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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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第15話 普通に迎えてくれと頼んだら、帝都の全員が平民のふりをしていた



『導師レオン様御来訪に備え、帝都全域の改装を開始しました』


「セレス」


「はい、先生」


「国家権力を使うなと言ったよな?」


「私は、何も命じておりません」


「では、これは何だ」


「帝国臣民が、自らの意思で先生を歓迎しようとしております」


 通信具の向こうから、帝国宰相の切迫した声が響く。


『すでに市民が自主的に、建物の金色塗装を開始しております!』


「俺の髪は金色ではない!」


『では、何色へ塗り直せばよろしいでしょうか!』


「塗るな!」


 俺の声が、通信具を通じて帝都へ響いた。


 少しの沈黙。


『塗装中止の理由を、導師レオン様が帝都本来の美しさを尊重なさったため、と発表してもよろしいでしょうか』


「普通に、塗る必要がないからと伝えてくれ」


『なんと深いお言葉……!』


「深くない!」


『外見を飾るより、内なる価値を磨けという意味ですね!』


「違う!」


『直ちに全市民へ伝えます!』


「待て。変な解釈を広めるな!」


 だが、通信はすでに切れていた。


 俺は通信具を机へ置き、額を押さえた。


「帝国の宰相は、普段からあんな感じなのか?」


「非常に優秀な者です」


 セレスが答える。


「優秀な者は、俺の髪の色で帝都を塗ろうとしない」


「先生の御来訪に、少し興奮しているのでしょう」


「少しか?」


「普段は冷静です」


「では、普段へ戻してくれ」


「努力します」


 セレスは再び通信具へ手を伸ばした。


 俺は先に止める。


「待て」


「はい?」


「帝都へ行く前に、歓迎について決まりを作る」


「決まりですか?」


「ああ」


 俺は紙を取り出した。


「一つ。建物を塗り替えない」


「はい」


「二つ。軍事行進をしない」


「すでに帝国軍の全軍団が参加を希望しております」


「断れ」


「兵士たちの自主参加です」


「自主的に戦車を並べるな」


「では、武器を持たず沿道へ」


「それも多すぎる。通常警備だけだ」


「……はい」


「三つ。国民の休日にしない」


「先生」


 セレスが困った顔になる。


「ご訪問予定日は、すでに臨時祝日として登録されております」


「取り消せ」


「市民が仕事を放棄する可能性がございます」


「どうして」


「先生がいらっしゃるのに、仕事を続ける者は不敬だと」


「仕事を続けることが一番ありがたいと伝えろ」


「では、先生の教えを守るための勤労感謝日として」


「祝日にするな!」


「通常勤務を推奨します」


「それでいい」


「ただし、商店が先生を見ようと営業時間を変更する可能性は」


「見なくていい!」


「先生を一目拝見したいという市民の願いを、強制的に止めることはできません」


「道を歩くだけだ。普通に見ればいい」


「普通に」


 セレスが紙へ書き込む。


「四つ。俺の像を作らない」


「先生」


「もうあるのか?」


「帝都内だけで、大小合わせて二百七十一体ございます」


「多すぎる!」


「今回の御来訪用に、新たな像を作らないという意味でよろしいでしょうか」


「既存の像も、俺から見えない場所へ移せ」


「市民が悲しみます」


「俺が悲しい」


「では、布で覆います」


「それならいい」


「布へ先生の肖像を描くことは?」


「駄目だ」


「無地にします」


「最後」


 俺は最も重要な項目を書く。


「婚姻に関係する催しをしない」


 セレスの手が止まった。


「先生」


「何だ」


「帝国の婚姻に関係する催しとは、具体的にどこまででしょう」


「皇婿選定式。婚約発表。夫婦に見立てた演劇。子孫繁栄を祈る祭り。全部だ」


「夫婦円満の菓子を販売することも?」


「俺とセレスの名前を使うなら駄目だ」


「帝国に古くから伝わる菓子です」


「元からあるなら構わない」


「商品名を『女帝と導師の永遠焼き』へ変更する案が」


「絶対に戻せ!」


「では、伝統名の『夫婦焼き』へ」


「それでいい」


 セレスは五つの規則を確認した。


「先生」


「何だ」


「これだけでしょうか」


「ああ」


