表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/40

第25話 値札のない婚約指輪

その夜、私は自分の部屋で指輪を外して机の上へ置いた。


 値札はない。だからこそ、ときどき不安になる。私は誰かの妻という肩書きで押し込められるのが嫌であの屋敷を出た。なのにまた、別の指輪を受け取ってしまった。


 扉を叩く音がして、ヴィクトルが入ってくる。手には二枚の紙があった。


「イザークに書式を借りた。契約書だ」


「何の?」


「婚約後の取り決め」


 私は目を瞬かせた。紙には簡潔にこうある。ミレイユはノルトヴァルト騎士団給養監督官として独立した権限と報酬を持つこと。婚姻後も職務を継続すること。家計は共同だが、個人の裁量費は互いに干渉しないこと。住居は砦内別棟の二階を改修し、執務机は二つ置くこと。


「……本気ですか」

「本気だ。あなたが不安に思うなら、最初に数字へしておいたほうがいい」


 私は思わず笑ってしまった。こんな求婚があるだろうか。花より先に、生活と権限の明細だ。


「可愛げがないと言われますよ」

「あなたに必要なのは可愛げより安心だろう」


 その一言で、胸のつかえがすっと落ちた。


「では一つ追加です」

「何だ」


「無駄に高い家具は禁止。実用品を優先」


 ヴィクトルは即答した。

「異論なし」


 私は改めて指輪をはめる。値札がないのは、所有物ではないからだ。これは私を縛る輪ではなく、並んで暮らす約束なのだろう。


「公表はもう少し待ちましょう」


 私が言うと、ヴィクトルは頷いた。

「街道の問題を片づけてからだな」


 机の上には契約書、窓の外には砦の灯り。私はようやく、結婚という言葉を怖がらずに見られる気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