↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/51

第35話 契約のなくなった彼女と普通の家を見に行ったら、「帰る場所」を二人で選ぶことになった



 翌朝。


 居間へ下りると。


 机の上に。


 紙の山があった。


「……」


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 家。


 家。


 家。


 全部。


 家の絵。


「アステラ」


「何?」


「これは」


「昨日考えた」


「何枚ある」


「百二十八」


「セレスより多い!」


 少し離れた場所で。


 セレスが。


 静かに茶を飲んでいる。


「先生」


「何だ」


「私は四十三枚でした」


「ああ」


「三倍近く敗北しております」


「勝負にするな」


 アステラは。


 紙を一枚。


 俺へ見せる。


「これは?」


「寝室が十二個」


「二人で見る家だぞ」


「みんなが泊まれる」


「今日は普通の家を見るんだ!」


「では」


 次。


「寝室二つ」


「普通になったな」


「一つはレオン」


「ああ」


「一つは私」


「ああ」


「でも」


 真ん中に。


 小さな扉。


「これは?」


「夜、寂しくなった時の近道」


「普通に廊下から来い」


「行っていい?」


「そこはその時に聞け」


「分かった」


 次。


「台所が三つ」


「なぜ」


「レオン用」


「ああ」


「私用」


「ああ」


「一緒用」


「一つでいい」


「でも」


「料理は同じ場所でできる」


「……」


 アステラが。


 紙へ線を引く。


「一つ」


「ああ」


「難しい」


「何が」


「一緒に暮らす家を考えると」


 俺を見る。


「全部一緒にしたくなる」


「ああ」


「でも」


 一枚。


 別の家。


 小さな部屋が。


 左右に分かれている。


「一人の場所も必要?」


「俺は欲しい」


「私も」


「本当に?」


「最近」


 少し笑う。


「一人で絵を描くの、好き」


「ああ」


「水世界のこととか」


「ああ」


「色とか」


「ああ」


「だから」


 小さな部屋を指す。


「ここは私」


「俺は?」


「こっち」


「何をする部屋だ」


「レオンが決める」


「いいな」


 アステラが。


 少し嬉しそうに頷く。


「でも」


「何だ」


「真ん中に」


 また扉を書こうとする。


「増やすな」


「……」


     ◇


「出発前に」


 俺は。


 紙の山を見る。


「全部置いていく」


「一枚だけ」


「駄目だ」


「十枚」


「増えたぞ」


「参考資料」


「今日は実際の家を見る」


「なら」


 アステラが。


 一番小さな紙を取る。


「これ」


 何も書かれていない。


「白紙?」


「うん」


「どうして」


「帰ってから」


 俺を見る。


「好きだったところを書く」


「それなら持っていこう」


「本当?」


「ああ」


「レオンも書く?」


「俺も?」


「二人で見に行くから」


「ああ」


「二人の紙」


 少しだけ。


 恥ずかしそうに言う。


「いいか?」


「うん」


     ◇


 玄関。


 アステラは。


 白と淡い灰色の。


 柔らかなワンピース。


 銀色の髪は。


 いつもより。


 少しだけ低い位置で結んでいる。


 虚無の女王でも。


 境界の存在でもない。


 普通の女性。


 そう見える服だった。


「レオン」


「何だ」


「どう?」


 来た。


「似合っている」


「かわいい?」


「ああ」


「どのくらい」


「単位があるのか」


「七人より?」


「比較するな」


「じゃあ」


 少し考える。


「今日の私として」


「ああ」


「かわいい?」


「かなり」


「……」


 アステラの銀と黒の瞳へ。


 淡い桃色。


 嬉色。


「また出たな」


「うん」


「自分で分かる?」


「少し」


「どんな感じだ」


「胸の中が」


 両手で。


 小さく丸を作る。


「温かくなって」


「ああ」


「色が出る」


「便利だな」


「隠せない」


「それは大変だな」


「レオンには」


 少し笑う。


「見えてもいい」


     ◇


 後ろ。


 七人。


 今日は。


 全員が。


 少し違った顔で見送っていた。


 自分たちの番を。


 もう終えたからだ。


「アステラさん」


 セレスが言う。


「楽しんでください」


「うん」


「ただし」


「ああ」


