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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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26/42

第26話 八人へ自分のためのお願いをしたら、最後の一人だけ「嫌」と言った



『旦那様が、八名それぞれへ』


『ご自身のためのお願いを一つずつしてください』


 家の壁へ表示された課題を前に。


 八人の女性が。


 一斉に俺を見つめていた。


「先生」


 セレスが一歩前へ出る。


「最初は、私ですね?」


「まだ何も言っていない」


「帝国の訪問が最初でした」


「国巡りの順番は関係ない」


「では、出会った順番で」


 ミレイユが静かに手を上げる。


「先生と出会った正確な時刻を比較する必要がございます」


「どうして時刻まで記録している」


「大切な日でしたので」


「私は、先生と同じ日に会った」


 リリスが言う。


「魔界時間では、私が先だ」


「人間世界の時間では私です」


 セレスが即座に反論する。


「先生」


 エリナが木剣を握る。


「戦って決める?」


「絶対に駄目だ」


「泳ぐ?」


「それも勝負にするな」


「食べた量なら私」


 アウラが胸を張る。


「なぜ、それで順番が決まる」


「先生を一番幸せにできる人から」


「食事だけで決めるな」


「先生」


 クロエが紙を広げた。


「公平性を確保するため、八名による入札を提案します」


「俺へ何を差し出す気だ」


「各自が提供可能な価値を提示し、先生が最も望まれる条件を――」


「俺のお願いを競売にかけるな!」


「では、無記名投票を」


 ノアが言う。


「誰が投票する」


「私」


「一票しかないだろう」


「八回、ノアへ入れる」


「無記名の意味がない」


「レオン」


 アステラは。


 ほかの七人から少し離れた場所に立っていた。


「誰からでもいいわ」


「珍しいな」


「私は最後でも」


 七人の動きが止まる。


「最後」


 セレスが呟く。


「最後に頼まれる女性」


 ミレイユの瞳が細くなる。


「最も時間をかけて考えられた特別なお願い」


 リリス。


「最後が一番?」


 エリナ。


「最後には、特別なお菓子が出る」


 アウラ。


「市場でも、最後の一枠は希少価値が上昇する場合がございます」


 クロエ。


「アステラ、ずるい」


 ノア。


「まだ何も決めていない!」


 最初でも。


 最後でも。


 中央でも。


 八人は必ず、特別な意味を見つけるらしい。


「家」


『はい』


「くじ引きでは駄目か?」


『旦那様ご自身が、順番を決めてください』


「なぜ」


『順番を選ぶことも、意思表示の一部です』


「順番に恋愛的な意味はない」


『八名へ、先に説明してください』


 俺は八人を見る。


「順番に、特別な意味はない」


「先生」


 セレスが真剣な顔で答える。


「そのお言葉を信じます」


「よかった」


「ただし、最初に選ばれれば嬉しいです」


「信じていないだろう!」


     ◇


 一人で自室へ戻った。


 机の上。


 昨日買った薄いノートを開く。


『誰も俺を知らない場所で、一人で歩く時間が欲しい』


『何もしなくていい時間が欲しい』


『帰って話したい相手がいる』


 自分の望み。


 昨日までは。


 それを見つけることが課題だった。


 今日は。


 誰かへ伝えなければならない。


「難しいな」


 国を守ってくれ。


 仕事を手伝ってくれ。


 誰かを助けてくれ。


 そのような頼みなら、いくらでも思いつく。


 だが。


 すべて。


 俺自身のためではない。


「何をしてほしい?」


 八人の顔を思い浮かべる。


 セレス。


 女帝としてではなく。


 ミレイユ。


 聖女としてではなく。


 リリス。


 魔王としてではなく。


 エリナ。


 勇者としてではなく。


 アウラ。


 竜王としてではなく。


 クロエ。


 商業王としてではなく。


 ノア。


 影の女王としてではなく。


 アステラ。


 虚無の核としてではなく。


 俺が。


 一人の女性へ。


 してほしいこと。


「小さくてもいいのか」


『望みに大きさは関係ありません』


 家の声が。


 部屋の壁から響いた。


「聞いていたのか?」


