第11話 女帝に恋敵を応援させたら、今度は俺が嫉妬する番になった
共同生活三日目。
朝食を終えた俺は、自分の部屋で両腕を広げていた。
「セレス」
「はい、先生」
「これは、本当に薬草園へ行く服なのか?」
「もちろんです」
俺が着せられているのは、白い長袖の上着。
丈夫な革のズボン。
膝まである長靴。
腰には薬草採取用の小さな鞄。
そこまではいい。
だが、上着の下には何枚もの布が重ねられていた。
「暑い」
「毒草の棘を防ぐためです」
「上着だけで防げるだろう」
「万が一、貫通する可能性がございます」
「この手袋は?」
「かぶれ防止です」
「指が曲がらない」
「安全性を優先しました」
「首に巻かれている布は?」
「花粉を吸い込まないためです」
「顔の半分が隠れているぞ」
「先生のお美しいお顔を、毒虫からお守りします」
「この帽子は?」
「日差し対策です」
大きな帽子だった。
俺の顔だけでなく、肩まで影へ入る。
薬草園の見学ではなく、砂漠横断へ出発するような格好だ。
「セレス」
「はい」
「正直に言え」
「何をでしょう」
「俺とエルフィを並んで歩かせたくないんだろう」
セレスの手が止まった。
「そのようなことは」
『女帝セレスの心拍数上昇を確認しました』
「家」
セレスが壁を見る。
『事実です』
「心拍数を報告するな」
「セレス」
「……少しだけ、心配ではあります」
「毒草が?」
「それもございます」
「ほかには?」
「エルフィさんは、可愛らしい方です」
「ああ」
セレスの眉がわずかに動く。
「先生は即答なさるのですね」
「見たままを言っただけだ」
「小柄で、透明な羽があり、守ってあげたくなるようなお姿です」
「そうだな」
「先生は、幼い見た目の女性にお優しいです」
「子供には優しくするだろう」
「エルフィさんは、成人しておられます」
「そうなのか?」
「薬花世界では百二十歳を越えています」
「俺より年上じゃないか」
「先生」
「何だ」
「年上の女性も、お好みですか?」
「話を広げるな」
セレスは俺の帽子へ、さらに薄い布を垂らそうとする。
前が完全に見えなくなりそうだ。
「やめろ」
「毒花の花粉を防ぎます」
「俺とエルフィが互いの顔を見られないようにしているだろう」
「安全性を重視した結果です」
『妨害傾向を確認しました』
「家!」
「全部外せ」
「先生」
「長袖と手袋だけで十分だ」
「ですが」
「今日の課題は、俺とエルフィの見学を支援することだろう」
「はい」
「顔を隠すことではない」
「……承知しました」
セレスは残念そうに、帽子と首の布を外した。
「これでいい」
「日差しが強くなった場合は、私が傘を差します」
「それくらいなら頼む」
「エルフィさんの側ではなく、私の側を歩いていただけますか?」
「三人で歩けばいい」
「先生を中央に?」
「いや。案内役のエルフィが先だろう」
「では、先生が二番目。私が先生の後ろです」
「好きにしろ」
セレスの顔が少し明るくなった。
『女帝セレスが、旦那様とエルフィ様の間へ入る経路を計算しています』
「計算しておりません!」
「家。今日だけ少し黙っていてくれ」
『教育記録が必要です』
「俺へだけ知らせろ」
『承知しました』
壁へ小さな文字が表示された。
『現在も計算中です』
「見えているぞ」
セレスが壁を睨んだ。
◇
薬草園は、地下都市の神殿区画と竜区画の間にあった。
人工の青空から柔らかな光が降り注ぎ、見たことのない植物が一面に広がっている。
赤。
青。
黄色。
紫。
花だけではない。
葉が淡く光る草。
歩くたびに位置を変える木。
近づくと土の中へ隠れる茸。
小さく歌っている花まであった。
「随分と増えたな」
「八百四十二世界の留学生から、薬用植物を持ち寄っていただきました」
エルフィが嬉しそうに答える。
今日の彼女は、薬花世界の民族衣装らしい緑色の服を着ている。
透明な羽は朝の光を受け、虹色に輝いていた。
「昨日だけで?」
「種や苗をお持ちの方が、多くいらっしゃいましたので」
「世界が違っても育つのか?」
「土と魔力を調整すれば、大半は育ちます」
「調整は誰が?」
「神殿の方々と、竜族の土守りの方々です」
セレスが小さく咳払いをした。
「エルフィさん」
「はい」
「本日は国家権力や部下を使わず、ご自身で先生をご案内する課題です」
「承知しております」
「毒草へ近づける際は、必ず私へ事前に説明してください」
「はい」
「花粉が発生する植物は?」
「先生から十メートル以上離します」
「感情へ作用する花は?」
「今日は案内経路から外しました」
「本当に?」
「はい」
「先生へ触れる必要がある薬草は?」
「ございません」
「体温を測る必要は?」
「ありません」
「脈拍を?」
「ありません」
「傷口へ薬を塗る実演は?」
「先生は怪我をされていません」
「念のため確認しています」
「セレス」
俺は女帝の肩を軽く叩いた。
「支援と尋問は違う」
「ですが、先生の安全を」
「エルフィは薬草の専門家だ。任せよう」
セレスは俺を見る。
