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世界を滅ぼす七人の悪女を更生させた俺、死亡したと思われていたら彼女たちが世界大戦を始めようとしていた  作者: てへろっぱ


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14/23

第14話 先生以外の望みを探させたら、俺まで一人旅をすることになった



『先生が、この宿題の答えを一緒に考えてくれることを望みます』


 八枚の紙すべてに。


 一字一句、同じ答えが書かれていた。


「全員やり直しだ!」


 俺の声が、朝の食堂へ響いた。


 セレス。


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 ノア。


 アステラ。


 制服姿の八人は、納得できないという顔で俺を見ている。


「先生」


 セレスが手を上げた。


「何だ」


「私たちは、自分の望みを正直に書きました」


「俺に関係しない望みを書けと言っただろう」


「先生と一緒に答えを考えること自体が、私の望みです」


「だから条件違反だ」


「では、先生が一緒に考えた後、最後の答えだけ自分で書きます」


「同じことだ」


「先生」


 ミレイユも手を上げる。


「神殿では、迷える者へ助言することも導師の役割です」


「俺は神殿の導師ではない」


「世界的には、すでに大導師と呼ばれています」


「誰が呼び始めた」


「信徒です」


「止めろ」


「本人たちの信仰を、私の権力で止めることはできません」


「国家権力を使うなと言ったが、そこだけ都合よく守るな」


 リリスは白紙の紙を机へ置いた。


「先生に関係しない望みなど、考える必要があるのか?」


「ある」


「なぜだ」


「俺がいない時でも、自分の人生を生きられるようにだ」


 八人の表情が少し曇った。


「また、いなくなるの?」


 アウラが尋ねる。


「いなくなる予定はない」


「でも、昨日は事故があるかもしれないと言った」


「絶対に事故が起きないとは約束できないだろう」


「では、先生が事故に遭わない世界を作る」


「それが善意の押しつけだ」


「先生が安全」


「俺以外の者が不便になる」


「先生のほうが大事」


「そこを直そうとしているんだ」


 アウラは納得していないように尻尾を抱えた。


「先生」


 クロエが紙を見ながら言う。


「経済活動は、人との関係によって成立します」


「そうだな」


「私が望む事業には、必ず先生が顧客、出資者、共同経営者、広告塔、象徴、最終受益者のいずれかとして関係します」


「俺を外せ」


「事業価値が七割低下します」


「お前自身がやりたいことを考えろ」


「先生の価値を最大化することです」


「やり直しだ」


「即答」


「当然だ」


 エリナは腕を組んでいる。


「私は強くなりたい」


「それなら俺と関係ない望みでは?」


「先生に勝つため」


「関係している」


「では、世界で一番強くなる」


「どうして?」


「先生を守るため」


「関係している」


「難しい」


「剣そのものが好きなのか?」


「好き」


「なら、俺を理由から外せ」


「剣を振ると、先生に褒められた」


「昔の話だ」


「だから好きになった」


「始まりに俺がいるのは構わない。今の自分が何を望むかを考えろ」


 エリナは少し考える。


「分からない」


「だから宿題なんだ」


 ノアは紙の後ろへ顔を隠している。


「ノア」


「何?」


「何か思いついたか?」


「先生がいない場所で、やりたいこと?」


「ああ」


「先生を探す」


「俺がいると分かっている前提だ」


「先生のところへ戻る」


「出発していない」


「難しい」


「天井裏以外に好きな場所は?」


「先生の影」


「俺に関係しない場所だ」


「ない」


 即答だった。


「友達は?」


「七人」


「七人と何かしたいことは?」


「先生について話す」


「俺から離れろ」


 アステラが胸を張る。


「私は虚無の管理がしたいわ」


「それなら答えになりそうだな」


「レオンと一緒に」


「やり直し」


「どうして!」


「俺に関係している」


「虚無の所有者はレオンよ。関係を切れないわ」


「管理者として必要な関係ではなく、個人的な望みを考えろ」


「レオンの妻になること」


「それが駄目だと言っている」


「では、レオンと正式に婚約すること」


「言い換えるな」


 八人全員。


 自分の人生の中心へ、俺を置いている。


 慕ってくれるのは嬉しい。


 十年間も待ってくれたことも。


 帰還を心から喜んでくれたことも。


 だが。


 このままでは。


 俺が笑えば喜び。


 俺が困れば世界を動かし。


 俺がいなくなれば、世界大戦を始める。


「今日の授業を変更する」


「先生」


 セレスが不安そうに俺を見る。


「宿題の答えを教えてくださるのですか?」


「教えない」


「では?」


「お前たちだけで、答えを探してもらう」


 八人の顔色が変わった。


「先生なしで?」


 ノアが尋ねる。


「ああ」


「どのくらい?」


「今日一日」


「長い」


「たった一日だ」


「先生は?」


「八百四十二世界の代表者との講習会がある」


「私たちも参加します」


 ミレイユが言う。


「今日は生徒として休みだ」


「では、先生のお手伝いを」


「しなくていい」


「先生」


「駄目だ」


 ミレイユの動きが止まる。


 昨日の授業。


『先生が断った時は諦める』


 ミレイユは両手を胸の前で組み。


 ゆっくり息を吐いた。


「……承知しました」


「先生」


 セレスが手を上げる。