『旦那様が助言を求める可能性へ備えていました』


「一人で考えたい」


『承知しました』


 家の気配が消える。


 俺は。


 ノートへ。


 一人ずつ名前を書く。


 その横へ。


 思いついたことを。


 何度も消し。


 何度も書き直した。


     ◇


 一時間後。


 居間へ戻る。


 八人は。


 先ほどと同じ場所に座っていた。


 ただし。


 中央の椅子が。


 俺のために用意されている。


 正面。


 八人が横一列。


「面接か?」


「先生からお願いを伺うため、最も公平な配置です」


 セレスが答える。


「全員の距離は同じ?」


 ノアが床の線を見る。


「一ミリ以内の誤差です」


 クロエ。


「私の翼を広げると、先生へ一番近い」


 リリス。


「広げるな」


 アウラは。


 椅子を少し前へ動かそうとして。


 家の床に固定されていた。


「動かない」


『公平性確保のためです』


「家。頼みを伝えるだけだぞ」


『過去の傾向から必要と判断しました』


 俺は中央へ座る。


「先に規則を決める」


「はい」


「俺が頼んだ後、内容を勝手に増やさない」


 八人の動きが僅かに止まる。


「改善案も?」


 クロエ。


「俺が求めた時だけ」


「よりよい方法があっても?」


 ミレイユ。


「先に聞け」


「先生の安全を高められる場合は?」


 セレス。


「緊急時以外は先に聞け」


「量を増やすのは?」


 アウラ。


「駄目だ」


「一口を二口に」


「駄目だ」


「二つ目」


 俺は続ける。


「嫌なら断っていい」


「断りません」


 八人の声が重なった。


「内容を聞いてから決めろ!」


「先生からのお願いです」


 セレスが言う。


「どのようなことでも」


「セレス」


「はい」


「今、お前たちは断ってもいいことを学んでいる」


「ああ」


「俺も、断られる可能性を受け入れる課題だ」


「ああ」


「先に、断らないと決めるな」


 八人は。


 少し不満そうにしながらも。


 頷いた。


「最後」


「はい」


「順番に意味はない」


「……はい」


 今度の返事は。


 あまり信用できなかった。


「では」


 最初の紙を見る。


「セレス」


 七人の空気が動いた。


 セレスの背筋が伸びる。


「はい」


「最初に頼みたいことがある」


「何なりと」


「明日の朝」


「ああ」


「予定を一つも決めずに、俺と散歩してほしい」


 セレスが。


 動かなくなった。


「……散歩?」


「ああ」


「目的地は?」


「決めない」


「所要時間は?」


「決めない」


「朝食は、その前でしょうか。後でしょうか」


「その時に決める」


「服装は?」


「好きな服で」


「護衛は?」


「なし」


「経路は?」


「歩きながら決める」


 セレスの顔が。


 少しずつ青くなる。


「先生」


「嫌なら断っていい」


「嫌ではございません!」


「本当に?」


「ただ」


 女帝は。


 未知の敵と向き合うように言った。


「何も決まっていないことが、少し怖いだけです」


「俺もだ」


「先生も?」


「ああ」


「では」


 セレスは息を整える。


「一緒に迷います」


「頼めるか?」


「はい」


『セレス様へのお願いを受理しました』


『内容――目的を定めない散歩』


『承諾を確認しました』


 セレスの顔が。


 ようやく明るくなる。


「先生」


「何だ」


「最初に私を選んでくださった理由は?」


「最初に思いついたからだ」


「最初に」


「意味をつけるな」


「……はい」


 喜びは隠せていなかった。


     ◇


「次」


 紙を見る。


「ミレイユ」


「はい」


 聖女は。


 静かに微笑む。


「先生のお体に関することでしょうか」


「少し違う」


「では」


「俺が疲れたと言った時」


「ああ」


「治そうとせず」


 ミレイユの笑顔が固まる。


「体調の理由も聞かず」


「ああ」


「ただ、隣で茶を一杯飲んでほしい」


「先生」


「何だ」


「疲労の原因によっては、早期治療が」


「緊急時は別だ」


「では、通常の疲労であれば?」


「何もしないでほしい」


「何も」


「茶を飲むだけ」


 ミレイユは。


 自分の手を見る。


 奇跡。


 薬。


 診察。


 助言。


 何かをしなければ。


 俺を大切にしていないように感じるのだろう。


