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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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30/47

第30話 魔王と二人で料理をしたら、俺の好物を一つも入れない夕食になった



「先生が好きな料理ではなく」


 リリスは。


 少しだけ。


 恥ずかしそうに言った。


「私が食べたい料理も、選んでみたい」


「いいな」


「一緒に?」


「ああ」


「失敗しても?」


「二鍋目よりは大丈夫だろう」


「先生」


「冗談だ」


「三鍋目は、少しうまい」


「期待している」


 リリスは。


 嬉しそうに翼を揺らした。


     ◇


 翌朝。


 台所へ行くと。


 リリスがいた。


「早いな」


「眠れなかった」


「デートが楽しみで?」


「……」


「冗談だったんだが」


「半分は、それだ」


 認めるのか。


 リリスの前には。


 大量の紙。


「嫌な予感がする」


「料理候補だ」


「何品ある」


「三百七十二」


「多すぎる!」


「先生の好きな料理を除外したら、かなり減った」


「減ってそれか!」


「人間料理」


「ああ」


「魔族料理」


「ああ」


「竜族料理」


「ああ」


「帝国料理」


「ああ」


「聖都料理」


「ああ」


「八百四十二世界から取り寄せ可能な料理」


「一回の夕食だぞ!」


「先生と二人で作る」


「二人でも胃袋は二人分だ!」


「アウラなら」


「今日はアウラではない」


「うむ」


 リリスは。


 紙を眺める。


「先生」


「何だ」


「選べない」


「自分が食べたいものだろう?」


「だから難しい」


「いつもは?」


「先生が好きか」


「ああ」


「体にいいか」


「ああ」


「魔力回復に効くか」


「ああ」


「私が作れるか」


「ああ」


「その順に決める」


「自分が食べたいかは?」


「……」


「何番目?」


「入っていなかった」


「そこからか」


 俺は椅子へ座る。


「今まで食べた中で、一番好きだったものは?」


「先生が作った――」


「俺以外」


「……」


 リリスが黙る。


「昔。魔王になる前でもいい」


「ああ」


「一人だった頃でも」


「……」


 長い沈黙。


「焼いた芋」


「芋?」


「魔界の」


「どんな」


「紫色で」


「ああ」


「火へ入れて」


「ああ」


「皮が黒くなるまで焼く」


「ああ」


「中は甘い」


「ああ」


「それだけ?」


「それだけ」


「好きだった?」


「……うむ」


「では、それを作ろう」


「先生」


「何だ」


「そんな簡単な料理でいいのか?」


「お前が食べたいんだろう」


「でも、デートだ」


「ああ」


「もっと特別な料理を」


「誰に見せる」


「先生に」


「俺は焼き芋でもいい」


「……」


 リリスは。


 少し困った顔をした。


「嫌?」


「違う」


「ああ」


「嬉しい」


「なら決まりだ」


「だが」


「まだあるのか」


「焼き芋だけでは、先生の栄養が」


「今日は俺の栄養管理をやめろ」


「しかし」


「俺も食べたいものを一つ選ぶ」


「先生が?」


「ああ」


「何を」


 俺は。


 三百七十二枚の紙を見る。


「知らない料理がいい」


「知らない?」


「俺が食べたことのない魔族料理」


 リリスの瞳が。


 少し大きくなる。


「俺からの提案だ」


「ああ」


「お前が好きな魔族料理を、一つ教えてほしい」


「私が好きな」


「ああ」


「先生が好きそうなものではなく?」


「ああ」


「本当に?」


「ああ」


「辛くても?」


「限度はある」


「臭くても?」


「食べられる程度なら」


「動いていても?」


「動くのはやめよう」


「先生」


「何だ」


「今、一つ候補が消えた」


「最初から消してくれ」


     ◇


 出発前。


 玄関。


 リリスは。


 魔王の黒衣ではなく。


 濃い紫のワンピース。


 その上から。


 短い黒の上着。


 十二枚の翼は。


 腕輪の制限下でも出せる。


 ただし。


 今日は。


