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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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34/51

第34話 影の女王と誰にも見つからない夜を過ごしたら、初めて俺の前で隠れなかった



「先生と」


 ノアは。


 ほんの少し頬を赤くして言った。


「誰にも見つけてもらわなくていい時間を、作りたい」


「それは」


 俺は少し考えた。


「デートとして?」


 こくり。


「うん」


「分かった」


「先生からは?」


「俺の提案?」


「うん」


 俺は。


 少し考え。


「暗い場所なら」


「ああ」


「星を見たい」


 ノアが。


 目を瞬く。


「星?」


「ああ」


「影じゃなく?」


「ああ」


「お前と」


 少し笑う。


「上を見たい」


「……」


「ノア?」


「先生」


「何だ」


「それ」


「ああ」


「すごく好き」


 翌日。


 俺は。


 その言葉を少し後悔することになった。


     ◇


「ノア」


「何?」


「荷物が少なすぎないか」


「いらない」


 夕方。


 玄関。


 ノアは。


 小さな鞄一つ。


 普段の黒い服より。


 少し柔らかな生地の。


 濃紺のワンピース。


 足元も。


 いつもの音を消す靴ではなく。


 普通の短靴。


 髪は。


 片側だけ。


 小さな銀色の留め具で留めている。


「どう?」


 短い。


「何が?」


「服」


「ああ」


「……」


「聞き方が分かりにくい」


「かわいい?」


 ついに。


 全員。


 直接聞くようになってきた。


「かわいい」


 ノアの耳が。


 赤くなる。


「もう一回」


「やっぱりか」


「一回だけ」


「かわいい」


「……」


 少し俯く。


「嬉しい?」


「うん」


「それならいい」


 後ろ。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 アステラ。


 全員。


 妙に静かだった。


「今日は」


 セレスが。


 ノアへ言う。


「夜なのですね」


「うん」


「帰宅は?」


 俺を見る。


「半日課題だから」


「ああ」


「深夜前には戻る」


「承知しました」


 ミレイユ。


「夜間は冷えますので」


「上着ある」


 ノアが。


 鞄から一枚出す。


「薬は?」


「いらない」


「非常用だけでも」


 ノアは俺を見る。


「先生」


「何だ」


「持っていく?」


「俺は緊急札がある」


「では、それで」


 ミレイユが。


 少しだけ残念そうにしながらも。


 引き下がる。


 リリス。


「魔族の夜目なら」


「使わない」


 ノアが即答。


「まだ何も言っていない」


「ついてくる気」


「……ない」


「本当?」


「少しある」


「駄目」


「分かっている」


 エリナ。


「危険な場所?」


「たぶん安全」


「たぶん?」


「先生」


 ノアが俺を見る。


「危険なら帰る」


「ああ」


「戦わない」


「ああ」


「逃げる」


「ああ」


「できる」


 エリナが。


 少し安心した。


「ならいい」


 アウラ。


「夜食」


 袋を差し出す。


「二人分」


「何が入ってる」


「肉」


「全部?」


「パンも」


「それなら」


 ノアが受け取ろうとして。


 止まる。


「先生」


「何だ」


「自分たちで選ぶ?」


「ああ」


「では」


 アウラへ返す。


「今日は買う」


「……分かった」


 アウラは。


 少し寂しそうだが。


 押しつけない。


「クロエ」


 俺が言う前に。


「金貨は渡しません」


「偉い」


「先生」


「何だ」


「褒めた?」


「ああ」


「今日は頭は」


「クロエの番は終わっただろう」


「終わった後も褒賞は有効かと」


「新しい制度を作るな」


 アステラは。


 ノアを見て。


「暗い場所、怖くない?」


「私は好き」


「ああ」


「レオンは?」


 俺を見る。


「完全な暗闇なら、少し」


「先生」


 ノアが。


 すぐ言う。


「怖くなったら」


「ああ」


「手、握ってって言って」


「お前から勝手に握らない?」


「うん」


「分かった」


 ノアが。


 小さく笑う。


「今日は」


「何?」


「先生が怖い時」


「ああ」


「私が隣にいたい」


 以前なら。


『守る』


