第32話 冬支度の家計簿
春のうちに冬の数字を作る。それが辺境では当たり前だ。
私は街道沿いの村々を回り、麦、豆、薪、毛布、薬草の必要量を聞いて歩いた。去年の消費量だけでは足りない。今年は臨時食堂が増え、行き場を失った使用人たちの雇用も始まっている。
「早すぎませんか」
若い会計兵が訊く。私は首を振った。
「冬は来てから計算しても遅いの」
村ごとの表を並べていくと、はっきり見えた。クレッセ男爵領の通行税が続く限り、どこも備蓄を厚くできない。逆に言えば、そこを止めれば冬は越せる。
昼、クララの家で薄いスープを飲みながら、私は共同購入の提案をした。
「各村が別々に少量を買うから足元を見られます。砦がまとめて契約し、必要量を割り戻しましょう」
クララが目を丸くする。
「そんなこと、今まで誰も」
「やっていないなら、やるだけです」
夕方までに、三つの村が共同購入へ乗った。エマが新しい台帳を書き、ヨハンナが港での保管スペースを確保し、イザークが輸送順を組み直す。
数字が積み上がるたび、私は確信する。これは食堂ひとつの仕事ではない。辺境の家計そのものを黒字へ戻す仕事だ。
砦へ戻るころ、ヴィクトルが私の馬の手綱を取った。
「顔が満足そうだ」
「冬に勝てる形が見えてきました」
彼は頷く。
「では、街道にも勝つか」
ええ。今度は道のほうを、ちゃんと会計する番である。