「嫌か?」


「いいえ」


「無理なら」


「やります」


「治したくなっても?」


「我慢します」


「理由を聞きたくなっても?」


「聞きません」


「ただ座る?」


「はい」


 ミレイユは。


 少し不安そうに尋ねる。


「先生は、それで楽になりますか?」


「たぶん」


「分かりました」


 一度。


 深く息を吸う。


「先生が疲れた時」


「ああ」


「何もできない私を、隣に置いてください」


「頼む」


『ミレイユ様へのお願いを受理しました』


 ミレイユは。


 嬉しさと不安が混じった顔で。


 小さく頭を下げた。


     ◇


「リリス」


「うむ」


「十年前に作ったスープ」


 リリスの翼が僅かに動く。


「二鍋目を、俺と一緒に食べてほしい」


「食べるだけ?」


「ああ」


「私が先生へ食べさせるのではなく?」


「自分で食べる」


「翼で包みながら?」


「普通に机で」


「味の評価は?」


「正直に言う」


「全部食べる?」


「量による」


「十年前の一鍋分」


「一杯だけだ」


「残りは?」


「皆で食べてもいい」


「先生だけのために作った」


「なら、少しずつ十日かけて食べる」


「毎日、私と?」


「今日は一つのお願いだ」


 リリスが考える。


「先生」


「何だ」


「私は、二鍋目を」


「ああ」


「先生と二人で食べたい」


 周囲の七人の目が鋭くなる。


「二人である必要は?」


「私の十年だ」


 リリスは譲らない。


「俺からの頼みは、一緒に食べることだけだ」


「ああ」


「場所や人数は、お前が決めていい」


「では、二人」


「分かった」


「先生」


「何だ」


「味がまずくても?」


「まずいと言う」


「……うむ」


「嫌か?」


「嫌ではない」


「では」


「一緒に食べる」


『リリス様へのお願いを受理しました』


 リリスは。


 静かに翼を広げかけ。


 途中で止めた。


「今、我慢した」


「よく我慢した」


 翼が嬉しそうに震えた。


     ◇


「エリナ」


「うん」


「俺と泳いでほしい」


 エリナの目が輝く。


「競争?」


「なし」


「どちらが長く潜れるか」


「なし」


「水中戦」


「絶対になし」


「では、何をする?」


「一緒に水へ浮かぶ」


「浮くだけ?」


「ああ」


「進まない?」


「泳ぎたくなったら、少し泳ぐ」


「勝たない?」


「勝たない」


 エリナは。


 難しい問題を出された顔になる。


「先生」


「何だ」


「楽しい?」


「まだ分からない」


「では、どうして」


「お前が、勝つためではなく泳ぐのを楽しいと言ったからだ」


「ああ」


「俺も知りたい」


「ああ」


「一緒に頼めるか?」


 エリナは。


 木剣から手を離す。


「うん」


「本当に?」


「先生が沈んだら助ける」


「泳げる」


「少しだけ助ける」


「頼んだ時だけな」


「分かった」


『エリナ様へのお願いを受理しました』


 エリナは。


 水へ入る前から。


 すでに泳ぎ始めそうなほど嬉しそうだった。


     ◇


「アウラ」


「うん」


「昨日行った街に」


「ああ」


「甘い木の実パンを食べに行きたい」


 アウラの尻尾が。


 大きく床を叩いた。


「店を買う」


「買うな」


「店ごと地下都市へ」


「移すな」


「職人を連れてくる」


「本人の生活がある」


「材料を全部」


「増やすな」


「では」


 アウラが真剣な顔になる。


「先生と二人で行く?」


「店が狭いから、人数は少ないほうがいい」


「二人」


「レオとリタが同行する可能性はある」


「……三人」


「俺を含めて四人だ」


「多い」


「嫌か?」


 アウラは。


 少し考える。


「先生と、パンを半分にする」


「ああ」


「私が大きいほう?」


「同じ大きさ」


「先生が食べきれなかったら?」


「その時は頼む」


「分かった」


 アウラは笑う。


「一緒に食べる」


『アウラ様へのお願いを受理しました』


「先生」


「何だ」


「今、お腹が減った」


「朝食を食べたばかりだ」


「お願いを聞いたら減った」


「夕食まで待て」


     ◇


「クロエ」


「はい」


 商業王は。


 すでに帳簿を用意していた。


「しまえ」


「まだ何も記録しておりません」


「青い器を覚えているか?」