「何だ」


「一日とは、何時から何時まででしょう」


「今から夕食まで」


「夕食は先生と?」


「全員で食べる」


 八人が少し安心した。


「夕食までに」


 俺は続ける。


「自分が興味を持てそうなことを、一つ探してくれ」


「望みではなく?」


 クロエ。


「最初から人生の目標を決める必要はない」


「興味で構わないのですね」


「ああ。もっと知りたい。少しやってみたい。その程度でいい」


「先生に関係しないもの」


「そうだ」


「一切?」


「最終的に俺へ話すことまでは禁止しない」


 クロエはすぐに紙へ書く。


「先生へ報告する楽しみは、目的に含まれますか?」


「結果として報告したいと思うのは構わない。報告するためだけに選ぶな」


「難しい基準です」


「人の気持ちは、厳密な契約ではない」


「はい」


「八人には、八百四十二世界の留学生から一人ずつ案内役をつける」


「男性ですか?」


 セレスがすぐに尋ねた。


「性別で選んでいない」


「どなたでしょう」


「家」


『組み合わせを表示します』


 食堂の壁へ文字が浮かぶ。


『女帝セレス――境界残存者ユキ』


「ユキさんと?」


 セレスが少女を見る。


 食堂の端で朝食を食べていたユキが、静かに頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


『聖女ミレイユ――機械世界A―七七一九』


 金属の女性が立ち上がる。


「案内任務を受諾します」


「どちらが案内役でしょうか」


 ミレイユが尋ねる。


「現時点では、決定されていません」


「二人で探すということですね」


「承認します」


『魔王リリス――薬花世界エルフィ』


「薬草か」


「魔界にも珍しい植物があると伺いました」


 エルフィが嬉しそうに答える。


「毒草が多いぞ」


「ぜひ見たいです!」


「変わった女だな」


「褒め言葉として受け取ります」


『勇者エリナ――水世界ミレア』


 水槽の中から、ミレアが手を上げる。


「よろしくお願いいたします」


「昨日も私だけ水だった」


 エリナが不満そうに言う。


「剣のない場所で興味を探すためだ」


「水の中で剣は振れない?」


「振れるけれど、抵抗が強いです」


 ミレアが答える。


「面白そう」


 エリナの目が少しだけ輝いた。


 すでに興味が生まれている気がする。


『竜王アウラ――妖精世界ピピ』


「お菓子!」


 アウラとピピが同時に叫んだ。


「その組み合わせだけ不安だな」


「今日は十個!」


「私は百個!」


「材料を全部食べるなよ」


「努力する!」


 二人の返事も重なった。


『商業王クロエ――戦争世界ガルナ』


「商業と戦争」


 クロエがガルナを見る。


「武器の話なら、我が世界には山ほどある」


「武器以外の市場は?」


「ほとんどない」


 クロエの瞳が鋭くなる。


「興味深いですね」


「人の不幸を商売へ使うなよ」


「戦争をしなくても成立する経済を検討します」


「それならいい」


『影の女王ノア――光世界ソレイア』


 ノアとソレイアが互いを見る。


「眩しい」


 ノア。


「暗いです」


 ソレイア。


「相性が悪いな」


「だから組ませました」


 家が答える。


「光が苦手なノアと、暗闇が苦手なソレイア。互いの世界を知ってくれ」


「先生は?」


 ノアが尋ねる。


「いない」


「……分かった」


『アステラ――聖騎士王アルベルト』


「どうして男なの?」


 アステラの顔から笑みが消えた。


「抽選だ」


『意図的な組み合わせです』


「家!」


「どういう意図だ」


『アステラ様は旦那様以外の男性との会話経験が不足しています』


「レオとは話したわ」


「同じ顔だから、俺として扱っていただろう」


「少し違うレオン」


「俺は別人だ」


 レオが不満そうに答えた。


「アルベルト」


 俺は聖騎士王を見る。


「頼めるか?」


「もちろんです、師匠!」


「まだ師匠ではない」


「先生」


 セレスが手を上げる。


「アステラさんとアルベルト王が二人きりになるのですか?」


「心配か?」


「いえ」


 セレスはアステラを見る。


「少し興味があります」


「私が別の男と一緒でも平気なの?」


 アステラが尋ねる。


「先生から一メートル以上離れてくださるのであれば」


「正直ね」


「ただし、アルベルト王へ危害を加えないでください」


「私を何だと思っているの?」


「虚無そのものです」


「間違ってないわ」


「では」


 俺は八人を見る。


「夕食まで自由行動だ」


「先生」


 ノア。


「最後に一つ」


「何だ」


「帰ってきてもいい?」


「もちろんだ」


「先生がいる場所へ?」


「ああ」


「なら、行く」


 ノアはソレイアの隣へ立った。


 八人は、それぞれの案内役と共に食堂を出ていく。


 何度も振り返りながら。


 最後まで残っていたのはセレスだった。


「先生」


「何だ?」


「本当に、私たちがいなくても大丈夫ですか?」


「一日くらいなら」


「寂しくは?」


「少し静かになるな」


「嬉しいのですか?」


「休めるという意味では」


 セレスの顔が曇る。


「だが」


「はい」


「夕食で、お前たちが何を見つけたか聞くのは楽しみだ」


 セレスの表情が明るくなる。


「必ず、先生へお話ししたくなるものを見つけてまいります」


「俺へ話すためだけに探すなよ」


「……努力します」


     ◇


 セレスとユキが向かったのは、薬草園だった。


「また薬草園?」


 セレスが尋ねる。


「今日は、花を見るためではありません」


 ユキは園の奥へ進む。