 小さく畳んでいる。


「どうだ」


「何が?」


「……」


 珍しく。


 リリスから聞かない。


「服」


「ああ」


「似合っている」


 翼が。


 ばさっと広がった。


「抑えろ!」


「すまぬ!」


 家の壁へ。


『壁面損傷なし』


「危なかったな」


「先生」


「何だ」


「もう一度」


「全員同じことを言うのか?」


「セレスとミレイユは二回だった」


「本当に共有しているな!」


「私は三回でもいい」


「一回追加だけだ」


 俺は。


 改めてリリスを見る。


「一人の女性として、似合っている」


 翼が。


 震える。


「開くなよ」


「我慢している」


「偉い」


「褒めた?」


「ああ」


「頭を」


「出発前から増やすな」


 背後。


 セレスとミレイユは。


 妙に落ち着いている。


 二人とも。


 自分の番を終えたからだろう。


 残る五人とアステラは。


 落ち着いていない。


「リリス」


 アウラが尋ねる。


「何作る?」


「秘密だ」


「私にも?」


「先生と決める」


「一口」


「残ったら」


「残す予定?」


「ない」


「……」


 アウラの顔が。


 目に見えて曇った。


「アウラ」


「何?」


「お前の番では、俺たちが口を出さない」


「うん」


「だから今日は我慢だ」


「分かった」


「偉い」


 今度はアウラが頭を出す。


「今日は撫でる日ではない」


「……分かった」


 クロエは。


 小さな財布を見る。


「予算は?」


「銀貨三枚」


 リリスが答える。


「足りますか?」


「魔界食材は安い」


「希少食材を使えば」


「使わない」


「本当に?」


「先生との料理へ」


 リリスは。


 胸を張る。


「金貨の山は必要ない」


 クロエが。


 少し感心したように頷く。


「よい判断です」


「褒めた?」


「はい」


「頭は」


「今日は私ではない!」


 全員。


 頭を撫でてもらうことに慣れすぎている。


 ノアは。


 リリスの翼を見る。


「先生を包む?」


「料理中は危険だ」


「食後?」


「……」


 リリスが俺を見る。


「聞いてからにしろ」


「うむ」


 アステラは。


 リリスへ言う。


「楽しんできて」


「ああ」


「嫉妬は?」


「してる」


「私も、お前の番ではする」


「知ってる」


 二人が。


 少し笑う。


「では」


 俺は扉を開く。


「行こう」


「先生」


「何だ」


「今日は」


 リリスが。


 俺の隣へ立つ。


「魔王ではなく」


「ああ」


「料理が下手な女として行く」


「自覚があったんだな」


「二鍋目を一緒に食べたから分かった」


「十年前に気づいてほしかった」


     ◇


 向かったのは。


 地下都市の。


 魔族系住民が多く暮らす市場。


 以前。


 リリスの魔界へ行った時とは違う。


 ここにいるのは。


 八百四十二世界から来た。


 さまざまな魔族。


「魔族にも種類が多いな」


「先生の世界の魔族だけでも多い」


「ああ」


「八百四十二世界なら」


「ああ」


「私でも全部は知らぬ」


「怖くない?」


「楽しい」


 即答だった。


「知らない魔族が?」


「うむ」


「以前なら」


「ああ」


「魔王として、どちらが上か考えた」


「ああ」


「今は」


 リリスが。


 市場を見る。


「何を食べているか知りたい」


「図鑑の影響か?」


「たぶん」


 店。


 角のある魚。


 光る茸。


 泣き声を出す果物。


 黒い穀物。


「これは?」


 俺が指す。


 黒い丸。


「食べると一時間、舌が二つになる」


「買わない」


「味はいい」


「買わない」


「先生」


「何だ」


「二つの舌なら、二倍味わえる」


「その理屈は嫌だ」


 次。


 紫色の芋。


「これ?」


 リリスが。


 止まった。


「ああ」


「昔食べたもの?」


「同じ種類だ」


「買おう」


「……」


「どうした」


「先生」


「何だ」


「私が子供の頃に食べていたものだ」


「ああ」


「貧しい魔族が食べる食べ物だった」


「ああ」


「魔王になってから」


 少しだけ視線を落とす。


「一度も食べていない」


「どうして」


「周囲が出さなくなった」