「先生が、個人的な好みにより初めて購入なさった品です」


「ああ」


「市場推定価値は――」


「値段をつけるな」


 クロエの口が止まる。


「お願いは」


「ああ」


「あの器を何に使うか、一緒に考えてほしい」


「用途の選定」


「ああ」


「予算は?」


「なし」


「収益性は?」


「考えない」


「耐久性や保管性は?」


「必要なら考えていい」


「市場展開は?」


「しない」


 クロエは。


 今までで最も難しい顔になった。


「先生」


「何だ」


「器の用途を決めるだけでよいのですか?」


「ああ」


「世界へ影響を与えなくても?」


「ああ」


「先生と私だけが使うものでも?」


「ああ」


 七人の視線が。


 クロエへ向く。


「二人だけ」


「例として言っただけだ」


 クロエは。


 青い器を思い浮かべるように目を閉じた。


「利益を生まない」


「ああ」


「市場へ出さない」


「ああ」


「先生と相談して」


「ああ」


「使い道を決める」


「ああ」


「やりたいです」


「本当に?」


「はい」


 クロエは微笑む。


「金額ではなく」


「ああ」


「先生が何を入れたいと思うか知りたいです」


「頼む」


『クロエ様へのお願いを受理しました』


 クロエは帳簿を開きかけ。


 止める。


「記録しないのか?」


「これは」


 青い器のことを考えながら答える。


「帳簿ではなく、覚えておきたいと思います」


     ◇


「ノア」


「うん」


「俺が昨日、何もしない椅子で寝た話をしただろう」


「うん」


「同じように」


 一度、言葉を選ぶ。


「俺の隣で、三十分だけ何もしないでほしい」


「何もしない?」


「ああ」


「話さない?」


「ああ」


「先生を見ない?」


「見てもいい」


「監視は?」


「しない」


「危ない人が来たら?」


「普通の場所を選ぶ」


「影を伸ばさない?」


「ああ」


「先生の呼吸を数えるのは?」


「数えるな」


「匂いを覚えるのは?」


「それは止められないが、意識して調べるな」


 ノアは。


 少し不安そうに俺を見る。


「私は」


「ああ」


「先生が何をしてるか分からないと怖い」


「ああ」


「三十分も?」


「ああ」


「目を閉じても?」


「閉じてもいい」


「先生も?」


「たぶんな」


「眠ったら?」


「そのままでいい」


 ノアは。


 長い間考えた。


「嫌なら断っていい」


「嫌ではない」


「怖い?」


「少し」


「俺も、何もしないのは苦手だった」


「先生も?」


「ああ」


「では」


 ノアは小さく頷いた。


「一緒に、何もしない」


「頼む」


『ノア様へのお願いを受理しました』


「先生」


「何だ」


「三十分の後は、話していい?」


「ああ」


「抱きついていいか聞いても?」


「聞くだけなら」


 ノアは少し笑った。


     ◇


 最後。


 紙に残っている名前。


「アステラ」


 銀と黒の瞳が。


 まっすぐ俺を見る。


「ええ」


 七人も。


 静かに俺たちを見ている。


「俺からのお願いは」


 一度。


 息を整える。


「次の水世界への旅へ、俺も連れていってほしい」


 アステラの表情が止まった。


「水世界へ?」


「ああ」


「私と?」


「ああ」


「エリナとミレアも一緒よ」


「構わない」


「レオン」


「嫌なら断っていい」


「……」


 アステラは。


 自分の胸へ手を置く。


「私は」


 言葉が止まる。


「アステラ?」


「嫌」


 居間が。


 完全に静まり返った。


「何と?」


 セレスが立ち上がる。


「アステラさん」


 ミレイユの笑顔が消える。


「先生のお願いを」


 リリスの翼が広がりかける。


「どうして?」


 エリナ。


「先生と一緒なのに?」


 アウラ。


「拒否理由の合理性を」


 クロエ。


「アステラ」


 ノア。


「全員、座れ」


 俺が言う。


 七人が動きを止める。


「でも、先生」


「断っていいと言った」


「しかし」


「俺の課題でもある」


 七人は。


 不満そうにしながらも座り直した。


 俺はアステラを見る。


「理由を聞いてもいいか?」


「……ええ」


「どうして嫌なんだ」


 アステラは。


 少し震える手を握る。


「水世界への旅は」


「ああ」


「私が、レオンなしで行くと決めた最初の旅だから」