「先生ご自身が、帝国民へお言葉をおかけになることは?」


「必要なら話す」


「帝国宮殿へお泊まりに?」


「日帰り予定だ」


 セレスの顔が曇る。


「帝都まで片道二時間です」


「境界門を使えば十分だろう」


「夕食を召し上がっていただく時間が」


「夕方には帰る」


「宮殿には先生専用の寝室がございます」


「使わない」


「十年前から毎日整えております」


「誰も使わない部屋を、十年も?」


「先生がいつお戻りになってもよいように」


「……見るだけは見る」


 セレスの表情が明るくなる。


「では、寝台の寝心地も」


「寝ない」


「一度横になるだけでも」


「駄目だ」


「……承知しました」


 昨日の授業が効いている。


 少し残念そうではあるが、押し通そうとはしなかった。


『女帝セレスが、旦那様からの拒否を受け入れました』


 家の声が響く。


『教育評価を一点加算します』


「家」


 セレスが壁を見る。


『事実です』


「評価されるのは嫌か?」


「先生に認めていただけることは嬉しいです。ただ、寝室を使っていただけないこととは別問題です」


「正直だな」


     ◇


 帝国訪問は、共同生活八日目に決まった。


 アステラの虚無の力を抑える腕輪も完成し、ようやく俺から一メートル以上離れられるようになった。


 最初に腕輪を装着した時。


 アステラは俺から二歩離れ。


 三歩離れ。


 廊下の端まで歩いた。


「どうだ?」


「平気」


「家は?」


『虚無化の兆候はありません』


「これで一人旅にも行けるな」


 俺が言うと。


 アステラはすぐに戻り、俺の腕へ抱きついた。


「離れられることと、離れたいことは別よ」


「腕輪の意味がない」


「旅の時は使うわ」


「今も少し離れろ」


「嫌」


「駄目だ」


「……分かった」


 アステラは腕を放した。


 ただし、服の袖だけは掴んでいる。


「それもだ」


「これくらい」


「駄目だ」


「……授業でなければ、いいでしょう?」


「今も共同生活中だ」


「厳しいわ」


 離れられるようになった以上。


 帝国訪問へ同行する理由もなくなった。


 今回、帝国へ行くのは。


 俺。


 案内役のセレス。


 護衛としてレオ。


 記録係のリタ。


 以上の四人。


「どうしてレオは同行できるのですか?」


 ミレイユが尋ねる。


「俺と同じ顔だから、万が一の時に混乱させられる」


「誰をですか?」


「襲ってきた者を」


「私たちも、先生の護衛ができます」


「腕輪で力を封じられているだろう」


「では、外します」


「国家権力と戦闘力を使わず見学する予定だ」


「普通の女性として同行します」


「今回はセレスの十年間を見る旅だ」


 俺は残る六人とアステラを見る。


「お前たちが一緒だと、セレスが皇帝として動けない」


「先生」


 セレスが俺を見る。


「私は、皆がいても問題ありません」


「お前はそう言うだろう」


 だが。


 七人が揃えば、必ず争いが起きる。


 帝国民の前で。


 誰が俺の隣を歩くか。


 誰が最初に食事を渡すか。


 誰が俺と同じ馬車へ乗るか。


 帝国訪問ではなく、七人の争奪戦になる。


「今回は、セレスと話す時間が必要だ」


 俺が言うと。


 セレスの顔が一気に明るくなった。


「先生と、私だけの時間」


「レオとリタもいる」


「お二人は先生と同じ顔と、娘ですので、問題ありません」


「問題の基準が分からない」


 残る六人の表情が曇る。


「次はミレイユの神殿へ行く」


「はい」


 ミレイユの顔が明るくなる。


「その次は魔界」


「うむ」


「全員のところへ行く。自分の番まで待ってくれ」


「先生」


 ノアが小さく手を上げる。


「待っている間、帝国の映像を見てもいい?」


「セレスが許可するなら」


「帝国機密以外であれば」


「先生の顔だけ見る」


「セレスも見ろ。今回の目的は、今のセレスを知ることだ」


「努力する」


 クロエが紙へ予定を書く。


「帝国訪問中、先生への連絡は一人一回まででよろしいでしょうか」


「緊急時以外は禁止だ」


「一度も?」


「ああ」


「先生が私たちを思い出された時は?」


「こちらから連絡する」


 七人の顔が少し明るくなる。


「必ず?」


「必要があれば」


「必要がなくても、一度だけ」


 アウラが言う。


「駄目だ」


「……分かった」


 全員。


