第39話 聖女がキスを忘れて帰ろうとしたので、今度は俺から呼び止めた
「先生」
「何だ」
「今日」
部屋を出る直前。
ミレイユは。
嬉しそうに笑って言った。
「キスしなくても、すごく楽しかったです」
「ああ」
「では」
「ああ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
扉。
閉まる。
「……」
俺は。
机へ戻った。
五分だけ。
何の役にも立たない話をする。
そう言って始めたはずなのに。
一時間。
『空を飛ぶ魚が泳げなくなったら魚なのか』
『雲を瓶に入れたら重さはあるのか』
『アウラが一生食べ続けても満腹になる料理は作れるのか』
『リリスの翼へ布団を掛けたら、翼は暖かいのか』
途中から。
本当に。
何の話をしているのか分からなくなった。
でも。
「楽しかったな」
思わず。
声に出た。
キス。
しなかった。
したいとも。
途中から思わなかった。
ただ。
ミレイユと。
くだらない話をしているのが楽しかった。
「……」
それでいい。
そう思って。
寝た。
◇
翌朝。
「先生」
「何だ」
「昨日」
朝食。
クロエが。
帳面を開いている。
「ミレイユさんは」
「ああ」
「先生のお部屋へ」
「ああ」
「午後十一時七分に入室」
「ああ」
「午前零時十二分に退出」
「ああ」
「一時間五分」
「ああ」
「何を?」
「クロエ」
「はい」
「なぜ時刻を知っている」
「廊下の時計を偶然」
「一時間ずっと偶然見ていたのか?」
「……」
「クロエ」
「申し訳ありません」
帳面を閉じる。
ノアが。
パンを食べながら。
「キスした?」
「していない」
七人。
一斉に。
少しだけ。
姿勢が緩む。
「先生」
セレス。
「その反応を私の前でするのは」
「あ」
全員。
セレスを見る。
「申し訳ありません」
ミレイユ。
「ごめん」
エリナ。
「……」
リリス。
「すまぬ」
アウラ。
「ごめん」
クロエ。
「失礼いたしました」
ノア。
「ごめん」
アステラ。
「私も」
セレスは。
少しだけ。
頬を膨らませ。
「嫉妬されるのは」
「ああ」
「少し嬉しいですが」
「ああ」
「露骨に安心されると複雑です」
「だろうな」
「先生は?」
「何が」
「昨日」
ミレイユを見る。
「キスをしなくても」
「ああ」
「楽しかったのですか」
「かなり」
ミレイユが。
飲んでいた茶を。
危うくこぼしかける。
「先生」
「何だ」
「かなり?」
「ああ」
「私との?」
「ああ」
「何の役にも立たない話が?」
「ああ」
「……」
「ミレイユ?」
顔。
赤い。
「今」
「ああ」
「キスをしていただくより」
「ああ」
「嬉しかったかもしれません」
「それはそれでどうなんだ」
「分かりません」
「まあ」
俺も。
パンを取る。
「比べなくていいだろう」
「……はい」
ミレイユが。
嬉しそうに。
茶を飲む。
リリス。
「先生」
「何だ」
「私とも、くだらない話を」
「お前は植物の話を始めると専門講義になるだろう」
「では茸が歩いたら」
「それは少し聞きたい」
「先生!」
「食いつくな!」
エリナ。
「剣が喋ったら?」
「お前は会話せず鍛錬を始めそうだな」
「する」
「くだらなくない!」
アウラ。
「肉が空を飛んだら?」
「追うな」
「まだ何も」
「追うだろう」
「うん」
ノア。
「影が影を作ったら?」
「それは少し怖い」
「好き?」
「話としては」
アステラ。
「虚無の外に虚無があったら?」
「急に世界観が重い!」
◇
朝食後。
家の声。
『本日の共同生活課題を提示します』
「まだ課題があるのか」
『三十日課程は終了していません』
「ああ」
『本日は』
壁。