 白い花。


 青い花。


 見慣れない植物の間を抜け。


 まだ何も植えられていない、広い土地へ到着した。


「ここは?」


「私が、エルフィから借りた場所です」


 地面には、小さな木の板が並んでいる。


 板には名前。


 出身世界。


 日付。


 いくつもの文字が書かれていた。


「墓地ですか?」


「違います」


 ユキは首を振る。


「帰る場所を失った者が、自分の世界にあった植物を植える場所です」


「世界にあった植物」


「はい」


 ユキは一枚の木札を見せる。


『ユキの世界――名前の分からない白い花』


 札の下には、小さな芽。


「これは?」


「私が覚えていた花を、エルフィが記憶から再現してくれました」


「記憶から?」


「正確には、服に残っていた種を育てたそうです」


「花の名前は?」


「分かりません」


「調べなかったのですか?」


「はい」


「なぜ?」


「私が、自分で決めたいと思ったからです」


 ユキの口元が、僅かに上がる。


「まだ決めていません」


「それでよいのですか?」


「はい」


「名前は、すぐに決めなくてもよいものなのですね」


「レオン様は、変えてもよいと言ってくださいました」


 セレスが白い芽を見る。


「先生らしいですね」


「セレスさん」


「何でしょう」


「自分のために、花を植えたことはありますか?」


 セレスは答えようとした。


 先生が好きだった花を。


 先生の墓へ供える花を。


 先生が帰還した時に見る花を。


 すべて。


 レオンのためだった。


「ありません」


「では、一つ選びますか?」


「私が?」


「はい」


「先生が好きな花ではなく?」


「セレスさんが好きな花です」


 セレスは薬草園を見渡した。


 白い花。


 赤い花。


 帝国の紋章に似た黄金の花。


 先生が好んでいた素朴な野花。


 目に入るものすべてを。


 レオンが好きか。


 レオンに似合うか。


 レオンが喜ぶか。


 そればかりで見ていた。


「分かりません」


「私と同じですね」


 ユキが答えた。


「同じ?」


「はい。好きかどうか分からないなら、毎日一つずつ見ればよいです」


「毎日」


「昨日より気になったものを、残します」


「気にならなくなったら?」


「別のものを見ます」


 セレスは再び花を見る。


 しばらくして。


 薬草園の隅。


 小さな青い花へ目が止まった。


「これは?」


「空待花です」


 ユキが札を読む。


「日の光がない間は、地面へ伏せています。光が差すと、少しずつ上を向きます」


「地下の人工空でも?」


「はい」


 青い花は、人工の空を見上げていた。


「十年間」


 セレスが呟く。


「私は先生の帰還を待っていました」


「はい」


「先生が帰られれば、すべてが元へ戻ると思っていました」


「戻りませんでしたか?」


「戻りました」


 セレスは少し笑う。


「同時に、戻らないものもありました」


「戻らないもの」


「私は、少女のままではありません」


 青い花へ触れる。


「先生も、私を昔の子供としてだけでは見てくださいません」


「嬉しいですか?」


「はい」


 迷わず答えた。


「ですが、少し怖いです」


「なぜ?」


「今の私を知っていただいた結果、好きになってもらえないかもしれません」


「それなら、少女のままのほうがよいですか?」


 セレスは考えた。


「いいえ」


 自分でも驚くほど、答えは早かった。


「私は、今の私を見ていただきたいです」


「では、この花が好きですか?」


「まだ分かりません」


 セレスは青い花を見つめる。


「ですが、明日も見たいと思います」


「それでよいと思います」


 セレスは、空待花の苗を一つ植えた。


 初めて。


 レオンのためではなく。


 自分が明日も見たいという理由だけで。


     ◇


 ミレイユとA―七七一九は、地下都市の工房へ向かった。


 金属音。


 歯車。


 熱。


 神殿とは正反対の場所だ。


「祈りの場所とは、随分違いますね」


「当機の世界には、祈りという概念がありません」


「神はいらっしゃらないのですか?」


「観測されていません」


「では、困った時は?」


「故障原因を分析します」


「分析できない時は?」


「再起動します」


「それでも駄目な時は?」


「廃棄します」


 ミレイユの表情が曇った。


「廃棄」


「はい」


「直せない方は、捨てられるのですか?」


「機械ですので」


「あなたも?」


「はい」


「それを怖いとは思いませんか?」


「恐怖機能は限定的です」


「ですが」


 A―七七一九の頭から、僅かに煙が出ていた。


「故障ですか?」


「いいえ」


「では」


「廃棄という語を出力した際、演算速度が低下しました」


「それは」


「未登録感情の可能性があります」


 ミレイユは聖典を開きかけた。


 祈りを教える。


 神の救いを伝える。


 いつもの自分なら、そうしただろう。


 だが。


 今日は自分の興味を探す日だ。


「A―七七一九さん」


「はい」


「故障した機械を直す方法を、私へ教えていただけますか?」


「聖女が、機械修理を?」


「私は、人の傷や病を治してきました」


「機械は人ではありません」


「分かっています」


 ミレイユは笑う。


「だからこそ、知りたいのです」


「神聖魔法は使用できません」


「手と道具で直します」


「非効率です」


「効率が悪いからこそ、見えるものがあると先生がおっしゃっていました」


「レオン様に関係しています」


 ミレイユが固まる。


「今のは条件違反でしょうか」


「判断不能です」