次にエルフィを見る。
「……承知しました」
「ありがとうございます、女帝様」
「セレスで構いません」
エルフィが目を瞬かせる。
「よろしいのですか?」
「本日は先生の教え子として参加しておりますので」
「では、セレスさん」
エルフィは微笑んだ。
セレスの表情が少しだけ柔らかくなる。
名前を呼び合っただけだが、悪くない始まりだった。
「こちらからご案内します」
エルフィが薬草園の中へ入る。
俺が後ろへ続く。
セレスは俺の後ろへ立った。
一歩進む。
セレスも一歩。
俺が止まる。
セレスも止まる。
振り返る。
すぐ後ろにいた。
「近い」
「先生の安全を守れる距離です」
「腕輪で普通の女性と同じ力しかないだろう」
「身を挺してお守りします」
「そこまで危険な場所ではない」
エルフィが振り返る。
「この区画には、命に関わる毒草はありません」
「命には?」
「三日ほど笑いが止まらなくなる草や、触れた相手を好きになったと錯覚する花はあります」
セレスが俺の腕を掴んだ。
「帰りましょう」
「今、危険ではないと言ったばかりだ」
「触れた相手を好きになる花があるのですよ?」
「錯覚だろう」
「先生が錯覚によってエルフィさんを好きになったら、三十日間では解けない可能性がございます」
「効果時間は一時間ほどです」
エルフィが説明する。
「一時間も!」
「セレス」
「はい」
「落ち着け」
「先生は、私に一時間も別の女性を好きになる姿を見せるおつもりですか?」
「触らなければいい」
「花が勝手に動く可能性は?」
「ありません」
「風で飛ぶ可能性は?」
「花粉による効果はありません」
「先生が転倒して、花へ顔を埋める可能性は?」
「そんな偶然があるか」
『女帝セレスは、発生確率〇・〇〇〇三パーセントと計算しています』
「低いじゃないか」
「ゼロではありません」
「先へ進むぞ」
俺はセレスの手を自分の腕から外した。
だが彼女はすぐに、俺の上着の端を掴んだ。
「これならよろしいですか?」
「歩きにくくなければ」
「はい」
エルフィが、少し羨ましそうに俺たちを見る。
「お二人は、本当に仲がよろしいのですね」
「先生と教え子です」
セレスが答える。
「それだけですか?」
「現在は」
現在は、という言葉を強調した。
「余計な説明を加えるな」
「事実です」
エルフィは楽しそうに笑った。
「薬花世界では、師と弟子が婚姻することも珍しくありません」
セレスの足が止まる。
「詳しく伺っても?」
「薬草の説明をしてくれ」
「先生」
「今日は文化交流ではなく、薬草園見学だ」
「どちらも交流です」
「後で聞け」
「先生もご一緒に?」
「どうして俺まで」
「師弟婚姻の文化ですので」
「必要ない」
セレスは少し不満そうだった。
◇
エルフィは一つずつ、薬草の特徴を説明した。
「こちらは月泣草です。夜になると葉から水が出ます」
「水?」
「傷口へ塗ると、痛みを和らげます」
「便利だな」
「ただし、満月の夜にしか採取できません」
「地下都市に月はないだろう」
「人工空へ月を作る予定です」
「誰が?」
「聖女様が神殿へ相談すると」
俺はセレスを見る。
「ミレイユは腕輪を着けたままだぞ」
「神殿へ命令することは禁止されています」
セレスが答える。
「そこで、普通の女性として手紙を書いたそうです」
「内容は?」
「薬草園に月が必要です。できなければ、神のお告げを直接聞きに帰ります、と」
「脅迫じゃないか?」
「お願いです」
「ミレイユにも話をしないといけないな」
次の植物は、青い実をつけた低木だった。
「これは忘苦の実です」
「忘れる?」
「小さな悩みや不安を、一晩だけ忘れられます」
「一晩だけか」
「翌朝には戻ります」
「解決にはならないな」
「でも、眠れないほど苦しい夜には役立ちます」
エルフィの言葉に、俺は少し黙った。
十年間。
七人にも、眠れない夜があったはずだ。
「この実は保存できるか?」
「乾燥させれば一年ほど」
「少し分けてもらえるか?」
セレスが俺を見る。
「先生がお使いになるのですか?」
「俺ではない」
「誰へ?」
「決めていない。必要な者がいた時のためだ」
セレスは、青い実を見つめた。
「先生は、昔から変わりませんね」
「何が」
「ご自分より先に、誰かへ渡そうとなさいます」
「必要な者が使えばいいだろう」
「先生にも、眠れない夜はございます」
「酒を飲めば眠れる」
「健康に悪いです」
「では、これを使う」
「私が隣におります」
「それでは眠れない可能性が高い」
「なぜですか?」
「七人全員が集まりそうだからだ」
セレスは否定できず、口を閉じた。
エルフィが青い実を小さな袋へ入れ、俺へ渡してくれる。
「用法は一晩に一粒です」
「ありがとう」
「二粒以上食べると、翌朝まで自分の名前を忘れます」
「危ないな」
「三粒で服の着方を忘れます」
「絶対に七人へ自由に渡すな」
「先生」
セレスが俺を見る。
「私たちを何だと思っておられるのですか?」
「俺へ三粒食べさせ、着替えを手伝おうとする者が一人くらいいそうだ」