 不満はある。


 それでも、引き留めなかった。


 以前なら。


 帝国まで勝手についてきたはずだ。


 魔法や軍隊で先回りしていたかもしれない。


「成長したな」


 俺が呟くと。


 七人とアステラが一斉に並んだ。


「何をしている」


「頭を」


「今回は撫でない」


「どうしてですか?」


「毎回褒められるたびに並ぶ習慣をやめろ」


「駄目?」


 アウラ。


「駄目だ」


「……分かった」


 八人は本当に列を解散した。


「少しくらいは撫でてもよかったか?」


 レオが隣で言う。


「お前が撫でろ」


「嫌だ。俺はお前ではない」


「都合の悪い時だけ別人になるな」


     ◇


 帝国へ繋がる境界門を通り。


 俺たちは帝都郊外へ到着した。


「先生」


 セレスが少し緊張した声で言う。


「こちらが、現在の帝都です」


 門の向こう。


 巨大な城壁。


 空まで届きそうな尖塔。


 白い石造りの建物。


 整備された大通り。


 中央には、皇帝の宮殿が見える。


 十年前。


 この場所は戦争で荒れていた。


 城壁の一部は崩れ。


 貧民街には食べ物がなく。


 帝位を巡る争いで、貴族同士が兵を動かしていた。


 セレスは。


 その争いの中で、命を狙われていた少女だった。


「変わったな」


「はい」


「セレスが、ここまで?」


「私だけの力ではありません」


「国民と、部下と?」


「はい」


 セレスは少し誇らしげに帝都を見る。


 俺たちは城門へ向かった。


 だが。


「人がいないな」


 大通りは静かだった。


 市民の姿が見えない。


 店は開いている。


 洗濯物も干されている。


 馬車も置かれている。


 しかし誰もいない。


「セレス」


「私にも分かりません」


 城門の横。


 一人の老人が、野菜を並べていた。


 ぼろぼろの服。


 頭には麦わら帽子。


 見るからに、普通の農民。


「こんにちは」


 俺が声をかける。


「い、いらっしゃいませ!」


 老人は直立した。


 背筋が不自然に伸びている。


「野菜を売っているのか?」


「は、はい! 普通の農民として、普通に野菜を販売しております!」


「普通を強調するな」


「申し訳ございません!」


 老人は勢いよく頭を下げる。


 麦わら帽子が落ちた。


 その下から。


 きれいに整えられた銀髪。


 帝国宰相が公式行事で使う冠の跡が見えた。


「宰相?」


「……」


「お前、帝国宰相だろう」


「違います」


「昨日、通信具で話した」


「気のせいでございます」


「声も同じだ」


「帝国には似た声の農民が多くおります」


「そんなわけがあるか!」


 セレスが宰相を見る。


「説明してください」


 宰相は震えながら頭を下げた。


「女帝陛下より、普通にお迎えせよとの御命令がございました!」


「命令ではなく、お願いです」


「はっ!」


「それで、なぜ農民の格好を?」


「我々は考えました」


 宰相は胸へ手を当てる。


「導師レオン様がお望みになる普通とは何か!」


「普段どおりでいい」


「ですが、普段どおりでは、女帝陛下の御帰還に全市民が道へ並びます!」


「毎回?」


「はい!」


「それをやめればいい」


「市民へ、家から出るなと命令することはできません!」


「国家権力で止めなくていい。普通に暮らしてくれと言えば」


「伝えました!」


「では、なぜ誰もいない」


「普通に暮らす姿を、どのように見せるか市民会議を行いました!」


「会議をする時点で普通ではない!」


「結論として、全員が平民の格好をし、導師レオン様を知らないふりをすることになりました!」


「全員、元から平民だろう!」


「貴族、軍人、官僚も含みます!」


 大通りの店。


 建物。


 路地。


 少しずつ、人影が現れる。


 全員、簡素な服を着ている。


 ただし。


 明らかに服へ慣れていない。


 剣だこがある手でパンを持つ男。


 貴族の指輪を外し忘れた女性。


 司祭服の裾をズボンの中へ隠している神官。


 帝国軍の将軍らしい男が、箒を逆さに持って道を掃いている。


「普通にお過ごしください!」


 宰相が叫ぶ。


 市民たちは一斉に動き始めた。


「お、おはよう!」


「今日は普通の日だな!」


「ああ! 導師レオン様など来ていない!」


「私は普通にパンを買うぞ!」


「俺も普通に道を歩く!」


