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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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32/49

第32話 竜王とお菓子を作ったら、俺に食べさせるより知らない子供を笑わせるほうを選んだ



「先生と一緒に」


 アウラは。


 満面の笑みで言った。


「誰かが笑うお菓子を作りたい!」


 食べることが。


 何より好きだった竜王。


 以前なら。


 お菓子を百個作れば。


 九十九個を自分で食べ。


 残り一個を。


 俺の口へ押し込んでいただろう。


「あと」


 少しだけ。


 恥ずかしそうになる。


「先生にも」


「ああ」


「私が作ったのを、一つ食べてほしい」


「一つ?」


「一つ」


「本当に?」


「……」


「アウラ」


「二つ」


「増えた」


「一つ!」


「どちらだ!」


 アウラは。


 本気で悩んだ末。


「一つ」


 と答えた。


     ◇


 翌朝。


 俺が台所へ行くと。


 アウラが。


 机へ突っ伏していた。


「何をしている」


「待ってた」


「何時から?」


「昨日の夜」


「寝ていないのか!?」


「寝た」


「どこで」


「ここ」


「それは寝たとは言わない!」


「三時間」


「足りない!」


「先生」


「何だ」


「早く今日になってほしかった」


「そのために睡眠を削るな!」


「でも」


 顔を上げる。


 目が。


 いつも以上に輝いている。


「デート」


「ああ」


「二人」


「ああ」


「お菓子」


「ああ」


「知らない人」


「ああ」


「先生にも一個」


「そこまで一息で確認するな」


「全部楽しみ」


「なら、まず朝飯を食え」


「食べた」


「何を」


「パン八個」


「多い!」


「少ない」


「お前基準ではな!」


     ◇


 出発前。


 玄関。


 アウラは。


 いつもの竜王衣装ではなく。


 淡い橙色のワンピース。


 腰には。


 白い前掛け。


 髪には。


 小さな。


 竜の翼の形をした飾り。


「先生」


「何だ」


「見る?」


「もう見ている」


「ちゃんと」


「またか」


 アウラは。


 俺の正面へ立つ。


 くるり。


 一回転。


「どう?」


 スカートが。


 少し広がる。


「似合っている」


「かわいい?」


 エリナの影響を受けている。


「かわいい」


 アウラの目が。


 大きくなる。


「本当に?」


「ああ」


「竜王じゃなく?」


「一人の女性として」


「……」


「アウラ?」


「先生」


「何だ」


「もう一回回る」


「なぜ」


「かわいいって言われる瞬間を、もう一回やりたい」


「同じことをしても同じ感想だぞ」


「いい」


 くるり。


「どう?」


「かわいい」


「もう一回」


「増やすな!」


 背後。


 エリナが。


 少し得意そうな顔をしている。


「分かる」


「何がだ」


「言われると、もう一回ほしい」


「妙な文化を作るな」


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 四人は。


 すでに自分の番を終えている。


 それでも。


 嫉妬はする。


「先生」


 セレスが尋ねる。


「本日のお帰りは」


「聞かない」


「……はい」


 ミレイユ。


「甘味の食べすぎには」


「今日は俺ではなく、アウラへ言ってくれ」


「アウラさん」


「大丈夫」


「その返答が一番不安です」


 リリスは。


 小さな瓶を差し出しかける。


「魔界蜜だ」


「持たせる気か?」


「味がよい」


「今日は二人で材料を選ぶ」


「……分かった」


 エリナ。


「泳がない?」


「菓子作りだ」


「水を使う」


「そういう意味ではない」


 クロエは。


 財布を見る。


「予算は?」


「銀貨二枚」


「不足時は?」


「買える材料で作る」


「よい判断です」


 アウラが。


 すぐ頭を出す。


「クロエが褒めた」


「私へ出すのですか?」


「褒めたら撫でる」


「そういう制度ではありません」


