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第38話 花嫁衣装より防寒庫
婚礼の日取りが決まっても、私の頭の中にあったのは布の色より防寒庫の壁厚だった。
「ミレイユ様、せめて採寸だけは」
エマに半ば引きずられるように仕立て部屋へ連れて行かれ、私はようやく白い布を前に座った。選ばれたのは絹だけではなく、辺境の風に耐える薄い羊毛を重ねた実用的な一着だ。
「豪華すぎませんか」
「豪華じゃありません。暖かいんです」
エマが胸を張る。確かに、これは見栄のための衣装ではない。冬の朝でも歩ける花嫁衣装だ。
採寸を終えて倉庫予定地へ行くと、ヴィクトルたちが防寒庫の石積みを見ていた。壁は予定より一段厚くなっている。
「予算は?」
私が訊く。
「黒字祭の残りと、辺境伯家からの補助だ」
私は少しだけ笑った。
「なら文句はありません」
そのとき、木材の隙間から薄い革帳が出てきた。運搬監督が慌てて差し出す。橋材の納入先と再転売先を控えた裏帳簿だ。クレッセ男爵家別荘、狩猟小屋、港臨時倉。全部繋がった。
「最後の一枚ですね」
私が言うと、ヴィクトルが短く頷く。
「明日で終わらせよう」
花嫁衣装より防寒庫。普通の貴族令嬢なら呆れるのかもしれない。けれど私は、こうして必要な順に整っていく暮らしのほうがずっと好きだ。
冬へ備える壁と、明日へ向かう証拠。その両方が揃った夜だった。




