第36話 八人全員から告白されたので、一人を選ぶ代わりに全員と付き合うことにした
「レオン」
アステラが。
俺の前で。
嬉色を浮かべながら言った。
「私と、恋人になってほしい」
その横。
「先生。私も、正式に交際を申し込みます」
セレス。
「私もです」
ミレイユ。
「私もだ」
リリス。
「私も!」
エリナ。
「私も!」
アウラ。
「私も、先生との交際を希望します」
クロエ。
「先生」
ノア。
「私も、付き合ってほしい」
八人。
全員。
俺へ。
正式に。
交際を申し込んだ。
「……」
「……」
「……」
誰も。
次の言葉を言わない。
以前なら。
「先生、私を」
「私が先です」
「婚姻契約書を」
「魔界なら重婚が」
「帝国法を改正すれば」
「影で既成事実を」
くらいは。
同時に始まっていただろう。
今は。
待っている。
俺の答えを。
「家」
『はい』
「本当に」
「ああ」
「今すぐ答えなくていいんだな?」
『はい』
「一日」
『問題ありません』
「三日」
『問題ありません』
「一週間」
『理由があるなら問題ありません』
「一年」
『逃避と判断します』
「基準があるのか」
『当然です』
八人が。
少しだけ笑う。
「先生」
セレスが。
静かに言った。
「今夜は」
「ああ」
「お一人で考えてください」
「いいのか」
「はい」
「本当は」
一度。
目を伏せる。
「今すぐ答えていただきたいです」
「ああ」
「ですが」
俺を見る。
「それは、私の希望です」
「ああ」
「先生の答えを急がせる理由にはなりません」
「……」
ミレイユも頷く。
「私は」
「ああ」
「先生が迷われているなら」
「ああ」
「その迷いごと、尊重したいです」
「リリスは?」
「私は」
翼が。
少し膨らむ。
「今すぐ私を選べと言いたい」
「正直だな」
「だが」
翼を。
自分で畳む。
「言わない」
「偉い」
「頭」
「今は告白直後だ」
「……後で」
エリナ。
「先生」
「何だ」
「私は」
「ああ」
「勝負なら」
「ああ」
「一番になりたい」
「分かっている」
「でも」
少し。
拳を握る。
「恋愛って、勝った人が正しいわけじゃない?」
「ああ」
「だから」
俺を見る。
「先生が決めて」
「分かった」
アウラ。
「先生」
「何だ」
「私」
「ああ」
「一人選んでも」
少し。
寂しそうに。
「怒らないようにする」
「……」
「泣くかも」
「ああ」
「肉いっぱい食べるかも」
「ああ」
「でも」
「何だ」
「先生の肉は取らない」
「そこが基準なのか」
「大事」
クロエ。
「先生」
「何だ」
「私から」
手にしていた。
何かの紙を。
後ろへ隠す。
「何を隠した」
「交際条件比較表です」
「もう作ったのか!」
「ですが」
紙を。
二つに折る。
「提出しません」
「偉い」
「頭は?」
「全員同じことを言うな」
ノア。
「先生」
「何だ」
「私は」
一度。
影を見る。
「答えを」
「ああ」
「こっそり先に知りたい」
「ああ」
「でも」
影を。
動かさない。
「待つ」
「ありがとう」
最後。
アステラ。
「レオン」
「何だ」
「私は」
少し笑う。
「断られるの」
「ああ」
「怖い」
「ああ」
「でも」
銀と黒の瞳。
真っすぐ。
「契約で、はいと言わせるより」
「ああ」
「レオンが、自分で決めたいいえのほうがいい」
「……」
「だから」
一歩。
下がる。
「待つわ」
八人。
全員が。
道を空けた。
「では」
俺は。
一度。
深く息を吐く。
「今夜、考える」
「はい」
「うむ」
「うん」
「分かりました」
「ええ」
「ただし」
俺は。
全員を見る。
「明日の朝」
「ああ」
「逃げずに」
「ああ」
「今の俺の答えを言う」
八人の表情が。
少し。
変わった。
「先生」
セレス。
「約束?」
「ああ」
「明日?」
「ああ」
「朝?」
「ああ」
アウラ。
「何時?」
「朝食の時だ!」
「七時?」
「細かく決めるな!」
◇
夜。
自室。
机。
青い器。
中には。
いくつもの。
小さな紙。
『また、誰も知らない街を歩きたい』
『先生と、お金の話をせず散歩したい』
クロエが入れた紙もある。
壁。
エリナとの記録画。
棚。
ミレイユと。
輪投げで取った。
妙な木製人形。
普通の石。
意味のない工作。
セレスと。
一緒に育てている。
名前のない花。
「増えたな」
俺の部屋。
以前なら。
必要なものだけだった。