「ああ」


「エリナへ泳ぎを教えてと頼んで」


「ああ」


「ミレアへ案内を頼んで」


「ああ」


「自分で準備した」


「ああ」


「レオンが一緒なら、嬉しい」


「なら」


「でも」


 アステラは首を振る。


「きっと、あなたばかり見る」


「……」


「怖くなったら、あなたの手を握る」


「ああ」


「分からないことを、自分で考える前にあなたへ聞く」


「ああ」


「それでは」


 涙が。


 銀と黒の瞳へ浮かぶ。


「私が一人で行くと決めた旅ではなくなる」


「そうか」


「ごめんなさい」


「謝らなくていい」


「でも、レオンが」


「少し寂しい」


 正直に答える。


 アステラの顔が曇る。


「怒ってる?」


「怒っていない」


「嫌いになる?」


「ならない」


「本当に?」


「ああ」


「私が、お願いを断っても?」


「ああ」


「契約もないのに?」


「ああ」


「それでも?」


「お前が自分で決めたことだ」


 アステラは。


 涙を落としながら俺を見る。


「レオン」


「何だ」


「私」


 一度。


 息を吸う。


「初めて、あなたに嫌と言った」


「ああ」


「怖かった」


「ああ」


「でも」


 胸へ手を置く。


「言えた」


「ああ」


「私の望みを、あなたの望みより先に選んだ」


「ああ」


「悪い?」


「悪くない」


 俺は。


 少し笑った。


「立派だ」


 アステラの涙が。


 さらに増えた。


『アステラ様へのお願い』


『拒否を確認しました』


 家の声。


『旦那様が拒否を受け入れたことを確認しました』


『八件目の課題を、最高評価で合格とします』


「最高?」


 セレスが家を見る。


『相手へ頼み』


『拒否理由を聞き』


『不満や寂しさを隠さず』


『それでも相手の選択を尊重しました』


「先生」


 ミレイユが俺を見る。


「大丈夫ですか?」


「少し残念ではある」


「私が代わりに、水世界へ」


「それでは意味がない」


「……はい」


 アステラは。


 俺へ近づこうとして。


 途中で止まる。


「レオン」


「何だ」


「抱きついていい?」


「今は」


 一度考える。


「断られた直後だから、少し一人で考えたい」


 アステラの顔が。


 僅かに曇る。


 だが。


 頷いた。


「分かった」


「嫌ではないぞ」


「ええ」


「後で、俺から話す」


「待つわ」


「ありがとう」


 今度は。


 俺が。


 相手へ待ってほしいと頼んだ。


 アステラは。


 それを受け入れた。


     ◇


 翌朝。


 最初のお願い。


 セレスとの散歩。


「先生」


「何だ」


「右と左、どちらへ?」


「セレスが決めていい」


「目的地は?」


「ない」


「では」


 セレスは。


 左右を見る。


 五分ほど考え。


 右を選んだ。


「理由は?」


「朝日が明るく見えました」


「それで十分だ」


 十分後。


 行き止まり。


「先生」


「何だ」


「道を間違えました」


「目的地がないのに?」


「戻らなければ」


「別の細い道がある」


「地図にありません」


「行ってみるか?」


 セレスは。


 少し不安そうに。


 それでも頷いた。


「はい」


 細い道の先。


 小さな庭。


 老人が。


 花へ水をやっていた。


「おはよう」


 俺が声をかける。


「おはよう」


 老人は。


 俺たちが誰か知らない。


「迷ったのか?」


「はい」


 セレスが正直に答える。


「なら、茶を飲んでから戻れ」


 庭の椅子。


 予定にない茶。


 予定にない会話。


 セレスは。


 最初こそ落ち着かなかった。


 だが。


 老人が育てている花の話を聞き。


 自分の空待花の話をした。


「楽しいか?」


 帰り道。


 俺が尋ねる。


「はい」


「予定がなくても?」


「少し怖いです」


「ああ」


「ですが」


 セレスは。


 知らない道を振り返る。


「予定がなければ、予定にないものを見つけられるのですね」


「また歩く?」


「はい」


「今度も目的地なしで?」


 セレスは。


 一度だけ迷い。


「月に一度なら」


「少ないな」


「最初は」


「それで十分だ」


     ◇


 昼前。


「疲れた」


 居間で。


 俺が言った。


 ミレイユの体が動く。


