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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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29/47

第29話 聖女と何の役にも立たないデートをしたら、二人で一日かけてガラクタを作った



「先生と二人で」


 ミレイユは。


 少し恥ずかしそうに笑った。


「一度くらい、何の役にも立たないことをしてみたいです」


「何の役にも?」


「はい」


「治療もしない」


「はい」


「祈りもしない」


「はい」


「人助けも目的にしない」


「はい」


「教会にも行かない」


「絶対に行きません」


「最後だけ強いな」


 聖女ミレイユ。


 困っている者がいれば。


 自分の食事も。


 睡眠も。


 寿命すら後回しにしてきた女。


 そんな彼女から。


『役に立たないことをしたい』


 という言葉が出るとは思わなかった。


「何をする?」


「それを」


 ミレイユの笑顔が固まる。


「決められません」


「何の役にも立たないことを考えたことがない?」


「はい」


「趣味は?」


「機械修理」


「役に立つな」


「薬草栽培」


「役に立つ」


「医療論文の収集」


「仕事だ」


「古代治療術の復元」


「もっと仕事だ」


「祈祷書の比較研究」


「今日は祈り禁止だぞ」


「……」


 ミレイユが。


 本気で困った顔になる。


「先生」


「何だ」


「何の役にも立たないことは」


「ああ」


「何のために行うのでしょうか」


「そこからか」


「目的が分かれば」


「目的を作ったら、役に立つことになるだろう」


「難しいです」


「俺も最近まで似たようなものだった」


 何もしない椅子。


 意味もなく買った青い器。


 甘い木の実パン。


 少しずつ。


 自分のためだけに何かを選べるようになった。


「では」


 俺は提案する。


「目的なしで街を歩いて」


「ああ」


「くだらないと思ったものを、一つやってみないか」


「くだらない?」


「ああ」


「先生が?」


「俺もやる」


 ミレイユは。


 少しだけ笑った。


「それなら」


「ああ」


「やってみたいです」


     ◇


 翌日。


 午後。


 玄関へ行くと。


 ミレイユは。


 いつもの聖女服ではなかった。


 淡いクリーム色のワンピース。


 白い帽子。


 首元にも。


 聖印がない。


「どうでしょう」


「似合っている」


「……」


「ミレイユ?」


「先生」


「何だ」


「もう一度お願いできますか」


「またか」


「昨日、セレスさんが二回言っていただいたと」


「情報共有するなと言っただろう!」


 居間の奥から。


「一回目は私から聞いたのではありません!」


 セレスの声。


「壁越しに答えるな!」


 ミレイユは。


 少し笑う。


「では、もう一度」


「似合っている。一人の女性として」


「ありがとうございます」


 頬が。


 分かりやすく赤くなる。


「今日は聖印もつけないのか」


「はい」


「不安?」


「非常に」


「無理なら持っていっても」


「いいえ」


 ミレイユは首を振る。


「今日は」


 胸元へ触れる。


「誰かに聖女だと分かっていただかなくてもよい日にします」


「ああ」


「ミレイユとして歩きます」


「いいな」


 背後。


 残る七人。


 セレス。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 ノア。


 アステラ。


 全員。


 平静を装っている。


「先生」


 セレスが言う。


「今日は、何時頃」


「聞かない約束だろう」


「帰宅時刻ではなく、夕食の必要数を」


「家に伝える」


「……はい」


 リリスが。


 ミレイユを見る。


「治療道具は?」


「持っておりません」


「本当に?」


「ハンカチのみです」


「ハンカチで止血できる」


 エリナ。


「それくらいは許せ」


「先生」


 アウラが手を上げる。


「お腹減ったら?」


「何か買う」


「ミレイユが忘れても、先生は食べて」