今は。
思い出ばかり。
しかも。
八人それぞれ。
違う。
「誰を好きなのか」
机へ。
紙を置く。
八人の名前。
セレス。
ミレイユ。
リリス。
エリナ。
アウラ。
クロエ。
ノア。
アステラ。
「一人ずつ考えるか」
◇
セレス。
女帝。
十年間。
俺の帰還を待ちながら。
国を立て直した。
最初のデート。
予定表を四十三枚も作り。
最後には。
予定にない道を。
楽しめるようになった。
俺が選んだ服。
いや。
セレスが。
俺へ選んだ服。
今も。
時々着ている。
「セレスを」
女性として。
好きか。
「……好きだな」
声に出すと。
恥ずかしい。
だが。
違和感はない。
次。
ミレイユ。
聖女。
誰かを救うために。
自分を使い潰そうとしていた女。
今は。
俺と。
何の役にも立たないガラクタを作って。
笑える。
「ミレイユも」
好きか。
「ああ」
好きだ。
リリス。
魔王。
翼で。
俺を世界から隠そうとした。
自分の好物さえ。
俺のために捨てていた。
今は。
子供粥が好きだと。
少し恥ずかしそうに言う。
「好きだな」
エリナ。
勇者。
強さ以外。
何もないと思っていた。
水の中。
魚を見て。
笑っていた顔。
「……好きだ」
アウラ。
食べ物を。
愛情や所有と。
混ぜていた竜王。
今は。
知らない子供が。
自分で菓子を作って笑うのを。
腹より嬉しいと言った。
「好き」
クロエ。
値段。
市場価値。
利益。
全部。
世界を数字で見ていた。
それでも。
銅貨四枚の木札を。
一番高い贈り物だと。
泣いてくれた。
「好きだ」
ノア。
影。
秘密。
俺を。
ずっと見ていなければ。
不安だった。
今は。
自分から隠れ。
自分から戻ってくる。
「好きだな」
アステラ。
俺の核だった。
生存そのものを。
俺へ繋げていた。
契約がなくなった今。
それでも。
俺の隣を選んだ。
普通の家。
小さな庭。
『二人とも帰ってくる家』
「好きだ」
八回。
言った。
「……」
頭を抱える。
「全員じゃないか」
自分で。
分かっていた。
でも。
声にすると。
逃げ道がなくなる。
◇
「兄」
「うわっ!」
窓の外。
レオ。
「何をしている!」
「外」
「なぜ窓から!」
「扉を叩いた」
「聞こえなかった」
「八回くらい好きと言っていた」
「聞くな!」
「大声だった」
「嘘だろう」
「半分嘘」
「帰れ!」
「相談がある顔だったから来た」
レオは。
普通に。
窓から入る。
「扉を使え」
「次から」
「何の用だ」
「リタが」
「ああ」
「明日の朝は、大人だけの大事な話だと聞いて」
「ああ」
「お父さん一号が困っていると思うから、これを渡してと」
紙。
「何だ」
開く。
『お父さん一号へ』
『好きな人がいっぱいでも、リタは困りません』
『リタは、お父さん一号も、レオお父さんも、フィオナも、家も、みんな好きです』
『好きは一個じゃなくていいと思います』
『でも、お菓子は同じのを八個食べたらお腹が痛くなるので気をつけてください』
「最後は何の助言だ」
「リタらしい」
「ああ」
「兄」
「何だ」
「全員好きなのか」
「……」
「さっき聞こえた」
「半分嘘ではなかったのか!」
「全部聞こえた」
「最悪だ」
レオは。
俺の前の紙を見る。
「一人選べない?」
「選べない」
「選びたくない?」
「……」
そこ。
違う。
「たぶん」
「ああ」
「今の俺は」
一人。
切り捨てて。
残った一人が。
一番。
とは。
思えない。
「八人それぞれと」
「ああ」
「違うことをしたい」
「ああ」
「セレスとは」
知らない道を歩きたい。
「ミレイユとは」
何の役にも立たない遊びをしたい。
「リリスとは」
また料理したい。
「エリナとは」
泳ぎたい。
「アウラとは」
子供たちの菓子作りを見に行きたい。
「クロエとは」
休業日に。
無駄な買い物をしたい。
「ノアとは」
帰星を探したい。
「アステラとは」
知らない世界の色を。
一緒に見てみたい。
レオが。
俺を見る。
「それ」
「ああ」
「もう答えでは?」
「簡単に言うな」
「では」
レオは。
椅子へ座る。
「一人だけと付き合うとする」
「ああ」
「残り七人と」
「ああ」
「今言ったことは、しない?」
「……」
嫌だ。
すぐ。
思った。
「したい」
「ああ」
「では」
「でも」
恋人。
という関係で。
八人と。
同時に。
付き合う。