セレスが視線を逸らした。
「いるのか?」
「私は考えておりません」
「私は、という言い方をしたな」
「ほかの六人については分かりません」
「後で全員へ確認する」
◇
見学は順調に進んだ。
セレスが俺とエルフィの間へ入ろうとした回数。
十二回。
俺が止めた回数。
十二回。
エルフィが俺へ薬草を手渡そうとした時、代わりに受け取った回数。
八回。
飲み物を俺へ渡す前に、自分で毒見した回数。
三回。
毒など入っていない。
「セレス」
「はい」
「少し肩の力を抜け」
「抜いております」
「見学開始から、ずっと背筋が伸びているぞ」
「皇帝としての習慣です」
「今日は皇帝ではなく、普通の女性だろう」
「普通の女性として、先生とエルフィさんを支援しております」
「支援されているエルフィが緊張している」
「私が?」
セレスがエルフィを見る。
エルフィは透明な羽を小さく畳んでいた。
「少しだけ」
「申し訳ありません」
セレスが素直に頭を下げる。
「先生のことになると、周囲が見えなくなる時があります」
「少しではないな」
「先生」
「事実だ」
エルフィは驚いた顔をした後、柔らかく笑った。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい。私の母も、父が女性の患者を診察すると、薬草小屋の周囲を何度も歩いていました」
「お母様も?」
「結婚して百五十年経っても、変わりません」
「百五十年」
セレスが真剣な表情になる。
「嫉妬は、完全には治らないのですね」
「治すというより、相手を困らせない形にするのだと母は言っていました」
「相手を困らせない形」
セレスは俺を見る。
「今の私は、先生を困らせていますか?」
「少し」
「どの程度でしょう」
「見学より、お前を止める時間のほうが長い」
「……申し訳ありません」
「だが、最初よりはいい」
「本当ですか?」
「ああ。剣も軍隊も使っていない」
「腕輪がありますので」
「それでも、エルフィへ直接文句を言わず、話を聞こうとしている」
セレスの表情が少し明るくなる。
「成長していますか?」
「少しずつな」
「では、先生」
「何だ」
「頭を撫でていただいても?」
「どうしてそうなる」
「成長した子供を褒める時、先生は頭を撫でます」
「女性として見てほしいと言ったのは誰だ」
セレスが固まった。
「……では」
「褒められたいのか?」
「はい」
「女性として?」
「はい」
「難しいな」
「先生のお言葉だけで構いません」
俺は少し考えた。
セレスは今日、明らかに無理をしていた。
俺とエルフィが話すたび、表情が強張る。
それでも。
課題を放り出さなかった。
エルフィを追い返さなかった。
「今日のお前は、きれいだと思う」
セレスの動きが止まった。
「……はい?」
「服も、髪も似合っている」
今日は皇帝の軍服ではない。
淡い青色の簡素な服。
長い銀髪も、動きやすいよう後ろで一つに結んでいる。
普通の女性として参加すると決め、自分で選んだ服らしい。
「女帝ではなく、昔の少女でもなく」
俺は続ける。
「今のお前として、よく似合っている」
セレスの顔が、一気に赤くなった。
「先生」
「何だ」
「もう一度、お願いできますか?」
「一度で十分だ」
「記録できませんでした」
「家がしているだろう」
『記録済みです』
「家!」
『旦那様は、女帝セレスを女性として美しいと評価しました』
「細かく記録するな!」
「先生」
セレスは俺の上着を掴んだ。
「今日の課題は、すでに合格でよろしいでしょうか」
「まだ終わっていない」
「ですが、先生から女性として」
「最後まで支援してくれ」
「はい!」
先ほどまでの緊張が嘘のように消えた。
セレスはエルフィへ向き直る。
「次の薬草は何でしょう」
「急に元気になりましたね」
「先生から高い評価をいただきましたので」
「高いとは言ってない」
「私にとっては、最高の評価です」
セレスの足取りは軽かった。
単純なのは、十年前から変わらない。
◇
薬草園の一番奥。
エルフィが足を止めた。
「こちらが、最後の薬草です」
小さな白い花だった。
見た目は何の変哲もない。
「名前は?」
「誠心花です」
「どんな効果がある」
「花粉を吸い込んだ者は、しばらく本音しか言えなくなります」
セレスが俺の口元を布で覆った。
「帰ります」
「待て」
「危険です」
「危険というほどではないだろう」
「先生が、私以外の方を最も女性として意識しているとお答えになる可能性がございます」
「そこか」
「エルフィさん」
セレスが真剣に尋ねる。
「今、花粉は出ていますか?」
「まだ咲いたばかりですので、ほとんど」
その瞬間。
白い花が、くしゃみをした。
「花が?」
ふわり。
白い粉が舞い上がる。
俺とセレスとエルフィを包んだ。
「先生!」
セレスが俺へ抱きつく。
「吸わせないようにするなら、先に自分の口を覆え!」
エルフィは慌てて羽を動かした。
花粉を外へ飛ばそうとしている。
だが羽の風で、さらに花粉が広がった。
「ご、ごめんなさい!」