『絶対に離れない』


『影の中から監視する』


 そう言っていただろう。


 今は。


 ただ。


 隣にいたい。


 俺は。


 その言葉が。


 少し嬉しかった。


     ◇


 地下都市。


 夜間区画。


 ノアに案内され。


 何度か。


 見たことのない路地へ入る。


「本当に、どこへ行くんだ」


「秘密」


「昨日からそれしか言わないな」


「先生」


「何だ」


「楽しみ?」


「ああ」


 即答した。


 ノアが止まる。


「……」


「どうした」


「今」


「ああ」


「すぐ答えた」


「ああ」


「私とのデート」


「ああ」


「楽しみ?」


「ああ」


「……」


 顔が。


 暗くても分かるほど赤い。


「ノア」


「何?」


「歩こう」


「少し待つ」


「心の準備?」


「うん」


 全員。


 同じだな。


     ◇


 十分後。


 大きな扉。


 看板。


『夜空保存区』


「保存?」


「ああ」


 ノアが。


 扉へ手を置く。


「昔」


「ああ」


「地下都市へ来た人たちが」


「ああ」


「空を見られなくなって」


「ああ」


「寂しくなった」


「それで?」


「いろんな世界の夜空を」


 扉が開く。


「保存した」


 息が。


 止まった。


「……すごいな」


 巨大な。


 円形空間。


 天井。


 いや。


 天井に見えない。


 完全な夜空。


 無数の星。


 青。


 白。


 赤。


 紫。


 見たことのない色。


 巨大な月が三つ浮かぶ区画。


 星が帯のように流れる場所。


 空そのものが。


 ゆっくり揺れている世界。


 床は。


 暗い草地。


 ところどころ。


 小さな椅子。


「どこの空?」


「いっぱい」


 ノアが。


 壁の札を見る。


「今は」


『第七百二十一世界・北半球冬夜』


「俺は知らない世界だ」


「私も」


「ノアも?」


「うん」


「どうしてここを知っていた」


「影国の子が教えてくれた」


「ああ」


「星が好きな子」


「ああ」


「その子は?」


「昼は人が多いから」


「ああ」


「夜の最後の時間に来る」


「今日は?」


「別の日」


「ああ」


「先生と二人がよかったから」


 ノアが。


 少し恥ずかしそうに。


 言った。


「誰もいない時間を」


「ああ」


「管理人にお願いした」


「貸し切り?」


「うん」


「権力は?」


「使ってない」


「どうした」


「普通に」


 指を二本立てる。


「銀貨二枚」


「払ったのか」


「うん」


「自分で?」


「うん」


「偉い」


「先生」


「頭は後だ」


「分かった」


     ◇


 二人で。


 草地へ座る。


 夜空。


「先生」


「何だ」


「星、見たかった?」


「ああ」


「どうして」


「昨日」


 一度。


 考える。


「お前は」


「ああ」


「暗い場所ばかり見てきた」


「ああ」


「影の中」


「ああ」


「隠れている人」


「ああ」


「足元」


「ああ」


「だから」


 上を見る。


「一緒に」


「ああ」


「何も探さず」


 星。


「上を見たかった」


 ノアは。


 しばらく。


 何も言わない。


「嫌だった?」


「違う」


「では?」


「先生」


「何だ」


「私」


 小さな声。


「星」


「ああ」


「ほとんど見たことない」


「本当に?」


「見る必要なかった」


「ああ」


「影を探す時」


 地面。


 壁。


 人。


 建物。


 全部。


 下。


 横。


「上を見ると」


「ああ」


「見失う」


「何を」


「隠れてる人」


「……」


「だから」


 ノアも。


 ゆっくり。


 上を見る。


「きれい」


「ああ」


「すごく」


「ああ」


「何も隠れてない」


「そうだな」


 その言葉。


 少しだけ。


 胸に残った。


     ◇


「先生」


「何だ」


「私の提案」


「ああ」


「今から」


「ああ」


「隠れる」


「俺と?」


「うん」


「どうやって」


 ノアが。


 草地の奥を指す。


 小さな。


 木製の屋根。


 壁。


 半分だけ囲まれた。


 観察小屋。


「そこ」


「星を見る場所?」


「うん」


「誰から隠れる」


「誰からでもない」


「ああ」


「ただ」


 一度。


 自分の胸へ手。


「世界から少しだけ」


「ああ」


「離れたい」


 以前。


 ノアが。


『消えたい』


 という言葉を。