「普通ではない」
「俺たちの家で」
レオが。
真顔で言う。
「今さら普通を気にするのか」
「……」
「兄」
「ああ」
「俺が言うのも何だが」
「ああ」
「八百四十二世界と繋がる地下王国の王で」
「ああ」
「女帝と聖女と魔王と勇者と竜王と商業王と影の女王と虚無の女に同時に告白されて」
「ああ」
「普通の恋愛だけ求めるほうがおかしい」
「言い方がひどい」
「間違ってる?」
「……あまり」
◇
「一つ」
レオが言う。
「聞く」
「全員と付き合ったら」
「ああ」
「全員幸せ?」
「分からない」
「そこ」
「ああ」
「考えたほうがいい」
「珍しく真面目だな」
「弟だから」
レオは。
少し笑う。
「兄が」
「ああ」
「八人を失いたくないから全部取る」
「ああ」
「だけなら」
一度。
俺を見る。
「たぶん駄目だ」
「……」
「八人それぞれと」
「ああ」
「恋人として」
「ああ」
「向き合いたい?」
少し。
時間をかけた。
セレス。
ミレイユ。
リリス。
エリナ。
アウラ。
クロエ。
ノア。
アステラ。
それぞれ。
一人ずつ。
顔を思い出す。
「向き合いたい」
答えた。
レオは。
頷いた。
「なら」
「ああ」
「本人たちに聞けばいい」
「八人とも?」
「ああ」
「複数交際でもいいのか」
「ああ」
「聞かずに決めるな」
「……」
そうだった。
俺は。
また。
相手の気持ちを。
勝手に決めようとしていた。
「成長したな、弟」
「褒めた?」
「ああ」
「頭はいい」
「誰が撫でるか」
◇
レオが帰る。
少し後。
扉。
こんこん。
「誰だ」
「フィオナ」
「どうぞ」
入ってくる。
少し。
以前より。
輪郭が濃い。
銀の花飾り。
「レオが来たでしょう」
「ああ」
「相談した?」
「ああ」
「では」
フィオナが。
小さな包みを置く。
「これは?」
「お茶」
「ありがとう」
「私は」
向かい。
椅子へ座る。
「助言しない」
「珍しいな」
「今の私は」
少し笑う。
「あなたの昔の仲間の代わりとして、人生相談をする必要がないから」
「ああ」
「ただ」
一度。
俺を見る。
「一つだけ聞きたい」
「何だ」
「八人の中で」
「ああ」
「一人だけを選ばなければ」
「ああ」
「誰かに失礼だと思っている?」
「少し」
「どうして」
「普通なら」
「また普通」
レオと同じ反応。
「フィオナまで」
「レオン」
「ああ」
「普通の恋愛では」
「ああ」
「相手が八人同時に世界大戦を始めかけません」
「そこを基準にするな」
「冗談」
「ああ」
「でも」
フィオナは。
少し真剣になる。
「大切なのは」
「ああ」
「形より」
「ああ」
「全員が」
一人ずつ。
「その形を、自分で望んでいるかでしょう?」
「……」
「あなたも含めて」
「ああ」
「八人も」
「ああ」
「誰かが我慢して」
「ああ」
「仕方なく受け入れるなら」
「駄目だな」
「でも」
少し笑う。
「全員が納得する形が」
「ああ」
「普通ではないだけなら」
「ああ」
「世界が滅びない範囲で好きにすれば?」
「最後の条件が重い」
◇
深夜。
一人。
もう一度。
紙を見る。
八人。
全員好き。
でも。
同じではない。
同じにする必要も。
ない。
「明日」
俺は。
紙を畳む。
「話そう」
◇
翌朝。
朝食。
全員。
揃っている。
セレス。
ミレイユ。
リリス。
エリナ。
アウラ。
クロエ。
ノア。
アステラ。
レオ。
リタ。
フィオナ。
家。
「先生」
セレスが。
最初に言う。
「昨夜は」
「ああ」
「お休みになれましたか?」
「少し」
「何時間?」
「五時間」
「少ないです」
ミレイユ。
「今日は昼寝を」
「答えの後にな」
「先生」
アウラ。
「朝ごはん食べながら?」
「先に食え」
「喉通らない」
「お前が?」
「……少し通る」
「なら食え」
いつもの。
朝。
なのに。
全員。
落ち着かない。
「では」
俺は。
箸を置く。
「話す」
八人の手が。
一斉に止まる。
「最初に」
「ああ」
「俺は」
一人ずつ見る。
「八人全員を」
息。
「女性として」
「ああ」
「好きだ」
完全な沈黙。
「……」
「……」
「……」
「先生」
セレスが。
最初に声を出す。
「全員?」
「ああ」
「同じ程度に?」
「違う」
八人の顔が。
少し動く。
「違う?」
「ああ」
「セレスを好きな理由と」
セレスを見る。
「ミレイユを好きな理由は違う」