「エルフィ、落ち着け!」
「この花、別世界のものなので、くしゃみをするとは知りませんでした!」
「薬草の専門家でも知らないことがあるんだな」
「世界が違いますので!」
三人で薬草園の外へ走る。
花粉が届かない場所まで来たところで、俺たちは息を整えた。
「効果は?」
セレスが尋ねる。
「数分ほどです」
「本音しか言えないのか?」
「はい」
「黙っていれば問題ないな」
「先生」
セレスが俺を見る。
「今、私を美しいとおっしゃったのは、本心ですか?」
「さっきの花粉を吸う前だろう」
「今、確認できます」
「黙っていようと言ったばかりだ」
「本心ですか?」
「本心だ」
口が勝手に答えた。
セレスの顔が赤くなる。
「先生は、私を女性として意識していますか?」
「少しずつ意識している」
「先生」
「質問するな」
「私とエルフィさん、どちらが美しいと思いますか?」
「比べられない」
「では、どちらと一緒にいるほうが落ち着きますか?」
「セレス」
「……!」
「十年以上知っているからだ」
「それでも構いません!」
セレスの顔が、今まで見たことがないほど明るくなる。
エルフィが困ったように手を上げる。
「私も質問してよろしいでしょうか」
「今はやめてくれ」
「レオン様は、どのような女性がお好みですか?」
「自分の考えを持ちながら、他人の話も聞ける女性」
セレスの笑顔が少し固まる。
「先生」
「今のは誰かを指したわけではない」
「私には不足していますか?」
「昔より聞けるようになった。だが、俺の話だけを都合よく聞く癖がある」
「……はい」
セレスは少し落ち込んだ。
「でも、今日のお前は努力している」
「本当ですか?」
「ああ」
「好きですか?」
「大切に思っている」
「女性としては?」
「意識し始めている」
「結婚は?」
「今は決められない」
「今後は?」
「分からない」
「一番になる可能性は?」
「ある」
質問が止まらない。
「セレス」
「はい」
「お前も花粉を吸ったんだろう」
「吸いました」
「エルフィをどう思っている?」
「先生へ近づく恋敵だと思っていました」
エルフィの羽が震える。
「やはり」
「ですが」
セレスはエルフィを見た。
「話してみると、薬草を大切にする優しい方です。先生へ近づかなければ、友人になれると思います」
「最後が余計だ」
「本音しか言えません」
「俺へ好意を持たなければ?」
「よい友人になりたいです」
エルフィが微笑んだ。
「私は、レオン様の王妃になりたいとは思っていません」
セレスの表情が明るくなる。
「本当ですか?」
「はい。私は薬草研究がしたいです」
「素晴らしい夢ですね」
「ただ」
エルフィは俺を見る。
「レオン様のことは、少し素敵だと思っています」
セレスの笑顔が固まる。
「少し?」
「話を聞いてくださり、私たちの自由を認めてくださいました」
「それは先生なら当然です」
「これから、もっと好きになる可能性もあります」
「ありません」
「セレス。本音でも断言するな」
「嫌です」
「子供みたいな答えだな」
「今は普通の女性です」
「普通の女性でも、人の気持ちは決められない」
「……努力します」
花粉の効果が切れるまで。
セレスは俺へ十七個。
エルフィへ九個。
質問をした。
俺がセレスへ質問できたのは一つだけ。
「今、一番何を望んでいる?」
セレスは、迷わず答えた。
「先生に、今の私を好きになっていただくことです」
その答えを聞いた時。
俺の胸が少しだけ速く鳴った。
『旦那様の心拍数上昇を確認しました』
「家!」
薬草園まで監視されていた。
◇
最後の課題。
記念写真。
エルフィが薬草園の中央へ立つ。
俺は隣へ並んだ。
セレスは少し離れた場所で、異世界製の撮影機を構えている。
「セレス」
「はい」
「顔が怖い」
「笑顔です」
「処刑前の罪人を見る顔だぞ」
「そのようなことは」
「エルフィが怯えている」
「だ、大丈夫です」
エルフィの羽が小刻みに震えている。
「もっと普通に撮れ」
「先生と、ほかの女性が並ぶ写真を、私が撮影するのですね」
「何度確認する」
「一度だけです」
「朝から数えると九回目だ」
「先生」
セレスは撮影機を下ろした。
「少しだけ、お願いがございます」
「何だ」
「私も、写真へ入ってはいけませんか?」
「報告用は俺とエルフィの写真だろう」
「別に一枚だけ」
「エルフィがよければ」
「もちろんです」
エルフィがすぐに答える。
「セレスさんにも、薬草園の整備へご協力いただきましたから」
「私は何も」
「危険な花を確認し、見学経路も整えてくださいました」
「先生のためです」
「それでも、私も助かりました」
エルフィはセレスの手を取った。
「三人で撮りましょう」
セレスは驚いたように、その手を見る。
やがて。
「……はい」
三人で並ぶ。
俺が中央。
右にエルフィ。
左にセレス。
家から伸びた木の枝が、撮影機を持っている。
『撮影します』
「どうして家がいる」
『庭園区画と接続しました』
「広がりすぎだ」
『三、二、一』
撮影の瞬間。