 文字どおり受け取ってしまった話。


 影国で聞いた。


 今のノアは。


 自分で。


 違いを分かっている。


「消える?」


「違う」


 即答。


「帰る」


「ああ」


「名前も残す」


「ああ」


「先生にも」


「ああ」


「ここにいるって言う」


「ああ」


「でも」


 観察小屋。


「少しだけ」


「ああ」


「見つからなくていい」


「分かった」


「先生も?」


「俺も」


 立ち上がる。


     ◇


 観察小屋。


 二人。


 椅子。


 正面だけ。


 夜空が見える。


 外から見ると。


 中は暗い。


「確かに」


 座る。


「誰にも見つからないな」


「うん」


「落ち着く?」


「すごく」


 ノアが。


 椅子へ深く座る。


「先生は?」


「少し」


「怖い?」


「怖くはない」


「寂しい?」


「お前がいるから」


 ノアが。


 ぴたりと止まる。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私がいるからって」


「ああ」


「……」


「また心の準備か」


「うん」


「夜が終わるぞ」


     ◇


 少しして。


 ノアが。


 俺の隣へ。


 ほんの少し。


 椅子を近づける。


「先生」


「何だ」


「近くても?」


「ああ」


 もう少し。


「ここ?」


「ああ」


 肩は。


 触れていない。


 ただ。


 手を伸ばせば。


 届く距離。


「今日は手をつながないのか?」


 俺から。


 尋ねた。


 ノアの体が。


 完全に止まる。


「先生」


「何だ」


「それ」


「ああ」


「先生から?」


「ああ」


「つなぎたい?」


 聞かれて。


 俺は。


 一度。


 自分の気持ちを見る。


 暗い。


 静か。


 星。


 ノア。


「少し」


 答える。


「……」


「嫌なら」


 ノアの手が。


 すぐ。


 俺の前へ出た。


「嫌じゃない」


「早いな」


「でも」


 引っ込める。


「先生から」


「ああ」


「握って」


 俺から。


 手を取る。


 細い。


 少し冷たい。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私」


「ああ」


「隠れてる」


「ああ」


「でも」


 握った手へ。


 少しだけ。


 力。


「先生には、いるって分かる」


「ああ」


「それ」


 一度。


 目を閉じる。


「すごく好き」


     ◇


 しばらく。


 何も話さない。


 星を見る。


 手だけ。


 つないでいる。


 ノアは。


 以前。


 三十分。


 何もしないで俺の隣へ座るだけでも。


 不安だった。


 今。


 一時間近く。


 俺の呼吸を数えない。


 影を伸ばさない。


 周囲を探らない。


 ただ。


 一緒に星を見る。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「危ない人が来たら」


「ああ」


「分からない」


「そうだな」


「前なら」


「ああ」


「全部見てた」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「今日は、見なくてもいい?」


「いい」


「先生が」


「ああ」


「危なくなったら?」


「自分でも逃げる」


「ああ」


「ノアへ言う」


「ああ」


「だから」


「うん」


「休め」


 ノアが。


 少し笑う。


「先生」


「何だ」


「私が、先生を守ってないのに」


「ああ」


「先生は、私の隣にいる」


「ああ」


「不思議」


「役目がなくても一緒にいられる」


 ミレイユの時と。


 似ている。


「影の女王でなくても」


「ああ」


「俺を監視しなくても」


「ああ」


「ノアはノアだ」


「……」


「どうした」


「先生」


「ああ」


「抱きつきたい」


 来た。


「今?」


「うん」


「どうして」


「手だけだと」


 一度。


 真剣に考える。


「足りない」


「正直だな」


「でも」


「ああ」


「嫌なら断って」


 俺は。


 ノアを見る。


 暗い場所。


 以前なら。


 彼女は。


 俺の許可より先に。


 影から。


 抱きついていただろう。


 今は。


 ちゃんと。


 俺の答えを待つ。


「少しだけ」


「うん」


「前から?」


「横」


「横?」


「先生の肩」


「ああ」


 俺が。


 手を離す。


 ノアが。


 一瞬。