「では、先生のお言葉を抜きにして」


 ミレイユは壊れた小さな機械を指さした。


「これが、また動くところを見たいと思いました」


 A―七七一九の瞳が点滅する。


「それは、あなた自身の希望ですか?」


「はい」


「承認しました」


 最高位聖女は。


 その日初めて。


 奇跡を使わず。


 祈りも使わず。


 油まみれの手で、小さな機械を修理した。


 何度も失敗し。


 指を挟み。


 最後に一つの歯車が動き出した時。


 ミレイユは、治療魔法が成功した時とは違う笑顔を見せた。


     ◇


 リリスとエルフィは、魔界区画へいた。


「この花は危険です!」


 エルフィの声が響く。


「魔族には普通だ」


「触れた人間の皮膚が溶けます!」


「人間が触らなければよい」


「注意書きがありません!」


「魔力を見れば分かる」


「またその話ですか!」


 二人は、開始十分で言い争っていた。


「リリスさん」


「何だ」


「魔界の植物を、安全に紹介する図鑑を作りましょう」


「図鑑?」


「魔族以外でも分かるように、絵と説明をつけます」


「面倒だ」


「このままでは、留学生が触れて怪我をします」


「近づかなければよい」


「知らなければ近づきます!」


 リリスは黒い花を見る。


「先生なら、触る前に私へ聞く」


「皆がレオン様ではありません」


 リリスの眉が動く。


 何かを言い返そうとして。


 止まった。


 相手の話を聞く。


「……確かに」


「分かっていただけましたか?」


「先生以外は、注意書きを読まない可能性がある」


「そこではありません」


「だが、図鑑は悪くない」


「本当ですか?」


「魔界には、きれいな花も多い」


 リリスは黒い花弁へ触れる。


「人間は、毒があるというだけで嫌う」


「毒があるからでは?」


「毒があっても、きれいなものはきれいだ」


「では、それを伝えましょう」


「先生へ見せるためではなく?」


 エルフィが、わざと尋ねた。


 リリスは答えようとする。


 先生がきれいだと言ったから。


 先生へ魔界の美しさを。


 先生に。


 先生へ。


「……魔界の花を、怖いだけのものと思われたくない」


「それは誰の望みですか?」


「私だ」


「では、図鑑を作りましょう」


「うむ」


 魔王リリスは。


 初めて。


 レオンへ見せるためではない。


 自分の国の美しさを、ほかの世界へ伝える仕事を始めた。


     ◇


 エリナは、水の中で溺れていた。


「助けろ!」


「力を抜いてください!」


 ミレアが、水中からエリナを支える。


「剣がない!」


「泳ぐのに剣は必要ありません!」


「何かを握らないと落ち着かない!」


「私の手を!」


 エリナがミレアの手を強く握る。


「痛いです!」


「腕輪で弱い!」


「それでも強いです!」


 地底湖。


 エリナは水中戦へ興味を持った。


 だが。


 歴代最強の勇者は、泳げなかった。


「どうして泳げないのですか?」


「水の魔物は、全部水面から斬った」


「水中へ入ったことは?」


「ない」


「お風呂は?」


「浅い」


「海は?」


「船から斬った」


「剣に頼りすぎです!」


「剣があれば勝てる」


「今は剣がありません」


「だから負けてる」


 エリナは、湖の浅い場所で立ち上がった。


 全身びしょ濡れ。


 悔しそうな顔。


「もう一度」


「休憩しませんか?」


「勝つまで」


「泳ぎに勝ち負けはありません」


「ある」


「誰と戦っているのですか?」


「昨日の私」


 ミレアが驚いたように瞬きをする。


「先生ではなく?」


「先生に勝ちたいと思ったのは最初」


 エリナは湖を見る。


「でも、今は私が知らないことをできるようになりたい」


「なぜ?」


「できないままが嫌」


 エリナは水へ入る。


「もう一度、教えて」


「はい」


「今度は手を痛くしない」


「お願いします」


 その日。


 エリナは剣を一度も握らず。


 夕方まで泳ぎ続けた。


 十メートル泳げた時。


 剣で強敵を倒した時より、大きな声で笑った。


     ◇


 アウラとピピは。


 菓子工房で、すでに材料の半分を食べていた。


「アウラ!」


「ピピも食べた」


「ピピは三つ!」


「私は十個」


「百個食べるって言った!」


「これから」


「材料なくなる!」


 二人の前には。


 小麦粉。


 卵。


 果物。


 蜂蜜。


 各世界から持ち寄られた菓子材料。


「先生へ作る」


 アウラが言う。


「今日はレオンに関係しない望み!」


 ピピが指を振る。


「家が言ってた!」


「では、私が食べる」


「それもいつもと同じ!」


「何が違う?」


「ほかの人にあげる!」


「どうして?」


「喜ぶ!」


「先生以外も?」


「うん!」


 アウラは理解できないような顔をした。


 レオンに食べさせる。


 レオンに褒めてもらう。


 自分が食べる。


 それ以外のために料理する発想がない。


「誰にあげる?」


「お腹減ってる子!」


「地下にいる?」


「いる!」


 留学生の中には。


 自分の世界の食事が合わず、十分に食べられていない小さな種族もいた。


 ピピは妖精たちのために。


 小さく柔らかい菓子を作りたかった。


「先生にあげない?」


「一個なら!」


「では、先生の分を大きく」


「駄目! 全部同じ!」


「先生は特別」


「今日は特別なし!」


 アウラは唸った。


 しばらくして。


 小さな菓子を手に取る。


「これを食べた子、喜ぶ?」


「喜ぶ!」


「尻尾を振る?」


「妖精は尻尾ない!」