 全員の声が大きい。


 動きも固い。


「セレス」


「はい」


「帝国民に、演技の才能はないな」


「申し訳ございません」


「怒ってはいない」


 むしろ。


 ここまでして、俺の希望を守ろうとしたらしい。


 完全に間違えているが。


「宰相」


「はっ!」


「全員へ、普段どおりでいいと伝えてくれ」


「普段どおり?」


「ああ。俺を見たいなら見ればいい。声をかけたいなら、道を塞がない範囲で」


「では、歓迎しても?」


「金色に塗らず、軍事行進をせず、婚姻祭りをしないなら」


「承知しました!」


 宰相が大きく息を吸う。


「全帝都民へ告ぐ!」


「普通の声で伝えろ!」


 遅かった。


「導師レオン様より、普段どおりの歓迎を許可いただいた!」


 次の瞬間。


 建物の窓が一斉に開いた。


「導師様!」


「お帰りなさいませ!」


「女帝陛下を救ってくださり、ありがとうございます!」


「帝国へようこそ!」


 市民たちが大通りへ飛び出す。


 花びらが舞う。


 店から菓子が配られる。


 子供たちが走ってくる。


 兵士たちは武器を持たず、整然と沿道へ並ぶ。


 軍事行進ではない。


 ただ、一人の市民として俺たちを迎えている。


「多いな」


「帝都人口の八割ほどが参加しております」


「休日にしていないだろうな?」


「本日の業務は、早朝に終えたそうです」


「何時から働いた」


「午前二時です」


「無理をするな!」


 沿道から声が返る。


「明日は休みます!」


「第七学則を守ります!」


「十分に寝ます!」


「なら今日も寝ろ!」


 俺の言葉に、市民たちが笑った。


 堅苦しい儀式ではない。


 少し騒がしく。


 不器用で。


 それでも温かい歓迎だった。


「先生」


 セレスが隣を歩く。


「ご不快ではありませんか?」


「驚いてはいる」


「止めましょうか?」


「いや」


 俺は沿道の市民を見る。


 セレスへ向けられる目。


 尊敬。


 親しみ。


 信頼。


 恐れだけではない。


「お前は、国民に好かれているんだな」


 セレスの足が止まりかける。


「先生」


「何だ」


「今の言葉を、もう一度」


「好かれていると言った」


「本当に、そう見えますか?」


「ああ」


 女帝が姿を見せるたび。


 市民たちは笑顔になる。


 子供が手を振る。


 老兵が胸へ手を当てる。


 商人は頭を下げ。


 貴族たちも、距離を取りながら敬意を示す。


「恐れられているだけだと思っていたのか?」


「命令には従います」


「それだけでは、あんな顔をしない」


 セレスは市民を見る。


 十年間。


 毎日見ていたはずの姿を。


 初めて見るような顔だった。


     ◇


 最初に案内されたのは、帝国議会だった。


「宮殿ではないのか?」


「先生には、現在の帝国をご覧いただきたいのです」


 セレスが答える。


「十年前は、皇帝と貴族だけで国の方針を決めておりました」


「今は?」


「市民、商人、農民、軍人、魔族を含む各種族の代表が議会へ参加します」


「魔族も?」


「はい」


「反対はなかったのか」


「ございました」


「どうした?」


「話を聞きました」


「その後は?」


「三年かけて制度を作りました」


「武力で黙らせなかった?」


「先生なら、まず話を聞けとおっしゃると思いましたので」


 議会の席には。


 人間だけでなく。


 獣人。


 魔族。


 竜人。


 さまざまな者が座っていた。


 セレスが入室すると、全員が立ち上がる。


「女帝陛下」


「本日は通常どおり議事を進めてください」


「導師レオン様がいらっしゃるのに?」


「先生は、現在の帝国をご覧になります」


「では、通常以上に立派な議論を」


「通常どおりです」


「……承知しました」


 議事が始まった。


 穀物価格。


 北部の橋の修理。


 魔族居住区の水路。


 退役兵の職業訓練。


 地味な話ばかりだ。


 だが。


 国を動かすのは。


 こうした地味な話なのだろう。


「先生」


 セレスが小声で尋ねる。


「退屈ではありませんか?」


「いや」


「戦争や外交の話ではありません」


「だからいい」


「本当に?」


「ああ」


 セレスは。


 議員の発言を一つずつ聞いている。


 意見が対立しても。


 すぐ命令しない。


 片方の言葉を遮らない。