 額へ手を伸ばしかけ。


 止まる。


「お茶を」


「ああ」


 何の茶か。


 効能は。


 睡眠時間は。


 食事は。


 何も聞かない。


 ミレイユは。


 自分の好きな香りの茶を二杯用意した。


 俺の隣へ座る。


 五分。


 無言。


 十分快。


「先生」


「何だ」


「何も聞かないことが」


「ああ」


「こんなに難しいとは思いませんでした」


「俺も、理由を説明しないのは落ち着かない」


「今は?」


「少し楽だ」


「私は」


 ミレイユが茶を見る。


「何もしていないのに、先生の隣にいてよいのでしょうか」


「いてほしいと頼んだ」


「はい」


「それだけでいい」


 ミレイユは。


 ゆっくり茶を飲む。


「先生」


「何だ」


「次に疲れた時も」


「ああ」


「治してほしい時は、そう言ってください」


「ああ」


「茶だけでよい時も」


「ああ」


「私には、分からないので」


「その時に言う」


 ミレイユは。


 安心したように微笑んだ。


     ◇


 昼食。


 リリスが。


 十年前の二鍋目を持ってきた。


 黒い。


 一鍋目よりも黒い。


「本当に食べられるのか?」


「一鍋目より、材料を増やした」


「何を」


「魔界茸」


「何本」


「百二十本」


「多すぎる!」


「十年前は、量が多いほうがうまいと思っていた」


 二人で。


 一口。


「……」


「……」


「リリス」


「何だ」


「まずい」


「うむ」


「お前も?」


「まずい」


 二人で顔を見合わせる。


 リリスが。


 先に笑った。


「十年前の私は、これを先生へ食べさせようとしていた」


「食べたら、三日寝込んでいたかもしれない」


「魔族でも危険な味だ」


「捨てる?」


「いや」


 リリスは。


 小さな匙で。


 もう一口食べた。


「私の十年」


「ああ」


「まずいままでも、なくしたくない」


「では、一口ずつ食べるか」


「先生も?」


「ああ」


 二人で。


 苦い。


 辛い。


 妙に甘いスープを。


 少しずつ食べた。


「三鍋目は?」


「少しうまい」


「期待している」


「今度も一緒に?」


「頼まれたら考える」


 リリスは。


 嬉しそうに翼を揺らした。


     ◇


 午後。


 エリナと水へ入る。


「先生」


「何だ」


「力を抜いて」


「抜いている」


「もっと」


「沈む」


「沈まない」


 仰向け。


 水へ体を預ける。


 エリナが。


 俺の背中へ手を添えている。


「離してもいいぞ」


「頼まれてない」


「では、離してくれ」


「うん」


 手が離れる。


 体が。


 水へ浮く。


 空の代わりに。


 天井の光が見える。


「何もしない椅子と似ているな」


「椅子?」


「支えてもらいながら、何もしない」


「水が支える」


「ああ」


 隣。


 エリナも浮いている。


「勝たなくていいのか?」


「今日は」


「ああ」


「先生と同じだけ浮く」


「時間を競うなよ」


「競わない」


 十分後。


 エリナが尋ねる。


「先生」


「何だ」


「楽しい?」


「少しな」


「私も」


 勇者は。


 剣を持たず。


 泳ぎもせず。


 俺と一緒に水へ浮いていた。


     ◇


 夕方。


 アウラと。


 レオ。


 リタ。


 四人で。


 甘い木の実パンの店へ行った。


「おじさん、また来た」


 荷車の子供がいた。


「おじさんではない」


「前も否定しなかった」


「今日は気になった」


「その大きい女の人は?」


「アウラ」


「食べる?」


「食べる」


 アウラが即答する。


 店主が。


 大量のパンを用意しようとする。


「一つだけ」


 アウラが言った。


 俺が驚く。


「本当に?」


「先生と半分」


「ああ」


「残りは?」


「ない」


 アウラは。


 少し寂しそうだが。


 一つのパンを。


 正確に半分へ割った。


「大きいほうは?」


「同じ」


「本当に?」


「家で測った」


「事前に練習したのか?」


「うん」


 二人で食べる。


 甘い。


 木の実の香り。


「先生」


「何だ」


「おいしい?」


「ああ」


「私も」


「足りる?」


「足りない」


「正直だな」


「でも」


 アウラは。


 半分のパンを大切そうに食べる。