「羽が動く?」


「動く!」


「見たい」


「じゃあ作る!」


「うん」


 二人は材料を食べるのをやめた。


 一時間後。


 形は不格好だが。


 小さな菓子が大量に焼き上がった。


 妖精の子供たちが口へ運び。


 羽を嬉しそうに動かす。


 アウラは、自分の分を食べるのも忘れて眺めていた。


「面白い」


「何が?」


「私が食べてないのに、嬉しい」


「作ったから!」


「また作る」


「今度は食べない?」


「半分だけ」


「二個まで!」


「十個」


「三個!」


「五個」


「交渉成立!」


     ◇


 クロエとガルナが訪れたのは、戦争世界の仮設展示場だった。


 武器。


 鎧。


 攻城兵器。


 兵士用の保存食。


 何もかもが戦争へ最適化されている。


「見事な生産力です」


 クロエが言う。


「褒められるとは思わなかった」


「これだけの武器を三百年間供給し続けられる工業力は、驚異的です」


「だろう」


「戦争が終わった場合、すべて不要になります」


 ガルナの顔から笑みが消える。


「だから、終われない」


「経済のために?」


「武器工房だけではない。鉱山。運送。食料。兵士の家族。世界の半分が戦争で食べている」


「敵を倒したいだけではないのですね」


「戦争を止めれば、多くの者が飢える」


 クロエは展示場を見渡す。


「戦争をしない産業へ変えればよい」


「簡単に言う」


「簡単ではありません」


 クロエは武器の一つを手に取る。


「この金属加工技術で、農具を作れます」


「農地は少ない」


「別世界へ輸出できます」


「敵へ?」


「八百四十二世界へ」


 クロエの目が輝く。


 利益の計算を始めた時とは違う。


「この保存食は、長距離交易へ使える。軍用運送網は、世界間物流へ転用できます」


「武器工房の者は?」


「農具、建築道具、機械部品を作る」


「兵士は?」


「境界警備、災害救助、物流護衛」


「戦いしか知らない者もいる」


「では、戦わないために強さを使う仕事を作ります」


「誰のために?」


 ガルナが尋ねる。


「先生なら、戦争を止めたいとおっしゃるでしょう」


「先生に関係している」


 家から渡された小型記録具が警告した。


 クロエが口を閉じる。


 しばらく考え。


 武器工房の向こう。


 幼い子供たちが、弾薬箱を運んでいる姿を見る。


「私は」


 クロエが静かに答えた。


「戦争が終わった後の市場を見てみたい」


「なぜ?」


「誰も、見たことがないからです」


「利益が出なくても?」


「最初は出ないでしょう」


「それでも?」


「はい」


 商業王は微笑んだ。


「私が、最初の利益を作ります」


     ◇


 ノアとソレイアは。


 暗い部屋にいた。


「何も見えません!」


 ソレイアが叫ぶ。


「静かでいい」


 ノアは部屋の隅へ座っている。


「怖いです!」


「何が?」


「暗闇です!」


「何もいない」


「何も見えないことが怖いのです!」


 光世界には夜がない。


 ソレイアは、生まれてから一度も完全な暗闇を経験したことがなかった。


 反対に。


 ノアは明るい場所が苦手だ。


 人の視線。


 表情。


 自分が見られる感覚。


「先生がいれば平気」


 ノアが言う。


「今はいません!」


「だから、少し怖い」


「ノア様も?」


「うん」


「暗闇の女王なのに?」


「先生がいない暗い場所は、何が起きても分からない」


「私は、明るければ安心します」


「明るいと、全部見られる」


「見えたほうが安心です」


「見られるのは怖い」


 二人は、互いに理解できない。


「では」


 ソレイアが頭上に小さな光を出した。


 腕輪を着けているのは八人だけ。


 留学生のソレイアは、力を使える。


 豆粒ほどの光。


「これなら?」


「少し眩しい」


「これ以上小さくできません」


「消す?」


「嫌です!」


「では、そのまま」


 ノアは光へ背を向ける。


 ソレイアは壁へ寄りかかる。


「ノア様」


「何?」


「暗い場所で、何をしているのですか?」


「何もしない」


「楽しいですか?」


「静か」


「それだけ?」


「誰にも見つからない」


「寂しくは?」


「前は寂しくなかった」


「今は?」


「先生に見つけてほしい」


「レオン様に関係しています」


 記録具が警告する。


「……」


「ほかには?」


 ノアは考える。


「暗い場所で泣いている人を見つける」


「泣いている人?」


「影の部下から、よく聞く」


 誰にも見つからない場所へ隠れる者。


 泣いている者。


 助けを呼べない者。


「私は見つけられる」


「なぜ?」


「同じ場所へ隠れるから」


「見つけた後は?」


「先生のところへ連れていく」


 警告具が鳴る。


「……」


「レオン様以外では?」


「分からない」


「ノア様が、話を聞くのは?」


「私が?」


「暗い場所が好きな者同士なら、話せるのでは?」


 ノアは小さな光を見る。


「私が、帰る場所になる?」


「なれると思います」


「先生みたいに?」


「ノア様として」


 長い沈黙。


「やってみたい」


「それが望みですか?」


「分からない」


「でも?」


「少し興味がある」


「では、宿題へ書けますね」


「うん」


 ノアは小さな紙へ。


『誰にも見つけてもらえない人を、見つけたい』


 と書いた。


 レオンの名前を使わずに。


     ◇


 アステラとアルベルトは。


 何もない広場で、向かい合っていた。


「何をすればいいの?」


 アステラが尋ねる。


「私も分かりません」