『恋人になった後も、相手の役割を奪わない』
「具体的には?」
『家事当番を通常どおり実施してください』
「……」
「……」
「……」
八人。
少し。
拍子抜け。
「それだけ?」
エリナ。
『はい』
「恋人になったのに?」
『恋人になったからこそです』
壁。
『恋愛関係成立後』
『相手へ良く見られようとして』
『本来の担当以上を引き受ける行為が増加しています』
「誰だ」
『全員です』
「全員か!」
『セレス様』
「はい」
『旦那様の洗濯物を三度回収しようとしました』
「……」
「セレス」
「洗おうとしただけです」
「俺の担当日だ!」
『ミレイユ様』
「はい」
『旦那様の寝具を、健康上の理由なく日光消毒しようとしました』
「……」
「ミレイユ」
「恋人の睡眠環境を」
「今日は健康管理するな!」
『リリス様』
「何だ」
『旦那様の朝食を担当外日に五品追加』
「愛情だ」
「量が多い!」
『エリナ様』
「はい!」
『旦那様の薪割りを全量終了』
「俺がやろうとしたら一本もなかったぞ!」
「先生の分も!」
「奪うな!」
『アウラ様』
「うん」
『旦那様の皿へ肉を追加』
「いつものことでは?」
『交際開始後、三割増です』
「数字を取ってる」
クロエが。
少し感心する。
『クロエ様』
「はい」
『旦那様の個人財布へ、利息名目で銅貨二枚追加』
「……」
「クロエ!」
「利息です」
「何の!」
「恋人開始記念利率」
「存在しない!」
『ノア様』
「うん」
『旦那様が捜していた靴下を、影から先回りして配置』
「便利だが駄目だな」
「うん」
『アステラ様』
「何?」
『旦那様の飲料を、本人が喉の渇きを認識する前に三回準備』
「……」
「アステラ」
「喉乾いてた」
「俺が言うまで待て」
「分かった」
『よって』
大きな文字。
『恋人になっても、世話を焼きすぎない』
「いい課題だな」
『特に旦那様』
「俺?」
『八人が恋人になった反動で』
「ああ」
『全員へ公平に配慮しようとして家事担当を増やそうとしないでください』
「……」
見られていた。
「先生」
クロエ。
「昨日」
「ああ」
「夕食後に食器を」
「ああ」
「担当外なのに」
「ああ」
「八人分」
「ああ」
「洗おうとしていましたね」
「何となく」
『禁止です』
「はい」
◇
本日の。
俺の担当。
昼食後の食器洗い。
ミレイユ。
床掃除。
セレス。
庭。
リリス。
夕食。
エリナ。
薪。
アウラ。
買い出し。
クロエ。
家計記録。
ノア。
洗濯。
アステラ。
窓掃除。
「普通だな」
『それが目的です』
恋人八人。
世界を滅ぼしかねない女たち。
やっていること。
掃除。
洗濯。
買い物。
「平和だ」
『教育成果です』
◇
昼。
俺。
台所。
皿。
洗う。
「先生」
「何だ」
ミレイユ。
箒。
持っている。
「そちらの皿」
「ああ」
「油が」
「ああ」
「少し残っています」
「本当?」
「はい」
見る。
「ここか」
「はい」
「ありがとう」
洗う。
「……」
「何だ」
「洗いたい」
「駄目だ」
「はい」
ミレイユ。
床へ戻る。
三十秒。
「先生」
「何だ」
「その鍋」
「ああ」
「取っ手部分に」
「ミレイユ」
「はい」
「床」
「……はい」
戻る。
一分。
「先生」
「何だ」
「手荒れ」
「してない」
「少し」
「普通だ」
「治癒を」
「使わない」
「……はい」
「ミレイユ」
「はい」
「掃除へ集中しろ」
「先生が気になります」
「恋人だから?」
ミレイユ。
少しだけ。
頬が赤い。
「はい」
「ああ」
「でも」
一度。
箒を見る。
「気になっても」
「ああ」
「やらない」
「ああ」
「これも」
少し笑う。
「恋人?」
「たぶんな」
