第29話 港から消えた塩船
港町は、朝から塩と魚の匂いで白く霞んでいた。
ヨハンナの倉へ飛び込むと、彼女は腕を組んだまま待っていた。
「あんたの荷なら着いてるよ。ただし、全部じゃない」
机へ置かれた船荷証には、二十樽のはずが十五樽しか記されていない。残り五樽は『臨時貴族便』として切り離されていた。
「誰が?」
「クレッセ男爵家の名で来た使いさ」
私は証票の筆跡を見た。関所領収書と同じ癖がある。ブリクス本人ではなくても、その部下だ。
港の荷揚げ場で話を聞くと、夜更けに紋章付きの荷車が来て、役人へ銀貨を握らせていったという。雑だが、雑だから証人が残る。
ヴィクトルが倉庫番の男を連れてきた。四十代の痩せた男で、こちらを見るなり膝を折る。
「命令されたんです。記録だけ別にしろと」
「別の記録はどこ」
私が問うと、男は腰の革袋から小さな帳面を出した。正式な台帳には載せられない出し入れだけを書いたものらしい。
ページをめくる。塩五樽、橋板二十枚、乾燥肉十二箱。全部、クレッセ男爵領の『臨時保全倉』へ移送。代金は街道保全費から相殺。
「綺麗に繋がりましたね」
私は帳面を閉じた。橋の修繕費は橋へ行かず、塩と木材と肉になって男爵領へ流れていたのだ。
「押さえられるか」
ヴィクトルが訊く。
「ええ。これで関所、港、倉庫が一本の線になります」
帰りの馬車で帳面を抱えながら、私はふと思う。相手はずっと、辺境の台所なんて誰も気にしないと思っていたのだろう。
けれど食卓を甘く見た人は、だいたい最後に数字で転ぶ。