 必要な時だけ質問する。


 昔。


 俺の話を途中で遮り。


 自分の考えを押し通そうとしていた少女とは違う。


 今のセレスは。


 一つの国を預かる女帝だった。


 議会が終わる。


 俺たちが出ようとした時。


 一人の老婆が手を上げた。


 農民代表らしい。


「女帝陛下」


「何でしょう」


「議題に追加したいものがございます」


「次回でも構いませんか?」


「本日、導師様がいらっしゃるからこそ申し上げたいのです」


 老婆は俺へ頭を下げる。


「導師様」


「俺に?」


「どうか、女帝陛下へ休暇を命じてください」


 議会が静まり返った。


「休暇?」


「はい」


 老婆が分厚い記録を取り出す。


「女帝陛下は即位以来、まともな休暇を取っておられません」


「セレス」


「必要な休息は取っております」


「どのくらい」


「睡眠は一日三時間ほど」


「少ない!」


「以前より増えました」


「以前は?」


「二時間です」


「減らすな!」


「一時間増えております」


「そういう意味ではない!」


 議会の者たちが一斉に頷いている。


「陛下は、熱があっても執務を」


「骨折しても会議へ」


「毒を受けた日も決裁を」


「暗殺者を捕らえながら、予算書を」


「最後は同時にするな!」


「先生」


 セレスが少し困ったように笑う。


「私は丈夫です」


「今は腕輪で普通の女性と同じ体だろう」


「ですので、昨夜は五時間眠りました」


「まだ少ない」


「先生の御来訪が楽しみで、眠れませんでした」


「それは俺の責任ではない」


 老婆がさらに続ける。


「十年間で、完全な休日は七日だけです」


「七日?」


「先生の命日です」


 俺はセレスを見る。


「休んで墓へ来ていたのか」


「はい」


「それは休日ではないだろう」


「先生と過ごす日でした」


 セレスは当然のように答える。


「一人で?」


「ほかの六人も来ました」


「毎年喧嘩していたと聞いた」


「軽い意見交換です」


「地下都市が消滅しかけた回数へ含まれていただろう!」


 議会の者たちは。


 俺たちの会話を見ながら。


 少し笑っている。


「セレス」


「はい」


「一週間休め」


「先生」


「駄目か?」


「一週間も国を離れることは」


「国は一人で動かすものではないと、昨日お前が言った」


 セレスの言葉が止まる。


「後継者や制度を整えたとも」


「はい」


「なら、試せ」


「しかし」


「駄目だ」


 セレスが固まった。


 俺から明確に断られた時は、諦める。


 授業の内容。


「一週間の休暇を取れ」


「……理由を伺っても?」


「俺が、お前に倒れてほしくないからだ」


 セレスの赤い瞳が揺れた。


「先生が?」


「ああ」


「私の体を、心配して?」


「当たり前だ」


「女帝としての責務より?」


「責務を続けるためにも休め」


「先生」


「駄目と言われたら諦める授業だったな」


「これは、先生のお願いです」


「そうだ」


「断ることもできます」


「できる」


「ですが」


 セレスは、議会を見回す。


 全員が。


 女帝の返事を待っている。


「分かりました」


「本当に?」


「一週間、休暇を取ります」


 議会から。


 大きな拍手が起きた。


「女帝陛下が!」


「十年ぶりの休暇!」


「導師様、ありがとうございます!」


「先生」


 セレスが慌てる。


「一週間とは、どちらで過ごせばよいでしょう」


「自分で決めろ」


「先生のお家では?」


「共同生活中だから、今はそうなるな」


 セレスの顔が明るくなる。


「先生と一週間」


「ほかの七人もいる」


「それでも構いません」


「本当に休めよ」


「はい」


「執務室へ入るな」


「緊急時は?」


「命に関わる時だけ」


「一日一時間だけ書類を」


「駄目だ」


「三十分」


「駄目だ」


「報告を聞くだけ」


「駄目だ」


「……承知しました」


 議会の拍手が、さらに大きくなった。


     ◇


 次に向かったのは。


 帝都の南側。


 十年前には貧民街だった場所だ。


 現在は。


 学校。


 診療所。


 共同食堂。


 職業訓練所。


 小さな商店が並ぶ地区へ変わっていた。


「ここは」


「先生が、昔お住まいだった場所を参考にしました」


「俺の家を?」


「はい」


「七人と暮らし、食事をし、学んだ家です」


