第23話 元侍女エマ、辺境へ来る
砦へ帰ると、食堂の前で見慣れた栗色の髪が跳ねた。
「ミレイユ様!」
駆け寄ってきたのはエマだった。侯爵家を出る前、最後に仕入れ控えを託してくれた元侍女である。その後ろには三十代半ばくらいの女性が二人、荷袋を抱えて立っていた。
「どうしてここへ」
私が尋ねると、エマは少しだけ唇を噛んでから笑った。
「侯爵家、もう本当にだめです。給金も出ませんし、まともな人から切られていきました。だから、行くならミレイユ様のところだと思って」
後ろの二人が頭を下げる。ひとりは元洗濯係のリディ、もうひとりは夜会の配膳をしていたヘレナだ。どちらも大人の女で、働く目をしている。
「住むところは?」
「まだです。でも、仕事があるなら何でも」
私はためらわなかった。今ちょうど、道の途中で止まる荷と人を回す手が足りない。
「あります。食堂と倉庫、それから街道の仮台所」
エマの顔がぱっと明るくなる。
「やります」
荷ほどきを手伝っていると、エマが小さな布袋を差し出してきた。中には領収書の切れ端と、侯爵家で使っていた外注先の一覧が入っている。
「使えそうなものを集めてきました。中に、クレッセ男爵領の御用商の名前もあります」
私は袋の中身を見て、思わず息をついた。侯爵家の崩壊で捨てられた人たちは、ただ流されてきたわけではない。ちゃんと武器になるものまで持ってきてくれたのだ。
夕食後、マルタが大鍋をかき混ぜながら言った。
「人は減るより増えるほうが台所は強いよ」
その通りだった。行き場を失った大人たちに仕事ができれば、食堂も街道も同時に立て直せる。
私はエマへ新しい帳簿を渡した。
「今日から、あなたは私の補給補佐です」
エマは泣きそうな顔でそれを受け取る。
「今度は、ちゃんと味方の家で働けるんですね」
私は頷く。捨てられた人を拾うのではない。働ける人と、働ける場所を繋ぎ直すだけだ。