「それは俺も気をつける」


 クロエは。


 何も渡さない。


「今日はお金の助言も不要ですね」


「ああ」


「先生」


 ノアが尋ねる。


「ミレイユが、人を助けたくなったら?」


「本人が決める」


「緊急時は?」


「助ける」


「緊急じゃなかったら?」


「今日は、一度立ち止まる」


 ミレイユが答えた。


「私が助けなければならないのか」


「ああ」


「相手が助けを求めているのか」


「ああ」


「考えます」


 ノアが頷く。


「分かった」


 アステラは。


 ミレイユの手を見る。


「手をつなぐ?」


「アステラさん」


「聞いただけ」


「……まだ分かりません」


「レオンから?」


「それも」


「楽しみ?」


「非常に」


「私も自分の時が楽しみ」


 二人が。


 少し笑う。


「では」


 俺は扉を開ける。


「行くか」


「はい」


     ◇


 中央区。


 午後。


「さて」


「はい」


「何をする」


「決めておりません」


「俺もだ」


 二人で。


 道の中央に立つ。


「先生」


「何だ」


「これだけで不安です」


「予定がないから?」


「はい」


「帰る?」


「それは嫌です」


 即答だった。


「では歩くか」


「どちらへ?」


「ミレイユが決めていい」


「では」


 右を見る。


 薬屋。


「駄目ですね」


「自分で避けたな」


 左。


 義肢工房。


「もっと駄目です」


「好きそうなのに」


「入れば、必ず修理を始めます」


 正面。


 小さな娯楽街。


 派手な看板。


 音楽。


 子供たちの笑い声。


「……」


「どうした」


「先生」


「何だ」


「あそこは」


「ああ」


「何をする場所ですか?」


「俺も知らない」


 入口の看板。


『世界間遊戯横丁』


「遊戯?」


「遊ぶところだな」


「勝つと何が得られるのでしょう」


「もう目的を探している」


「……」


「行ってみる?」


 ミレイユは。


 少し迷う。


「はい」


     ◇


 最初の店。


 木製の輪を投げ。


 遠くの棒へ入れる遊び。


「エリナの祭りにもあったな」


「はい」


「やる?」


「これは」


 ミレイユが札を見る。


『十回 銅貨一枚』


『三本入れば木製人形』


「先生」


「何だ」


「木製人形に、何か効能が?」


「ないだろう」


「魔力補助は?」


「たぶんない」


「薬草保存機能」


「ただの人形だ」


「では」


 困った顔。


「なぜ欲しいのでしょう」


「かわいいと思ったら?」


 景品。


 丸い顔。


 妙に長い耳。


 体は。


 少し歪んでいる。


「……」


「どうだ」


「少し」


「ああ」


「かわいいです」


「やってみるか」


「はい」


 銅貨一枚。


 輪を十本。


「先生が先に?」


「ミレイユの提案だろう」


「では」


 一投目。


 外れ。


 二投目。


 外れ。


 三投目。


 惜しい。


「難しいですね」


「奇跡は禁止だぞ」


「使いません」


 四投目。


 入る。


「あ」


「入ったな」


 ミレイユの顔が。


 一気に明るくなる。


「先生!」


「ああ」


「入りました!」


「見ていた」


「もう一度!」


 五投目。


 外れ。


「……」


「落ち込むな」


「今のは」


「ああ」


「入りそうでした」


「そうだな」


 十本。


 結果。


 二本。


「景品は?」


「三本からだな」


「……」


 ミレイユは。


 本気で木製人形を見る。


「もう一回やる?」


「先生」


「何だ」


「これは」


「ああ」


「無駄遣いでしょうか」


「銅貨一枚だ」


「ですが、一度失敗した遊びへ」


「ああ」


「もう一枚」


「やりたい?」


 ミレイユは。


 少し悩む。


「はい」


「ならやれ」


「先生は?」


「俺は次の十本をやってみたい」


「一緒に?」


「ああ」


「では」


 二人で。


 銅貨二枚。


 結果。


 俺。


 三本。


 ミレイユ。


 三本。


「入った!」


 今度は。


 聖女らしさなど欠片もない声で。


 ミレイユが笑った。