エルフィが俺の袖を軽く掴んだ。
セレスも負けじと、反対側の腕へ抱きつく。
「セレス」
「写真ですので」
「理由になっていない」
光が瞬いた。
写真には。
困った顔の俺。
楽しそうなエルフィ。
満面の笑顔で俺の腕へ抱きつくセレスが写っていた。
「報告用には使えないだろう」
「私を切り取れば使えます」
「そんな技術があるのか」
「私の世界にはあります」
エルフィが答える。
「では、セレスの分は別に保存しよう」
「先生」
セレスが写真を胸へ抱いた。
「ありがとうございます」
「撮ったのは家だ」
「先生が三人で撮ることを認めてくださいました」
「その程度で」
「私には大切です」
今日一日。
セレスは何度も空回りした。
俺とエルフィの間へ入ろうとした。
質問も多かった。
だが。
最後にはエルフィの手を取った。
写真にも一緒に入った。
完璧ではない。
それでも、昨日よりは前へ進んでいる。
『薬草園見学支援課題を終了します』
家の声が響く。
『女帝セレスの評価を更新します』
「結果は?」
セレスが緊張する。
『支援能力、良好』
「はい」
『嫉妬制御能力、要改善』
「……はい」
『他者との協調性、改善を確認』
「はい」
『旦那様の意思を尊重する能力、昨日より十八パーセント上昇』
セレスの表情が明るくなる。
「先生」
「よかったな」
「はい!」
『ただし、誠心花の効果中に旦那様へ十七件の恋愛質問を行ったため、三点減点します』
「家」
『事実です』
「今日くらいは見逃してやれ」
俺が言うと、セレスが俺を見る。
「先生」
『旦那様からの減点取り消し申請を受理しました』
「申請していない」
『恋愛質問のうち、旦那様も回答を拒否していなかったため、減点を取り消します』
「ありがとう、家」
『ただし、質問内容はすべて保存しております』
「消しなさい!」
◇
薬草園の見学を終えた、その日の午後。
今度は俺が見守る側だった。
地下都市の中央広場に設けられた、小さな休憩所。
向かい合う二つの椅子。
片方へ座っているのは、セレス。
もう片方に座っているのは。
第二境界世界。
聖騎士王アルベルト。
金色の髪。
青い瞳。
白銀の軍服。
背が高く。
顔立ちも整っている。
絵本に出てくる王子を、そのまま大人にしたような男だった。
「先生」
俺の隣に立つミレイユが、小声で尋ねる。
「なぜ私たちまで見学を?」
「俺一人で見ていたら、お前たちが別の場所から監視するだろう」
「そのようなことは」
『七名全員が監視場所を事前確認していました』
「家」
「事実だ」
「そこで全員、同じ場所から見ることにした」
俺たちは休憩所から十メートルほど離れた場所にいる。
俺。
ミレイユ。
リリス。
エリナ。
アウラ。
クロエ。
ノア。
アステラ。
セレス以外の七人が勢揃いだ。
「どうして俺だけの課題に、全員参加しているんだ」
「先生が不当な嫉妬をなさらないよう、支援するためです」
ミレイユが微笑む。
「お前たちは楽しんでいるだけだろう」
「少しだけ」
「正直だな」
セレスとアルベルトの会話が始まる。
「女帝セレス陛下」
「本日は女帝ではなく、セレスとして参加しております」
「では、セレス様」
「様も不要です」
「セレス殿」
「それで構いません」
アルベルトは穏やかな笑顔を浮かべる。
立ち居振る舞いも美しい。
「先生」
リリスが俺の顔を覗き込む。
「どうだ」
「何が」
「あの雄」
「雄と呼ぶな」
「顔がいい」
「そうだな」
「先生より?」
「好みの問題だろう」
「逃げた」
「逃げていない」
「先生のほうがいい」
アウラが言う。
「ありがとう」
「匂いも先生のほうがいい」
「比較しなくていい」
「でも、セレスは笑ってる」
俺は休憩所を見る。
確かに。
セレスが微笑んでいた。
俺の前で見せる、少女のような笑顔ではない。
女帝として使う、冷たい笑顔でもない。
一人の大人の女性として。
相手へ礼儀を払いながら、穏やかに話している。
「似合ってる」
エリナが言った。
「何が」
「二人」
胸の奥に、小さな違和感が生まれた。
「先生」
クロエが俺の顔を見る。
「心拍数が上昇しています」
「家だけでなく、お前まで測るな」
「商談相手の動揺を確認する習慣です」
「今は商談ではない」
「嫉妬ですか?」
「違う」
『旦那様の心拍数、平常時より十三パーセント上昇』
「家」
『事実です』
「暑いだけだ」
「地下都市の気温は一定」
ノアが俺の袖を引く。
「嫉妬してる?」
「少し気になるだけだ」
「同じ」
「違う」
「先生」
アステラが笑う。
「自分の時だけ、言い訳するのね」
「言い訳ではない」
「レオンも私たちと同じ」
「世界大戦を始めようとは思っていない」
「まだ」
「絶対に始めない」
休憩所では、アルベルトがセレスへ質問している。
「あなたは、十年間で大陸最大の帝国を築いたと聞きました」
「築いたのは私だけではありません。多くの者の力によるものです」
「謙虚なのですね」
「先生から、自分一人で何でもできると思うなと教わりました」
「やはり」