 子供たちが学校から出てくる。


 人間。


 獣人。


 魔族。


 身分も種族も関係なく、同じ服を着ている。


「女帝陛下!」


 子供たちがセレスへ駆け寄った。


 護衛兵が止めようとする。


 セレスは手で制した。


「大丈夫です」


 一人の少女がセレスへ花を差し出す。


「陛下。今日も来てくれたの?」


「本日は、先生をご案内しています」


「先生?」


 子供たちが俺を見る。


「この人が?」


「はい」


 少女が俺の周囲を一周する。


「普通のおじさん」


「普通で悪かったな」


「もっと光ってると思った」


「光らない」


「空を飛ぶ?」


「飛ばない」


「山を割る?」


「割らない」


「女帝陛下より強い?」


「戦えば負ける」


 子供たちが驚く。


「弱いの?」


「普通だ」


「でも、陛下の先生?」


「ああ」


「何を教えたの?」


「飯を食って寝ろと」


「それだけ?」


「ほかにも少し」


 子供たちが笑う。


 一人の少年がセレスを見る。


「陛下」


「何でしょう」


「先生が帰ってきたら、陛下は帝国をやめるの?」


 セレスの表情が止まる。


「どうして?」


「ずっと待ってたんでしょう?」


「はい」


「先生と一緒に、どこかへ行くの?」


 セレスは答える前に、俺を見た。


「俺がセレスを連れていくと困るか?」


 少年は強く頷く。


「困る」


「どうして」


「陛下が、学校を作ってくれた」


 少女も。


「お母さんの薬を、安くしてくれた」


「お父さんが戦争から帰った後、仕事をくれた」


「魔族でも帝都に住んでいいって言ってくれた」


「悪い貴族を怒ってくれた」


 子供たちが。


 次々にセレスのしたことを話す。


 セレスは。


 何も言わず聞いていた。


「大丈夫だ」


 俺は子供たちへ言う。


「俺は、セレスを帝国から取り上げるつもりはない」


「本当?」


「ああ」


「結婚しても?」


 セレスが大きく反応した。


「誰から聞いた!」


「街のみんな」


「先生との婚姻は、まだ決まっておりません」


「したい?」


 少女が尋ねる。


 セレスの顔が赤くなる。


「それは」


「したいの?」


「……はい」


 小さく答えた。


 子供たちが歓声を上げる。


「陛下が結婚する!」


「まだ決まっていない!」


「先生は嫌なの?」


 今度は俺へ質問が来る。


「セレスの今を知ってから考える」


「今日見てる?」


「ああ」


「どう?」


 子供は容赦がない。


 俺はセレスを見る。


 帝国の女帝。


 十年間。


 国民の話を聞き。


 制度を作り。


 弱い者を守り。


 休むことも忘れて働き続けた女性。


「立派だと思う」


 セレスが息を呑む。


「俺の知らないところで、よくここまで頑張った」


「先生」


「昔のお前へ教えたことを、ちゃんと自分の形で続けていた」


「はい」


「正直、少し驚いている」


「よい意味で?」


「ああ」


 セレスの目が潤む。


「女帝としてのお前も、好きになれそうだ」


 口にした後。


 少し言いすぎたと思った。


 周囲が静まり返る。


「先生」


「まだ、なれそうだと言っただけだ」


「はい」


「好きだと決めたわけでは」


「はい」


「結婚も」


「はい」


 セレスは笑った。


 涙を堪えながら。


 女帝ではなく。


 昔の少女でもない。


 一人の女性として。


「それで十分です」


 子供たちが。


 一拍遅れて大歓声を上げた。


「先生が陛下を好きになる!」


「結婚する!」


「まだ決まってない!」


 俺の声は、誰にも届かなかった。


     ◇


 帝国宮殿。


 夕方。


 俺たちは、セレスが十年間使ってきた執務室へ入った。


 大きな机。


 大量の書類。


 壁一面の地図。


 飾りは少ない。


 女帝の部屋というより。


 働く者の部屋だった。


「本当に、ここで一日中仕事を?」


「はい」


「寝室は?」


「隣です」


「見せてくれ」


 扉を開く。


 小さな寝台。


 棚。


 着替え。


 それだけ。


「女帝の部屋にしては狭いな」


「眠るだけですので」


「だから三時間しか寝ないのか」


「広さとは関係ありません」


「一週間の休暇中に、睡眠を直すぞ」


「先生が、寝かしつけてくださるのであれば」