「役に立たないわね」


「申し訳ありません」


「レオンなら、すぐ何か考えるわ」


 記録具が警告する。


「もう!」


 アステラが地面を踏む。


「レオンに関係しないことなんて、何もないわ!」


「アステラ殿は、虚無で生まれたのですね」


「そうよ」


「虚無へレオン様が来る前は、何をしておられたのですか?」


「境界を管理していた」


「楽しかったですか?」


「楽しいという感情を知らなかった」


「では、何を望んでいたのですか?」


「何も」


「寂しくは?」


「誰もいないことが普通だった」


「レオン様が来てから変わった」


「そうよ」


 アステラの表情が柔らかくなる。


 すぐに記録具が鳴る。


「分かってるわよ!」


「レオン様が教えてくださったものを、禁止する必要はないと思います」


 アルベルトが言う。


「どういう意味?」


「誰かに出会ったことがきっかけでも、その後に自分が望むものは、自分のものです」


「レオンがいなければ、私は何も望まなかった」


「ですが、今は?」


「今は」


 アステラは広場を見る。


 人工の空。


 風。


 歩く人々。


 笑い声。


 食事の匂い。


 虚無にはなかったものばかりだ。


「全部、見たい」


「すべてを?」


「この世界だけではない」


 アステラは、遠くに開かれた小さな境界門を見る。


「八百四十二世界」


「レオン様と?」


 アステラは答えようとする。


 少し考える。


「最初は一人でもいい」


「なぜ?」


「レオンが見たことのないものを、先に見つけたい」


 記録具が鳴る。


「また関係している!」


「最後に話したいという望みは、許可されていたはずです」


 アルベルトが笑う。


「見つけたいと思う理由は?」


「私が、見たいから」


「それで十分です」


「虚無の外に、どれだけ色があるか知りたい」


 アステラは空へ手を伸ばした。


「レオンがいなくても、世界は消えないと知りたい」


 少し寂しそうな声だった。


「それを知った後は?」


「レオンのところへ帰る」


「それは最後の結果です」


「ええ」


 アステラは笑った。


「私は旅がしたい」


     ◇


 夕食。


 八人は制服姿のまま、食卓へ戻ってきた。


 朝とは違う顔をしていた。


「全員、何か見つかったか?」


 俺が尋ねる。


 セレスが最初に紙を出す。


『明日も見たいと思える花を、自分で育てたい』


「花?」


「空待花という、青い花です」


「俺が好きな花ではなく?」


「はい」


「どうして選んだ」


「明日も見たいと思ったからです」


「それはいいな」


 セレスの顔が明るくなる。


「先生も、ご覧になりますか?」


「お前が見せたい時にな」


「はい」


 ミレイユ。


『奇跡を使わず、壊れた機械を直せるようになりたい』


「意外だな」


「私もです」


「楽しかったか?」


「指を挟みました」


「痛かっただろう」


「はい」


「でも?」


「歯車が動いた時、とても嬉しかったです」


「神殿の反応は?」


「まだ伝えておりません」


「伝えるのか?」


「私の個人的な趣味ですので、許可は必要ないかと」


「そのとおりだ」


 ミレイユは嬉しそうに頷く。


 リリス。


『魔界の植物図鑑を作りたい』


「先生へ見せるためではないぞ」


「分かっている」


「理由は?」


「魔界が怖いだけの場所ではないと、私が伝えたい」


「いいと思う」


「完成したら読むか?」


「読ませてくれ」


 リリスの翼が嬉しそうに揺れる。


 エリナ。


『泳げるようになりたい』


「剣ではないんだな」


「水の中では、剣より体の使い方が大事だった」


「今日、どのくらい泳げた?」


「十メートル」


「すごいじゃないか」


「明日は二十メートル」


「無理はするなよ」


「先生に勝つためではない」


「ああ」


「私が、昨日の私に勝つ」


「いい目標だ」


 エリナは胸を張った。


 アウラ。


『私が作った物を食べて、知らない子が喜ぶところを見たい』


「食べ物を全部自分で食べずに?」


「三個だけ食べた」


「何個作った」


「百個」


「よく我慢したな」


「羽が動くの面白かった」


「明日も作るのか?」


「うん」


「材料を食べるなよ」


「五個だけ」


「二個だ」


「三個」


「交渉成立だ」


 アウラが嬉しそうに尻尾を振る。


 クロエ。


『戦争が終わった後の市場を、最初に作りたい』


「大きいな」


「戦争を止めることは、経済を壊すことでもあります」


「だから続けるのではなく?」


「壊れない方法を作ります」


「利益は?」


「出します」


「そこは変わらないな」


「利益がなければ続きません」


「誰のために?」


「私が、誰も見たことのない市場を見たいからです」


「立派だと思う」


「先生」


 クロエが少し照れたように笑う。


「今の言葉を、事業計画書の最初へ記載しても?」


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


 ノア。


『誰にも見つけてもらえない人を、見つけたい』


「影の女王らしいな」


「先生のところへ連れてくるだけでは駄目」


「どうする」


「私が話を聞く」


「できそうか?」


「人が多いと怖い」


「一人ずつなら?」


「できるかもしれない」


「やってみたいか?」


「うん」


「それがお前の望みだ」


 ノアは自分の紙を、大切そうに制服の中へ入れた。


 最後。


 アステラ。


『八百四十二世界を旅し、虚無の外にある色を全部見たい』


「全部?」


「ええ」