 ノア。


「先生」


「何だ」


「誰にあげるか、まだ決めてない?」


「ああ」


「私、隠れてる子を知ってる」


 アウラが。


 ノアを見る。


「教えて」


「でも」


 ノアは。


 少し考える。


「本人に聞いてから」


「うん」


「先生へ秘密の場所を勝手に教えない」


「偉いな」


「褒めた?」


「ああ」


 ノアも。


 反射的に頭を出しかけ。


 途中で止める。


「今日はアウラ」


「成長したな」


「後で」


「覚えていたら」


「覚えてて」


 アステラは。


 アウラの前掛けを見る。


「お菓子、作ったことある?」


「ある」


「何回?」


「いっぱい」


「成功?」


「食べられた」


「それは成功なの?」


「私が食べた」


「判断基準が違うわ」


「おいしかった」


「誰かにあげたことは?」


 アウラが。


 少し考える。


「先生」


「ああ」


「子供たち」


「ああ」


「飛べない竜の谷で」


「ああ」


「でも」


 声が。


 少し小さくなる。


「全部、私が好きな味だった」


「今日は?」


「相手が好きな味を聞く」


「いいな」


「先生にも?」


「俺は一個だけだろう」


「一個」


 アウラは。


 自分へ言い聞かせた。


「一個」


「そんなに苦しそうに言うな」


     ◇


 向かったのは。


 地下都市の外周。


『小さな手通り』


 と呼ばれる。


 子供向けの店や。


 学校。


 遊び場が集まる区画だった。


「ここ?」


「ああ」


「どうして」


「俺からの提案だ」


 アウラが。


 俺を見る。


「先生が?」


「ああ」


「何をしたい?」


「今日は」


 通りを見る。


 子供たち。


 親。


 小さな店。


「俺が相手を選ぶのではなく」


「ああ」


「菓子作りを手伝ってくれる人を探したい」


「手伝ってくれる?」


「ああ」


「もらう人じゃなく?」


「作る人」


 アウラが。


 少し首を傾げる。


「どうして?」


「俺たち二人だけで考えると」


「ああ」


「俺たちが作りたい菓子になる」


「ああ」


「実際に食べる子供へ」


 一度。


 周囲を見る。


「何が食べたいか、聞いてみたい」


 アウラの顔が。


 少しずつ明るくなる。


「先生」


「何だ」


「それ」


「ああ」


「私もしたい」


「では決まりだ」


「先生からの提案」


「ああ」


「一緒」


「ああ」


「嬉しい」


     ◇


 通りの中央。


 小さな掲示板を借りる。


『お菓子を一緒に作ってくれる人、募集』


 と書く。


 その下。


『食べたいものを教えてください』


「名前は?」


 管理人が尋ねる。


「書かなくていい」


「では」


 アウラが。


 大きく。


『竜王アウラ』


 と書こうとする。


「待て!」


「何?」


「肩書を使わない」


「あ」


「一般客としてだ」


「では」


 少し考え。


『アウラ』


「それでいい」


「先生は?」


「レオン」


 二人の名前。


 それだけ。


「来る?」


「待とう」


     ◇


 一分。


 二分。


 誰も来ない。


 アウラが。


 落ち着かなくなる。


「先生」


「何だ」


「誰も来ない」


「まだ二分だ」


「お菓子なのに」


「全員が菓子を作りたいわけではない」


「無料」


「それも書いていない」


「書く?」


「材料費はこちら、くらいは」


 追加。


『材料費はこちらで出します』


 五分。


 一人。


 小さな男の子が来た。


「何作るの?」


「まだ決めてない」


 アウラが答える。


「どうして」


「あなたが食べたいものを聞く」


「何でも?」


「うん」


「お肉」


「お菓子だ」


 俺が止める。


「肉のお菓子」


「あるのか?」


「ある」


 アウラが即答する。


「竜の国には」


「では候補だな」


 男の子が。


 嬉しそうになる。


「僕、辛いのが好き」


「子供なのに?」


「僕の世界は、甘いのが大人の味」


「逆なのか」


「辛いのが子供」


 八百四十二世界。


 文化が。


 本当に違う。


「名前は?」


「ジオ」


「作る?」


「うん!」


 次。


 一人の女の子。


「私は甘いの」