「家を購入しないでください」


「……」


「アステラさん?」


「買わない」


「今、一瞬考えたな」


 ミレイユ。


「同居の具体的な契約も」


「しない」


「婚姻届に類するものも」


「出さない」


「先生」


 リリスが俺を見る。


「土地を見ても」


「ああ」


「その場で建国するな」


「俺がするか!」


 エリナ。


「家に訓練場があったら?」


「今日は見ない」


「少しだけ」


「お前のデートは終わった」


「……うん」


 アウラ。


「大きい台所」


「ああ」


「おすすめ」


「今日はアステラが決める」


「でも、いっぱい食べられる」


「アステラはお前ほど食べない」


 クロエ。


「不動産価格については」


「言うな」


「まだ何も」


「顔が仕事になっている」


「……承知しました」


 ノアは。


 アステラを見る。


「隠れる部屋」


「ああ」


「一個あるといい」


「ノア」


「私の好み」


「ああ」


「でも」


 少し考える。


「アステラが欲しいなら」


「うん」


「私が決めない」


「ありがとう」


 アステラは。


 一人ずつ。


 ちゃんと答えた。


 最後。


 俺を見る。


「行く?」


「ああ」


「手」


「まだ」


「分かった」


 即座に。


 手を引っ込める。


「早いな」


「七人を見て学んだ」


「何を」


「最初から全部もらおうとすると」


 少し。


 得意そうな顔。


「後でレオンから来ることがある」


「計算するな」


「でも本当」


「今日は計算するな」


「分かった」


     ◇


 向かったのは。


 地下都市から。


 少し離れた。


 八百四十二世界交流区。


『生活見本街』


 という場所だった。


「何だここ」


 小さな家。


 中くらいの家。


 木の家。


 石の家。


 丸い家。


 半分地下。


 木の上。


 水上。


 世界ごとの。


 普通の住居を。


 見学できるらしい。


「宮殿ではない?」


 アステラが。


 周囲を見る。


「ああ」


「城でも」


「ああ」


「神殿でも」


「ああ」


「誰も跪かない」


「ああ」


「普通」


「そのために来たんだろう」


「うん」


 最初。


 小さな木の家。


 玄関。


「狭い」


「二人なら十分だろう」


「七人が来たら」


「今日は二人の家を考えるんだ」


「……」


「どうした」


「まだ」


 自分の胸へ手。


「みんなを入れない家を考えるの」


「ああ」


「少し悪い気がする」


「なぜ」


「家族なのに」


「家族でも」


 俺は。


 扉を開ける。


「全部の時間を一緒に過ごす必要はない」


「……」


「誰かと二人でいる時間があっても」


「ああ」


「一人でいる時間があっても」


「ああ」


「家族でなくなるわけではない」


 アステラは。


 少し考え。


「では」


 木の家へ入る。


「今は」


「ああ」


「レオンと二人の家として見る」


「それでいい」


     ◇


 居間。


 小さい。


 机。


 椅子二つ。


 棚。


 窓。


「先生」


 いや。


 アステラが止まる。


「レオン」


「何だ」


「先生って言いそうになった」


「珍しいな」


「今日は」


 少し。


 恥ずかしそうに。


「教え子じゃなく」


「ああ」


「デート相手」


「ああ」


「だから」


 俺を見る。


「レオンって呼びたい」


「普段から呼んでいるだろう」


「でも」


 少し笑う。


「今日は違う感じ」


「そうか」


 窓辺。


 小さな椅子。


 アステラが座る。


「ここ好き」


「どうして」


「光」


 窓から。


 柔らかな。


 人工の日差し。


「朝」


「ああ」


「ここで色を描ける」


「いいな」


「レオンは?」


「俺?」


「どこ好き?」


 見回す。


 棚。


 小さな暖炉。


 机。


「この机」


「どうして」


「一人で食べるには大きい」


「ああ」


「二人なら」


「ああ」


「ちょうどいい」


 言ってから。


 少し照れた。


 アステラが。


 固まる。


「レオン」


「何だ」


「今」


「ああ」


「二人で食べること、想像した?」


「ああ」


「私と?」


「今はお前と見ているからな」


「……」


 嬉色。


 濃くなる。


「便利だな、その色」


「今は困る」


「なぜ」


「全部ばれる」


     ◇


 台所。


 狭い。


 二人並ぶと。