「魔王には粗末だと?」


「うむ」


「自分で買えば?」


「……」


「思いつかなかった?」


「先生へ作る料理のことばかり考えていた」


「では今日食べよう」


「ああ」


 店主。


 角の曲がった老婆が。


 俺たちを見る。


「何個だい」


「二つ」


 リリスが答える。


「二つ?」


「ああ」


「そっちの男は食べないのかい」


「二人で食べる」


「なら四つくらい買いな」


「なぜ」


「うまいから」


 リリスが。


 俺を見る。


「どうする?」


「二人で決めるんだろう」


「先生は?」


「二つでいい」


「私は」


 紫の芋を見る。


「三つ食べたい」


「では四つ買う?」


「先生は一つ?」


「ああ」


「本当に?」


「ああ」


「では四つ」


 老婆が笑う。


「そっちの姉ちゃんのほうが食うんだな」


「うむ」


「よく食べる女はいい」


 リリスの顔が。


 少しだけ嬉しそうになる。


 魔王だからでも。


 俺の教え子だからでもない。


 ただ。


 よく食べる女。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「普通の女みたいだった」


「普通の女だろう」


「魔王だ」


「今日は違うと言った」


「……そうだった」


     ◇


「もう一つ」


 俺が提案した。


「お前の好きな魔族料理」


「ああ」


「どれだ?」


 リリスが。


 市場を歩く。


 一軒。


 二軒。


 三軒。


 どこも見て。


 通り過ぎる。


「ない?」


「ある」


「どれ」


「……恥ずかしい」


「料理で?」


「ああ」


「何だ」


「先生は」


 一度。


 真剣な顔になる。


「笑わない?」


「内容による」


「先生」


「笑わない努力はする」


 リリスは。


 路地の奥。


 小さな店を指した。


 看板。


『魔界風・子供粥』


「粥?」


「うむ」


「子供用?」


「うむ」


「好きなのか?」


「……」


 顔が赤い。


「好き」


「いいだろう」


「魔王が」


「ああ」


「子供粥だぞ」


「俺は甘い木の実パンが好きだった」


「それと同じ?」


「ああ」


「本当に?」


「食べたいものに年齢制限はないだろう」


 店へ入る。


 店主。


 大きな角の男性が。


 リリスを見る。


「二人?」


「ああ」


「子供粥?」


「材料を買いたい」


「自分で作るのか?」


「うむ」


「恋人へ?」


 リリスの翼が。


 一気に開きかける。


「待て」


「……」


 止まった。


 偉い。


「今日はデート中だ」


 俺が答える。


 リリスが。


 今度こそ固まる。


「先生」


「事実だろう」


「もう一度」


「店でやるな」


 店主は。


 にやにやしている。


「姉ちゃんが好きなのか?」


「うむ」


「男のほうではなく?」


「私が」


 リリスは。


 少し恥ずかしそうに。


 しかし。


 はっきり答えた。


「これが食べたい」


「いいな」


 店主は。


 小さな袋へ。


 黒い穀物。


 甘い根。


 香草。


 乾燥肉。


 少量ずつ入れる。


「子供用だから、辛味はほとんどない」


「先生」


「何だ」


「辛いものを足しても?」


「お前が食べたいなら」


「先生は?」


「少しなら」


「では別皿にする」


「分ける?」


「ああ」


 リリスが。


 自分から違う味を選んだ。


 俺へ合わせず。


 俺にも押しつけず。


「いいな」


「褒めた?」


「ああ」


「先生」


「頭は帰ってからだ」


     ◇


 食材を買い終え。


 借りられる共同調理室へ向かう。


 途中。


 小さな露店。


『二人用前掛け』


「何だ、二人用とは」


 一枚の布から。


 首穴が二つ。


「料理中、離れられない」


 店主が説明する。


「危ない!」


「仲良し用」


「料理に向かない!」


 リリスが。


 じっと見ている。


「買わないぞ」


「まだ何も」


「顔に出ている」


「先生」


「駄目だ」


「一度だけ」


「包丁を使うんだぞ」


「火もある」


「もっと駄目だ」


「……分かった」


 リリスは。


 素直に諦める。


「代わりに」