「先生と同じ味」


「ああ」


「嬉しい」


 食べ終わった後。


 自分の分として。


 追加で十個買った。


「そこは我慢しないんだな」


「私のお腹」


「自分の望みなら止めない」


     ◇


 夜。


 青い器を。


 俺とクロエで机へ置いた。


「花を入れる」


「普通だな」


「鍵を入れる」


「実用的すぎる」


「硬貨を」


「値段から離れろ」


 クロエは。


 長い間考える。


「先生」


「何だ」


「小さな紙を入れるのはいかがでしょう」


「何を書く」


「今後、個人的にしたいことを」


「予定表?」


「期限は決めません」


「利益は?」


「考えません」


「誰が見る」


「先生と」


 一度。


 言葉を止める。


「入れたい者だけ」


「いいな」


 小さな紙を二枚。


 俺は。


『また、誰も知らない街を歩きたい』


 クロエは。


 少し迷い。


『先生と、お金の話をせず散歩したい』


 と書いた。


「これは、お前のお願いか?」


「まだ伝えておりません」


「ああ」


「いつか、先生へお願いしてもよろしいですか?」


「その時に聞く」


「はい」


 二枚の紙を。


 青い器へ入れる。


 何の利益も生まない。


 ただ。


 互いの望みを置く器。


「価値は?」


 俺が冗談で尋ねる。


 クロエは。


 少し考え。


「価格はありません」


「成長したな」


「ですが」


「何だ」


「私には、大切です」


     ◇


 深夜前。


 ノアと。


 家の庭にある長い椅子へ座る。


「三十分」


「うん」


「話さない」


「うん」


「監視しない」


「努力する」


「始めるぞ」


 目を閉じる。


 最初の一分。


 ノアの呼吸が速い。


 三分。


 隣で。


 何度も体が動きかける。


 五分。


 俺の袖へ触れそうな指が。


 途中で止まる。


 十分。


 呼吸が。


 少しずつ遅くなる。


 二十分。


 俺も。


 何も考えず。


 風の音だけを聞く。


 三十分。


「終わり」


 目を開ける。


 ノアは。


 目を閉じたまま。


 眠っていた。


「ノア」


「……先生?」


「終わったぞ」


「何分?」


「三十分」


「先生を見なかった」


「ああ」


「何も起きなかった」


「ああ」


「先生は、いた」


「ああ」


 ノアは。


 少し笑う。


「何もしなくても、一緒にいられた」


「そうだな」


「先生」


「何だ」


「今は、抱きついていい?」


「少しだけなら」


 ノアは。


 先に聞いてから。


 俺の腕へ静かに抱きついた。


     ◇


 翌朝。


 水世界へ繋がる境界門の前。


 アステラ。


 エリナ。


 ミレア。


 三人が並んでいる。


「レオン」


「何だ」


「行ってくるわ」


「ああ」


「まだ、少し寂しい?」


「少しな」


「私も」


「それでも行く?」


「ええ」


「なら、行ってこい」


 アステラは。


 俺へ抱きつこうとせず。


 手も握らない。


 自分の足で。


 境界門の前へ立つ。


「帰ったら」


 言いかけ。


 止める。


「何だ?」


「話したいことができたら」


「ああ」


「聞いてくれる?」


「もちろんだ」


「お願いではなく?」


「お前が話したいなら」


「ええ」


 アステラは笑う。


「たくさん見つけてくる」


「楽しみにしている」


 境界門が開く。


 青い水の光。


 アステラは。


 一度だけ振り返り。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 扉が閉じる。


 姿が消える。


 核は揺れない。


 命の危険もない。


 ただ。


 少し寂しい。


 それでいい。


     ◇


 夕方。


 アステラが帰ってきた。


 髪は濡れ。


 服も水を吸い。


 顔は。


 今まで見たことがないほど輝いていた。


「レオン!」


「お帰り」


「聞いて!」


「ああ」


「水の中にも、空があった!」


「どういう意味だ」


「下から水面を見ると」


 手を大きく広げる。


「光が揺れて、空みたいだった!」


「ああ」


「魚が、私の髪を食べようとした!」


「大丈夫だったか?」


「ミレアが止めた!」


「泳げた?」


「少し!」


「怖くなかった?」


「怖かった!」