アルベルトの目が輝いた。
「すべては、レオン様の教えなのですね」
「先生をご存じなのですか?」
「もちろんです」
アルベルトは胸へ手を当てる。
「第二境界世界にも、虚無を越えて流れ着いた書物がございます」
「どのような書物ですか?」
「世界を滅ぼす七人の少女を、一人の男が救ったという記録です」
七人が反応する。
「私たちの話」
ミレイユが呟く。
「異世界にまで?」
クロエが紙を取り出す。
「出版権を確認します」
「今はやめろ」
「アルベルト王」
セレスが尋ねる。
「その記録を、お読みになったのですか?」
「百二十七回」
多い。
「子供の頃から、私の支えでした」
「支え?」
「私は王として生まれ、聖騎士となることを求められました」
アルベルトは真剣な顔になる。
「正しくあれ。強くあれ。誰よりも完璧であれ」
「大変だったでしょう」
「はい」
「俺より、セレスと話が合いそうだな」
俺が呟く。
隣でノアが俺の袖を強く掴んだ。
「先生」
「何だ」
「顔、怖い」
「普通だ」
「少し怖い」
「俺も嫉妬される側の気持ちが分かってきた」
セレスはアルベルトの話を静かに聞いている。
今日。
俺とエルフィの間へ何度も入ろうとしたセレス。
その彼女が今は、別の男の言葉へ真剣に耳を傾けていた。
「セレスは、俺以外の話も聞けるんだな」
「先生」
ミレイユが俺を見る。
「どういう意味でしょう」
「少しだけ寂しい」
口から出た。
「……」
七人とアステラが、一斉に俺を見る。
「今のは忘れろ」
「先生」
ミレイユの目が輝く。
「寂しいと?」
「忘れろと言った」
「セレスが、ほかの男性の話を聞いているから?」
「お前たちが今の言葉をセレスへ伝えるなら、全員正座だ」
「言わない」
ノアが答える。
「記録するだけ」
「もっと駄目だ」
『すでに記録しました』
「家!」
アルベルトの話は続く。
「ですが、レオン様の物語を読んで知りました」
「何をですか?」
「完璧でなくても、誰かを助けられることを」
セレスの表情が柔らかくなる。
「先生らしい教えです」
「私は、いつかレオン様へ直接お会いしたいと思っておりました」
「では、今回の交流へ参加した理由は」
アルベルトは立ち上がった。
セレスの前を通り過ぎる。
俺たちのいる場所へ歩いてくる。
「何だ?」
俺が身構える。
アルベルトは俺の前へ来ると。
突然。
片膝をついた。
「レオン・アルヴェイン様」
「どうした」
「どうか、私を弟子にしてください!」
大きな声が中央広場へ響いた。
「……弟子?」
「はい!」
アルベルトは顔を上げる。
先ほどまでの落ち着いた王の顔はどこにもない。
憧れの英雄を前にした少年のような顔だった。
「私は幼い頃より、あなたの弟子となることを夢見ておりました!」
「セレスとの交流は?」
「レオン様の一番弟子である女帝陛下から、あなたの教えを伺うためです!」
セレスが休憩所から立ち上がった。
「一番弟子?」
「違うのですか?」
「先生に最初に拾われたのは私です」
「年齢順では、私が上」
リリスが割り込む。
「最初に剣を教わったのは私」
エリナ。
「先生の背中に最初に乗ったのは私」
アウラ。
「それは弟子と関係ない」
「私は先生の資産管理を最初に」
クロエ。
「先生の部屋へ最初に忍び込んだ」
ノア。
「自慢することではありません」
ミレイユが言いながらも、アルベルトの前へ立つ。
「先生の弟子は、私たち七人です」
「八人目へ加えてください!」
「嫌です」
七人が声を揃えた。
「どうしてお前たちが断る」
「先生の弟子の座は、私たち七人だけのものです」
セレスが俺の腕へ抱きつく。
「先ほどまでアルベルト王へ、あれほど丁寧に接していたのに?」
「先生を奪う者だと分かる前の話です」
「恋愛目的ではないぞ」
「弟子として先生の時間を奪います」
「お前たちも国へ帰れば、俺の時間は空く」
「帰りません」
「国の仕事をしろ」
「地下に執務室を作りました」
「いつの間に!」
「昨日です」
アルベルトは七人へ囲まれても、まったく退かなかった。
「私には、国家権力も軍事力も必要ありません」
「何を学びたい」
俺が尋ねる。
「人を救う方法です」
「それなら、俺より適した者がいるだろう」
「いいえ」
「俺は国も率いていない」
「だからこそです」
アルベルトは真剣だった。
「国王としてではなく。一人の人間として、目の前の誰かを助ける方法を学びたい」
「先生」
セレスが俺を見る。
「断ってください」
「理由は?」
「私たち七人だけでも、先生の時間が足りません」
「弟子を増やしたら、お前たちと過ごす時間が減るからか」
「はい」
「正直だな」
「再教育中ですので」
「使い方が違う気もするが」
アルベルトはさらに頭を下げた。
「家事でも、掃除でも、何でもいたします!」
「王なのに?」
「王の仕事は、毎日遠隔で行います!」
「どこかで聞いたな」
リリスが視線を逸らした。
「一週間だけなら」
「先生!」
七人が声を上げる。
「弟子にするとは言っていない」
「では何を?」