 肩が触れそう。


「近い」


 アステラ。


「ああ」


「一緒に料理できる?」


「できる」


「レオン」


「何だ」


「私」


「ああ」


「料理、あまりできない」


「知っている」


「失敗したら?」


「食べられる範囲なら食べる」


「食べられなかったら?」


「一緒に作り直す」


「怒らない?」


「なぜ怒る」


「妻なら」


「まだ妻ではない」


「……」


「仮に一緒に暮らしても」


「ああ」


「料理を失敗したくらいで関係は終わらない」


「本当?」


「ああ」


「では」


 アステラは。


 小さな台所を見る。


「ここも好き」


「理由は」


「失敗しても」


 俺を見る。


「次がある場所にしたい」


「ああ」


 いい理由だった。


     ◇


 寝室。


「一つ」


 アステラが言う。


「ああ」


「狭い」


「ああ」


「ベッドも一つ」


「これは夫婦向けの家らしい」


「夫婦」


 銀と黒の瞳が。


 俺を見る。


「見るだけだぞ」


「分かってる」


 ベッド。


 アステラが。


 端へ座る。


「レオン」


「何だ」


「もし」


「ああ」


「一緒に暮らして」


「ああ」


「同じ部屋で寝たくない日があったら?」


 少し。


 意外な質問だった。


「別で寝る」


「怒らない?」


「怒らない」


「私が?」


「ああ」


「一人で寝たいって言っても?」


「ああ」


「寂しくても?」


「俺が?」


「うん」


「少しは寂しいかもしれない」


「それでも?」


「ああ」


「無理に一緒には寝ない」


「……」


「逆も同じだ」


「レオンが?」


「ああ」


「一人で寝たい日?」


「ああ」


「私は」


 一瞬。


 昔の顔に戻る。


 不安。


「嫌」


「ああ」


「すごく嫌」


「ああ」


「でも」


 自分で。


 息を整える。


「言われたら」


「ああ」


「分かったって言う」


「ああ」


「次の日」


「ああ」


「一緒に朝ごはん食べてもいい?」


「もちろん」


 アステラの表情が。


 少し緩む。


「それなら」


 ベッドから立つ。


「別の部屋も欲しい」


「お互いに?」


「うん」


「白紙へ書くか」


 アステラが。


 嬉しそうに。


 一つ目。


『一人の部屋もある』


 と書いた。


     ◇


 二軒目。


 石造り。


 少し大きい。


「庭」


 アステラが。


 外へ出る。


 小さな庭。


 草。


 一本の木。


「これ好き」


「何が」


「空」


「ああ」


 地下都市だが。


 天井に。


 別世界の空が映っている。


「庭で」


 アステラが。


 両手を広げる。


「色を見る」


「ああ」


「水」


「ああ」


「影」


「ああ」


「雨も?」


「区画によっては降らせられる」


「雨」


 少し。


 嬉しそう。


「好き?」


「まだ分からない」


「ああ」


「濡れたことはある」


「ああ」


「でも」


 手のひら。


 空へ。


「ただ雨を見るだけは、ない」


「では」


 白紙へ。


 俺が書く。


『小さな庭』


 アステラが。


 見る。


「レオンも?」


「ああ」


「欲しい?」


「昨日の星も」


「ああ」


「たまには外で見たい」


「ノアとの?」


 一瞬。


 嫉妬。


「ああ」


「嫌?」


「少し」


「消す?」


 白紙の文字を指す。


 アステラは。


 首を振る。


「消さない」


「ああ」


「レオンが好きになったものだから」


「ああ」


「私も」


 空を見る。


「私と見る星を探す」


「それでいい」


     ◇


 三軒目。


 水上住宅。


「揺れる」


 アステラ。


「ああ」


「楽しい」


「ああ」


「でも」


 五分後。


「酔った」


「駄目だな」


「うん」


「候補から外す?」


「外す」


「未練は」


「ない」


「珍しい」


「暮らすなら」


 少し青い顔で。


「毎日酔うの嫌」


「正しい」


     ◇


 四軒目。


 木の上。


「高い」


「ああ」


「景色」


「ああ」


「きれい」


「好き?」


「うん」


 三分後。


「階段が長い」


「ああ」


「毎日?」


「ああ」


「嫌」


「早いな」


「景色は見に来ればいい」


「暮らす場所と」


「ああ」


「好きな場所は別?」


「そういうこともある」


 アステラが。


 白紙へ。


『全部を家に入れなくていい』