「好きなものは?」


「ふわふわ」


「味ではないな」


「白いの」


「見た目?」


「あと、冷たい」


「三条件」


「できる?」


 アウラが。


 俺を見る。


「先生」


「何だ」


「できる?」


「俺へ聞くな」


「一緒に考える」


「そうだな」


「名前は?」


「ルル」


 二人。


 次。


 さらに三人。


 合計五人。


 それぞれ。


 希望が違う。


 辛い肉菓子。


 白くてふわふわで冷たい。


 硬くて長く噛める。


 青い。


 音が鳴る。


「最後、食べ物への要求か?」


「口の中で、ぱちぱちするやつ」


「ああ」


「あるかも」


 アウラが。


 ものすごく楽しそうだ。


「先生」


「何だ」


「いっぱい違う」


「ああ」


「どうする?」


「全部作る?」


「五種類?」


「少量ずつ」


「食べられる?」


「お前が食べる前提で考えるな」


「余ったら?」


「その時はいい」


「本当?」


「余ったらな」


「余るように作る」


「駄目だ!」


     ◇


 材料市場。


 俺。


 アウラ。


 五人の子供。


 合計七人で歩く。


「先生」


 アウラが。


 俺の袖を引く。


「何だ」


「手」


「子供が迷わないように?」


「違う」


「では」


「デート」


「ああ」


「つなぎたい」


 五人の子供が。


 一斉にこちらを見る。


「恋人?」


「まだ違う」


 俺が答える。


「デートなのに?」


「そういう関係を考えるためのデートだ」


「難しい」


「俺もそう思う」


 アウラは。


 まだ手を差し出している。


「先生」


「理由は?」


「つなぎたいから」


「それだけ?」


「うん」


 純粋だ。


「今は」


 五人を見る。


「子供の手を空けておきたい」


 アウラの顔が。


 少し曇る。


「嫌?」


「嫌ではない」


「ああ」


「でも」


 子供たち。


「この子たちが迷ったら」


「ああ」


「私が手をつなぐ」


「ああ」


「先生とは後?」


「また聞いてくれ」


「分かった」


 断られても。


 不機嫌にならない。


 その直後。


「アウラお姉ちゃん」


 ルルが手を出す。


「人多い」


「うん」


 アウラが。


 迷わず。


 ルルの手を握った。


「先生」


「何だ」


「これも嬉しい」


「ああ」


     ◇


 材料。


 子供たち自身に選ばせる。


「赤い粉!」


 ジオ。


「辛いやつ」


「どの程度だ」


「いっぱい」


「少しずつ試そう」


 アウラが言った。


 俺が驚く。


「どうした?」


「今、いっぱい入れないと言ったな」


「だって」


 ジオを見る。


「食べられなかったら悲しい」


「成長したな」


「褒めた?」


「ああ」


「頭」


 ルルと手をつないでいる。


「今は無理だろう」


「後で」


「覚えていたら」


「覚えて」


 次。


 白い粉。


 泡立つ木の実。


 冷却果実。


 硬い蜜。


 青い花。


 口の中で弾ける種。


「全部」


 銀貨二枚。


 ぎりぎり。


「足りた」


「クロエなら」


「値切る?」


「たぶん」


「私たちは?」


 店主を見る。


「値切る?」


「子供たちが作るなら、銅貨二枚引いてやる」


「言う前に引かれたな」


「ありがとう!」


 アウラが。


 普通に礼を言う。


 竜王の威圧。


 宝。


 権力。


 一切なし。


     ◇


 共同菓子工房。


「最初に」


 アウラが。


 前掛けをつける。


「味見する人!」


 五人の子供が。


 一斉に手を上げる。


「俺も?」


「先生は」


 アウラが。


 真剣な顔になる。


「最後」


「どうして」


「一個だけ」


「ああ」


「約束」


「覚えていたのか」


「うん」


 少しだけ。


 残念そう。


 だが。


 守るつもりらしい。


「では」


 俺も前掛けをつける。


「作ろう」


     ◇


 一種類目。


『辛い肉菓子』


「お菓子なのか?」


「お菓子」


 ジオは断言する。


 薄い肉。


 蜜。


 赤い香辛料。


 焼く。


「匂いはうまそうだな」


「先生」


「何だ」


「一口」