「一人で寝ろ」


「……はい」


 セレスは少し残念そうだった。


「先生専用の寝室は、こちらです」


 さらに奥の扉を開く。


 巨大な部屋だった。


 寝台。


 書棚。


 暖炉。


 風呂。


 庭まである。


「俺の部屋のほうが広い!」


「先生には、快適に過ごしていただきたく」


「使わない部屋へ金をかけるな」


「私の個人資産です」


「維持する者がいるだろう」


「宮殿職員が、先生のお帰りを待ちながら毎日整えておりました」


 部屋の隅に。


 古い机があった。


 俺が七人と暮らしていた頃に使っていたもの。


「これまで運んだのか」


「はい」


「傷もそのままだ」


「先生がエリナの剣を止めた時についた傷です」


「懐かしいな」


 机の上。


 一冊の薄い本が置かれている。


「これは?」


「私の日記です」


「読んでいいのか?」


「先生がお戻りになった日に、お渡ししようと思っておりました」


「十年分?」


「はい」


 手に取る。


 分厚い。


「薄くないな」


「一年に一冊ございます」


 棚の扉が開く。


 中に。


 同じ本が十冊並んでいた。


「毎日書いたのか?」


「はい」


「何を」


「帝国で起きたこと。私が決めたこと。間違えたこと」


「間違いも?」


「先生へ、いつか叱っていただくためです」


「全部読むのか?」


「お時間がある時に」


「十冊あるぞ」


「一日一冊で」


「無理だ」


「一週間で」


「休暇中に仕事を増やすな」


「先生」


「少しずつ読む」


 セレスの顔が明るくなる。


「ありがとうございます」


「ただし」


「はい」


「俺が正しいとは限らない」


 セレスが俺を見る。


「お前は十年間、俺の知らない問題へ向き合った」


「はい」


「俺なら違う決断をしたと思うこともあるだろう」


「はい」


「だが、それだけでお前を否定する気はない」


「先生」


「なぜそうしたのか、先に聞く」


 俺が七人へ教えたこと。


 今度は。


 俺自身が守る番だ。


「今のセレスを、俺の昔の基準だけで裁きたくない」


 セレスは黙っていた。


「先生」


「何だ」


「私が、許されないことをしていても?」


「内容を聞いてからだ」


「先生に嫌われるかもしれません」


「それも、聞いてから考える」


「怖いです」


「俺も怖い」


「先生も?」


「お前たちの十年間を知れば、俺の知らない七人になっているかもしれない」


「それでも?」


「知りたい」


 セレスは。


 ゆっくりと。


 俺の隣へ立った。


「では、すべてお話しします」


「ああ」


「私が女帝になった理由も」


「ああ」


「先生を待ちながら、どのように生きたかも」


「ああ」


「先生以外のために、何を守ろうとしたかも」


「聞かせてくれ」


 俺たちは。


 古い机の前へ並んだ。


 セレスは一冊目の日記を開く。


 最初のページ。


『先生がいなくなって一日目』


 と書かれていた。


 セレスの指が震える。


「無理に今日読む必要はない」


「いいえ」


「本当に?」


「はい」


 セレスは息を整える。


「今の私を、先生に知っていただきたいです」


 俺は隣の椅子へ座る。


「では、聞く」


 セレスも座った。


 ただし。


 椅子は一つしかなかった。


「セレス」


「はい」


「どうして俺の膝へ座ろうとしている」


「椅子が一つですので」


「立って読め」


「長時間になります」


「別の椅子を持ってこい」


「先生」


「駄目だ」


「……承知しました」


 セレスは本当に諦めた。


 部屋の外から、自分で椅子を運んでくる。


 腕輪で普通の女性の力しかないため。


 重そうに引きずっていた。


「手伝おうか?」


「自分でできます」


「無理をするな」


「では、半分だけ」


 二人で椅子を運ぶ。


 机の前へ並べる。


「これでいい」


「先生と、少し距離があります」


「手を伸ばせば届く」


「では」


 セレスは小指だけを差し出した。


「何だ」


「日記を読む間だけ」


「手をつなぐのは駄目と言っただろう」


「小指です」


「同じだ」


「駄目ですか?」


「……最初の一冊を読む間だけだ」


「はい」


 セレスの小指が、俺の小指へ絡む。


 少しだけ震えていた。


 十年間。


 俺を待ち。


 帝国を背負い。