 と書く。


「いいな」


「レオン」


「何だ」


「私」


 一度。


 紙を見る。


「前は」


「ああ」


「好きなもの全部」


「ああ」


「レオンの近くへ持ってきたかった」


「ああ」


「世界も」


「ああ」


「空も」


「ああ」


「人も」


「ああ」


「今は」


 木の上から。


 遠くを見る。


「好きな場所は」


「ああ」


「そこにあって」


「ああ」


「会いに行くのもいい」


「ああ」


「レオンも?」


「俺も?」


「家に閉じ込めなくていい」


「当たり前だ」


「昔は」


 俺を見る。


「閉じ込めたかった」


「知っている」


「今は」


 少し寂しそうに。


 でも。


 笑う。


「帰ってくる場所があればいい」


     ◇


 昼。


 小さな住宅区。


 見学用ではなく。


 実際に人が暮らす場所へ出た。


「腹減ったな」


「うん」


「何を食べる」


 アステラの番。


 俺の提案。


『この世界で一番好きになったものを一緒に食べたい』


「決めてある?」


「うん」


「何だ」


「来て」


 珍しく。


 自信満々。


     ◇


 着いた場所。


「……ここ?」


「うん」


 小さな屋台。


 売っているのは。


 薄い生地。


 野菜。


 肉。


 酸っぱい果実。


 全部を巻いた。


 簡単な包み焼き。


「これが?」


「一番好き」


「どうして」


 アステラが。


 店主へ。


「二つ」


「はいよ」


 普通に。


 銅貨を払う。


「初めて食べたのは」


「ああ」


「虚無から出て」


「ああ」


「一人で」


「ああ」


「第百九世界へ行く前」


「ああ」


「ここで」


 一口。


「誰も私を知らなかった」


「ああ」


「レオンもいなかった」


「ああ」


「契約もなかった」


「ああ」


「私が」


 もう一口。


「お腹が空いたから」


「ああ」


「自分で買った」


「それで好き?」


「味も」


「ああ」


「でも」


 包み焼きを。


 大切そうに見る。


「私が、生きるためじゃなく」


「ああ」


「食べたいから食べた」


「ああ」


「最初のもの」


 俺は。


 少し。


 言葉が出なかった。


「レオン」


「何だ」


「食べて」


「ああ」


 一口。


 酸っぱい。


「……酸っぱいな」


「そこが好き」


「肉はうまい」


「野菜も」


「ああ」


「好き?」


「俺は」


 もう一口。


「酸味が少し強い」


「ああ」


「でも」


「でも?」


「お前がこれを好きな理由を聞いてから食うと」


 アステラを見る。


「前よりうまく感じる」


「……」


 嬉色。


「レオン」


「何だ」


「それ」


「ああ」


「ずるい」


「何が」


「私が」


 自分の胸を押さえる。


「すごく嬉しくなる」


     ◇


 二人で。


 屋台横の。


 小さな椅子へ座る。


「レオン」


「何だ」


「一口交換する?」


「同じものだぞ」


「具の位置が違う」


「そこまで交換したいのか」


「うん」


「では」


 俺の。


 一口分。


 アステラへ。


 アステラのも。


 一口。


「どう?」


「同じ味だ」


「でも」


 笑う。


「レオンのを食べた」


「ああ」


「レオンも私の」


「ああ」


「それが違う」


「そういうものか」


「うん」


 俺も。


 少し分かる気はする。


     ◇


「先生」


 アステラが。


 また。


 言い間違えそうになる。


「レオン」


「今日は多いな」


「緊張してる」


「家を見るだけなのに?」


「違う」


「ああ」


「レオンが」


 少し。


 視線を逸らす。


「私と暮らす家を」


「ああ」


「本当に考えてるみたいだから」


 そこで。


 俺は。


 気づいた。


 俺自身。


 いつの間にか。


 もし。


 誰かと。


 暮らすなら。


 という仮定を。


 かなり具体的に考えている。


「……そうだな」


「嫌?」


「いや」


 一度。


 正直に。


「少し怖い」


「何が」


「俺は」


 七人。


 アステラ。


 結婚。


 家族。


 それを。


 ずっと。


 世界大戦を止めるための。


 問題として見ていた。


「最近」


「ああ」


「問題ではなく」


 アステラを見る。


「本当に、誰かと暮らす未来として考えるようになった」


「……」


「まだ答えは出ない」