「まだ完成していない」


「味見」


「アウラ」


「……子供が先」


 我慢した。


 ジオ。


 一口。


「辛くない」


「では粉を増やす?」


「うん」


 少し。


 もう一度。


「辛い!」


「嫌?」


「好き!」


「成功?」


「うん!」


 アウラの顔が。


 ものすごく嬉しそうになる。


「先生」


「何だ」


「私、食べてない」


「ああ」


「でも嬉しい」


「ああ」


「変?」


「いい変化だろう」


「褒めた?」


「ああ」


「後で頭」


「覚えている」


     ◇


 二種類目。


 ルル。


『白くてふわふわで冷たい』


 泡立つ木の実。


 白い果汁。


 冷却果実。


「混ぜる?」


「ルルが」


 アウラが。


 木匙を渡す。


「私?」


「うん」


「できる?」


「一緒に」


 ルル。


 混ぜる。


 遅い。


 アウラなら。


 一瞬でできる。


 だが。


 奪わない。


「もう疲れた」


「交代する?」


「うん」


 そこで初めて。


 アウラが受け取る。


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「待てた」


「ああ」


「前なら」


「ああ」


「全部やった」


「ああ」


「今」


 ルルが。


 泡立った生地を見る。


「私が作った!」


 喜ぶ。


 アウラも。


 同じ顔で笑う。


「楽しい」


「ああ」


     ◇


 三種類目。


 硬い蜜菓子。


 四種類目。


 青い焼き菓子。


 五種類目。


 弾ける小粒菓子。


 最後。


 工房の机。


 五種類。


 小さく並ぶ。


「できた!」


 子供たち。


 歓声。


「食べよう!」


 アウラも。


 一緒に言いかけ。


 止まった。


「みんなから」


「アウラは?」


 俺が尋ねる。


「後」


「本当に?」


「うん」


 五人。


 自分が望んだ菓子を食べる。


「辛い!」


「冷たい!」


「硬い!」


「青い!」


「ぱちぱちする!」


 感想が。


 ひどく単純だ。


 だが。


 全員。


 笑っている。


 アウラは。


 食べていない。


 ただ。


 その顔を見ている。


「先生」


「何だ」


「今」


 少しだけ。


 声が震える。


「お腹より」


「ああ」


「ここがいっぱい」


 自分の胸を押さえる。


「何だろう」


「嬉しいんだろう」


「食べてないのに?」


「ああ」


「でも」


 子供たちを見る。


「もっと作りたい」


「自分で全部?」


「違う」


 即答。


「一緒に」


 ルル。


 ジオ。


 ほかの子供たち。


「みんなが作って」


「ああ」


「できたって笑うのを」


「ああ」


「また見たい」


 飛べない竜の谷で。


 子供が一人で坂を上がった時。


 アウラが見つけたもの。


 今。


 さらに。


 形になっていた。


     ◇


「アウラお姉ちゃん」


 ジオが。


 一つ。


 辛い肉菓子を差し出す。


「食べる?」


 アウラの目が。


 輝く。


「いいの?」


「一緒に作った」


「食べる!」


 一口。


「辛い!」


「好き?」


「好き!」


「僕も!」


 二人で笑う。


 次。


 ルル。


「これも」


 白い冷たい菓子。


「いい?」


「うん」


「食べる!」


「アウラ」


 俺が呼ぶ。


 ぴたり。


 止まる。


「先生?」


「子供からもらう分まで制限する気はない」


「本当?」


「ああ」


「でも」


 俺を見る。


「先生の分」


「俺は別にあるだろう」


「一個」


「ああ」


「私が作ったのを」


「ああ」


「先生に食べてほしい」


「なら、それは残しておけ」


「うん」


 アウラは。


 ルルからもらった菓子を食べる。


「おいしい!」


「私が混ぜた!」


「うん!」


「また作る?」


「作る!」


 約束が。


 俺を通さず増えていく。


     ◇


 子供たちが。


 帰る時間。


「先生」


 アウラが。


 袋を確認する。


 余った菓子。


 十二個。


「余った」


「ああ」


「食べていい?」


「子供たちへ聞け」


 アウラが。


