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第35話 嫉妬ではなく見積書

婚礼の準備は、意外にも家具屋との交渉から始まった。


 砦内別棟の二階を住居に改めるため、机、棚、寝台、食器棚の見積もりを取っていたのだが、どの業者も『団長の婚礼だから』と値を盛ってくる。


「お祝い価格なんてものは、たいてい高いだけです」


 私は三枚の見積書を並べた。すると対面のヴィクトルが、なぜか一番右の紙だけをじっと睨んでいる。


「この家具師、妙に馴れ馴れしい」


 思わず吹き出した。

「嫉妬ですか」

「違う。見積書が雑だ」


 確かに右端の若い家具師は、椅子一脚ごとの木材量すら書いていなかった。私は赤線を引く。


「では却下です」


「却下」


 即答が重なって、二人で顔を見合わせる。


 結局選んだのは、無口な老家具師の簡素な案だった。丈夫で直しやすく、机は二つ、棚は深く、寝台は無駄に大きくない。


「花嫁らしくない部屋になるぞ」

 ヴィクトルが言う。


「花嫁らしい部屋より、朝すぐ帳簿を開ける部屋がいいです」


 そこで彼が少し考え、見積書の余白へ一行加えた。


『窓辺に小さな茶卓を一つ』


「これは?」

「朝食前に、あなたへ茶を出す場所だ」


 私はその文字をしばらく見つめてから、静かに頷いた。


 豪華な婚礼道具より、こういう小さな実用品のほうがずっと嬉しい。生活とはたぶん、見栄ではなく続く朝の積み重ねだからだ。


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