「何だ」


「普通の前掛けを」


「ああ」


「色違いで買いたい」


「それくらいなら」


 黒。


 深紫。


 俺が黒。


 リリスが紫。


「先生」


「何だ」


「おそろい」


「色違いだ」


「同じ型」


「ああ」


「嬉しい」


「そうか」


「先生も?」


 俺は。


 少し考える。


「少しな」


 リリスの翼が。


 ぶわっと膨らむ。


「開くな!」


「開いていない!」


「膨らんでいる!」


     ◇


 共同調理室。


 二人。


 前掛けをつける。


「何から?」


 リリスが尋ねる。


「焼き芋は時間がかかる」


「ああ」


「先に火へ入れる」


「先生」


「何だ」


「私がやる」


「二人で作る約束だろう」


「では」


 一つ。


 二つ。


 芋を。


 二人で火へ入れる。


「それだけ?」


「ああ」


「料理?」


「焼き芋だ」


「十年間、複雑にしすぎたかもしれぬ」


「気づいたか」


 次。


 子供粥。


「米に似ているな」


「魔穀だ」


「水は?」


「このくらい」


「適当?」


「うむ」


「レシピは?」


「見ない」


「大丈夫か?」


「子供の頃、何度も作った」


「覚えている?」


「ああ」


 リリスの手が。


 迷わず動く。


 黒い穀物。


 水。


 甘い根。


 刻んだ肉。


「手際いいな」


「先生」


「何だ」


「意外?」


「かなり」


「ひどい」


「二鍋目を見た後では」


「昔の私は、これしか作れなかった」


「ああ」


「先生へ料理を作ろうと思って」


「ああ」


「大人の料理にしたくて」


「ああ」


「色々入れた」


「茸百二十本とか」


「うむ」


「それで壊したのか」


「……」


 リリスが。


 鍋を見る。


「私は」


「ああ」


「先生へ立派な料理を作らなければと思っていた」


「ああ」


「私が昔好きだったものは」


 鍋を混ぜる。


「子供っぽい」


「ああ」


「貧しい」


「ああ」


「魔王らしくない」


「ああ」


「だから」


 少し笑う。


「自分で捨てた」


「今日拾ったな」


「うむ」


「どうだ」


「少し怖い」


「なぜ」


「先生が」


 俺を見る。


「まずいと思ったら」


「正直に言う」


「先生」


「だが」


 続ける。


「お前が好きなものを、俺も知りたい」


 リリスの手が。


 止まる。


「俺が好きになるかどうかとは別に」


「ああ」


「リリスは、これが好きなんだなって知りたい」


「……」


「駄目か?」


「駄目ではない」


「では混ぜろ。焦げる」


「先生!」


「鍋だ!」


 慌てて。


 木匙を動かす。


     ◇


「先生」


「何だ」


「味見」


「どちらが?」


「私」


「どうぞ」


 リリスが。


 小皿へ取る。


 一口。


「……」


「どうだ」


「懐かしい」


「ああ」


「甘い」


「ああ」


「少し塩が足りない」


「ああ」


「でも」


 目を閉じる。


「好きだ」


 自分で。


 そう言った。


「よかったな」


「先生も」


「ああ」


 別の匙。


 俺も一口。


「どう?」


「優しい味だな」


「好き?」


「嫌いではない」


「……」


「正直にと言っただろう」


「うむ」


「少し甘い」


「ああ」


「俺なら、塩をもう少し」


「ああ」


「辛味も少し欲しい」


「では」


 リリスが。


 鍋へ辛味を入れようとする。


「待て」


「先生が」


「俺の分だけだ」


 動きが止まる。


「リリスは、そのままが好きなんだろう」


「うむ」


「なら、鍋はそのまま」


「ああ」


「俺の皿だけ変える」


 リリスが。


 しばらく。


 鍋を見る。


「先生」


「何だ」


「同じ料理なのに」


「ああ」


「違う味で食べてもいい?」


「当たり前だ」


「夫婦なら」


「まだ夫婦ではない」


「……」


「仮に夫婦でも」


「ああ」


「全部同じでなくていい」


 リリスが。


 ゆっくり頷く。


「先生」


「何だ」


「今の言葉」


「ああ」


「覚えておく」


     ◇


 焼き芋。


 完成。


 皮は。


 ほぼ炭。


「大丈夫か?」