「共同生活と異世界交流を手伝ってもらう」
「私が?」
アルベルトの目が輝く。
「八百四十二世界から人が来ている。男の代表者も、これから増えるだろう」
「はい!」
「王として、異世界人との調整を手伝ってくれ」
「承知しました!」
「その仕事を見てから、何を教えられるか考える」
「ありがとうございます、師匠!」
「まだ師匠ではない」
「先生」
セレスが俺の服を引く。
「本当に受け入れるのですか?」
「一週間だけだ」
「一週間も」
「お前たちも今日、俺にほかの女性との交流を認めさせたんだ。俺も、お前たち以外の誰かと話す」
「女性だけでなく、男性まで」
「性別は関係ないだろう」
セレスは不満そうだった。
だが。
アルベルトを追い返せとは言わなかった。
「先生」
「何だ」
「一つだけ、よろしいでしょうか」
「言ってみろ」
「一番弟子は、私です」
「そこへ戻るのか」
「重要です」
「七人全員、同じ教え子だ」
「拾われた順では私です」
「分かった。最初に出会った教え子はセレスだ」
セレスの顔が明るくなる。
「記録しました」
『記録しました』
「家まで答えるな」
アルベルトも立ち上がる。
「では、私は八番目の弟子候補として」
「候補だ」
「はい、師匠!」
「話を聞け!」
◇
『聖騎士王アルベルトからの弟子入り申請を仮受理しました』
「家」
『本人の意思を確認しました』
「俺は受理していない」
『一週間の観察期間が設定されました』
「話が早いな」
『さらに』
家の声が、中央広場へ響く。
『聖騎士王アルベルトの申請を確認した異世界代表者より、新たな申請が届いております』
「何の申請だ」
『旦那様への弟子入り申請です』
中央広場の壁へ、巨大な数字が表示された。
『現在、三百十四名』
「増えすぎだ!」
『男性二百六十八名。女性四十六名です』
「女性もいるのか!」
七人が、女性という言葉へ反応する。
「すべて却下します」
セレスが即答した。
「お前に権限はない」
「先生」
ミレイユが穏やかに言う。
「弟子を増やすこと自体は反対いたしません」
「珍しいな」
「ただし、全員へ入門試験が必要です」
「どんな試験だ」
「七人全員による審査」
「絶対に誰も通さないだろう」
「先生を大切にできる方でなければ」
「弟子に求める条件ではない」
リリスが腕を組む。
「私に勝てた者だけ」
「魔王に勝てる者が何人いる」
「ゼロ」
「最初から却下する気じゃないか」
エリナは少し考える。
「弟子なら、剣の試験」
「全員が剣士ではない」
「では、私と百回戦う」
「もっと厳しくなった」
アウラが手を上げる。
「先生の食べ物を取らない人」
「それは大切だな」
「私の食べ物も取らない人」
「自分の条件を足すな」
クロエは、すでに入門料を計算している。
「一人あたり金貨一万枚」
「高すぎる」
「三百十四名全員が支払えば、三百十四万金貨です」
「教育を商売にするな」
「先生の時間には価値があります」
「金で弟子を選びたくない」
「では、所得に応じて変動する制度を」
「その計算をやめろ」
ノアが俺の袖を握る。
「弟子、増やさないで」
「どうして」
「先生が遠くなる」
「俺はどこにも行かない」
「人が多い」
「お前が苦手なのは分かる」
「七人でいっぱい」
「七人で俺の周囲を埋めるな」
アステラは壁の申請者一覧を眺めていた。
「レオン」
「何だ」
「虚無王は、各世界から弟子を取るのが慣例みたい」
「また慣例か」
「八百四十二世界それぞれの管理者を育てるためよ」
「全員を俺が教えるのか?」
「以前の虚無王は、一人ずつ百年くらいかけたわ」
「八万年以上かかるだろう!」
「虚無では短い」
「人間の時間で考えろ!」
『旦那様』
「今度は何だ」
『虚無王継承式の条件が、一部判明しました』
「嫌な予感がする」
『八百四十二世界から、最低一名ずつ正式な弟子を選出してください』
「どうして王妃の次は弟子なんだ!」
『各世界との信頼関係を示すためです』
「八百四十二人も弟子にするのか?」
『はい』
七人の空気が凍りついた。
「先生」
セレスが、ゆっくり俺を見る。
「八百四十二人へ、私たちと同じように教えられるのですか?」
「無理だ」
「頭を撫でることも?」
「全員にはしない」
「一緒に食事を?」
「代表者会議くらいなら」
「困っている者がいれば、助けるのですか?」
「それは助ける」
七人の顔が一斉に曇る。
「待て」
俺は先に手を上げた。
「弟子を取ると決めていない」
『継承式に必要です』
「別の方法を探せ」
『承知しました』
「本当に探すんだな?」
『現時点では、弟子八百四十二名の選出が最も効率的です』
「効率以外を探せ!」
アルベルトが俺の前へ立つ。
「師匠」
「まだ違う」
「八百四十二名もの弟子を、一人で教える必要はありません」
「どうする」
「我々が、先に教えを学びます」
「我々?」
「私と、七人の先輩方です」
七人がアルベルトを見る。
「先輩?」
セレスが呟く。
「はい」
アルベルトは笑顔で七人へ頭を下げた。
「レオン様から直接教えを受けた、偉大なる七人の先輩方」