 寂しそうにする。


「離す?」


「抱きつくなら手は邪魔だろう」


「あ」


「おいで」


 言った。


 ノアが。


 完全に固まった。


「ノア?」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「おいでって」


「ああ」


「……」


「やめる?」


「やめない!」


 珍しく。


 大きな声。


 すぐ。


 自分で口を押さえる。


「誰もいないから大丈夫だ」


「うん」


 ゆっくり。


 俺の隣。


 肩。


 腕。


 ノアが。


 横から。


 そっと抱きつく。


 以前のように。


 消えるほど強くない。


 ただ。


 自分の体を。


 少し預ける。


「どう?」


 俺が尋ねる。


「落ち着く」


「ああ」


「先生は?」


 少し考える。


「俺も」


「……」


「ノア?」


「言わないで」


「何を」


「これ以上嬉しくなると」


「ああ」


「たぶん、強く抱く」


「それは困る」


「だから」


 自分から。


 少し力を抜く。


「我慢する」


「偉い」


「頭」


「今は無理だろう」


「後で」


     ◇


 五分。


「先生」


「何だ」


「離れる」


「ああ」


 自分から。


 ノアが離れた。


「もういいのか」


「まだしたい」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「少しだけって約束」


「ああ」


「守る」


「偉いな」


「先生」


「何だ」


「またしたくなったら」


「ああ」


「聞く」


「そうしてくれ」


「先生からも?」


「俺がしたければな」


「……」


「どうした」


「期待しないようにする」


「している顔だぞ」


「少しだけ」


     ◇


 観察小屋を出る。


 夜空。


 さっきと。


 少し違う。


「星が動いた?」


「保存映像が時間で進むみたい」


「ああ」


 空。


 星の帯が。


 ゆっくり。


 横へ流れている。


「先生」


「何だ」


「あれ」


 ノアが指さす。


 一つ。


 とても暗い星。


 周りより。


 小さい。


「見える?」


「ああ」


「あれが好き」


「一番明るいのではなく?」


「うん」


「どうして」


「探さないと」


 一度。


 目を細める。


「見つからない」


「ああ」


「でも」


 小さな星。


「ずっと、そこにいる」


「ノアみたい?」


「昔の私?」


「ああ」


「今は」


「何だ」


「少し違う」


 ノアが。


 俺の前へ。


 一歩。


 出る。


「私は」


 影へ。


 入らない。


 普通に。


 星明かりの下。


「見つけてほしい時もある」


「ああ」


「先生には?」


「どうだ」


「……」


 一度。


 自分で考える。


「見つけてほしい」


「ああ」


「でも」


「何だ」


「ずっと見てて、ではない」


「ああ」


「私が隠れたい時は」


「ああ」


「待ってほしい」


「ああ」


「出てきた時」


 一歩。


 俺へ近づく。


「お帰りって言ってほしい」


「分かった」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「隠れたい」


「ここで?」


「うん」


「どこへ」


「少しだけ」


 草地の奥。


 影の濃い場所。


「五分」


「ああ」


「先生は探さない?」


「ああ」


「心配しない?」


「五分なら」


「じゃあ」


 一歩。


 二歩。


 ノアが。


 暗闇へ入る。


 姿が。


 見えなくなる。


 影移動は使っていない。


 ただ。


 暗いだけ。


「……」


 俺は。


 探さない。


 一分。


 二分。


 少し。


 気になる。


 三分。


「今どこだ」


 言いそうになる。


 我慢。


 四分。


 五分。


 暗闇。


 小さな足音。


 ノアが。


 自分から戻ってくる。


「先生」


「ああ」


「ただいま」


 その言葉。


 俺は。


 少し笑った。


「お帰り」


 ノアの顔が。


 崩れる。


「……」


「どうした」


「先生」


「ああ」


「今」


「ああ」


「私」


 胸へ手。


「すごく」


「ああ」


「帰ってきた感じがした」


「そうか」


「探されなかった」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「戻ったら、いた」


「ああ」


「先生」


「何だ」


「私」


 一度。