「これでいい」


 割る。


 中。


 鮮やかな紫。


 湯気。


 甘い匂い。


 リリスの顔が。


 子供のように明るくなる。


「食べていい?」


「もちろん」


 一口。


「……」


「どうだ」


「同じ」


「ああ」


「昔と」


 もう一口。


「先生」


「何だ」


「私」


「ああ」


「これが好きだ」


「知っている」


「違う」


 リリスが。


 少し笑う。


「今、自分で言った」


「ああ」


「先生が好きだからではなく」


「ああ」


「先生に食べてほしいからでもなく」


「ああ」


「私が」


 一口。


「食べたい」


「ああ」


「好き」


「それでいい」


 リリスは。


 三つの芋を見る。


「全部食べる」


「三つ?」


「私の分」


「食べすぎでは?」


「先生」


「何だ」


「今日は、私が食べたいもの」


「そうだった」


「でも」


 一つ。


 俺へ差し出す。


「一口、交換する?」


「俺にも一個ある」


「私のほうが」


 少し考える。


「甘そう」


「それはお前が食べたいだろう」


「うむ」


「では、食べろ」


「……」


「どうした」


「先生なら昔」


「ああ」


「一番いいものを、私へくれた」


「ああ」


「今は?」


「自分が食べたいなら、自分で食べろ」


「先生は?」


「俺のも十分うまい」


 リリスは。


 一番甘そうな芋を。


 自分で食べた。


「うまい?」


「うむ!」


 翼が。


 嬉しそうに広がる。


「今日は火から離れているから許す」


「本当に?」


「ああ」


「では」


 十二枚。


 大きく広がった。


「広すぎる!」


「少しだけ!」


     ◇


 食卓。


 焼き芋。


 子供粥。


 俺の皿だけ。


 少し辛味。


 リリスの皿は。


 そのまま。


「いただきます」


「うむ」


 二人で食べる。


 誰かに出すためではない。


 評価されるためでもない。


 ただ。


 二人が食べたいもの。


「先生」


「何だ」


「楽しい?」


「ああ」


「料理が?」


「料理も」


「ああ」


「お前が」


 俺は。


 焼き芋を頬張るリリスを見る。


「普通に、自分の好きなものを食べているのを見るのも」


 リリスの動きが止まる。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私を見ていた?」


「ああ」


「女性として?」


「今日はデートだ」


「……」


 顔。


 耳。


 首。


 一気に赤くなる。


「先生」


「何だ」


「翼で」


「駄目だ」


「まだ最後まで」


「包むだろう」


「うむ」


「食事中は駄目だ」


「食後なら?」


「その時に聞け」


「……分かった」


 リリスは。


 珍しく。


 すぐ食事へ戻った。


     ◇


 食後。


 片づけ。


 リリスが。


 全部洗おうとする。


「半分やる」


「先生は座って」


「二人で作った」


「ああ」


「片づけも二人」


「でも」


「嫌?」


「……」


 リリスは。


 洗い物を見る。


「私は」


「ああ」


「先生に休んでほしい」


「ああ」


「でも」


 少し考える。


「一緒にやるのも、少し嬉しい」


「では半分」


「うむ」


 俺。


 洗う。


 リリス。


 拭く。


 途中。


 皿が滑る。


「あっ」


 リリスが取る。


 間に合わない。


 床。


 ぱりん。


「……」


「……」


 割れた。


「先生」


「何だ」


「ごめんなさい」


「借り物だな」


「弁償する」


「ああ」


「魔王の宝物庫から」


「普通の皿代だ!」


「では自分のお金から」


「それでいい」


「怒らない?」


「皿一枚だ」


「先生が洗った皿」


「意味をつけるな」


 リリスが。


 割れた破片を見る。


「先生」


「何だ」


「これ」


「ああ」


「持って帰っても」


「駄目だ」


「……」


「借り物の皿だぞ」


「分かった」


 素直だ。


     ◇


 調理室を出る。


 まだ。


 半日には少し時間がある。


「先生」


「何だ」


「私の提案は」


「ああ」


「料理だった」


「ああ」


