が」
自分。
胸。
「私のためだけに」
「ああ」
「何の役にも立たないものへ」
「ああ」
「金を使った」
「どう?」
「……」
青い石。
握る。
「好きだ」
「石が?」
「これを買ったことが」
「ああ」
「たぶん」
少し。
笑う。
「両方」
◇
夕方。
帰り道。
「結局」
「ああ」
「今日」
リリス。
指。
数える。
「踊る」
「ああ」
「教えてもらう」
「ああ」
「辛い食べ物」
「ああ」
「役に立たない綺麗なもの」
「ああ」
「四つ増えた」
「上出来」
「先生」
「何だ」
「二百六十一個」
「ああ」
「必要なかった」
「やっと分かったか」
「うむ」
リリス。
少し。
黙る。
「先生」
「何だ」
「でも」
「ああ」
「一番楽しかったもの」
「ああ」
「まだ言っていない」
「何?」
止まる。
リリスも。
止まる。
「先生と」
「ああ」
「一緒に探すこと」
「……」
「これは」
少し。
顔。
赤く。
「最初から好きだった」
「それは候補に入れるな」
「なぜ」
「探さなくても分かってるだろ」
「そうか」
「ああ」
「では」
翼。
少し。
嬉しそうに揺れる。
「確認済み」
「そういう分類するな」
◇
少し歩く。
人。
少ない道。
夕日。
「先生」
「何だ」
「手を」
「手?」
「つないでも?」
「いいぞ」
リリス。
手。
出す。
俺も。
握る。
「……」
「どうした」
「先生」
「何だ」
「私」
一度。
指。
少し。
強く。
「今日」
「ああ」
「ほとんど」
「ああ」
「先生のために何もしていない」
「そうだな」
「料理も」
「ああ」
「植物も」
「ああ」
「魔王の仕事も」
「しなくていい」
「ただ」
自分の。
好き。
探した。
「ああ」
「それでも」
一度。
俺を見る。
「先生は楽しかった?」
「ああ」
即答。
「かなり」
翼。
十二枚。
一斉に。
ばさっ。
「リリス!」
「すまぬ!」
「今日は何回目だ!」
「今のは先生が悪い!」
「俺!?」
「かなり、と言った!」
「本当だからな!」
翼。
さらに。
広がる。
「広げるな!」
「無理だ!」
◇
落ち着くまで。
一分。
「先生」
「何だ」
「もう」
一度。
深呼吸。
「大丈夫だ」
「翼?」
「うむ」
「本当に?」
「うむ」
手。
まだ。
つないでいる。
「先生」
「何だ」
「今日」
「ああ」
「キス」
来たか。
「目的にしなかった」
「ああ」
「途中」
「ああ」
「忘れていた」
「ああ」
「今」
目。
逸らす。
「思い出した」
「そうか」
「先生は?」
「俺?」
「うむ」
俺は。
考える。
正直に。
「途中は忘れてた」
「同じ?」
「ああ」
「今は?」
「……」
リリス。
待つ。
急かさない。
俺。
見る。
夕日。
少し赤い顔。
手。
青い石。
大事そうに握っている。
十二枚の翼。
今日は。
何度も。
本人より先に。
嬉しいと。
教えてくれた。
「今は」
「ああ」
「したい」
「……」
翼。
ばさっ!
「リリス!」
「無理だと言っている!」
◇
また。
一分。
「先生」
「何だ」
「今度こそ」
「ああ」
「大丈夫」
「本当に?」
「うむ」
「じゃあ」
一度。
ちゃんと。
聞く。
「キスしていい?」
「……」
リリス。
俺。
見る。
それから。
少し。
首を振る。
「嫌?」
「違う」
「ああ」
「私からも」
少し。
顔。
近づける。
「聞きたい」
「ああ」
「先生」
「何だ」
「私から」
一度。
声。
小さく。
「キスしてもいい?」
「いいよ」
翼。
震える。
でも。
広がらない。
「我慢してる?」
「死ぬほど」
「死ぬなよ」
「先生」
「何だ」
「少し」
「ああ」
「翼で」
「翼?」
十二枚。
ゆっくり。
俺たち。
周囲。
包む。
暗い。
でも。
隙間から。
夕日。
入る。
「邪魔?」
「いや」
「怖い?」
「全然」
「先生」
「何だ」
「十年前」
「ああ」
「怖い時」
一枚。
俺の背。
触れないくらい。
近く。
「こうして」
「ああ」
「自分を包んでいた」
「覚えてる」
「今」
一度。
俺。
見る。
「先生も入っている」
「ああ」
「嬉しい」
「俺も」
「……」
「リリス?」
「先生」
「何だ」
「また」
「ああ」
「翼が開きそうだ」
「今は開いたら俺が吹き飛ぶ!」
「では早く!」
「何を急かしてる!」
笑う。
リリスも。
笑う。
そのまま。
顔。
近づく。
俺からではなく。
リリスから。
少し。
そして。
途中で。
止まる。
「先生」
「何だ」
「本当に?」
「ああ」
「私」
「ああ」
「料理もしていない」
「ああ」
「役にも立っていない」
「ああ」
「ただ遊んでいただけだ」
「ああ」
「それでも?」
「何回聞く」
「最後」
「好きだよ」
「……」
「今のお前も」
一瞬。
リリス。
目。
潤む。
「先生」
「何だ」
「もう」
「ああ」
「我慢できぬ」
唇。
重なる。
◇
一瞬。
短い。
離れる。
「……」
「……」
翼。
閉じたまま。
「リリス?」
「先生」
「何だ」
「もう一度」
「今日は一回」
「なぜだ!」
十二枚。