「ああ」


「でも」


 屋台。


 普通の街。


 普通の家。


「こういう生活も」


「ああ」


「悪くないと思う」


 アステラの目から。


 涙。


「泣く?」


「嬉しい」


「結婚の答えではないぞ」


「分かってる」


「本当に?」


「うん」


 涙を拭く。


「昔なら」


「ああ」


「今の言葉で」


「ああ」


「結婚したと思ってた」


「危ないな」


「今は」


 少し笑う。


「未来の候補に入っただけ」


「ああ」


「それでも」


 胸へ手。


「嬉しい」


     ◇


 午後。


 最後に見た家。


 とても小さかった。


「狭い」


 アステラ。


「ああ」


 居間。


 台所。


 寝室二つ。


 小さな個室二つ。


 庭。


 それだけ。


「七人は入らない」


「遊びに来たら、庭まで使えば」


「レオ」


「ああ」


「リタ」


「ああ」


「フィオナ」


「ああ」


「みんな来たら」


「近くの店へ行こう」


「家に全部入れなくても?」


「ああ」


「……」


「どうした」


「これ」


 アステラが。


 白紙を見る。


『一人の部屋』


『小さな庭』


『全部を家に入れなくていい』


 そして。


 一番下。


 何もない。


「何を書く?」


 俺が尋ねる。


 アステラは。


 家の中を。


 ゆっくり見る。


「大きくなくていい」


「ああ」


「特別じゃなくていい」


「ああ」


「世界の中心じゃなくて」


「ああ」


「誰も跪かなくて」


「ああ」


「レオンが」


 俺を見る。


「帰ってくる」


「ああ」


「私も」


「ああ」


「帰ってくる」


「ああ」


「そういう家がいい」


 俺は。


 白紙の一番下へ。


 書いた。


『二人とも帰ってくる家』


 アステラが。


 それを。


 長く見つめた。


「レオン」


「何だ」


「これ」


「ああ」


「二人の?」


「ああ」


「今日考えた家なら」


「ああ」


「二人の希望だ」


「……」


 嬉色が。


 今までで一番。


 濃くなる。


     ◇


 帰る前。


 小さな庭。


 二人。


 並んで座る。


「アステラ」


「何?」


「手」


 俺から。


 出した。


「……」


「つなぐ?」


 アステラが。


 口を開く。


 閉じる。


「嫌?」


「違う」


「ああ」


「朝」


 少し笑う。


「後でレオンから来るかもしれないって」


「ああ」


「思ってた」


「ああ」


「本当に来た」


「計算どおり?」


「違う」


 一度。


 首を振る。


「今は」


 俺の手を見る。


「思ってたより嬉しい」


「では」


「うん」


 手。


 重なる。


 昔。


 契約で。


 命が繋がっていた。


 どこにいても。


 存在を感じていた。


 今は。


 何も繋がっていない。


 手を離せば。


 離れる。


 だからこそ。


 握ることに。


 意味がある。


「レオン」


「何だ」


「契約があった時より」


「ああ」


「今のほうが」


 指。


 少しだけ絡む。


「近い気がする」


「俺も」


 言ってから。


 自分で驚いた。


「……」


「……」


 アステラが。


 こちらを見る。


「レオン」


「何だ」


「今」


「ああ」


「俺もって」


「ああ」


「本当に?」


「契約で繋がっていた頃は」


 俺は。


 自分の手を見る。


「近いというより」


「ああ」


「離れられなかった」


「ああ」


「今は」


 アステラの手。


「離れられる」


「ああ」


「それでも」


 握っている。


「俺が」


 一度。


 ちゃんと言う。


「握りたいと思っている」


 アステラの顔が。


 真っ赤になる。


 嬉色。


 ほとんど。


 光っている。


「アステラ?」


「無理」


「何が」


「今」


 空いている手で。


 顔を隠す。


「レオンを見たら」


「ああ」


「たぶん」


「ああ」


「抱きつく」


「聞けばいいだろう」


 言ってしまった。


 アステラの手が。


 顔から離れる。


「聞いていい?」


「ああ」


「抱きついていい?」


 俺も。


 少し考える。


「いい」


「本当に?」


「ああ」


「どのくらい?」


「普通に」


「普通が分からない」


「強く締めるな」


「それなら」


 アステラが。


 ゆっくり。


 俺へ近づく。


 腕。


 背中へ。


 柔らかく。