 子供たちを見る。


「持って帰る?」


「お母さんにあげる!」


「弟!」


「友達!」


「明日食べる!」


 十二個。


 あっという間に。


 分け先が決まっていく。


 アウラの手元。


 何も残らない。


「……」


「残念?」


「少し」


「正直だな」


「食べたかった」


「ああ」


「でも」


 袋を持って走っていく子供たちを見る。


「もっと嬉しい」


「そうか」


「先生」


「何だ」


「私」


 自分の手を見る。


「昔」


「ああ」


「食べ物を取られるの、嫌だった」


「ああ」


「育った場所では」


 竜族の中でも。


 強い者が。


 多くを取る。


 弱い者は。


 残りを食べる。


「先生が」


「ああ」


「パンを半分くれて」


「ああ」


「次の日も」


「ああ」


「半分くれて」


「ああ」


「私は」


 少し笑う。


「食べ物をくれる人が、家族だと思った」


「ああ」


「だから」


「何だ」


「先生にいっぱい食べ物をあげれば」


「ああ」


「先生も、ずっと私の家族だと思ってた」


「そうだったな」


「今は」


 子供たちを見る。


「食べ物をあげても」


「ああ」


「その子が私のものになるわけじゃない」


「ああ」


「でも」


 胸へ手。


「嬉しい」


「ああ」


「これ」


 少し考える。


「好き」


 アウラ自身の。


 新しい好き。


     ◇


「先生」


「何だ」


「まだ」


 アウラは。


 小さな箱を持っていた。


「一個ある」


「俺の?」


「うん」


「何を残した」


「秘密」


「五種類のどれか?」


「違う」


「六種類目?」


「うん」


「いつ作った」


「先生が、子供たちの袋を結んでる時」


「勝手に増やしたな」


「先生の一個」


「それなら」


 箱を開ける。


 小さな。


 丸い菓子。


 色。


 少し茶色。


 形。


 不揃い。


「何味?」


「先生が昨日食べた」


「ああ」


「甘い木の実パン」


「ああ」


「真似した」


「俺の好物?」


「少し違う」


「何が」


「私が好きな」


 黄色い蜜。


「竜蜜も入れた」


「ああ」


「先生が好きな味と」


「ああ」


「私が好きな味」


「ああ」


「半分ずつ」


 俺は。


 菓子を見る。


「二人の味?」


「うん」


「食べていい?」


「待って」


「何だ」


 アウラが。


 ものすごく真剣な顔になる。


「私が」


「ああ」


「食べさせたい」


 来た。


「口へ?」


「うん」


「理由は」


「したいから」


「それだけ?」


「先生に」


 少し頬を赤くする。


「私が作ったのを」


「ああ」


「食べてもらう顔を」


「ああ」


「近くで見たい」


「……」


「嫌なら」


 言えるようになった。


「自分で食べて」


 俺は。


 少し考える。


「一口だけ」


 アウラの顔が。


 ぱっと明るくなる。


「本当?」


「ああ」


「二口」


「一口!」


「……一口」


 菓子を。


 小さく割る。


「先生」


「何だ」


「あーん」


「言う必要あるか?」


「デート」


「関係ないだろう」


「したい」


「分かった」


 口を開く。


 アウラの指。


 菓子。


 一口。


「どう?」


 近い。


 顔が。


 本当に近い。


「アウラ」


「何?」


「少し離れろ」


「味を見る」


「顔で味は分からない」


「先生の顔を見る」


「そちらか」


 噛む。


 甘い。


 だが。


 木の実パンより。


 少し香りが強い。


「うまい」


「本当!?」


「ああ」


「もっと?」


「約束は一口」


「……」


「残りは」


「私が食べる!」


「即答だな」


 アウラが。


 残り全部を。


 口へ入れる。


「一口が大きい!」


「おいしい!」


「味わえ!」


     ◇


 二人で。


 工房を片づける。


 アウラは。


 いつもなら。


 途中でつまみ食いしていただろう。


 今日は。


 食べ物が残っていない。


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「今日、あんまり食べてない」