ミレイユ。
「リリスも」
「ああ」
「エリナも」
「ああ」
「アウラも」
「ああ」
「クロエも」
「ああ」
「ノアも」
「ああ」
「アステラも」
「ああ」
「俺の中では」
胸へ手。
「全部、別だ」
セレスが。
ゆっくり。
息を吐く。
「順位は?」
「今はない」
エリナ。
「勝ち負けは?」
「ない」
クロエ。
「数値化は」
「しない」
「……承知しました」
「でも」
俺は続ける。
「だから」
一度。
言葉を選ぶ。
「一人だけ選んで」
「ああ」
「残り七人と距離を置く答えは」
「ああ」
「俺にはできない」
八人。
誰も。
まだ喜ばない。
ちゃんと。
最後まで聞いている。
「俺は」
「ああ」
「セレスとは、また予定のない道を歩きたい」
セレスの目。
少し潤む。
「ミレイユとは」
「ああ」
「また、何の役にも立たないものを作りたい」
ミレイユ。
笑う。
「リリスとは」
「ああ」
「お互い違う料理を作って、一緒に食いたい」
翼。
少し震える。
「エリナとは」
「ああ」
「また泳ぎたい。次も魚を見たい」
エリナ。
拳を握る。
「アウラとは」
「ああ」
「子供たちの菓子作りの場所を見に行きたい」
アウラ。
目。
輝く。
「クロエとは」
「ああ」
「店を閉めた日に」
『また明日』
「何の役にも立たない買い物をしたい」
クロエ。
木札へ。
手を置く。
「ノアとは」
「ああ」
「また帰星を探したい」
ノア。
小さく。
笑う。
「アステラとは」
「ああ」
「八百四十二世界を」
銀と黒の瞳。
「いつか」
「ああ」
「俺も一緒に見たい」
アステラ。
嬉色。
まだ。
淡い。
「だから」
俺は。
一度。
深呼吸する。
「八人へ聞く」
全員。
俺を見る。
「俺は」
心臓が。
うるさい。
「一人とだけ付き合うのではなく」
八人。
全員。
「お前たち八人と」
一度。
口が。
乾く。
「付き合ってみたい」
言った。
◇
静か。
誰も。
動かない。
「……」
「……」
「……」
「聞こえたか?」
アウラの目から。
涙。
「八人?」
「ああ」
「私も?」
「ああ」
「全員?」
「ああ」
「恋人?」
「お前たちが」
一度。
止める。
「それでもいいなら」
ここ。
大事。
「俺だけで決めない」
「ああ」
「八人とも」
俺を見る。
「一人だけの恋人になれないことになる」
「ああ」
「嫉妬もするだろう」
「ああ」
「時間も」
八人。
「俺を独占できない」
「ああ」
「だから」
一人ずつ。
「嫌なら」
少し。
怖い。
「断ってくれ」
セレスが。
最初に立つ。
「先生」
「何だ」
「私は」
一度。
目を閉じる。
「先生を独占したいです」
「ああ」
「今でも」
「ああ」
「ですが」
目を開く。
「先生が」
「ああ」
「ほかの七人を好きだというお気持ちも」
横。
七人を見る。
「今は、否定したくありません」
「セレス」
「ああ」
「私は」
一歩。
「八人の一人でも」
少し。
微笑む。
「先生の恋人になりたいです」
「……」
「受けていただけますか?」
「俺から頼んだんだ」
「ああ」
「よろしく」
セレスの目から。
涙。
「はい」
◇
ミレイユ。
「先生」
「何だ」
「私は」
少し笑う。
「先生のすべてを治したいと」
「ああ」
「昔は思っておりました」
「ああ」
「今は」
自分の胸へ。
手。
「先生の気持ちは」
「ああ」
「治すものではないと分かります」
「ああ」
「私だけを好きになるように」
「ああ」
「奇跡も使いません」
「ああ」
「ですので」
一歩。
「私も」
頬を赤く。
「先生の恋人にしてください」
「ああ」
「よろしく」
「はい」
◇
リリス。
「先生」
「何だ」
「私は」
翼。
大きく。
でも。
誰も包まない。
「今でも」
「ああ」
「先生を翼の中へ閉じ込めたい」
「ああ」
「十二枚全部で」
「ああ」
「誰にも見せず」
「ああ」
「私だけの先生に」
「ああ」
「だが」
翼が。
ゆっくり。
畳まれる。
「それをしない私も」
笑う。
「少し好きになった」
「ああ」
「だから」
一歩。
「八人の一人でいい」
「ああ」
「いや」
少し。
訂正。
「今は」
「ああ」
「八人の一人から始めたい」
「ああ」
「先生」
「何だ」
「私と付き合ってくれ」
「ああ」
「よろしく、リリス」
「……うむ」
◇
エリナ。
「先生!」
「何だ」
「私!」
「ああ」
「一番になりたい!」