 抱きつく。


 以前のように。


 俺を虚無へ閉じ込めるような。


 力ではない。


「レオン」


「何だ」


「私」


 俺の胸元。


 小さな声。


「今」


「ああ」


「生きるためじゃない」


「ああ」


「契約でもない」


「ああ」


「ただ」


 少しだけ。


 腕に力。


「好きだから、抱いてる」


「ああ」


「レオンは?」


 来た。


 俺は。


 逃げない。


 自分の腕。


 一度。


 アステラの背へ。


 回す。


「俺も」


「ああ」


「今は」


 少し。


 照れながら。


「抱き返したいと思った」


 アステラの体が。


 完全に止まった。


「……」


「どうした」


「レオン」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私」


「ああ」


「死んでも」


「駄目だ」


「セレスと同じ止め方」


「全員、飯を食って寝ろ」


「うん」


 笑いながら。


 アステラは。


 自分から。


 少し後。


 離れた。


「もういい?」


「まだしたい」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「次がある」


「ああ」


「だから」


 離れた場所へ。


 一歩。


「今日は、これでいい」


 それが。


 何より。


 大きな変化だった。


     ◇


 帰宅。


「お帰りなさい」


「ただいま」


「楽しかったですか?」


 セレス。


「ああ」


 いつもの質問。


 俺も。


 いつもの返事。


 八人目だからか。


 もう誰も。


 固まらなかった。


 ただし。


 アステラが。


 白紙だった紙を。


 机へ置いた瞬間。


 空気が変わった。


「何ですか?」


 ミレイユ。


「今日見た家の」


 アステラが答える。


「好きだったところ」


 クロエが。


 紙を見る。


『一人の部屋』


『小さな庭』


『全部を家に入れなくていい』


『二人とも帰ってくる家』


「最後」


 ノア。


「先生の字」


「ああ」


「レオンが書いた」


 アステラ。


「二人とも」


 七人の目が。


 俺へ向く。


「先生」


 セレス。


「これは」


「ああ」


「アステラさんとの新居計画でしょうか」


「違う!」


「でも」


 アステラ。


「もし一緒に暮らすなら」


「仮定だ!」


「そこは大事」


「だから仮定だ!」


 アウラが。


 紙を見る。


「台所は?」


「一つ」


「小さい?」


「うん」


「お肉いっぱい焼けない」


「アウラの家ではない」


「遊びに行く」


「その時は外で食べよう」


「分かった」


 リリス。


「寝室は?」


「二つ以上」


「なぜ」


 アステラが。


 普通に答える。


「一人で寝たい日があってもいいから」


 七人が。


 少し驚く。


「アステラさんが?」


 ミレイユ。


「うん」


「先生と毎晩」


「一緒がいい」


「ああ」


「でも」


 少しだけ。


 寂しそうに。


 それでも。


 笑う。


「レオンが一人で寝たいなら」


「ああ」


「次の日、また会えばいい」


 セレスが。


 静かに。


 アステラを見る。


「成長しましたね」


「セレスも」


「ああ」


「昔なら」


 アステラが言う。


「寝室一つにして、鍵を外から」


「私はそこまでいたしません!」


「宮殿の警備を百倍にする」


「……」


「セレス?」


「過去の話です」


     ◇


「先生」


 ノアが。


 俺を見る。


「手」


「つないだ」


「どっちから?」


「俺から」


 今度は。


 誰も。


 騒がなかった。


 少し。


 悔しそうではある。


「抱いた?」


 ノア。


「何で急にそこまで飛ぶ」


 アステラが。


 俺を見る。


 話していいか。


「構わない」


「抱いた」


 七人が。


 一斉に固まった。


「……」


「……」


「……」


 慣れていなかった。


「抱いた?」


 エリナ。


「言い方!」


「抱きついた?」


 ミレイユ。


「アステラから」


「ああ」


「許可を聞いた」


「ああ」


「先生は?」


 クロエ。


「……抱き返した」


 完全な沈黙。


「先生から?」


 セレス。


「ああ」


「自発的?」


 クロエ。


「ああ」


「統計上」


「数字を出すな!」


 リリスが。


 翼を広げかけ。


 止める。


「先生」


「何だ」