「一般人よりは食べているぞ」


「でも私としては」


「ああ」


「すごく少ない」


「ああ」


「お腹減った」


「帰る前に何か食べる?」


「うん!」


 即答。


「何を」


「先生と選ぶ」


「アウラが食べたいものを言っていいぞ」


「では」


 一度。


 周囲を見る。


「お肉」


「予想どおりだ」


「先生は?」


「麺がいい」


「違う」


「ああ」


「では」


 アウラが。


 考える。


「別々のお店?」


「それでも」


「嫌」


「なぜ」


「今日は」


 少し恥ずかしそうに。


「同じ机で食べたい」


「ああ」


「でも先生は麺」


「ああ」


「私は肉」


「ああ」


「両方ある店を探す」


「それでいいな」


「うん!」


 違うものを食べたい。


 でも。


 一緒にはいたい。


 リリスの時と同じ。


 少しずつ。


 俺たちは。


 それが。


 普通にできるようになっていた。


     ◇


 見つけた。


 小さな食堂。


 俺。


 麺。


 アウラ。


 巨大な肉。


「巨大すぎないか?」


「普通」


「竜基準ではな」


「先生」


「何だ」


「一口いる?」


「今はいらない」


「……」


「嫌そうな顔をするな」


「でも」


「本当に欲しくなったら言う」


「うん」


 アウラは。


 自分の肉を。


 自分で食べる。


 一口。


「おいしい!」


「よかったな」


「先生のは?」


「うまい」


「一口」


「欲しい?」


「うん」


「では交換する?」


「私の肉も?」


「俺は今はいらない」


「では」


 アウラは。


 少し考える。


「麺一口だけ、もらう」


「ああ」


「肉は、あげない」


「ああ」


「私が食べたい」


「いいじゃないか」


 アウラが。


 俺の麺を。


 一口だけ取る。


「おいしい」


「ああ」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私」


 巨大な肉を見る。


「先生にあげなかった」


「ああ」


「嫌いだからじゃない」


「ああ」


「私が食べたいから」


「ああ」


「先生は怒らない」


「なぜ怒る」


「昔」


 声が。


 少しだけ小さくなる。


「強い竜に」


「ああ」


「食べ物を渡さなかったら」


「ああ」


「怒られた」


「そうだったな」


「だから」


 肉へ。


 自分の手を置く。


「私の食べ物を」


「ああ」


「私が食べたいと言っても」


「ああ」


「先生は、いなくならない?」


「いなくならない」


「……」


「ただし」


「何?」


「俺の分まで勝手に食べたら怒る」


「それは?」


「人の物だからだ」


 アウラが。


 大きく笑った。


「分かった!」


     ◇


 食事を終え。


 帰り道。


「先生」


「何だ」


「手」


「ああ」


 朝。


 断ったお願い。


「今は?」


「子供はいない」


「ああ」


「つなぎたい?」


「うん」


「俺も」


 答えた。


 アウラの目が。


 大きくなる。


「先生も?」


「ああ」


「本当に?」


「今日は」


 一緒に。


 子供たちと菓子を作った。


 俺へ食べさせることより。


 誰かが。


 自分で作り。


 笑う姿を喜んでいた。


「よく我慢したから」


「ご褒美?」


「それだけではない」


「では」


 俺から。


 手を差し出す。


「俺が、つなぎたいと思った」


 アウラが。


 手を見たまま。


 動かない。


「アウラ?」


「先生」


「何だ」


「今日」


「ああ」


「一番嬉しい」


「菓子より?」


「うん」


「肉より?」


「……」


 長い。


「そこは即答しろ!」


「先生と肉は比べるの難しい!」


「比較するな!」


 それでも。


 アウラは。


 俺の手を取った。


 ぎゅっと。


「強い」


「ごめん」


 すぐ。


 力が抜ける。


「このくらい?」


「ああ」


「壊れない?」


「普通に握れ」


「先生」


「何だ」


「竜だから」


「ああ」


「強く握らないようにするの」


「ああ」


「ずっと練習してた」


「誰と?」


「自分の手」


「どうやって」