「知っている」
「でも!」
セレスたちを見る。
「みんなも」
「ああ」
「先生のこと好きなの」
「ああ」
「デートしたから」
「ああ」
「ちょっと分かった」
「何が」
「先生といる時」
少し。
恥ずかしそうに。
「みんな、私と同じ顔する」
「ああ」
「だから」
拳を。
胸へ。
「恋人になった後も」
「ああ」
「勝負したくなるかも」
「するな」
「努力する!」
「そこは」
「でも!」
俺を見る。
「私も!」
一歩。
「先生の恋人になりたい!」
「ああ」
「よろしく」
「やった!」
飛びつきかけ。
止まる。
「抱きついていい!?」
「後で一人ずつ!」
「分かった!」
◇
アウラ。
「先生」
「何だ」
「私は」
泣いている。
「八人でも」
「ああ」
「ご飯」
「ああ」
「一緒に食べる?」
「食べる」
「私が好きな肉」
「ああ」
「先生がいらないって言ったら?」
「俺は別のものを食べる」
「でも」
「ああ」
「同じ机?」
「ああ」
「……」
泣きながら。
笑う。
「それなら」
一歩。
「恋人になる」
「本当に?」
「うん」
「独占したい?」
「したい」
「ああ」
「でも」
俺を見る。
「私が食べたい肉を」
「ああ」
「ほかの人へ全部渡さなくても」
「ああ」
「家族でいられた」
「ああ」
「先生も」
七人を見る。
「分けたらなくなる食べ物じゃない?」
「たぶん」
「では」
頭。
差し出す。
「よろしく」
「まだ撫でる場面では」
「恋人」
「……」
一回だけ。
撫でる。
「よろしく、アウラ」
◇
クロエ。
「先生」
「何だ」
「確認事項が」
「契約書か?」
「いいえ」
珍しい。
「私は」
指。
一つ。
「八人と交際することについて」
「ああ」
「期間」
「ああ」
「会う回数」
「ああ」
「贈答上限」
「ああ」
「記念日」
「ああ」
「すべてを平等に数値化することを」
少し。
息を吸う。
「提案しません」
「……」
俺が。
少し驚く。
「いいのか」
「平等は」
「ああ」
「同じ回数ではないと」
俺を見る。
「デートで学びました」
「ああ」
「先生と私に必要な時間と」
「ああ」
「先生とセレスさんに必要な時間は」
「ああ」
「違うはずです」
「そうだな」
「ただし」
「何だ」
「寂しい時は」
「ああ」
「寂しいと言います」
「ああ」
「もっと会いたい時は」
「ああ」
「お願いもします」
「それでいい」
「では」
一歩。
「先生」
「ああ」
「私も、恋人にしてください」
「ああ」
「よろしく、クロエ」
「……はい」
少し。
泣いている。
でも。
すぐ。
金額にはしなかった。
◇
ノア。
「先生」
「何だ」
「私は」
影を見る。
「七人のデート」
「ああ」
「全部」
少し。
言いにくそう。
「知りたかった」
「ああ」
「今でも?」
「少し」
「駄目だぞ」
「うん」
「でも」
俺を見る。
「知らなくても」
「ああ」
「先生が戻ってきた」
「ああ」
「私の時も」
「ああ」
「先生は来た」
「ああ」
「だから」
一歩。
「先生が」
「ああ」
「七人と恋人でも」
「ああ」
「私のところへ帰ってくる日があるなら」
「ああ」
「私は」
小さく。
「恋人になりたい」
「ある」
「ああ」
「ノアのところへ」
俺は。
ちゃんと言う。
「俺が会いたくて行く日もある」
ノアの顔。
一気に赤い。
「先生」
「何だ」
「今」
「ああ」
「もう恋人?」
「お前がいいなら」
「なる」
「ああ」
「よろしく」
「うん」
◇
最後。
アステラ。
「レオン」
「何だ」
「私」
嬉色。
まだ。
少し揺れている。
「最初」
「ああ」
「妻になりたかった」
「ああ」
「契約だった」
「ああ」
「次」
「ああ」
「契約がなくなっても」
「ああ」
「妻になりたかった」
「ああ」
「今は」
一度。
俺を見る。
「恋人から」
「ああ」
「始めたい」
「……」
「妻になる答え」
「ああ」
「急がない」
「ああ」
「ほかの七人も」
一人ずつ見る。
「恋人」
「ああ」
「嫉妬する」
「ああ」
「すごく」
「ああ」
「でも」
俺の前。
「私は」
笑う。
「レオンが」
「ああ」
「自分から私を好きだと言った今日を」
「ああ」
「契約より大事にしたい」
「アステラ」
「何?」
「俺と」
一度。
自分でも。
照れる。
「付き合ってくれるか」
銀と黒の瞳。
嬉色。
一気に。
濃くなる。
「ええ」