七人の表情が変わった。
「偉大なる」
ミレイユ。
「先輩」
リリス。
「悪くない」
エリナ。
「私が先輩?」
アウラ。
「教育事業として拡大可能ですね」
クロエ。
「後輩」
ノア。
単純だった。
「先生」
セレスが俺へ向き直る。
「八百四十二名の弟子候補は、まず私たち七人が指導いたします」
「急に賛成したな」
「先生のお時間を守るためです」
「本音は?」
「先輩と呼ばれるのは、悪くありません」
「正直でよろしい」
「私たちが教えを正しく伝えられるか、先生に見ていただけます」
「それは意味があるかもしれないな」
俺の教えを、七人がどのように理解しているか。
それを知る機会にもなる。
「ただし」
俺は七人を見る。
「軍隊を使うな」
「はい」
「魔法で従わせるな」
「はい」
「失敗した者を処罰するな」
「はい」
「話を聞け」
「はい」
「俺を崇拝させるな」
七人が黙った。
「最後も返事をしろ」
「先生」
ミレイユが困ったように微笑む。
「先生の素晴らしさを伝えず、何を教えればよいのでしょう」
「俺ではなく、考え方を教えろ」
「困っている人を助ける」
アウラ。
「そうだ」
「話を聞く」
ノア。
「ああ」
「悪い者は斬る前に確認する」
エリナ。
「斬らずに法へ任せろ」
「難しい」
「そこを教えるんだ」
七人は互いを見る。
アルベルトも真剣に頷いた。
『新たな共同生活課題を登録しました』
「何を登録した」
『七名は、八百四十二世界から選出される弟子候補へ、旦那様の教えを伝えてください』
「期間は?」
『三十日間』
「婚姻審査と同時に?」
『はい』
「仕事が増えているぞ」
『他者を導くことで、七名自身の再更生も促進されます』
「理屈は分かる」
『最初の弟子候補、聖騎士王アルベルト』
アルベルトが姿勢を正す。
『最初の教育担当者を発表します』
七人が緊張する。
『女帝セレス』
セレスの顔が明るくなる。
「私が最初ですね」
『課題内容』
「何でしょう」
『聖騎士王アルベルトへ、旦那様の教えである、まず相手の話を聞くこと、を実践形式で指導してください』
「承知しました」
『なお、実践相手として、旦那様とエルフィ様の薬草園写真を使用します』
セレスの笑顔が固まった。
「なぜですか?」
『写真を見ても怒らず、まず撮影経緯を聞くよう指導してください』
「私が?」
『はい』
「この写真を見ながら?」
壁へ。
俺とエルフィ。
そして俺の腕へ抱きつくセレスの写真が表示された。
「先生とエルフィさんの部分だけ切り取られています!」
『教育用です』
「元へ戻しなさい!」
『怒る前に、まず理由を聞いてください』
セレスは口を開いた。
閉じた。
もう一度開く。
「……なぜ、私を切り取ったのですか?」
『弟子候補へ、嫉妬への対処を教えるためです』
「私は納得しておりません」
『それでも怒らず話を聞けますか?』
セレスの手が震える。
腕輪がなければ、壁は消えていただろう。
「セレス」
俺が呼ぶ。
「はい、先生」
「俺も一緒にいる」
セレスは俺を見る。
「お前が俺から教わったことを、アルベルトへ伝えてみろ」
「……はい」
彼女はゆっくり息を吐く。
そして、アルベルトへ向き直った。
「まず」
笑顔は少し引きつっている。
「感情のまま、写真を燃やしてはいけません」
「はい、先輩」
「撮影した理由を聞きます」
「はい」
「それでも納得できなければ」
「できなければ?」
「先生へ、なぜ私以外の女性と二人で写真へ写ったのか、夜まで詳しく説明していただきます」
「セレス」
「暴力は使いません」
「話を聞く時間が長すぎる」
「教育とは時間が必要です」
アルベルトは感動したように頷いている。
「素晴らしい教えです!」
「どこが!」
俺は頭を抱えた。
七人の再更生教育。
八百四十二世界との交流。
虚無王継承式。
王妃候補。
弟子候補。
共同生活三日目にして。
俺の家は。
婚姻相手を選ぶ場所ではなく。
世界を滅ぼしかねない者たちを、まとめて教育する学校になり始めていた。
そして壁には。
新しい施設名が表示されていた。
『レオン・アルヴェイン更生学園』
「勝手に学校を作るな!」
『初代学園長、レオン・アルヴェイン』
「就任しない!」
『教員、七名』
「先生と一緒に教師」
セレスの目が輝く。
「悪くない」
リリス。
「剣術科」
エリナ。
「お昼寝科」
アウラ。
「経営学部を設立します」
クロエ。
「潜入科」
ノア。
「神学部は私が」
ミレイユ。
「全部却下だ!」
壁へ、さらに文字が追加される。
『入学希望者――現在、三千二百七十一名』
「増えるのが早すぎる!」
八百四十二世界から来た者たちが。
王妃候補の次は弟子候補となり。
今度は学生として、俺の家へ集まろうとしていた。
俺は今日。
女帝の嫉妬を少しだけ直すはずだった。
どうして。
世界最大の学校の学園長へ、勝手に就任させられそうになっているのだろうか。
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