「先生!」


「ああ」


「三本です!」


「俺もだ」


「おそろい」


 景品。


 俺は。


 耳が片方短い人形。


 ミレイユは。


 片目だけ丸い人形。


「何に使う?」


 尋ねると。


 ミレイユが固まる。


「……」


「考えなくていい」


「そうでした」


 人形を抱える。


「ただ」


 少し笑う。


「欲しかったから、持って帰ります」


「それでいい」


「先生の人形は?」


「俺の部屋へ置く」


 ミレイユが。


 さらに嬉しそうになる。


「同じ店の」


「ああ」


「人形が」


「ああ」


「先生の部屋と、私の部屋に?」


「ああ」


「……」


「考えすぎるなよ」


「努力します」


     ◇


 次。


 妙な箱が並ぶ店。


「先生」


「何だ」


「これは?」


「くじ引きだな」


 箱から。


 石を一個取る。


 色によって景品。


『特賞 空飛ぶ寝台』


『一等 巨大菓子』


『二等 歌う帽子』


『三等 光る匙』


『参加賞 何の変哲もない石』


「先生」


「何だ」


「参加賞の石は」


「ああ」


「本当に、ただの石ですか?」


「そう書いてある」


「なぜ景品に」


「外れだからだろう」


「……」


「引いてみる?」


「何の役にも立たない可能性が高い」


「ああ」


「やります」


「即答できるようになったな」


 二人で一回ずつ。


 俺。


 白。


「参加賞です」


 店員から。


 本当に普通の石を渡される。


「これだけ?」


「はい」


「少し腹が立つな」


 ミレイユ。


 白。


「先生」


「何だ」


「同じです」


 二人。


 ただの石。


「どうする」


「持って帰ります」


「俺もそうするか」


「先生」


「何だ」


「並べませんか?」


「何を」


「先ほどの人形の横へ」


「石を?」


「はい」


「なぜ」


「今日、二人で外れた石だから」


「……」


「駄目ですか?」


「いや」


 少し笑ってしまう。


「いいぞ」


「ありがとうございます」


 何の役にも立たない。


 普通の石。


 それなのに。


 二人で持って帰りたいと思った。


     ◇


 三軒目。


『絶対にいらない物を作ろう』


「店名から強いな」


 中。


 木片。


 布。


 針金。


 色砂。


 粘土。


 羽根。


 意味の分からない材料が。


 大量に並んでいる。


「何を作る店だ?」


 店主へ尋ねる。


「何でも」


「用途は?」


「作ってから考える」


「役に立たなくても?」


「むしろ」


 店主が笑う。


「役に立つ物を作ったら負け」


 ミレイユが。


 目を見開く。


「負け?」


「ああ」


「何を競うのですか?」


「役に立たなさ」


「……」


 聖女の価値観に。


 強烈な一撃が入った。


「先生」


「やる?」


「少し怖いです」


「何が」


「作った時間が」


「ああ」


「何にもならないことが」


「ああ」


「怖いです」


「俺も少し分かる」


「先生も?」


「前なら、壊れた道具を直すほうへ行った」


「レオさんなら?」


「喜んで入りそうだ」


「では」


 ミレイユは。


 材料を見る。


「やります」


「一緒に?」


「別々に」


「どうして」


「先生が何を作るか」


 少し笑う。


「見てみたいです」


「俺もミレイユのを見たい」


 材料を選ぶ。


 俺は。


 木片。


 針金。


 青い布。


 ミレイユは。


 白い粘土。


 赤い糸。


 小さな羽根。


「何を作る?」


「分かりません」


「俺も」


 それで始める。


     ◇


 一時間後。


「先生」


「何だ」


「それは何ですか?」


「俺が聞きたい」


 机の上。


 木片に。


 針金で。


 妙に長い脚が四本。


 上に青い布。


「椅子?」


「座れない」


「台?」


「物を置くと倒れる」


「では?」


「分からない」


 ミレイユが。


 笑いをこらえる。


「笑っていいぞ」


「先生が」


「ああ」


「こんなに」


 肩が震える。


「役に立たないものを真剣に作られたことが」


「ああ」


「面白くて」