「ああ」
「よろしく」
「よろしく、レオン」
◇
『全八名』
家の声。
『交際成立を確認しました』
「家」
『はい』
「登録する必要あるのか」
『共同生活上、関係定義は重要です』
壁。
文字。
『セレス――恋人』
『ミレイユ――恋人』
『リリス――恋人』
『エリナ――恋人』
『アウラ――恋人』
『クロエ――恋人』
『ノア――恋人』
『アステラ――恋人』
八行。
並ぶ。
「……」
俺は。
頭を抱えた。
「すごい光景だな」
レオが言う。
「兄」
「何だ」
「八人彼女」
「言うな」
「お父さん一号!」
リタ。
「恋人八人!」
「数えるな!」
「結婚したらお母さん八人?」
「まだそこまで行ってない!」
「フィオナは?」
「入れるな!」
フィオナが。
少し困ったように笑う。
「私はまだ、自分探し中」
「そうしてくれ」
「将来は?」
リタ。
「リタ!」
「聞いただけ」
◇
問題は。
ここからだった。
『交際開始に伴い』
家。
「何だ」
『新しい規則を設定します』
「嫌な予感」
『一、恋人となっても、相手の時間・身体・行動への自動的権利は発生しません』
「当然だ」
八人も。
頷く。
『二、身体接触は、従来どおり双方の意思確認を推奨』
「ああ」
『三、嫉妬を禁じません』
八人の顔が。
少し明るくなる。
「そこはいいのか」
『感情は禁止できません』
「ああ」
『ただし、嫉妬を理由とする威圧・監視・妨害・国家権力使用は禁止』
「重要だな」
『四、交際回数の平等を義務化しません』
クロエが。
頷く。
『必要な時に、必要な相手へ、自ら希望を伝えてください』
「ああ」
『五』
「まだある」
『旦那様は』
「ああ」
『「全員恋人になったから、これまでと何も変えない」という逃避を禁止します』
「……」
八人が。
一斉に俺を見る。
「家」
『はい』
「具体的に?」
『恋人として』
壁。
『したいこと』
『言いたいこと』
『触れたい時』
『会いたい時』
『旦那様側からも表現してください』
「……」
逃げ道がない。
「先生」
セレス。
「私は、よい規則だと思います」
「ああ」
「私も」
ミレイユ。
「私もだ」
リリス。
「先生から!」
エリナ。
「いっぱい!」
アウラ。
「適量で」
クロエ。
「先生から来て」
ノア。
「レオンから」
アステラ。
「分かったから!」
◇
『それでは』
家。
『交際初日の課題です』
「もう授業なのか」
『はい』
『旦那様から』
「ああ」
『恋人八名へ』
「ああ」
『恋人になった今だからこそ、したいことを一つ提案してください』
八人。
一斉に。
俺を見る。
「今?」
『はい』
「八人へ?」
『はい』
「一人ずつ?」
『同一内容でも、個別内容でも構いません』
困る。
恋人。
昨日までは。
候補。
デート相手。
今日から。
恋人。
「先生」
セレス。
「何でも」
「先に言うな」
「はい」
俺は。
考える。
手。
抱擁。
デート。
もう。
いくつかした。
恋人になったから。
したいこと。
「……」
八人が。
静かに待つ。
誰も。
提案しない。
俺が。
決める。
その時。
ふと。
思いついた。
「一つ」
「ああ」
「今夜」
八人の姿勢が。
一斉に良くなる。
「俺の部屋へ」
空気が。
凍った。
「先生」
セレス。
「夜?」
「俺の部屋?」
ミレイユ。
「八人?」
リリス。
「同時?」
エリナ。
「ベッド?」
アウラ。
「待て!」
クロエが。
珍しく。
顔を真っ赤にする。
「先生」
「違う!」
「まだ何も」
「お前たちの考えていることではない!」
「では」
ノア。
「何する?」
俺は。
自室。
増えたものを。
思い出す。
「俺の部屋に」
「ああ」
「お前たちとの思い出が増えた」
青い器。
人形。
石。
ガラクタ。
記録画。
「でも」
「ああ」
「まだ」
八人全員分。
同じ場所に。
まとまっているわけではない。
「恋人になった記念に」
少し。
照れる。
「八人それぞれ」
「ああ」
「俺の部屋へ」
一つ。
「置いてほしいものを」
「ああ」
「一緒に選びたい」
八人の表情が。
ゆっくり。
変わる。
「先生の部屋に?」
セレス。
「ああ」
「私のものを?」
「ああ」
「八人分?」
「ああ」
「先生が」
ミレイユ。
「置いておきたいと?」
「ああ」
「……」
全員。
顔が。
赤い。
「ただし」
俺は。
先に言う。
「巨大な像は禁止」