「私の肩より」


「比較するな」


「でも」


「リリス」


「……分かった」


 アウラ。


「先生」


「何だ」


「私も」


「次に頼め」


「次ある?」


「一巡が終わったらな」


 アウラの顔が。


 明るくなる。


「ある!」


「ああ」


 その言葉で。


 七人の表情が。


 少し変わった。


 一度で。


 終わりではない。


 誰かが。


 今日。


 少し先へ進んでも。


 自分の次もある。


 それが。


 やっと。


 分かり始めていた。


     ◇


『第八回個別外出を評価します』


 家の声。


『アステラ様』


『自身の希望として、普通の生活空間を見ることを提案』


「ああ」


『国家・虚無・境界規模ではなく』


『個人単位の生活を具体的に検討』


「ああ」


『同居相手との共有空間だけではなく』


『双方の個室および別々に過ごす時間の必要性を認識』


「ああ」


『また』


『好きな場所や人を、すべて自分の近くへ集める必要はないと理解』


 アステラが。


 静かに頷く。


『さらに』


『旦那様との身体接触において許可を確認し』


『自ら終了を選択』


「ああ」


『生存契約と愛情を完全に分離した状態で』


『自発的な好意を維持しています』


「うん」


『高評価で合格です』


 アステラが。


 少しだけ。


 胸を張る。


「レオン」


「おめでとう」


「頭」


「結局そこか」


「褒めたら」


「ああ」


「してほしい」


「では」


 軽く。


 頭を撫でる。


 嬉色。


 また出る。


『旦那様』


「はい」


『アステラ様自身の嗜好を知るための食事を提案』


「ああ」


『仮想的な共同生活について』


「ああ」


『拒絶ではなく、具体的未来の一候補として検討』


 七人の目が。


 また向く。


「そこまで言うな」


『事実です』


『さらに』


「ああ」


『ご自身から手をつなぐことを提案』


「ああ」


『抱擁についても』


「もういい」


『ご自身の意思で抱き返しました』


「家!」


『非常に高い成長を確認』


「俺の恋愛成長を採点するな!」


『本課程の目的です』


 否定できない。


     ◇


 壁。


 八つの名前。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 ノア。


 アステラ。


 すべて。


『合格』


 の文字。


『個別外出課程』


『全八名、終了』


 居間に。


 小さな拍手。


 レオ。


 リタ。


 フィオナも。


 いつの間にか。


 入口へ来ていた。


「おめでとう、お父さん一号!」


「俺も?」


「八回デート!」


「数えるな」


「兄」


 レオ。


「だいぶ普通の男になったな」


「お前に言われると腹が立つ」


「褒めた」


「そうは聞こえない」


 フィオナは。


 少し笑っていた。


「レオン」


「何だ」


「最初の頃なら」


「ああ」


「八回とも」


「ああ」


「『これは教育であってデートではない』と言っていたでしょうね」


「……」


「否定しないの?」


「途中から」


 一度。


 八人を見る。


「普通にデートだと思っていた」


 静まり返った。


「先生」


 セレス。


「ああ」


「今」


「ああ」


「普通にデートと」


「ああ」


「八回とも?」


「そうだ」


 全員の顔が。


 一気に赤くなる。


「何だ」


「レオン」


 アステラ。


「八回全部」


「ああ」


「女性と出かけてたって思ってる?」


「ああ」


「教え子じゃなく?」


「もちろん、昔の関係もある」


「ああ」


「でも」


 俺は。


 一人ずつ見る。


「今のお前たちは」


 女帝。


 聖女。


 魔王。


 勇者。


 竜王。


 商業王。


 影の女王。


 虚無から生まれた女性。


「一人の女性として見ている」


 完全な沈黙。


 次の瞬間。


「家!」


 セレスが叫んだ。


『はい』


「本日の授業は終了ですか!?」


『はい』


「では!」


 八人が。


 一斉に俺へ来る。


「待て!」


「先生!」


「レオン!」


「一人ずつ!」


「抱きつくな!」


「褒めて!」


「順番!」


「今日は全員合格!」


「頭!」


「先生!」


「レオン!」


「押すな!」


 結局。


 家が。


『一列に並んでください』


 と。


 床へ線を引いた。


「幼稚園か!」


     ◇


 全員を。


 一度ずつ撫で。


 ようやく。