「ミレイユは?」


 白い粘土。


 丸い。


 そこから。


 赤い糸が何十本も伸び。


 羽根が一枚。


「……」


「何だ、それ」


「分かりません」


「生き物?」


「違います」


「薬入れ?」


「入りません」


「飾り?」


「かわいくありません」


「自分で言うな」


「先生」


 ミレイユが。


 ついに笑い出した。


「私」


「ああ」


「何を作っているのでしょう」


「知らない」


「一時間も?」


「ああ」


「誰も助かりません」


「ああ」


「誰も治りません」


「ああ」


「世界もよくなりません」


「ああ」


「なのに」


 目に。


 涙が浮かぶ。


「楽しいです」


「泣くほど?」


「少し」


 笑いながら。


 泣いている。


「先生」


「何だ」


「私は」


 自分が作った。


 用途不明の白い塊を見る。


「こんな時間を」


「ああ」


「ずっと」


 声が小さくなる。


「怖がっていました」


「無駄だから?」


「はい」


「誰かを救えた時間を」


「ああ」


「遊んで使ってしまうのが」


「ああ」


「罪のように」


 聖女。


 奇跡を使える。


 救える命がある。


 だから。


 休んでいる間に。


 誰かが死ぬかもしれない。


 笑っている間に。


 誰かが泣いているかもしれない。


「俺も」


「先生も?」


「誰かを助けられるなら、助けたほうがいいとは思う」


「ああ」


「だが」


 俺は。


 役に立たない木の塊を持つ。


「救える命があることと」


「ああ」


「自分の時間を全部差し出さなければならないことは別だ」


「……」


「お前が一時間笑ったから」


「ああ」


「世界のどこかで困る者がいても」


「ああ」


「それは、お前が笑った罪ではない」


 ミレイユが。


 黙る。


「もし今」


「ああ」


「目の前で誰かが倒れたら?」


「助ける」


「私が?」


「助けたいならな」


「先生は?」


「俺も手伝う」


「ああ」


「だが」


 店の外。


 人々は。


 普通に歩いている。


「今は誰も倒れていない」


「……はい」


「だから」


 白い塊を指さす。


「それを完成させろ」


「何か分かりません」


「分からなくていいんだろう」


 ミレイユは。


 涙を拭う。


「はい」


 そして。


 役に立たない白い塊へ。


 もう一本。


 赤い糸を増やした。


     ◇


 完成。


 店主が。


 二つの作品を見る。


「素晴らしい」


「本当に?」


「まったく役に立たない」


「褒められている気がしない」


「今日は褒め言葉だ」


 俺の作品。


 用途不明。


 ミレイユの作品。


 もっと用途不明。


「持ち帰る?」


 店主が尋ねる。


 ミレイユは。


 即答した。


「はい」


「本当に?」


「私が作ったので」


「捨てない?」


「絶対に」


 自分の作品を。


 大切そうに両手で持つ。


「先生のも?」


「持って帰る」


「どこへ置きますか?」


「青い器の近く」


「クロエさんが怒りませんか?」


「器の用途は二人で決めた。願いの紙を入れる」


「ああ」


「では、横へ」


「人形と石と、これ」


「先生の部屋が」


 ミレイユが。


 くすくす笑う。


「少しずつ、先生の好きな物で増えていきますね」


「ガラクタばかりだがな」


「でも」


 俺を見る。


「先生が自分で選ばれたもの」


「ああ」


「私は、好きです」


「俺のガラクタが?」


「それを選ぶ先生が」


「……」


 今度は。


 俺が言葉に詰まった。


「先生?」


「急にそういうことを言うな」


「思ったので」


「今のミレイユは、素直だな」


「今日は聖女ではなく」


 少し頬を赤くする。


「ミレイユですから」


     ◇


 店を出る。


 午後も。


 少し遅い時間。


「お腹が空きました」


 ミレイユが言った。


 俺は立ち止まる。


「今、自分から言ったな」


「はい」


「普段なら?」


「先生がお腹を空かせていないか先に聞きます」


「俺も腹が減った」


「では」


「何を食べたい?」


 ミレイユは。


 周囲を見る。


 野菜料理。