「先生からは」


「知らない魔族料理を教えてほしい」


「ああ」


「もう終わった」


「ああ」


「では」


 リリスが。


 少し緊張した顔になる。


「もう一つ」


「聞く」


「翼で包みたい」


「俺を?」


「うむ」


「どうして」


「十年前」


「ああ」


「先生が眠る時」


「ああ」


「私は翼で包んだ」


「あったな」


「先生が寒そうだったから」


「ああ」


「でも」


「何だ」


「本当は」


 リリスの頬が赤くなる。


「私が、そうしたかった」


「ああ」


「先生を囲って」


「ああ」


「私だけの場所へ入れたかった」


「ああ」


「今も」


 少しだけ。


 声が小さくなる。


「したい」


「……」


「嫌なら断って」


 俺は。


 リリスの翼を見る。


 大きい。


 十二枚。


 昔は。


 俺を守るため。


 世界から隠すため。


 誰にも触れさせないため。


 何度も使われた。


「条件がある」


「何だ」


「全部は駄目だ」


「全部?」


「十二枚で包まれたら、何も見えない」


「では六枚」


「多い」


「四枚」


「まだ多い」


「二枚」


「それなら」


 リリスの目が。


 明るくなる。


「本当に?」


「ああ」


「嫌になったら?」


「言う」


「すぐ離す」


「ああ」


 近く。


 小さな休憩所。


 二人で。


 長椅子へ座る。


 リリスが。


 先に確認する。


「今?」


「ああ」


 二枚の翼。


 ゆっくり。


 俺の左右へ。


 外の視界は残る。


 肩へ触れる。


 柔らかい。


 少し暖かい。


「どう?」


「思ったより落ち着くな」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「もう一度」


「落ち着く」


「……」


 リリスの顔が。


 ものすごく嬉しそうになる。


「閉じても?」


「少しだけ」


 二枚の翼が。


 もう少し内側へ。


 俺とリリス。


 二人を。


 半分だけ囲う。


「リリス」


「何だ」


「俺からも一つ頼んでいいか」


「何でも」


「内容を聞いてからだ」


「……うむ」


「次に料理する時」


「ああ」


「俺へ作る料理ではなく」


「ああ」


「また、お前が食べたいものを一つ教えてくれ」


 リリスの瞳が。


 揺れる。


「次?」


「ああ」


「先生は」


「ああ」


「また私と料理する?」


「俺も楽しかったからな」


「……」


「嫌?」


 返事の代わりに。


 翼が閉まりかける。


「二枚だけだぞ!」


「分かっている!」


「力を入れるな!」


「嬉しいだけだ!」


 笑う。


 俺も。


 少し笑った。


     ◇


「先生」


 しばらく後。


 リリスが尋ねる。


「何だ」


「私は」


「ああ」


「先生に料理を作るのが好きだ」


「ああ」


「それは、やめなくてもいい?」


「もちろんだ」


「先生中心だから」


「ああ」


「宿題に悪い?」


「そんなことはない」


「本当に?」


「ああ」


「俺のために何かしたいことと」


「ああ」


「お前自身の好きなことが」


「ああ」


「両方あっていい」


 リリスは。


 少し考える。


「先生へ料理を作る私も」


「ああ」


「焼き芋を食べる私も」


「ああ」


「どちらも私?」


「ああ」


「魔王も?」


「ああ」


「植物図鑑を作る私も?」


「ああ」


「料理が下手な私も?」


「ああ」


「それは」


 口を尖らせる。


「少し嫌だ」


「事実だろう」


「三鍋目を食べてから決めろ」


「分かった」


「先生」


「何だ」


「私は」


 翼の内側。


 真っすぐ俺を見る。


「以前より」


「ああ」


「女性に見える?」


 また。


 その質問。


 だが。


 逃げない。


「見える」


「……」


「焼き芋をうまそうに食べている時も」


「ああ」


「子供粥が好きだと言うのを恥ずかしがっている時も」


「ああ」


「皿を割って焦っている時も」


「ああ」


「魔王ではなく」


 俺は。


 目の前のリリスを見る。


「一人の女性だと思った」


 リリスの翼が。


 一瞬。


 完全に止まる。


「先生」


「何だ」