「右と左」


「それは練習になるのか?」


「分からない」


 笑う。


 手をつないだまま。


 普通に歩く。


     ◇


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「昔より」


「ああ」


「女に見える?」


 また。


 この質問。


「見える」


「どこが?」


「今日は」


 少し考える。


「子供たちと菓子を作っている時」


「ああ」


「かなり」


「ああ」


「母親みたいだった」


 アウラが。


 止まった。


「先生」


「何だ」


「女」


「ああ」


「母親」


「ああ」


「それ」


 顔が。


 真っ赤になる。


「結婚の後?」


「話を飛ばすな!」


「子供?」


「飛ばすな!」


「先生との?」


「もっと飛ばすな!」


「でも」


「母親みたいに優しかったという意味だ!」


「……」


「何だ」


「少し残念」


「何がだ!」


 アウラは。


 しばらく頬を膨らませた後。


「でも」


 子供たちが帰った方向を見る。


「私」


「ああ」


「子供、好きかも」


「前から好きだっただろう」


「小さい竜は好き」


「ああ」


「人の子も」


「ああ」


「今日、好きになった」


「ああ」


「ほかの世界の子も?」


「会ってみる?」


「うん」


「では」


 俺は。


 青い器へ入れるお願いを思いつく。


「今度」


「ああ」


「子供たちが自分で菓子を作れる場所を」


「ああ」


「見に行きたい」


「私と?」


「アウラが作るなら」


「先生」


「ああ」


「それ」


 少し涙ぐむ。


「私の夢に」


「ああ」


「先生が来てくれる?」


「お前が作りたいなら、見に行きたい」


 アウラが。


 また。


 強く手を握りかけ。


 途中で。


 自分から緩めた。


「危なかった」


「偉い」


「頭」


「今、手をつないでいる」


「両方」


「欲張るな」


     ◇


 帰宅。


 居間。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 全員。


 いつものように。


 一度だけ俺たちを見る。


 そして。


「楽しかったですか?」


 セレス。


「ああ」


 もう。


 誰も。


 その答えだけで。


 以前ほど固まらなくなった。


 少しは。


 慣れたらしい。


「アウラ」


 リリスが尋ねる。


「何個食べた」


「いっぱい」


「先生用は?」


「一個」


「本当に?」


「一口だけ」


「約束を守ったのか」


「うん!」


 ミレイユが。


 驚く。


「余ったお菓子は?」


「子供たちが持って帰った」


「アウラさんは?」


「食べなかった」


 居間が。


 静かになった。


「……」


「……」


「……」


「何?」


 アウラが首を傾げる。


「アウラ」


 エリナ。


「病気?」


「違う!」


「奇跡を」


「使うな!」


「先生」


 クロエが。


 非常に真剣な顔をする。


「本当に、余剰食品を譲渡?」


「ああ」


「アウラさんが?」


「ああ」


「自ら?」


「ああ」


「……」


「そこまで驚くな!」


 ノアが。


 アウラの顔を見る。


「嬉しそう」


「うん」


「食べなかったのに?」


「うん」


「何で?」


「子供が笑った」


「ああ」


「それ見たら」


 自分の胸を叩く。


「ここが、お腹いっぱいみたいになった」


 ノアが。


 少し考える。


「分かる」


「ノアも?」


「先生が笑うと、少しそうなる」


「先生じゃなくても?」


「……」


 ノアが考える。


「今度、探す」


 また。


 別のヒロインへ。


 小さな宿題が生まれた。


     ◇


「先生」


 アステラが。


 俺たちの手を見る。


「帰り」


「ああ」


「つないだ?」


「ああ」


「どっちから?」


「朝はアウラから頼まれて断った」


「ああ」


「帰りは俺から」


 全員の視線が。


 俺へ集まる。


「先生から?」


 セレス。


「ああ」


「また」


 ミレイユ。


「ああ」


「主体的接触」


 クロエ。


「統計を取るな!」


 アウラが。


 ものすごく誇らしげに。


 しかし。