「でも?」


「エリナの手を借りた!」


 俺ではなく。


 エリナへ頼った。


「楽しかった?」


「ええ!」


 アステラは。


 話し続ける。


 水の温度。


 音。


 光。


 魚。


 初めて飲んだ水中の実。


 転んだこと。


 笑われたこと。


「レオン」


「何だ」


「一緒に来なくてよかった」


 少しだけ。


 胸が痛む。


 だが。


 続きを待つ。


「どうして?」


「一緒だったら」


 アステラは笑う。


「帰って、あなたへ話したいことが、こんなにできなかった」


「そうか」


「でも」


「何だ」


「次に同じ場所へ行く時は」


 一度考える。


「その時、私から一緒に行きたいとお願いするかもしれない」


「分かった」


「断る?」


「その時に決める」


「ええ」


 アステラは。


 嬉しそうに頷いた。


     ◇


『教育評価を発表します』


 家の壁へ。


 文字が並ぶ。


『旦那様』


『八名へ、ご自身の望みを伝達』


『七件の承諾と、一件の拒否を受領』


『いずれの回答も尊重しました』


「ああ」


『八名』


『旦那様からの依頼を、過剰に拡大せず実行』


「一部、危なかった者もいたが」


『成長を確認しました』


 八人が。


 少し誇らしげに並ぶ。


『特に』


『アステラ様は、旦那様の希望より自分の望みを優先し』


『旦那様は、それを関係の拒絶と解釈しませんでした』


 アステラが俺を見る。


「レオン」


「何だ」


「嫌と言っても」


「ああ」


「まだ、好き?」


「好意は変わっていない」


「よかった」


「次も何でも断れという意味ではないぞ」


「その時に、自分で考えるわ」


「それでいい」


『本課程、合格です』


 居間に。


 小さな歓声が上がる。


「先生」


 セレスが尋ねる。


「これで、婚姻審査は?」


『まだです』


 家が即答した。


「家」


『共同生活期間は、まだ半分残っています』


「まだ半分?」


 俺が尋ねる。


『はい』


 壁へ。


 大きな文字。


『中間試験を開始します』


「何をする」


『八百四十二世界の交換留学生より』


『共同祭を開催したいとの要望が提出されました』


「祭り?」


『はい』


 八人の顔が明るくなる。


『八名には』


『旦那様の名前、権力、肖像、発言、指示、人気を一切利用せず』


「嫌な予感がする」


『八百四十二世界合同祭を成功させていただきます』


 八人が固まった。


「先生を使わず?」


 セレス。


「奇跡も?」


 ミレイユ。


「軍も?」


 リリス。


「戦闘大会も?」


 エリナ。


「先生へ食べさせる祭りでは?」


 アウラ。


「先生関連商品の販売も?」


 クロエ。


「先生を影から見る会も?」


 ノア。


「レオンと一緒に回ることも?」


 アステラ。


『旦那様は、一般客として参加します』


「俺は何もしなくていいのか?」


『はい』


「珍しいな」


『ただし』


 家の壁へ。


 さらに一文が追加される。


『祭りの最後に、一般客による人気投票を行います』


 八人の目が。


 一斉に変わった。


「人気投票」


 セレス。


「最も信頼された女性を」


 ミレイユ。


「一位」


 リリス。


「勝負?」


 エリナ。


「一番おいしい店」


 アウラ。


「市場評価」


 クロエ。


「先生も投票する?」


 ノア。


 アステラが。


 静かに家へ尋ねる。


「一位になれば、レオンとの婚姻審査で有利になる?」


『なりません』


 八人の熱が。


 少し下がる。


『ですが』


 家は続ける。


『旦那様から、優勝者へ個人的な褒賞を一つ贈っていただきます』


 八人の目が。


 先ほどより強く輝いた。


「家!」


『旦那様ご自身で内容を決めてください』


「まだ祭りも始まっていないぞ!」


 女帝。


 聖女。


 魔王。


 勇者。


 竜王。


 商業王。


 影の女王。


 そして。


 虚無から生まれた女性。


 八人は。


 俺の力を一切使わず。


 八百四十二世界の祭りを成功させなければならない。


 ただし。


 優勝者へ俺が個人的な褒賞を贈ると聞いた瞬間。


 八人全員が。


 祭りの成功より先に。


 何を頼むか考え始めていた。


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