 息を吸う。


「隠れるの」


「ああ」


「まだ好き」


「ああ」


「でも」


「ああ」


「戻るのも」


 小さく。


 笑う。


「好きになった」


     ◇


 夜。


 施設の端。


 小さな売店。


「何か食べる?」


 俺が尋ねる。


「うん」


「何がいい」


「黒いの」


「見た目で?」


「うん」


 黒い焼き菓子。


 俺は。


 白い。


 星形の菓子。


「先生」


「何だ」


「交換する?」


「一口?」


「うん」


「いいぞ」


 ノア。


 黒い菓子。


 一口。


「苦い」


「嫌?」


「好き」


「俺のは甘い」


「先生っぽくない」


「なぜ」


「白くて甘い」


「俺に何の印象があるんだ」


「少し苦いほう」


「失礼だな」


「でも」


 俺の星形菓子を。


 一口。


「これも好き」


「ああ」


「違うもの」


「ああ」


「二つ好きでもいい」


「もちろんだ」


「先生」


「何だ」


「私」


 少しずつ。


 増えてる」


「何が」


「好き」


 暗い場所。


 星。


 何もしない時間。


 見つけてもらわなくていい時間。


 戻ってきた時の。


『お帰り』


「前は」


「ああ」


「先生だけだった」


 少し。


 声が小さくなる。


「今は?」


「先生が、一番大きい」


「ああ」


「でも」


 星形菓子。


「ほかにもある」


「いいことだ」


「先生」


「何だ」


「寂しい?」


「なぜ」


「先生だけじゃなくなった」


「むしろ安心する」


「……」


「俺がいなくても」


「ああ」


「ノアが好きなものを持てる」


「ああ」


「それは嬉しい」


「先生」


「何だ」


「でも」


 俺を見る。


「一番は」


「ああ」


「先生」


「そこは」


 少し。


 照れる。


「今は、嬉しいと受け取っておく」


 ノアの瞳が。


 大きくなる。


「先生」


「何だ」


「前なら」


「ああ」


「困るって言った?」


「たぶん」


「今は?」


「嬉しい」


 答える。


 ノアが。


 両手で顔を隠した。


「何をしている」


「隠れてる」


「手だけで?」


「今は」


「ああ」


「先生に見つけられるの」


 指の間から。


 目。


「恥ずかしい」


     ◇


「先生」


 帰る前。


 ノアが。


 星空の下。


 立ち止まる。


「何だ」


「私から」


「ああ」


「最後のお願い」


「聞く」


 ノアは。


 自分の髪に。


 触れる。


「これ」


 銀色の髪留め。


「外して」


「俺が?」


「うん」


「なぜ」


「今日は」


 少し。


 頬が赤くなる。


「先生に、かわいいって言ってもらうため」


「ああ」


「髪、少し変えた」


「ああ」


「帰りは」


 一度。


 目を逸らす。


「先生に戻してほしい」


「戻す?」


「いつもの髪」


「ああ」


「自分でできる?」


「できる」


「なら」


 もう。


 理由は分かる。


「してほしいだけ?」


 ノアが。


 頷く。


「うん」


 エリナと同じ。


 できる。


 でも。


 してほしい。


「分かった」


「本当?」


「ああ」


 ノアが。


 背中を向ける。


 髪留め。


 触れる前。


「いい?」


「うん」


 外す。


 髪が。


 少し落ちる。


「長いな」


「うん」


「いつもの結び方は?」


「ここ」


 ノアが。


 黒い紐を渡す。


 見よう見まね。


「下手でも?」


「先生なら」


「ああ」


「今日だけ」


 結ぶ。


 少し。


 左右が違う。


「できた」


 ノアが。


 小さな鏡。


「……」


「変?」


「少し」


「直す?」


「直さない」


「エリナと同じだな」


「エリナ?」


「先生が結んだ髪で帰った」


「……」


 ノアの目が。


 少し細くなる。


「嫉妬?」


「うん」


「ああ」


「でも」


 髪を触る。


「私のは今日の私」


「ああ」


「エリナのとは違う」


「そのとおりだ」


 ノアが。


 少し笑う。


     ◇


「先生」


「何だ」


「先生から」


「ああ」


「最後に、したいことある?」


 俺から。


 したいこと。


 星は見た。


 手もつないだ。


 話した。


 俺は。


 少し考える。


「一枚」


「何?」


「星空を」


「ああ」


「記録したい」


 ノアの顔が。


 少し曇る。


「二人の?」


「ああ」


「嫌?」


