第40話 辺境の朝は黒字で始まる
婚礼の日の朝も、私はいつもの時間に目を覚ました。
違うのは窓辺の茶卓と、机が二つあることくらいだ。別棟二階の新しい部屋は、豪奢ではないが明るく、帳簿を広げる棚と食堂を見下ろせる小窓がある。実に私たちらしい。
下へ降りると、食堂はもう祝いの匂いで満ちていた。マルタが大鍋で祝いの麦粥を煮込み、オーギュストが香草塩の魚を焼き、エマたちが白い布を卓へかけている。兵も村人も御者も、今日は皆、同じ食卓につく。
「花嫁が一番に台所へ来るのか」
背後から声がして振り向くと、ヴィクトルが茶器を持って立っていた。婚礼衣装なのに、やることはいつもと変わらない。
「花婿のほうこそ」
「約束したからな。朝の茶は俺が持つ」
私は受け取った茶をひと口飲む。落ち着く味だった。
食卓の中央では、共同運営組合の新しい看板が掲げられている。南回り街道改め、黒字街道。ヨハンナが笑って言った。
「縁起のいい名前だろう?」
ええ、本当に。
式は短かった。辺境伯家の承認書、婚姻契約、組合の運営札。それから食堂いっぱいの拍手。飾りより先に、皆で朝食を取る。それだけで十分だ。
食後、私は新しい帳簿へ最初の一行を書いた。
『本日、共同運営組合および新家計始動』
隣でヴィクトルが当然のように次の頁を押さえる。
「行こう、ミレイユ」
「ええ」
夫の愛人に家計を奪われた朝、私は終わったと思った。けれど本当に始まるのは、奪われたものを取り返したあとの朝だったのだ。
辺境の朝は、今日も鍋の音と帳簿の紙鳴りで始まる。違うのは、そのどちらにももう赤字の匂いがしないことだった。