「難しいです」
「俺も」
◇
しばらく。
無言。
皿。
床。
それぞれ。
自分の仕事。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「少し不思議です」
「何が」
「昨日」
箒を動かす。
「先生のお部屋で」
「ああ」
「一時間」
「ああ」
「二人だけ」
「ああ」
「今日は」
床。
「私は掃除」
「ああ」
「先生は洗い物」
「ああ」
「恋人なのに」
「だから?」
「特別ではない」
「ああ」
「でも」
少し。
笑う。
「昨日と同じくらい」
「ああ」
「嬉しいです」
「俺も」
また。
口から。
自然に出た。
ミレイユの箒。
止まる。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「俺も?」
「ああ」
「私と」
「ああ」
「別々のことをしているだけなのに?」
「ああ」
「……」
「どうした」
「恋人というものを」
「ああ」
「少し間違えて考えていたかもしれません」
「どういう」
「ずっと」
掃除。
「特別なことをしなければ」
「ああ」
「恋人ではないと思っていました」
「ああ」
「デート」
「ああ」
「手をつなぐ」
「ああ」
「抱き合う」
「ああ」
「キス」
最後だけ。
声。
少し小さい。
「でも」
俺の。
洗った皿。
自分の。
掃いた床。
「同じ家で」
「ああ」
「別の仕事をして」
「ああ」
「時々話すだけでも」
「ああ」
「私は」
一度。
俺を見る。
「先生の恋人?」
「ああ」
ミレイユの顔。
柔らかくなる。
「それ」
「ああ」
「好きです」
◇
「ミレイユ」
「はい」
「昨日の話」
「ああ」
「もう一つ思いついた」
「何でしょう」
「幽霊が幽霊に驚いたら」
「ああ」
「誰が驚かしたことになる?」
「……」
「……」
「先生」
「何だ」
「非常に」
「ああ」
「どうでもいいです」
「だろう」
「考えます」
「考えるのか」
◇
夕方。
家事。
終了。
「先生」
「何だ」
「答えが出ませんでした」
「幽霊?」
「はい」
「俺も」
二人。
居間。
ほかの者たち。
それぞれ。
自分のことをしている。
セレス。
花の記録。
リリス。
植物図鑑。
エリナ。
水泳雑誌。
アウラ。
買ってきた果実。
クロエ。
帳簿。
ノア。
洗濯物を畳む。
アステラ。
色紙。
「平和ですね」
ミレイユが言う。
「ああ」
「十年前」
「ああ」
「私は」
少し。
遠い顔。
「先生が戻られたら」
「ああ」
「毎日」
一度。
頬を赤く。
「先生の隣に座って」
「ああ」
「手を握って」
「ああ」
「一瞬も離れず」
「ああ」
「全部のお怪我と疲れを治して」
「ああ」
「眠るまで」
「ああ」
「見守るつもりでした」
「怖いな」
「今なら、私もそう思います」
「成長したな」
「はい」
居間。
俺とは。
少し離れた椅子。
「今は」
「ああ」
「先生の隣でなくても」
「ああ」
「同じ部屋にいられます」
「ああ」
「先生が」
俺を見る。
「別の人と話していても」
ちょうど。
俺の横。
アウラが。
「先生」
「何だ」
「これ食べる?」
果実。
「一個だけ」
「うん」
「ありがとう」
受け取る。
ミレイユ。
見る。
ほんの。
少し。
眉。
「嫉妬?」
「はい」
「でも?」
「果実を奪いません」
「偉い」
アウラ。
「私の果実」
「ああ」
「ミレイユに一個あげる」
「なぜ」
「嫉妬してるから」
「食べ物で解決するな」
「でも」
ミレイユ。
受け取る。
「ありがとうございます」
「食べる?」
「はい」
二人。
果実。
食べる。
「甘い」
「おいしい」
何だ。
この光景。
◇
夜。
食事後。
俺は。