「……」


 返事が遅い。


「ノア?」


「私」


 空を見る。


「写真みたいなの」


「ああ」


「少し苦手」


「なぜ」


「残るから」


「ああ」


「隠れたくなった時」


「ああ」


「見つかる」


「……」


「だから」


 俺は。


 すぐ答える。


「やめよう」


 ノアが。


 驚く。


「いいの?」


「ああ」


「先生がしたいこと」


「ああ」


「でも」


「断っていい課題だろう」


「ああ」


「俺は少し残念」


「……」


「でも」


 星を見る。


「今日を覚えているのに」


「ああ」


「板が必ず必要なわけじゃない」


 ノアが。


 しばらく。


 俺を見る。


「先生」


「何だ」


「怒ってない?」


「怒ってない」


「嫌いにならない?」


「ならない」


「本当に?」


「ああ」


 ノアは。


 胸へ手を置く。


「私」


「ああ」


「断れた」


「ああ」


「先生のしたいこと」


「ああ」


「断った」


「そうだな」


「怖かった」


「ああ」


「でも」


 小さく。


 笑う。


「大丈夫だった」


     ◇


 数分後。


「先生」


「何だ」


「代わり」


「ああ」


「提案していい?」


「聞く」


 ノアが。


 星空を見る。


「記録板じゃなく」


「ああ」


「先生と」


 一度。


 少しだけ。


 恥ずかしそうに。


「星を一つ決めたい」


「星?」


「うん」


「どういう」


「あれ」


 さっき。


 ノアが好きだと言った。


 暗く。


 小さな星。


「先生と私が」


「ああ」


「今日見た星」


「ああ」


「名前をつける?」


「公式に?」


「違う」


「ああ」


「二人だけ」


「いいな」


「先生は?」


 俺は。


 星を見る。


 暗い。


 探さないと。


 見つからない。


 でも。


 そこにいる。


「帰星」


「かえりぼし?」


「ああ」


「隠れても」


「ああ」


「戻ってこられる星」


 ノアの瞳が。


 潤む。


「先生」


「何だ」


「それ」


「ああ」


「好き」


「では決まり?」


「うん」


「記録には残さない?」


「残さない」


「忘れたら?」


「また探す」


「ああ」


「見つからなかったら?」


「二人で別の星を探す」


 ノアが。


 笑った。


「それがいい」


     ◇


 帰路。


 夜道。


「先生」


「何だ」


「手」


「また?」


「帰りだけ」


「つなぐ?」


「先生は?」


 今日は。


 もう一度。


 自分へ聞く。


「つなぎたい」


 ノアが。


 静かに。


 手を差し出す。


 俺から。


 握る。


「先生」


「何だ」


「今日」


「ああ」


「私」


「ああ」


「隠れたけど」


「ああ」


「先生から逃げなかった」


「ああ」


「写真は断った」


「ああ」


「でも」


 握った手へ。


 少しだけ。


 力。


「先生との思い出は、残したい」


「ああ」


「矛盾?」


「そうでもない」


「どうして」


「残し方を」


 俺は。


 帰星を思い出す。


「自分で選んだだけだろう」


 ノアが。


 少し考え。


「うん」


「それでいい」


「先生」


「何だ」


「私」


 こちらを見る。


「前より」


 予想どおり。


「女に見える?」


「見える」


「どこが?」


「今日は」


 一度。


 思い出す。


 服。


 星。


 手。


 抱きついた時。


 でも。


 一番。


 印象に残っているのは。


「五分隠れて」


「ああ」


「自分から戻ってきた時」


「ああ」


「すごく」


 一度。


 照れる。


「かわいかった」


「……」


 ノアが。


 止まった。


「おい」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「すごく?」


「ああ」


「かなりじゃなく?」


「言葉の強さを比較するな!」


「アウラは、かなり」


「聞いていたのか!」


「共有された」


「何を共有しているんだ!」


 ノアの顔が。


 少し。


 誇らしげになる。


「勝った?」


「競うな!」


「分かってる」


「ああ」


「でも嬉しい」


「それならいい」


     ◇


 帰宅。


 居間。


「お帰りなさい」


「ただいま」


「楽しかったですか?」


 セレス。


「ああ」


 もう。


 全員。


 ほとんど止まらない。


 慣れたな。


「ノア」


