第39話 朝焼けの誓約書
クレッセ男爵家への聴聞は、夜明け前から始まった。
辺境伯邸の会議場には、辺境伯家、監査院、港の代表、街道沿いの村長、そして私たちの帳簿が並んでいる。相手側にはクレッセ男爵本人と執政官ブリクス。二人とも余裕を装っていたが、机へ置かれた帳面の数を見た瞬間に顔色が変わった。
私は順に説明した。関所での不正徴収、港の塩横流し、橋材の転用、中継倉庫の修繕費流用。最後に、防寒庫の資材の隙間から見つかった裏帳簿を開く。
「この金は、橋ではなく狩猟小屋の増築へ回っています」
ブリクスが何か言い返そうとしたが、サビーネが先に切り捨てた。
「筆跡も印も一致。言い逃れは無理です」
辺境伯の判断は速かった。違法通行税の即時停止、流用分の返還、橋および中継倉庫の修復費負担。さらにクレッセ男爵家は一定期間、街道徴収権を停止される。
男爵が声を荒げた。
「辺境の食糧ごときで!」
私は静かに返す。
「食糧ごときで、人は飢えます」
会議場が静まり返る。そこでアルマ夫人が白い封書を私へ差し出した。婚姻承認書と、新設される街道共同運営組合の認可書だった。
「これがあなたたちの新しい誓約書よ」
私はそれを受け取り、隣に立つヴィクトルを見る。彼もまた、辺境伯の立会いのもと婚姻契約書へ署名した。朝焼けが窓から差し込み、紙の白を薄く染める。
「明日は、ちゃんと朝食を」
ヴィクトルが低く言う。
「ええ。今度は誰にも止められずに」
帳簿で始まり、契約書で終わる。私たちらしい夜明けだった。