「抱きついて」


「今は翼で包んでいる」


「では」


「ああ」


「私からではなく」


「ああ」


「先生から」


 少しだけ。


 声が震える。


「触れてほしい」


 俺も。


 少し考える。


 嫌ではない。


 むしろ。


 今のリリスを見て。


 そうしたいと思った。


「肩でいいか?」


「……うむ」


 俺は。


 リリスの肩へ。


 腕を回す。


 強くはない。


 短い。


 ただ。


 俺から。


 隣へ少し引き寄せる。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私」


「ああ」


「たぶん、十年前より幸せだ」


「そうか」


「先生がいるのに?」


「どういう意味だ」


「十年前は」


 俺の肩へ。


 少しだけ頭を預ける。


「先生がいても」


「ああ」


「失うのが怖かった」


「ああ」


「今は」


「ああ」


「嫌と言われるかもしれなくても」


「ああ」


「次があると思える」


 俺が。


 また料理しようと。


 言ったから。


「それなら」


 俺も。


 少し肩の力を抜く。


「次も作ろう」


「うむ」


「ただし」


「何だ」


「動く料理はなし」


「先生」


「絶対だ」


     ◇


 帰宅。


 玄関。


 今日も。


 誰も待ち構えていない。


 居間へ入る。


「お帰りなさいませ」


 セレス。


「ただいま」


「楽しかったですか?」


 ミレイユ。


「ああ」


 残りの者たち。


 ほんの一瞬。


 動きが止まる。


 いつものことになってきた。


「リリス」


 アウラが。


 袋を見る。


「何食べた?」


「焼き芋」


「それだけ?」


「子供粥」


「子供?」


「私が好きな料理だ」


「リリスが?」


「ああ」


「知らなかった」


「私も」


 リリスは。


 少し誇らしげに答えた。


「今日、思い出した」


 ノアが。


 前掛けを見る。


「おそろい?」


「色違いだ」


 リリスの顔が明るくなる。


「同じ型」


「先生が買った?」


 クロエ。


「自分の分は自分で」


「ああ」


「リリスさんの分も?」


「本人が払った」


 クロエが。


 満足そうに頷く。


「健全です」


「何の評価だ」


 エリナは。


 俺を見る。


「先生」


「何だ」


「手は?」


「つないでいない」


 エリナが。


 少し安心する。


 リリスが。


 微笑む。


「翼で包んだ」


 空気が凍る。


「翼?」


 アウラ。


「何枚?」


 ノア。


「二枚」


「二枚」


 アステラが繰り返す。


「その後」


「リリス!」


「先生から肩を抱いてもらった」


 七人が。


 完全に止まる。


「肩?」


 ミレイユ。


「先生から?」


 セレス。


「自発的?」


 クロエ。


「短くだ!」


「先生」


 エリナ。


「私の時も」


「同じことを求めるな!」


「まだ何も言ってない」


「顔に出ている!」


 アウラが。


 自分の腕を広げる。


「私は大きく抱ける」


「大きさを競うな」


 ノア。


「私も肩」


「予約するな」


 アステラは。


 少しだけ。


 頬を膨らませる。


「レオン」


「何だ」


「嫉妬してる」


「ああ」


「でも」


「何だ」


「リリス、嬉しかった?」


 リリスが。


 少し驚く。


「ああ」


「すごく?」


「すごく」


「なら」


 アステラは。


 少しだけ。


 悔しそうに笑う。


「よかった」


「アステラ」


「でも私の時は負けない」


「勝負にするな」


     ◇


『第三回個別外出を評価します』


 家の声。


『リリス様』


『先生へ提供するためではなく、自身が食べたい料理を選択』


『幼少期の個人的嗜好を、魔王として不適切と否定せず受容』


『旦那様と好みが異なる場合、料理を分ける判断を実施』


「ああ」


『さらに』


『身体接触について、希望を言語化し』


『提示された範囲制限を遵守』


「二枚」


 ノアが呟く。


「数えるな」


『合格です』


 リリスの翼が。


 大きく広がる。


「今は家だから許す」


「先生!」


「何だ」


「褒めて」


「よくできた」


「頭」


