第9話 騎士団の台所改革
新しい仕入れ先が決まると、台所の景色は目に見えて変わった。
棚ごとに札をつけ、入荷日を書き、使った量をその場で記録する。余りが出やすい野菜は先に下処理して保存し、硬くなったパンは乾かして砕き、スープや焼き料理に回す。誰が見ても分かるようにすれば、誤魔化しはぐっと難しくなる。
「面倒くせえなあ」
最初に文句を言ったのはブルーノだったが、三日後には一番几帳面に札を並べていた。
「数字が合うと気持ち悪いくらい気分がいいんだな……」
「今まで気持ち悪くないほうがおかしかったのよ」
私は乾いたハーブを刻みながら答える。
台所の者たちも巻き込んで、週ごとの献立を作った。月曜は豆と麦、火曜は魚、水曜は鶏、木曜は煮込み、金曜は焼き料理。兵たちが楽しみにできるよう、小さな変化を必ず入れる。食事は戦場の外で唯一、毎日やってくる希望だ。
夕方、訓練帰りの兵が食堂を覗き込み、嬉しそうに顔を上げた。
「今日は肉団子の日か」
「昨日の煮込みの再利用ですよ」
「再利用なのに、昨日より楽しみなんだよな」
その言葉に、マルタがふんと鼻を鳴らす。
「文句があるなら食べなくていいよ」
「ないです!」
笑い声が上がる。以前のノルトヴァルト砦にはなかった音だった。
夜、帳簿を閉じたところでヴィクトルがやってきた。彼は棚に整然と並んだ札を見て、感心したように息を吐く。
「ここまで変わるとは思わなかった」
「人は、食べるものが整うと働き方まで整います」
「あなた自身も整えてくれ」
「はい?」
「帳簿に夢中になると肩が固まる。毎晩そんな顔をしている」
そう言って、彼は私の机に温かい茶を置いた。
侯爵家で誰かが、私の肩こりに気づいたことなど一度もなかった。胸の奥がくすぐったくなって、私は茶碗から立つ湯気に視線を落とす。
「……ありがとうございます」
「礼なら、明日の朝飯で」
無骨な言い方なのに、優しさが隠しきれていない。気づいているのは、たぶん私だけではなかった。