 女帝として生きたセレス。


 その記録を。


 俺は、初めて読み始めた。


     ◇


 日が沈む前。


 俺たちは地下都市へ戻った。


 境界門を抜けると。


 残る六人とアステラが、扉の前へ並んでいた。


「お帰りなさいませ、先生」


「ただいま」


「帝国はいかがでしたか?」


 ミレイユが尋ねる。


「よい国だった」


「セレスは?」


「立派な女帝だった」


 セレスが胸を張る。


「先生から、高い評価をいただきました」


「どの程度?」


 リリス。


「女帝としての私も、好きになれそうだと」


 空気が止まった。


「セレス」


「何でしょう」


「それを最初に言う必要があったか?」


「最も重要です」


「先生」


 ミレイユが俺へ近づく。


「そのお言葉は、どのような状況で?」


「子供たちに質問されて」


「子供を利用したのですか?」


「私は何もしておりません」


「先生」


 リリス。


「私の魔王としての姿も、好きになれそうか?」


「まだ見ていない」


「明日、魔界へ行く」


「次は神殿だ」


「順番を変える」


「変えない」


 エリナも俺の顔を覗き込む。


「勇者の私は?」


「今も知っているだろう」


「十年前より強い」


「それは見れば分かる」


「女性として?」


「順番に話す!」


 七人が一斉に質問を始める。


 セレスは少し離れた場所で。


 勝ち誇ったように微笑んでいた。


「セレス」


「はい?」


「一週間の休暇が決まったことも報告しろ」


 セレスの笑顔が固まる。


「休暇?」


 クロエが反応する。


「帝国の経済は?」


「一週間程度で問題は」


「女帝不在時の市場変動を計算します」


「仕事をさせるな」


「セレス」


 アウラが嬉しそうに尻尾を振る。


「一週間、一緒にお昼寝」


「先生とであれば」


「俺は毎日一緒に寝ない」


「では、私と」


「アウラは寝返りが激しいので」


「竜の姿なら広い」


「家が壊れる」


 ノアがセレスの袖を引く。


「休暇中、先生を独占しない?」


「しません」


「本当?」


「努力します」


『女帝セレスの休暇予定を登録しました』


 家の声が響く。


『期間、一週間』


『執務禁止』


『国家権力使用禁止』


『先生の予定を勝手に決めることも禁止』


「最後は、休暇と関係なくありませんか?」


『共同生活中の規則です』


「家」


『事実です』


 セレスは不満そうだったが。


 やがて、俺を見る。


「先生」


「何だ」


「明日は、何をして過ごせばよいでしょう」


「自分で決めろ」


「帝国へ戻らず?」


「ああ」


「先生の予定とは関係なく?」


「ああ」


「……空待花を見に行っても?」


「俺へ聞く必要はないだろう」


「そうでした」


 セレスは少し考え。


 初めて。


 女帝の予定でも。


 俺と過ごす予定でもない。


 自分だけの予定を口にした。


「明日は、花を見てまいります」


「楽しんでこい」


「はい」


 その時。


 家の壁へ、神殿からの緊急通信が表示された。


『次回、聖女ミレイユ様による神聖教都への御案内について』


「もう次の話か」


 内容を読む。


『導師レオン様の普通の御来訪を実現するため、神聖教都では一切の過剰歓迎を行いません』


「話が分かるな」


 ミレイユが微笑む。


「神殿には、慎みを知る者が多くおりますので」


 次の一文。


『ただし、導師様を直接拝見すると信徒が失神する恐れがあるため、全市民へ目隠しを配布いたします』


「普通の歓迎ではない!」


『さらに、導師様のお声を聞いて宗教的興奮へ陥らぬよう、耳栓も配布予定です』


「俺を見ず、声も聞かないなら、何のために歓迎するんだ!」


「先生」


 ミレイユが通信文を見ながら、穏やかに笑う。


「ご安心ください。神殿は、帝国より節度を持って先生をお迎えいたします」


「これを節度と呼ぶな!」


 七人の国を巡る旅。


 最初の帝国だけで。


 俺は、セレスの知らなかった十年を少しだけ知った。


 そして次。


 最高位聖女ミレイユが治める神聖教都では。


 市民全員が目隠しと耳栓をつけて。


 俺を歓迎しようとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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