 落ち着いた頃。


 家の壁へ。


 新しい文字が浮かんだ。


『共同生活・中間審査終了』


「中間?」


 俺が。


 嫌な予感を覚える。


『はい』


「八回もデートして、まだ中間なのか」


『当初の三十日課程は継続中です』


「そうだった」


 いろいろありすぎて。


 忘れかけていた。


『しかし』


 壁。


 次の文字。


『八名は』


『旦那様を中心としない個人的欲求』


『拒否の受容』


『他者への過剰介入抑制』


『国家権力を用いない共同生活』


『個人としての恋愛感情表現』


『すべてに大幅な改善を確認』


「ああ」


『旦那様も』


「俺も?」


『自己欲求の言語化』


『休息』


『拒否』


『依頼』


『恋愛対象として八名を見ること』


『以上の改善を確認しました』


「最後だけ大きいな」


『非常に重要です』


 八人が。


 静かに頷いている。


「お前たちは家の味方か」


『よって』


 文字が。


 大きくなる。


『婚姻申請凍結措置を』


 八人が。


 息を止めた。


『一部解除します』


「……何?」


 俺まで。


 聞き返した。


「家」


 セレス。


「一部とは?」


『結婚を認めるという意味ではありません』


 八人が。


 少しだけ。


 肩を落とす。


『ただし』


『これまで禁止していた』


『旦那様への正式な交際申し込みを解禁します』


 空気が。


 消えた。


「交際」


 ミレイユ。


「申し込み」


 リリス。


「正式に」


 エリナ。


「先生へ」


 アウラ。


「恋人」


 クロエ。


「申請」


 ノア。


 アステラだけ。


 俺を見る。


「レオン」


「何だ」


「これ」


「ああ」


「私たちから」


「ああ」


「付き合ってくださいって」


「ああ」


「言っていい?」


 俺は。


 家を見る。


『はい』


「待て」


『ただし』


 全員。


 止まる。


『旦那様は』


『その場で回答する義務はありません』


「ああ」


『また』


『八名全員から同時に交際を求められた場合』


 嫌な予感。


『一名を選ぶ必要もありません』


「……」


 八人が。


 少し。


 安心した顔。


『複数名との交際を検討することも』


 俺が。


 固まる。


「家?」


『許可します』


「待て!」


 八人の目が。


 一斉に輝いた。


「先生」


 セレス。


「複数」


「ミレイユ」


「同時」


「リリス」


「可能」


「エリナ」


「全員?」


 アウラ。


「八人?」


「クロエ」


「制度設計を」


「するな!」


「ノア」


「先生」


 影の女王が。


 小さく。


 しかし。


 はっきり言う。


「私は」


 胸へ手。


「付き合ってほしい」


「今!?」


『申し込み解禁済みです』


「家!」


 続いて。


「私もです」


 セレス。


「先生と交際を希望します」


 ミレイユ。


「私もだ」


 リリス。


「私も!」


 エリナ。


「私も!」


 アウラ。


「正式に申し込みます」


 クロエ。


 そして。


 アステラ。


 俺の前へ。


 一歩。


「レオン」


「ああ」


 契約ではない。


 生存のためでも。


 世界を守るためでもない。


「私と」


 嬉色を。


 浮かべながら。


「恋人になってほしい」


 八人。


 全員。


 俺へ。


 正式に。


 交際を申し込んだ。


 世界大戦を。


 止めた時より。


 俺の頭は。


 真っ白になった。


『なお』


 家。


「まだ何かあるのか!」


『回答期限は設けません』


「助かった」


『ですが』


「何だ」


『旦那様が回答を先延ばしにするだけの場合』


「ああ」


『教育課題と判断します』


「逃げ道を塞ぐな!」


 八人は。


 誰も。


 俺へ答えを急かさなかった。


 ただ。


 期待した顔で。


 待っている。


 以前なら。


 国家。


 軍。


 奇跡。


 魔法。


 金。


 影。


 虚無。


 すべてを使って。


 俺の返事を得ようとしたかもしれない。


 今は。


 ただ。


 俺が選ぶまで。


 待つ。


 だからこそ。


 俺も。


 逃げてはいけない。


 八人のデートは終わった。


 そして。


 次は。


 俺自身が。


 八人の誰を。


 どんな形で。


 好きなのか。


 本気で考える番になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。