第8話 雪道の買い付け交渉
塩と肉の横流しを止めるには、まず商人の顔を見に行く必要がある。
そう判断した私は、翌朝の買い付けに自分も同行すると言い出した。イザークは止めたが、ヴィクトルは一瞬考えただけで頷いた。
「俺がつく。嫌がらせがあると面倒だ」
砦から麓の市までは、馬で一時間半。道は雪解けでぬかるみ、ところどころ氷が残っていた。私は厚手の外套に包まりながら、横を進むヴィクトルに訊く。
「いつもは誰が交渉していたんですか」
「前任の兵站係だ。気づけば商人に言い値を払っていた」
「気づいたときには食堂が空っぽ、と」
「ああ」
市に着くと、まず塩商人の店を覗いた。帳簿に載っていた数量を伝えると、主人は露骨に目を逸らした。
「その量なら、先月も先々月もとっくに納めていますぜ」
「でしたら受領印のある現物確認書を見せてください」
私が微笑むと、男は黙った。
次に寄った製粉所では、事情が少し違った。老いた粉屋は怯えたように言う。
「クラウゼン侯爵家の御用商が間に入るから、砦に直接売るなと……」
「今日からは私が買います」
私はその場で必要量と価格を書き出し、前払い分の銀貨を置いた。
「遅れたら違約。きちんと納めたら継続。帳簿は毎回こちらで控えます」
粉屋の目が丸くなる。
「お貴族様が、こんな細かい契約を?」
「細かい契約が、一番人を飢えさせません」
帰り道、凍った石畳で足を滑らせた私は、危うく荷馬車の轍へ突っ込みかけた。とっさに腕を引いたのはヴィクトルだ。分厚い手袋越しでも、彼の手は驚くほど熱かった。
「危ない」
「すみません」
「だから朝、迎えに来る必要がある」
「買い付けまで毎回付き添うんですか」
「必要なら」
あまりに真顔で言うので、私は返事に困ってしまった。
冷たい風の中なのに、耳だけが熱い。雪道より厄介なのは、この団長の無自覚さかもしれない。