 アステラが。


 髪を見る。


「それ」


「先生」


 一言。


 空気が止まった。


「髪?」


 エリナ。


「結んだ?」


「うん」


「私と同じ」


「違う」


「何が」


「私の髪」


「ああ」


「先生が今日結んだ」


「ああ」


「エリナのは昨日」


「そういう違い?」


「うん」


 エリナが。


 少し考える。


「……分かる」


「分かるのか」


 クロエ。


「記念品は?」


 ノア。


「ない」


「購入品も?」


「お菓子」


「それだけ?」


「うん」


 セレスが。


 少し驚く。


「先生から何か」


「もらってない」


「贈り物を?」


 クロエ。


「いらない」


「では」


 ノアが。


 俺を見る。


「星」


「ああ」


「一つ」


 全員。


 空を見るような顔。


「星を買った?」


 アウラ。


「買ってない」


「では」


「先生と私だけ」


 少し頬が赤くなる。


「名前をつけた」


 今度こそ。


 空気が。


 完全に凍った。


「二人だけの?」


 ミレイユ。


「星?」


 リリス。


「名前?」


 セレス。


「非公開情報?」


 クロエ。


「先生」


 エリナ。


「私も魚に」


「増やすな!」


 ノアは。


 慌てて。


 説明する。


「公式じゃない」


「ああ」


「誰にも所有されてない」


「ああ」


「ただ」


 一度。


 小さく笑う。


「今日、二人で覚えておく星」


 アステラが。


 ノアを見る。


「いいね」


「嫉妬しない?」


「する」


「ああ」


「でも」


 アステラは。


 少し考える。


「私の時は、私とレオンだけのものを探す」


「真似しない?」


「しない」


「……ありがとう」


     ◇


「先生」


 ノアが言う。


「写真」


「ああ」


「断った」


 一同。


 少し驚く。


「先生から?」


 セレス。


「ああ」


「二人で記録を残したいと提案した」


「ああ」


「でも」


 ノアが。


 続ける。


「私は嫌だった」


 ミレイユが。


 ノアを見る。


「理由は?」


「形に残ると」


「ああ」


「隠れたい時も、そこにいるみたいで怖い」


「ああ」


「だから」


 俺を見る。


「断った」


「先生は?」


「残念だった」


 ノアの顔が。


 少しだけ不安になる。


「でも」


「ああ」


「断られて終わり」


「怒らなかった?」


 リリス。


「なぜ怒る」


「先生からの提案だった」


「ああ」


「それでも?」


「ああ」


「……」


 七人とアステラ。


 少し。


 考える顔。


『重要な確認です』


 家の声。


「急に入るな」


『個別外出課程の目的に合致します』


 壁へ。


 文字。


『旦那様からの提案も、拒否可能です』


「ああ」


『拒否は、関係の拒絶ではありません』


 アステラが。


 少し笑う。


「私の水世界と同じ」


「ああ」


「断っても」


「ああ」


「次がある」


「そういうことだ」


 ノアが。


 俺を見る。


「先生」


「何だ」


「次」


「ああ」


「ある?」


「八人の一巡後」


「ああ」


「また誘われたら」


「ああ」


「俺が行きたいと思えば」


「ああ」


「行く」


 ノアが。


 嬉しそうに頷いた。


     ◇


『第七回個別外出を評価します』


『ノア様』


『誰にも見つからない時間を、自身の欲求として提案』


「ああ」


『消失願望・逃避・監視行為と区別し』


『帰還を前提とした一時的な隠遁として実施』


「ああ」


『旦那様を監視せず』


『危険確認を手放し』


『役割なしで隣にいることを受容』


「ああ」


『さらに』


『旦那様の提案した記録画を、自身の意思で拒否』


「ああ」


『代替案として、双方が望む形の記憶方法を提案』


「ああ」


『高評価で合格です』


 ノアが。


 小さく拳を握る。


「やった」


「おめでとう」


「先生」


「何だ」


「頭」


「はいはい」


 髪を崩さないよう。


 軽く。


 撫でる。


 ノアが。


 目を細める。


『旦那様』


「はい」


『ご自身から星を見ることを提案』


「ああ」


『身体接触について、ノア様からの要求を待つだけではなく』


「ああ」


『ご自身から手をつなぐ意思を確認』


 全員の視線。


「家」


『また』


「まだあるのか」


『抱擁許可時』


「ああ」


『「おいで」と自発的に誘導』


 居間が。


 静かになる。


「先生」


 セレス。


「おいで?」