セレスが止まる。
「神像は禁止」
ミレイユ。
「魔王旗は禁止」
リリス。
「剣は禁止」
エリナ。
「肉は禁止」
アウラ。
「金塊は禁止」
クロエ。
「影の分体は禁止」
ノア。
「虚無の核は禁止」
アステラ。
「先生」
セレス。
「なぜ」
「ああ」
「全員の第一候補が分かるのですか」
「分かりやすすぎるからだ!」
◇
その夜。
俺の部屋。
八人。
全員。
並んでいる。
「狭いな」
「先生」
クロエ。
「増築を」
「しない」
「ですが」
「普通の部屋でやる」
セレス。
小さな。
空待花の種を。
一粒。
「花そのものではないのか」
「はい」
「どうして」
「先生と」
少し笑う。
「次に育てる花のためです」
「ああ」
「今ある花は」
「ああ」
「二人で育てている途中なので」
「いいな」
小さな。
透明瓶。
種。
棚へ。
ミレイユ。
あの。
意味のない白い塊。
「それを!?」
「先生」
「何だ」
「私の部屋にも一つございます」
「ああ」
「こちらは」
「ああ」
「先生と作った日に」
少し笑う。
「途中で失敗した欠片です」
「捨てていなかったのか」
「役に立たないので」
「理由になっていない」
「だから置きたいです」
「……分かった」
棚。
二つ目。
リリス。
小さな。
紫色の芋の。
乾燥した皮。
「ゴミでは?」
「違う!」
「何だ」
「先生と」
顔。
少し赤い。
「私が、自分の好物を」
「ああ」
「初めて一緒に食べた日のものだ」
「保存していたのか」
「うむ」
「腐らない?」
「乾燥魔法済み」
「魔法をそう使うな」
でも。
置く。
三つ目。
エリナ。
水鏡庭園の。
記録画。
俺の部屋には。
すでに一枚ある。
「同じ?」
「違う」
よく見る。
裏。
小さな文字。
『剣を持たない私も、好きになりたい』
「これは?」
「あの日」
「ああ」
「帰ってから書いた」
「ああ」
「先生に見てほしかった」
俺は。
壁の。
記録画の横へ。
置く。
「ありがとう」
エリナが。
すごく嬉しそう。
アウラ。
小さな。
木製の匙。
「食べ物ではない?」
「我慢した」
「偉い」
「子供たちと」
「ああ」
「お菓子作った時」
「ああ」
「ルルが使った匙」
「ああ」
「新しいのを買って交換してもらった」
「本人の許可は?」
「うん」
「なぜこれ」
「先生」
笑う。
「私が食べたものじゃなく」
「ああ」
「誰かが作ったものを待てた日の」
「ああ」
「思い出」
「いいな」
五つ目。
クロエ。
『また明日』
の。
小さな木札。
「それは、お前の大切なものだろう」
「はい」
「俺の部屋へ置いていいのか」
「一つ条件が」
「何だ」
「先生が」
札。
表。
『営業中』
「忙しそうな時」
「ああ」
裏。
『また明日』
「私が勝手に返しません」
「ああ」
「ですが」
「何だ」
「先生ご自身が」
渡す。
「休む時」
「ああ」
「こちらへしてほしいです」
「……」
俺は。
受け取る。
『また明日』
今夜は。
そちらを。
机へ置いた。
「今日は?」
「もう仕事しない」
クロエが。
嬉しそうに笑う。
六つ目。
ノア。
何もない。
「ノア?」
「物」
「ああ」
「置きたくない」
「嫌?」
「違う」
「ああ」
「私の思い出は」
小さく。
天井を見る。
「帰星」
「ああ」
「形にしたくない」
「ああ」
「だから」
一枚。
真っ黒な。
小さな布。
「これは?」
「窓の隅に置いて」
「ああ」
「星を見る時」
一度。
少し笑う。
「部屋を暗くする布」
「実用品になったな」
「でも」
「ああ」
「使ったら」
俺を見る。
「私を思い出して」
「分かった」
「約束?」
「ああ」
七つ目。
アステラ。
白紙。
「紙?」
「うん」
「何も書いていない」
「だから」
「ああ」
「これから」
一度。
嬉色。
「レオンと見た色を」
「ああ」
「一つずつ」
色を。
増やす。
「まだ白紙?」
「最初は」
「ああ」
「今日」
小さな筆。
淡い桃色。
「嬉色」
紙の端へ。
一点。
「これだけ」
「少ないな」
「これから増やす」
「俺の部屋で?」
「嫌?」
「いや」
俺も。
少し笑う。
「増えるのを見たい」
嬉色。
さらに。
濃くなった。
◇
八つ。
全部。
部屋へ。
置いた。
「増えたな」
俺が言う。
「先生」
セレス。
「邪魔では?」
「少し」
「先生!」
「冗談だ」
部屋。
以前より。
ごちゃごちゃしている。