「はいはい」


 一度。


 頭を撫でる。


 リリスが。


 子供の頃と同じように目を細める。


 だが。


 今は。


 俺にも。


 その姿が。


 子供だけには見えなかった。


『旦那様』


「俺もか」


『リリス様の個人的嗜好を確認する提案を行い』


『ご自身と相手の好みの差異を、そのまま受容』


「ああ」


『また』


 嫌な予感。


『ご自身の意思による身体接触を実施』


「そこを毎回強調するな!」


『個別外出課程における重要な変化です』


「先生」


 クロエが。


 妙に真剣な顔になる。


「現在」


「ああ」


「三回連続で」


「ああ」


「先生からの恋愛的接触が増加傾向に」


「統計を取るな!」


『高評価で合格です』


     ◇


「先生」


 リリスが。


 撫でられた頭へ触れる。


「何だ」


「次に料理する時」


「ああ」


「私は、何を食べたいか考えておく」


「ああ」


「先生も?」


「俺も選ぶ」


「違っても?」


「二つ作ればいい」


「同じものを食べなくても」


「ああ」


「一緒に食事?」


「ああ」


 リリスは。


 満足そうに笑った。


「先生」


「何だ」


「私は、先生と同じになりたいわけではないらしい」


「ああ」


「先生の隣で」


「ああ」


「私の好きなものを好きだと言いたい」


「いいじゃないか」


「うむ」


     ◇


『次回個別外出対象者を発表します』


 家の壁へ。


 新しい名前。


『エリナ』


「来た!」


 勇者が立ち上がる。


「座れ」


「先生!」


「何だ」


「私からの提案!」


「聞く」


「泳ぐ!」


「前に一緒に浮いただろう」


「今度はデート!」


「何が違う」


「水着!」


 居間が。


 静かになる。


「……」


「……」


「……」


「エリナ」


「何?」


「それは」


 セレスが。


 非常に慎重に尋ねる。


「先生に水着姿を見せたい、という意味でしょうか」


 エリナが止まる。


 顔。


 真っ赤。


「ち、違う!」


「では」


「一緒に泳ぎたいだけ!」


「本当に?」


 ミレイユ。


「……」


「エリナ?」


「少し」


「少し?」


「見てほしい」


 俺まで。


 顔が熱くなる。


「俺の前で会議するな!」


「先生!」


「何だ!」


「先生も水着!」


「泳ぐならな!」


「見たい!」


「正直すぎる!」


 エリナは。


 真っ赤なまま。


 それでも。


 逃げずに言った。


「先生」


「ああ」


「私は」


 木剣を持たない手を。


 自分の胸へ置く。


「強い勇者としてではなく」


「ああ」


「普通の女として」


 さらに赤くなる。


「かわいいと思われたい」


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 三人の顔が変わる。


「先に言った」


 ノア。


「強い」


 アウラ。


「市場価値が高い発言です」


 クロエ。


「レオン」


 アステラが俺を見る。


「答えて」


「今?」


「今」


 エリナも。


 逃げずに。


 俺を見る。


「先生」


「分かった」


 俺は。


 少し考え。


 答えた。


「明日」


「ああ」


「自分で選んだ水着で来い」


「ああ」


「かわいいと思ったら」


 エリナの目が。


 大きくなる。


「ちゃんと言う」


 次の瞬間。


 勇者エリナが。


 その場へしゃがみ込んだ。


「エリナ?」


「無理」


「何が」


「明日まで待てないくらい緊張する」


「さっきまで勢いがあっただろう!」


 女帝とのデートでは。


 予定のない花を育て始めた。


 聖女とは。


 何の役にも立たないガラクタを作った。


 魔王とは。


 互いに違う好物を。


 違うまま、一緒に食べた。


 次は。


 剣を握る以外の自分を探し始めた勇者と。


 水着で。


 普通のデートをする。


 なお。


 その夜。


 地下都市の衣料区画では。


 なぜか。


 女性用水着が大量に売れたらしい。


 エリナ以外の七人が買った理由については。


 俺は。


 翌朝まで知らなかった。


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