「短い抱擁だ!」


「その言葉を?」


 ミレイユ。


「言いました」


 ノアが答える。


「ノア!」


「事実」


「先生」


 リリス。


「私には」


「比較するな!」


『さらに』


 家。


「まだ!?」


『ノア様が提案を拒否した際』


『残念であることを隠さず、それでも拒否を尊重』


「ああ」


『高評価で合格です』


     ◇


「先生」


 ノアが。


 撫でられながら。


「何だ」


「今日」


「ああ」


「見つからなくてよかった」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「先生には」


「ああ」


「最後に見つけてほしい」


「帰ってきたら?」


「うん」


「なら」


 俺は。


 もう一度。


 軽く頭を撫でる。


「何度でも、お帰りと言う」


 ノアの目が。


 少し潤んだ。


「先生」


「何だ」


「好き」


「……」


「困った?」


 以前なら。


 すぐ。


 答えを保留しただろう。


 今は。


「嬉しい」


 ノアの目が。


 大きくなる。


「それだけ?」


「今はな」


「うん」


「でも」


「ああ」


「ちゃんと受け取った」


 ノアは。


 満足そうに笑った。


     ◇


『次回個別外出対象者を発表します』


 残る。


 一人。


 家の壁へ。


『アステラ』


 銀と黒の瞳が。


 俺を見る。


「最後」


「ああ」


「順番に意味はない?」


「ああ」


「でも」


 アステラは。


 少し笑う。


「最後でよかった」


「どうして」


「七人とのデートを見て」


「ああ」


「私は」


 自分の胸へ手を置く。


「レオンと何をしたいか」


「ああ」


「前より分かったから」


「何をしたい?」


「一つ目」


「ああ」


「境界を越えない」


「珍しいな」


 アステラは。


 八百四十二世界を旅することを。


 自分の望みにした。


「今日は」


「ああ」


「この世界にいたい」


「ああ」


「二つ目」


「何だ」


「レオンと」


 一度。


 少しだけ恥ずかしそうに。


「普通の家を見に行きたい」


「家?」


「ええ」


「どうして」


「私は」


 契約。


 虚無。


 境界。


 世界。


 そんなものばかりだった。


「家族が暮らす家を」


「ああ」


「ほとんど知らない」


「この家は?」


「大きすぎる」


「確かに」


「帝国の宮殿も」


「ああ」


「魔王城も」


「ああ」


「竜の谷も」


「ああ」


「全部、特別」


「では」


「小さい家」


 アステラが。


 両手で。


 小さな四角を作る。


「二人で」


「ああ」


「台所を見て」


「ああ」


「寝る場所を見て」


「ああ」


「庭があれば庭を見て」


「ああ」


「もし」


 少しだけ。


 声が小さくなる。


「誰かと一緒に暮らすなら」


 俺を見る。


「私は、どんな家が好きなのか」


「ああ」


「知りたい」


「いいな」


「レオンからは?」


 俺も。


 最後の一人。


 少し考える。


 アステラと。


 何をしたい。


 契約ではなく。


 命のためでもなく。


 一人の女性として。


「夕食」


「食べる?」


「ああ」


「二人で?」


「ああ」


「何を」


「アステラが」


 一度。


 笑う。


「この世界で一番好きになったものを食べたい」


 アステラが。


 動かなくなる。


「私の?」


「ああ」


「レオンの好きなものではなく?」


「ああ」


「私が選ぶ?」


「ああ」


「それを」


 少し。


 恥ずかしい。


「俺も一緒に食べてみたい」


 アステラの銀と黒の瞳に。


 ゆっくり。


 嬉色。


 淡い桃色が浮かんだ。


「レオン」


「何だ」


「明日」


「ああ」


「早く来てほしい」


「寝れば来る」


「分かった」


「第七学則」


「飯を食って寝る」


「ああ」


 七人とのデートを終え。


 次は。


 最後の一人。


 生きるための契約を解き。


 それでも自分から俺の隣へ戻ってきた女性。


 アステラと。


 誰かと暮らすなら。


 どんな家がいいかを見る。


 そして。


 彼女自身が。


 この世界で見つけた。


 一番好きな味を。


 二人で食べる。


 ただし。


 その夜。


 俺は。


 アステラが。


 家の間取り図を百二十八枚も描いているとは。


 まだ知らなかった。


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