 麺。


 肉。


 甘味。


「……」


「また困った?」


「自分の食べたいものを」


「ああ」


「人へ聞かれることが、あまりありません」


「何でもいいはなしだぞ」


「何でもいいは駄目です」


「どうして」


「先生との半日です」


 少し考える。


「私は」


 甘味屋を見る。


「あれを食べたいです」


「甘いもの?」


「はい」


「食事ではないぞ」


「分かっています」


「空腹の時に?」


「はい」


「体にいいものは?」


「後で考えます」


「成長したな」


「今日は」


 ミレイユが。


 いたずらっぽく笑う。


「健康に悪い選択を、一つしてみたいです」


「聖女が言う台詞ではない」


「先生も一緒なら」


「俺を共犯にするな」


「嫌ですか?」


 一瞬考える。


「いや」


「では」


 二人で。


 甘味屋へ入る。


     ◇


 注文したのは。


 巨大な果実氷。


 二人分。


「大きいな」


「写真と違います」


「何だ写真とは」


「見本絵です」


「食べきれる?」


「先生」


「何だ」


「残してもいいでしょうか」


「無理に食べるよりは」


「食べ物を残すことも、私は苦手です」


「ああ」


「でも」


 一口。


「おいしい」


「なら食べられる分だけ」


「はい」


 二人で。


 少しずつ。


 冷たい果物。


 甘い蜜。


 口の中が冷える。


「頭が」


 ミレイユが額を押さえる。


「冷たい物を急に食べたからだ」


「治癒を」


「使うな」


「……」


「少し待てば治る」


「はい」


 二人。


 頭を押さえながら。


 顔を見合わせる。


「先生も?」


「ああ」


 笑った。


「これは」


「何だ」


「何の役にも立たない痛みですね」


「遊んで食べた結果だからな」


「でも」


 ミレイユは。


 また一口。


「もう一口食べたいです」


「懲りないな」


「先生もでしょう?」


「少しずつな」


     ◇


 店を出た直後。


 前方で。


 小さな男の子が転んだ。


「痛い!」


 膝。


 少し擦りむいている。


 ミレイユの体が。


 反射的に動く。


 一歩。


 二歩。


 そして。


 止まった。


「ミレイユ?」


「……」


 母親らしい女性が。


 すぐ駆け寄る。


「大丈夫?」


「痛い」


「洗おうね」


 持っていた水。


 布。


 母親が。


 普通に手当てする。


 男の子は。


 泣きながらも。


 立ち上がった。


「先生」


「何だ」


「私は」


 ミレイユが。


 小さな声で言う。


「助けなくてよかったのでしょうか」


「助ける必要があった?」


「擦り傷です」


「ああ」


「お母様が、手当てを」


「ああ」


「私が奇跡を使えば、一秒で治ります」


「そうだな」


「でも」


 母親。


 子供の手を握り。


 ゆっくり歩いていく。


「私がいなくても」


「ああ」


「大丈夫でした」


「ああ」


「少し」


 ミレイユが。


 寂しそうに笑う。


「寂しいです」


「助けたかった?」


「はい」


「悪いことではない」


「ああ」


「でも」


 俺は。


 男の子と母親の背中を見る。


「誰かが自分でできることまで」


「ああ」


「全部お前が代わりにやる必要はない」


「はい」


「今日は」


 俺はミレイユを見る。


「俺と遊ぶ約束だった」


 ミレイユの目が。


 大きくなる。


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「私を選んでくださった?」


「何と比べている」


「世界の誰かを助けることと」


「そんな大げさな」


「私には、大げさではありません」


 ミレイユは。


 胸へ手を置く。


「私が誰かを助ける時間より」


「ああ」


「先生が」


「ああ」


「私と遊ぶ時間を、大切だと言ってくださった」


「ああ」


「……」


「泣くなよ」


「泣いていません」


「目が潤んでいる」


「果実氷の冷たさです」


「もう店を出ているぞ」


     ◇


 帰り道。


「先生」


「何だ」


「私から」


「ああ」


「もう一つ提案しても?」