居間を出ようとする。
「先生」
ミレイユ。
「何だ」
「今夜は」
「ああ」
「お部屋へ行きません」
「そうなのか」
「はい」
「どうして」
「昨日」
一度。
嬉しそうに。
「楽しかったので」
「ああ」
「毎日行きたくなりました」
「ああ」
「ですが」
少し。
困ったように。
「先生にも、一人の時間が必要です」
「そうだな」
「だから」
一歩。
下がる。
「今日は行きません」
「分かった」
「……」
「何だ」
「少し」
「ああ」
「寂しいです」
「俺も少し」
ミレイユ。
固まる。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「先生も?」
「ああ」
「私が来ないと」
「ああ」
「少し寂しい?」
「昨日楽しかったからな」
「……」
また。
目。
潤む。
「泣くほど?」
「先生」
「ああ」
「私」
一度。
深呼吸。
「やっぱり」
「ああ」
「五分だけ」
「来る?」
「……」
自分で。
止まる。
「いいえ」
「ああ」
「今日は行きません」
「分かった」
「でも」
「何だ」
「明日」
「ああ」
「先生が一人でいたい日でなければ」
「ああ」
「また、くだらない話をしても?」
「俺もしたい」
「……はい」
満足そう。
それで。
ミレイユは。
自分の部屋へ。
歩いていく。
◇
「……」
三歩。
四歩。
五歩。
「ミレイユ」
俺が。
呼んだ。
止まる。
振り返る。
「はい?」
「少し待って」
「何でしょう」
俺自身。
なぜ呼んだのか。
一瞬。
言葉が追いつかなかった。
でも。
分かる。
昨日。
一時間。
キスを忘れて話した。
今日。
別々の家事をした。
特別なこと。
ほとんど。
していない。
今も。
ミレイユは。
自分から。
俺の時間を尊重して。
帰ろうとしている。
その背中を。
見て。
俺は。
「……」
「先生?」
今。
したい。
そう思った。
「戻ってきて」
「はい」
ミレイユ。
俺の前まで。
戻る。
「先生」
「何でしょう」
「昨日」
「ああ」
「お前」
「ああ」
「キスしなくても楽しかったって言ったな」
「はい」
「俺も」
「ああ」
「今日も楽しかった」
「……はい」
「だから」
一度。
深呼吸。
「今」
「ああ」
「したくなった」
ミレイユの顔から。
表情が消えた。
「……」
「ミレイユ?」
「先生」
「何だ」
「何を?」
「お前も言葉で聞くのか」
「はい」
「……」
顔。
熱い。
「キス」
「ああ」
「したい」
ミレイユが。
口元へ。
両手。
「先生」
「何だ」
「少し」
「ああ」
「待って」
「また心の準備?」
「違います」
「ああ」
「今」
目から。
涙。
「昨日」
「ああ」
「キスを忘れるほど楽しくて」
「ああ」
「今日も」
「ああ」
「普通に過ごして」
「ああ」
「帰ろうとしたら」
俺を見る。
「先生から」
「ああ」
「呼び止めてくださった」
「ああ」
「それが」
泣きながら。
笑う。
「ものすごく嬉しいです」
◇
「ミレイユ」
「はい」
「確認する」
「ああ」
「今」
一度。
俺も。
ちゃんと聞く。
「キスしていい?」
「はい」
即答。
「本当に?」
「はい」
「無理してない?」
「絶対に」
「ああ」
「私も」
少し。
頬を赤くして。
「先生と、したいです」
「分かった」
近づく。
ミレイユも。
一歩。
顔。
近い。
ただ。
その直前。
「先生」
「何だ」
「一つ」
「ああ」
「治癒は使いません」
「何に使うつもりだった!」
「緊張で心拍数が」
「正常だ!」
「はい」
笑ってしまう。
ミレイユも。
笑う。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「少し笑いました」