「八百四十二世界すべてを回るのか?」


「時間はあるわ」


「俺とではなく?」


「最初は一人で行ってみる」


 七人が驚いたようにアステラを見る。


 俺も驚いた。


「大丈夫なのか?」


「レオンがいなくても、世界があると知りたい」


「そうか」


「でも」


 アステラは俺を見る。


「見つけたものを、帰ってから全部話したい」


「楽しみにしている」


「寂しくない?」


「少しは」


 アステラの目が輝く。


「寂しいの?」


「今まで一メートル以内にいた者がいなくなれば、少しはな」


「では、行くのをやめる」


「やめるな」


「どうして!」


「自分が望んだことだろう」


「レオンが寂しがるなら」


「俺は待てる」


「本当に?」


「ああ」


「では、少しだけ旅をする」


「楽しんでこい」


 アステラは、嬉しそうに笑った。


 八人全員。


 朝は何も書けなかった。


 夕食には。


 俺の名前が入っていない望みを、一つずつ持って帰ってきた。


『宿題の提出を確認しました』


 家の声が響く。


『八名全員、合格です』


 八人の顔が明るくなる。


『婚姻適性を上方修正します』


「それは必要ない」


 俺が言う。


 八人は不満そうだった。


「先生」


 セレスが尋ねる。


「私たちの望みを、応援してくださいますか?」


「もちろんだ」


「先生が興味のないことでも?」


「俺が興味を持つかどうかは関係ない」


「では、失敗しても?」


「話くらいは聞く」


「助けては?」


「求められたら、できる範囲で」


 八人が頷く。


 俺なしで見つけた望み。


 だが。


 一人で全部やらなければならないわけではない。


 俺も。


 七人も。


 アステラも。


 互いに頼りながら。


 それでも、相手へ寄りかかるだけではなく生きる。


 少しずつ。


 八人は変わり始めている。


「では」


 俺は立ち上がる。


「今日の授業は終わりだ」


『まだ終了しておりません』


 家が答えた。


「何が残っている」


『提出者が一名不足しています』


「八人全員出しただろう」


『旦那様です』


「俺?」


『本課題は、自分が望むことを見つけるものです』


「俺は教師だ」


『旦那様も昨日、再更生教育対象へ登録されました』


「嫉妬の話だけだろう」


『教育対象は、すべての授業へ参加する必要があります』


 食堂の床から、白い紙が一枚出てきた。


 俺の前へ置かれる。


『旦那様が、七名とアステラ様に関係なく望むことを書いてください』


「俺まで?」


「先生」


 八人が一斉に俺を見る。


「私たちに書かせて、ご自分だけ書かないのですか?」


 セレスが尋ねる。


「それは不公平です」


 ミレイユ。


「先生の望み、知りたい」


 ノア。


「お前たちが手伝うことは禁止だぞ」


「分かっています」


「本当に?」


「先生が何を望んでも、まず話を聞きます」


 セレスは穏やかに微笑んだ。


「邪魔をせず?」


「努力します」


「断られたら?」


「諦めます」


「善意を押しつけず?」


「先に先生へ確認します」


 八人は、今日の授業で学んだことを答える。


「分かった」


 俺は椅子へ座った。


 白い紙を見る。


 俺が望むこと。


 七人と関係なく。


 アステラとも。


 地下国家。


 八百四十二世界。


 虚無王。


 婚姻申請。


 講習会。


 全部を外して。


「何も思いつかないな」


「先生も?」


 アウラが尋ねる。


「ああ」


 八人が少し嬉しそうな顔をする。


「同じですね」


 ミレイユ。


「俺は先生だぞ」


「先生も人間です」


 クロエが答える。


 今日。


 八人は、それぞれ外へ出た。


 俺のいない場所で。


 知らないものに触れ。


 自分の望みを見つけた。


「外へ出るか」


 俺は呟く。


「先生?」


 セレスの声。


「俺も、自分が何を望むか探してみる」


「どちらへ?」


「まだ決めていない」


「私たちも?」


「一人でだ」


 食堂が静まり返った。


「……一人?」


 ノアが聞き返す。


「ああ」


「先生が?」


 ミレイユ。


「俺が」


「どのくらい?」


 クロエ。


「一か月くらい」


 八人の顔色が変わった。


「待て」


 俺は先に手を上げる。


「今すぐではない」


「いつですか?」


「共同生活と、虚無王の継承問題が落ち着いてからだ」


「それでも一人で?」


「ああ」


「護衛は?」


 セレス。


「いらない」


「資金は?」


 クロエ。


「自分で用意する」


「移動手段は?」


 アウラ。


「歩くか、普通の馬車だ」


「影から見守るのは?」


 ノア。


「禁止だ」


「魂の中は?」


 アステラ。


「核は仕方ないが、話しかけるな」


「神の加護は?」


 ミレイユ。


「勝手につけるな」


「魔界の案内は?」


 リリス。


「魔界へ行く時は頼むかもしれない」


「修行は?」


 エリナ。


「しない」


 八人の顔が。


 少しずつ曇っていく。


「先生」


 セレスがゆっくり尋ねた。


「私たちから、離れたいのですか?」


「違う」


「では、なぜ一人で」


「俺も、お前たちと同じだからだ」


「同じ?」


「俺も自分の人生の中心へ、お前たちを置きすぎている」


 七人が俺を見る。


「虚無の狭間でも、考えていたのは七人のことばかりだった」


「それは」


「嫌ではない」


 俺は続ける。


「お前たちが大切だからだ」


 七人の表情が僅かに明るくなる。


「だが、今の俺が何をしたいのか」


 紙へ筆を置く。