「勝った!」


 とは言わなかった。


「先生」


「何だ」


「私」


 自分の頭を出す。


「頑張った」


「ああ」


「褒めて」


「よくできた」


 撫でる。


「子供たちへ全部やらず、待てた」


「ああ」


「自分が食べたい肉も、俺へ差し出さなかった」


「ああ」


「俺の一口の約束も守った」


「ああ」


「立派だった」


 アウラの目が。


 少し潤む。


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「いい竜王?」


「ああ」


「いい女?」


 一瞬。


 以前なら。


 言葉に詰まっただろう。


 今日は。


 それほど困らなかった。


「かなり」


「……」


 アウラの顔が。


 一気に赤くなる。


「先生」


「何だ」


「かなり?」


「ああ」


「すごくではなく?」


「欲張るな」


「でも」


「かなりだ」


「……」


 顔を。


 俺の手へ押しつける。


「もう一回撫でて」


「一回だけ」


「三回」


「二回」


「交渉するようになったな」


     ◇


『第五回個別外出を評価します』


 家の声。


『アウラ様』


『自身の企画として、他者へ菓子を作ることを提案』


『受け手の希望を確認し』


『自身の好みを押しつけず』


『子供自身の作業を待ち』


『完成品を必要以上に取得せず』


 アウラが。


 胸を張る。


『さらに』


『自身が食べたい料理を、旦那様へ譲渡せず自ら選択』


「ああ」


『食物の提供と愛情・所有を分離して認識し始めました』


 アウラの表情が。


 少し真剣になる。


「うん」


『高評価で合格です』


「やった!」


『旦那様』


「俺もだな」


『受け手を探す段階から、本人たちの希望を聞くことを提案』


「ああ」


『アウラ様の料理を食べる際、当初の約束を維持』


「ああ」


『さらに』


「毎回ここから嫌なんだよな」


『ご自身から身体接触を提案』


「家!」


『また』


「まだあるのか!」


『アウラ様が将来作りたい場所へ、自ら訪問希望を言語化しました』


 アウラが。


 俺を見る。


「先生」


「ああ」


「覚えてる?」


「菓子作りの場所だろう」


「うん」


「忘れない」


 アウラの顔が。


 嬉しそうに緩む。


『高評価で合格です』


     ◇


『次回個別外出対象者を発表します』


 家の壁。


『クロエ』


 商業王が。


 静かに立ち上がる。


「はい」


「クロエ」


「ああ」


「俺から一つ条件がある」


「何でしょう」


「金を稼ぐことを目的にするな」


「……」


 クロエが。


 固まった。


「先生」


「何だ」


「それは」


「ああ」


「商人へ」


「ああ」


「息をするな、とおっしゃっているに近いのですが」


「半日だけだ」


「では」


 クロエは。


 胸へ手を置く。


「私からの提案を申し上げます」


「何だ」


「先生と」


 一度。


 少しだけ緊張した顔。


「千円……ではなく」


「何だ?」


「銀貨一枚ずつだけ持って」


「ああ」


「互いに」


 頬が。


 少し赤くなる。


「相手へ贈りたいものを、一つ買いたいです」


 俺は。


 少し驚いた。


「贈り物?」


「はい」


「値段勝負は禁止だぞ」


「分かっております」


「高価な物を買うのも」


「銀貨一枚が上限です」


「相場を調べ尽くすのは?」


「……」


「クロエ」


「努力します」


「そこは断言してほしかった」


「先生」


「何だ」


「私は」


 商業王。


 世界の価値を。


 数字へ変えてきた女が。


 少し恥ずかしそうに笑った。


「値段ではなく」


「ああ」


「先生が私へ何を選んでくださるのか」


「ああ」


「知りたいです」


 そして。


 俺も。


 何となく分かった。


 次は。


 かなり難しい。


 なぜなら。


 銀貨一枚。


 その小さな予算で。


 俺自身も。


 クロエへ。


『何を贈りたいか』


 考えなければならないからだ。


 世界の値段なら。


 何でも知っている商業王へ。


 値段では測れない贈り物を。


 俺自身の意思で。


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