「ああ」
「このままで」
「ああ」
「いいです」
そのまま。
俺から。
少し。
顔を寄せる。
唇。
一瞬。
重なる。
◇
離れる。
「……」
「……」
「ミレイユ」
「はい」
「大丈夫?」
「はい」
「顔が」
「分かっています」
真っ赤。
「先生」
「何だ」
「私」
「ああ」
「今」
胸へ。
手。
「何も治していません」
「ああ」
「先生の役にも」
「ああ」
「立っていません」
「ああ」
「なのに」
俺を見る。
「先生から」
「ああ」
「キスしていただきました」
「ああ」
「これ」
少し。
笑う。
「すごいです」
「何が」
「私」
一度。
自分の胸。
「何かをして差し上げなくても」
「ああ」
「好きでいていただける?」
俺は。
少し。
言葉を選ぶ。
「何かをしてくれるミレイユも好きだ」
「ああ」
「でも」
昨日。
役に立たない話をしていた。
今日。
床を掃除していた。
果実を食べていた。
帰ろうとした。
「何もしていない時のお前も」
一度。
少し照れる。
「好きだ」
ミレイユの目から。
また。
涙。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「キスより」
「ああ」
「そちらのほうが」
「ああ」
「効きました」
「治療みたいに言うな」
◇
「先生」
「何だ」
「もう一度」
「今日は一回」
「……」
「嫌?」
「非常に残念です」
「ああ」
「でも」
一歩。
自分から。
離れる。
「次があります」
「ああ」
「明日は」
「くだらない話?」
「はい」
「何を」
「今から考えます」
「考えたらくだらなくなくなるぞ」
「では」
一度。
真剣に。
「考えないように考えます」
「意味が分からない」
「それについて話します?」
「もう始まってるぞ」
二人。
笑う。
◇
「おやすみなさい」
「ああ」
「先生」
「何だ」
「今日は」
一度。
頬。
赤いまま。
「先生に呼び止めていただけて」
「ああ」
「嬉しかったです」
「俺も」
「ああ」
「呼び止めてよかった」
ミレイユ。
動かなくなる。
「先生」
「もう帰れ」
「今の言葉」
「明日もある」
「……はい」
今度こそ。
部屋へ。
◇
問題。
翌朝。
「先生」
セレス。
「昨日」
「ああ」
「ミレイユさんと?」
「……」
「……」
ミレイユ。
茶。
飲みながら。
顔。
真っ赤。
「したな」
リリス。
「何で分かる」
「顔」
「そんなに?」
ミレイユ。
「かなり」
エリナ。
「先生から?」
俺は。
一度。
ミレイユを見る。
「話していい?」
「はい」
「俺から」
残り五人。
一斉に。
天井を見る。
「何で上を見る」
アウラ。
「嫉妬を飲み込んでる」
「口から出すな」
「肉食べる?」
「朝から肉に逃げるな」
クロエ。
「これで三名」
「数えるな!」
「先生」
ノア。
「順番に意味ない?」
「ああ」
「分かってる」
「ああ」
「でも」
少し。
頬を膨らませる。
「私は未遂一回」
「点数にするな」
「二回目ある?」
「分からない」
「……待つ」
アステラ。
「レオン」
「何だ」
「ミレイユ」
「ああ」
「嬉しそう」
「ああ」
「嫉妬する」
「ああ」
「でも」
色紙。
取り出す。
青。
嫉妬色。
横。
新しい。
淡い緑。
「これ」
「何色」
「安心」
「なぜ」
「レオンが」
一度。
ミレイユを見る。
「私の時と違う理由で」
「ああ」
「ミレイユにキスしたから」
「……」
「同じことを」
「ああ」
「順番にしてるんじゃない」
「ああ」
「ちゃんと」
俺を見る。
「一人ずつ、好きなんだって分かる」
居間。
静かになる。
セレス。