全開。
「うわっ!」
「先生!」
「ほら開いた!」
「今のは先生が悪い!」
「俺!?」
「もう一度と言ったのに!」
「一回ずつって決めてないが、今はそれくらいでいいだろ!」
「納得できぬ!」
「次がある!」
「……」
翼。
止まる。
「次?」
「ああ」
「また?」
「ああ」
「私と?」
「ああ」
ゆっくり。
翼。
畳まれる。
「なら」
一度。
唇。
自分で。
触る。
「待つ」
「偉い」
「頭を」
「そこで増やすな!」
◇
帰宅。
扉。
開く。
「ただいま」
「戻った」
七人。
居間。
一斉に。
俺たちを見る。
「……」
「……」
「……」
セレス。
「先生」
「何だ」
「リリスさんの翼が」
「ああ」
「ずっと揺れています」
見る。
ぱた。
ぱた。
「止めろ」
「止まらぬ」
ミレイユ。
リリスの顔。
見る。
「したのですね」
「……うむ」
残り。
一斉に。
天井。
見る。
「また飲み込んでる!」
アウラ。
「嫉妬」
「言うな!」
クロエ。
「第四例」
「数えるな!」
ノア。
「リリスから?」
「なぜ分かる」
「顔」
「私はそんなに分かりやすいか?」
『はい』
「全員!?」
アステラ。
色紙。
取り出す。
「今日」
「ああ」
「新しい色」
「何色?」
赤。
青。
緑。
全部。
少しずつ。
混ざった。
変な色。
「何これ」
「分からない」
「分からない色を作るな」
「でも」
リリス。
見る。
「嬉しい」
「ああ」
「嫉妬」
「ああ」
「安心」
「ああ」
「楽しそうでよかった」
一度。
アステラ。
考える。
「全部」
「ああ」
「混ざった」
「そういう日もあるか」
「うん」
◇
『第四例目を確認しました』
「だから数えるな」
家。
『本日のリリス様』
「ああ」
『事前候補二百六十一件から、二百五十件を削除』
「十一件残したけどな」
『外出中』
「ああ」
『残存候補を一件も実行しておりません』
「本当だ」
リリス。
少し。
驚く。
『その結果』
壁。
『踊ること』
『他者から教わること』
『自身が好む味』
『実用性のない美しい物』
四つ。
『本人の意思による新規嗜好を確認』
「先生」
「何だ」
「書かれると」
「ああ」
「少し恥ずかしい」
「二百六十一枚作った方が恥ずかしいぞ」
『また』
「まだ?」
『旦那様との口づけについても』
八人。
見る。
「家」
『リリス様から希望を確認』
「やめろ」
『相互確認後』
「やめろって」
『十二枚の翼内部にて――』
「そこまで言わなくていい!」
リリス。
顔。
真っ赤。
『高評価です』
「何が!」
◇
夜。
俺。
部屋。
扉。
こんこん。
「先生」
「リリス?」
「入らぬ」
「何?」
扉。
向こう。
「今日」
「ああ」
「先生の一人時間」
「ああ」
「必要だろう」
「そうだな」
「だから」
「ああ」
「おやすみだけ言いに来た」
「おやすみ」
「うむ」
「リリス」
「何だ」
「今日」
「ああ」
「俺も楽しかった」
「……」
静か。
「リリス?」
「先生」
「何だ」
「扉を開けてはいけない」
「どうして」
「翼が」
ばさっ。
扉。
向こう。
何か。
ぶつかる音。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ!」
「何に当たった!」
「廊下の花瓶!」
「割れた!?」
「セレスが受け止めた!」
「何でセレスがいる!?」
廊下。
「偶然です、先生」
「絶対聞いてただろ!」
さらに。
足音。
「私も偶然」
ミレイユ。
「通り道」
ノア。
「水を」
アステラ。
「全員いるだろ!」
◇
翌朝。
食卓。
リリス。
青い石。
机。
置く。
「気に入った?」
「うむ」
「よかったな」
「先生」
「何だ」
「昨日」
「ああ」
「二百六十一個の紙」
「ああ」
「返してくれ」
「まさかまた使うのか?」
「違う」
「なら?」
「裏が白い」
「ああ」
「植物図鑑のメモへ使う」
「結局植物に戻るのか!」
「それも好きだからな」
「……」
そうだった。
新しい好きが増えても。
今までの好きが。
消える必要はない。
「いいんじゃない?」
「うむ」
「ただし」
「ああ」
「次の『好き』を探すための候補表にはするな」
「分かっている」
本当に?
「先生」
「何だ」
「一枚だけ」
「駄目」
「まだ何も言っていない!」
「顔で分かる」
「では」
紙。
一枚。
俺へ。
『先生と、もう一度踊る』
「……」
「これは」
「ああ」
「候補ではない」
「ああ」
「お願いだ」
リリス。
少し。
照れて。
「いつか」
「ああ」
「また付き合ってくれ」
「もちろん」
十二枚。
翼。
ばさっ。
「朝食が飛ぶ!」
「すまぬ!」
パン。
飛ぶ。
アウラ。
空中。
ぱく。
「食べた!?」
「もったいないから」
「そういう問題か!」
世界を滅ぼしかねない魔王が。
新しく見つけたもの。
踊ること。
教えてもらうこと。
辛いもの。
綺麗な石。
そして。
自分のために。
何かを好きになること。
それだけでも。
俺が帰ってきた意味は。
きっと。
十分にあった。