「聞く」


 ミレイユは。


 少し迷い。


「手をつなぎたいです」


 昨日のセレス。


 今日のミレイユ。


 同じ願い。


 だが。


 意味は。


 少し違って見える。


「どうして?」


「今日は」


 自分が作った。


 役に立たない白い塊を片手で持つ。


「何も治せませんでした」


「ああ」


「何も救いませんでした」


「ああ」


「祈りもしませんでした」


「ああ」


「ただ」


 一つずつ。


「輪投げをして」


「ああ」


「くじで石を引いて」


「ああ」


「意味のないものを作って」


「ああ」


「甘いものを食べました」


「ああ」


「その最後に」


 俺を見る。


「先生と手をつないで帰りたいです」


「……」


「嫌なら」


「いいぞ」


「本当に?」


「ああ」


 俺から。


 手を差し出す。


 ミレイユが。


 ゆっくり握る。


 少し冷たい。


「先生」


「何だ」


「私の手」


「ああ」


「今日は、人を治していません」


「ああ」


「先生の手を握っています」


「ああ」


「役に立っていますか?」


 まだ。


 それを気にするのか。


「立たなくていい」


「……」


「俺が」


 握った手へ。


 少しだけ力を入れる。


「つないでいたいと思っている」


 ミレイユが止まった。


「歩け」


「先生」


「何だ」


「今」


「ああ」


「先生から」


「ああ」


「つないでいたいと」


「ああ」


 顔が。


 真っ赤になる。


「ミレイユ?」


「少し」


「ああ」


「心の整理を」


「歩きながらやれ」


「はい」


     ◇


 家へ戻る。


 玄関。


 今日も。


 誰も並んでいない。


 居間。


 セレスは。


 俺と一緒に育てる花へ水をやっていた。


 リリスは図鑑。


 エリナは。


 水泳用の布を畳んでいる。


 アウラは。


 何かを焼いている。


 クロエ。


 青い器へ。


 新しい紙を入れている。


 ノア。


 アステラと。


 絵の練習。


「お帰りなさい」


 セレスが言う。


「ただいま」


「楽しかったですか?」


「ああ」


 また。


 一瞬。


 全員の動きが止まる。


 だが。


 誰も続きを聞かない。


「ミレイユ」


 アウラが。


 彼女の持つ白い塊を見る。


「何それ」


「分かりません」


「食べられる?」


「食べられません」


「何に使う?」


「使えません」


「では?」


「私が作りました」


 アウラが。


 首を傾げる。


「どうして?」


「作りたかったので」


 沈黙。


「……」


「……」


「……」


 最初に笑ったのは。


 リリスだった。


「聖女が」


「ああ」


「役に立たぬ物を」


「ああ」


「自分で作ったのか」


「はい」


「気に入った」


「本当ですか?」


「魔界にも、意味のない置物は多い」


「それは」


「魔王像など」


「意味があるだろう」


「ほとんどない」


「国民に怒られるぞ」


 ミレイユは。


 自分の部屋へ。


 白い塊を持っていく。


「先生」


 ノアが。


 俺の手を見る。


「何だ」


「手」


「もう離している」


「つないだ?」


 ミレイユの体が。


 ぴくりと動く。


「ノア」


「一個だけ」


「昨日も同じことを言ったな」


「聞いていい?」


 俺は。


 ミレイユを見る。


「俺は構わない」


「私も」


 ミレイユが。


 少しだけ。


 嬉しそうに言う。


「帰り道だけ」


「どっちから?」


 アステラが尋ねる。


「私からお願いしました」


 七人の表情が。


 少し緩む。


「ただ」


 ミレイユは。


 続ける。


「先生が」


 俺を見る。


「つないでいたいと」


 空気が凍る。


「ミレイユ!」


「どうして追加する!」


「大事なので!」


 セレスが。


 花へ水をやる手を止める。


「先生」


「何だ」


「昨日は、私へ先生から手を」


「ああ」


「今日は、ミレイユさんへつないでいたいと」


「ああ」


「進歩が早すぎませんか?」


「お前たちが望んでいたことだろう!」


「望んでおります!」


「では!」