でも。
嫌ではない。
「俺の部屋らしく」
一度。
考える。
「なってきた気がする」
「先生の?」
ミレイユ。
「ああ」
「必要な物だけではなく」
「ああ」
「好きなもの」
「ああ」
「思い出」
「ああ」
「増えた」
八人を見る。
「その中に」
一度。
少し恥ずかしい。
「恋人のものがあるのも」
八人。
息を止める。
「悪くない」
全員。
一斉に。
顔を覆った。
「何だ!」
「先生」
セレス。
「今の」
「ああ」
「強いです」
「何が」
「恋人のもの」
ミレイユ。
「先生が」
リリス。
「普通に」
エリナ。
「恋人って」
アウラ。
「私たちを」
クロエ。
「呼んだ」
ノア。
「レオン」
アステラ。
「もう一回」
「全員同時に言うな!」
◇
『交際初日課題』
家の声。
『合格です』
「何を見ていた」
『旦那様が』
「ああ」
『恋人八名との関係を』
「ああ」
『従来の教育対象・婚姻候補ではなく』
壁。
『現在の恋人』
『として言語化したことを確認しました』
「ああ」
『また』
『八名それぞれに異なる思い出を置くことを選択』
「ああ」
『一律化せず』
『比較せず』
『個別性を維持しています』
「そこは」
クロエが。
少し。
嬉しそうに。
「重要ですね」
『はい』
「先生」
ノア。
「一つ」
「何だ」
「恋人になったから」
「ああ」
「聞きたい」
「何を」
ノアが。
自分の唇へ。
指。
その瞬間。
俺は。
嫌な予感がした。
「先生」
「待て」
「恋人って」
「ああ」
「キス」
居間。
いや。
俺の部屋。
八人。
完全に。
静かになる。
「……」
「……」
「……」
「ノア」
セレスが。
非常に。
ゆっくり。
言う。
「今」
「ああ」
「重要な議題を」
「会議にするな!」
ミレイユ。
頬。
真っ赤。
「恋人同士であれば」
「ああ」
「一般的には」
「一般論を始めるな!」
リリス。
翼。
膨らむ。
「先生」
「何だ」
「私はしたい」
「即答するな!」
エリナ。
「私も!」
アウラ。
「私も!」
クロエ。
「先生」
「ああ」
「順番を市場原理で」
「絶対に駄目だ!」
アステラ。
「レオン」
「何だ」
「キス」
銀と黒の瞳。
真っすぐ。
「したい?」
八人。
全員。
俺を見る。
「……」
今まで。
手をつないだ。
抱きついた。
髪に触れた。
肩を抱いた。
でも。
口づけ。
そこは。
明確に。
一段。
違う。
『旦那様』
家。
「何だ」
『回答は』
「ああ」
『ご自身で』
「分かっている!」
『恋人になったからといって』
「ああ」
『義務ではありません』
「ああ」
『したい相手と』
「ああ」
『したい時に』
「ああ」
『双方が望む場合のみ』
「ああ」
『行ってください』
「そこまで丁寧に説明するな!」
「先生」
セレス。
「私たちは」
「ああ」
「待ちます」
ミレイユ。
「先生からでも」
リリス。
「私たちからでも」
エリナ。
「聞く!」
アウラ。
「我慢する!」
クロエ。
「順番を固定しません」
ノア。
「でも」
アステラ。
「したい時は」
八人。
少し。
恥ずかしそうに。
「ちゃんと言う」
俺は。
八人の。
新しくできた恋人を見る。
「……分かった」
「先生」
ノア。
「今は?」
「今!?」
「したい?」
「……」
八人。
待つ。
俺は。
自分へ。
聞いた。
誰かと。
今。
キスしたいか。
「……今日は」
少し。
顔が熱い。
「まだ」
八人の顔が。
少しだけ。
残念になる。
「でも」
全員。
俺を見る。
「したくないわけではない」
完全な沈黙。
「……」
「……」
「……」
「先生」
セレス。
「今」
「ああ」
「それは」
「ああ」
「非常に」
顔。
真っ赤。
「期待してよい言葉でしょうか」
「期待しすぎるな!」
「少し?」
「少しなら!」
八人の顔が。
一斉に。
明るくなった。
俺は。
この瞬間。
気づいた。
世界大戦は。
止められた。
八人の告白にも。
答えた。
恋人にもなった。
だが。
次に待っているのは。
たぶん。
世界を救うより面倒な。
『八人の恋人と、初めてのキスをどうするか問題』
だった。
なお。
その夜。
家の掲示板には。
俺の許可なく。
『恋人になったからといって、廊下で唇を突き出して待機しないでください』
という。
新しい注意書きが増えていた。
誰がやったのか。
俺は。
あえて聞かなかった。