「お前たちを守ること以外に何を望むのか、俺も分からない」


 白い紙へ文字を書く。


『一人で知らない場所を旅し、自分が何を望むか考えたい』


 八人は黙っている。


 誰も反対しない。


 誰も、軍隊をつけるとは言わない。


 影から追うとも。


 境界を閉じるとも。


 それでも。


 全員が苦しそうな顔をしていた。


「先生」


 最初に口を開いたのは、ノアだった。


「帰ってくる?」


「ああ」


「何も言わずに消えない?」


「出発する日も、帰る予定も伝える」


「事故があったら?」


「連絡する」


「絶対?」


「できる限り」


 ノアは、しばらく俺を見る。


「分かった」


「本当に?」


「先生の望みだから」


 ノアの声は小さかった。


「でも」


「何だ?」


「帰ってきたら、最初に会いたい」


「七人全員へ会う」


「……それでいい」


 セレスも息を吐く。


「先生が、ご自分で望まれた旅であれば」


「ああ」


「止めません」


「護衛も?」


「つけません」


「帝国へ通行命令も?」


「出しません」


「本当に?」


「先生から、信じてほしいと教わりました」


 セレスは少し寂しそうに笑った。


「私も先生を信じます」


 ミレイユ。


 リリス。


 エリナ。


 アウラ。


 クロエ。


 アステラ。


 全員が。


 順番に頷いた。


『旦那様の宿題を受理しました』


 家の声が響く。


『教育評価を更新します』


「何の評価だ」


『教育対象九名全員が、他者の独立した望みを尊重しました』


 八人の表情が少し明るくなる。


『全員、合格です』


「では、婚姻手続きの停止は?」


 セレスがすぐに尋ねる。


『一課題の合格であり、卒業ではありません』


「家」


『事実です』


「まだ先は長いぞ」


 俺は笑った。


 八人は不満そうだったが。


 少しして。


 セレスも笑った。


「先生」


「何だ」


「一人旅へ出られる前に」


「ああ」


「私たちの国を、一つずつ見ていただけますか?」


「なぜ?」


「先生が知らない、私たちの十年間があります」


「そうだな」


「先生がご自分の望みを探される前に」


 セレスは制服の胸へ手を当てた。


「今の私たちを、知っていただきたいのです」


 俺は七人を見る。


 女帝。


 聖女。


 魔王。


 勇者。


 竜王。


 商業王。


 影の女王。


 俺の知らない十年間を生きた七人。


「ああ」


 俺は頷いた。


「約束していたからな」


 七人の顔が明るくなる。


「最初は帝国です」


 セレスが即座に言った。


「神殿です」


 ミレイユ。


「魔界」


 リリス。


「勇者連合」


 エリナ。


「竜の都」


 アウラ。


「商業自治領です」


 クロエ。


「秘密の国」


 ノア。


「順番を決めるな」


「では、じゃんけんを」


 セレスが手を出す。


「またか」


「公平です」


 七人が円になる。


 アステラが手を上げる。


「虚無は?」


「七人を見た後だ」


「八番目?」


「ああ」


「なら、待つ」


 七人とアステラが。


 自分の国と世界へ。


 俺を連れていく順番を決め始めた。


 ただし。


 以前とは違う。


 軍隊を動かさず。


 相手を脅さず。


 俺の予定を勝手に決めず。


「最初は、先生へ希望の日を聞いてからです」


 セレスが言う。


「成長したな」


「はい」


「では、いつがいい?」


「共同生活の七日目以降なら、一日ずつ時間を作れる」


「承知しました」


「宿泊は?」


 リリス。


「日帰りできなければ考える」


「私と同じ部屋?」


「別の部屋だ」


「……分かった」


「今、諦めたな」


「授業の成果だ」


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 八人は変わっている。


 そして。


 俺も。


 七人の保護者や先生であるだけではなく。


 一人の人間として。


 自分が望むものを探し始めようとしていた。


 ただ。


 俺たちはまだ知らなかった。


 七人の国を一つずつ訪れるという俺の決定が。


 それぞれの国で。


『先生を最も歓迎した国こそ、正妻に相応しい』


 という、勝手な競争として伝わっていたことを。


 その日の夜。


 帝国から届いた最初の報告書には。


『導師レオン様御来訪に備え、帝都全域の改装を開始しました』


 と書かれていた。


「セレス」


「はい、先生」


「国家権力を使うなと言ったよな?」


「私は、何も命じておりません」


「では、これは何だ」


「帝国臣民が、自らの意思で先生を歓迎しようとしております」


「止められるか?」


「普通の女性としてお願いしてみます」


「頼む」


 セレスは通信具を手に取った。


「帝国宰相へ繋いでください」


「国家権力では?」


「個人的なお願いです」


 通信が繋がる。


「宰相」


『はっ、女帝陛下!』


「帝都全域の改装を中止してください」


『不可能でございます!』


「なぜですか?」


『すでに市民が自主的に、建物の金色塗装を開始しております!』


「金色?」


『導師レオン様の御髪の色を、帝都すべてで表現すると!』


「俺の髪は金色ではない!」


『では、何色へ塗り直せばよろしいでしょうか!』


「塗るな!」


 俺の声が、通信具を通じて帝都へ響く。


 七人の国を巡る旅は。


 俺が自分の望みを探す旅より先に。


 各国による過剰歓迎競争へ発展しようとしていた。


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