「嫉妬もします!」


「ややこしい!」


 アステラが。


 少し離れた場所から。


 俺を見る。


「レオン」


「何だ」


「私の時も」


「ああ」


「同じことをしてとは言わない」


「偉い」


「でも」


「何だ」


「もっとすごいことをしたくなったら?」


「相談しろ」


「分かった」


「すごいことの意味を先に考えるなよ」


「もう考えてる」


「やめろ」


     ◇


『第二回個別外出を評価します』


 家の声。


『ミレイユ様』


『聖女としての役割を示す装備を自主的に外し』


『個人的欲求により遊戯を二度実施』


『実用性のない景品を選択』


『完全に無用途な創作物を、自分の意思で作成』


「家」


『はい』


「完全に無用途と強調しないでください」


『事実です』


 リリスが笑っている。


『食事について、健康面より一時的な個人嗜好を優先』


「そこまで記録されますか」


『さらに』


『他者が軽傷を負った際、自分が介入しなければならないかを判断し』


『家族による通常の手当てを尊重』


「ああ」


『合格です』


 ミレイユが。


 胸へ手を当てる。


「先生」


「おめでとう」


「ありがとうございます」


『旦那様』


「俺もか」


『ミレイユ様の希望を尊重しつつ』


『ご自身から無目的な創作遊戯への参加を選択』


「ああ」


『相手を救済役としてではなく、遊び相手として扱い』


「ああ」


『最後に』


「最後はいい」


『身体接触時、ご自身から継続希望を言語化しました』


「家!」


 残る七人の目が。


 また鋭くなる。


『高評価で合格です』


「そこを高評価にするな!」


     ◇


「先生」


 ミレイユが。


 少しだけ前へ出る。


「何だ」


「今日は」


「ああ」


「何の役にも立たない半日でした」


「ああ」


「でも」


 笑う。


「私には」


 一度。


 自分の胸へ手を置く。


「とても必要な半日だったようです」


「それは役に立ったことになる?」


「……」


「……」


 二人で。


 少し考える。


「先生」


「何だ」


「今は、その矛盾も考えないことにします」


「成長したな」


「はい」


「また、何の役にも立たないことをする?」


「今度は」


 少し嬉しそうに。


「もっとくだらないことを探したいです」


「俺も付き合えたらな」


「誘っても?」


「八人終わった後にな」


「はい」


     ◇


『次回個別外出対象者を発表します』


「順番どおりなら」


 リリスの翼が。


 僅かに広がる。


「私だな」


「ああ」


 魔王リリス。


「先生」


「何だ」


「私からの提案は、もう決まっている」


「何だ?」


「魔界へ行かない」


「お前もか」


「ミレイユの真似ではない」


「ああ」


「先生と」


 一度。


 翼を畳む。


「料理をしたい」


「三鍋目?」


「違う」


「では」


「先生へ食べさせる料理ではなく」


 リリスは。


 少しだけ。


 困ったように笑った。


「二人で」


「ああ」


「食べたいものを」


「ああ」


「二人で作る」


「普通だな」


「私には」


 真剣だった。


「非常に難しい」


 十年間。


 俺が帰ってきた時のために。


 同じスープを作り続けたリリス。


 料理は。


 ずっと。


『先生へ食べさせるもの』


 だった。


「先生」


「何だ」


「私は」


 少し恥ずかしそうに。


 それでも、はっきり言った。


「先生が好きな料理ではなく」


「ああ」


「私が食べたい料理も、選んでみたい」


「いいな」


「一緒に?」


「ああ」


「失敗しても?」


「二鍋目よりは大丈夫だろう」


「先生」


「冗談だ」


「三鍋目は、少しうまい」


「期待している」


 リリスは。


 嬉しそうに翼を揺らした。


 女帝とは。


 予定にない花を見た。


 聖女とは。


 何の役にも立たないものを作った。


 そして次は。


 十年間ずっと俺のためだけに料理をしていた魔王と。


 初めて。


 二人が食べたいものを。


 二人で作ることになった。


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