ミレイユ。
二人。
少し。
目を伏せる。
残り五人も。
俺を見る。
「そういうつもりだ」
俺は。
少し。
恥ずかしいが。
逃げない。
「八人とも」
「ああ」
「違うから」
一人ずつ。
「同じことをするつもりはない」
ノア。
「私とも?」
「お前とも」
リリス。
「私も?」
「ああ」
エリナ。
「私も?」
「ああ」
アウラ。
「私も?」
「ああ」
クロエ。
「私も?」
「ああ」
「だから」
先に。
俺は言う。
「全員、今すぐキス待機するなよ」
「……」
「……」
「……」
「考えてたのか!」
◇
『第三例目を確認しました』
家。
「数えるな」
『順位評価はありません』
「分かっている」
『今回』
壁。
『ミレイユ様』
『口づけを目的とせず』
『自身の希望により、無益な会話・通常家事・適切な距離を楽しみました』
「ああ」
『また』
『旦那様との時間を求めつつ』
『相手の一人時間を尊重し、自ら退出を選択』
「ああ」
『高評価です』
ミレイユ。
小さく。
「ありがとうございます」
『旦那様』
「はい」
『ミレイユ様が離れた後』
「ああ」
『寂しさを認識』
「ああ」
『ご自身から呼び止め』
「ああ」
『口づけ希望を言語化』
「ああ」
『さらに』
「まだある?」
『口づけ後』
『「何もしていない時のミレイユ様も好き」と明言』
八人の視線。
俺。
「家!」
『非常に重要です』
ミレイユ。
両手で。
顔を隠す。
「先生」
「何だ」
「もう一度」
「言わない!」
『高評価で合格です』
◇
朝食後。
リリスが。
俺の前へ来た。
「先生」
「何だ」
「今日」
「ああ」
「料理はしない」
「珍しいな」
「植物図鑑も」
「ああ」
「書かない」
「では何をする」
リリスは。
少し。
困った顔。
「分からない」
「休む?」
「それも分からない」
「何がしたい」
「だから」
一度。
腕を組む。
「先生と」
「ああ」
「一緒に探したい」
俺は。
少し驚く。
「何を」
「私が」
魔王。
十年間。
俺のための料理。
俺のための国。
俺のための戦争。
そこから。
少しずつ。
自分の好きなものを。
見つけ始めた女。
「料理と植物以外に」
「ああ」
「何が好きなのか」
少し。
恥ずかしそうに。
「まだ、知らない」
「デート?」
「……」
「恋人として?」
「うむ」
「いいぞ」
リリスの翼。
少しだけ。
広がる。
「先生」
「何だ」
「キスは」
「目的にするな」
「まだ最後まで」
「分かってる」
「では」
リリス。
少し笑う。
「今日は」
「ああ」
「何も決めずに」
「ああ」
「私が好きになれそうなものを」
俺を見る。
「一緒に探してくれ」
「ああ」
「俺も楽しそうだ」
「……」
「何だ」
「先生」
「ああ」
「今」
翼。
少し。
震える。
「キスより」
「ああ」
「嬉しかった」
「お前もか」
こうして。
三人目の初めてのキスは。
終わった。
残り。
五人。
だが。
俺は。
もう。
残り何人と。
数える気はなかった。
次は。
魔王リリスと。
キスをするためではなく。
彼女自身も。
まだ知らない。
『好き』
を。
二人で探しに行く。
その途中で。
もし。
俺が。
彼女へ触れたいと思ったなら。
その時。
ちゃんと。
聞けばいい。
ただし。
「先生」
「何だ」
「候補を」
リリス。
紙を広げる。
「二百六十一個用意した」
「何も決めない話はどこへ行った!?」
「好きかもしれないもの一覧だ」
「捨てろ!」
「全部!?」
「せめて二百五十個は!」
「十一個残る!」
「多い!」
どうやら。
自然な恋愛より先に。
七人全員へ。
『予定を作りすぎるな』
という。
第二の教育が必要かもしれなかった。




