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第21話 婚約者は朝食会議に現れる

翌朝、私はいつもより少しだけ早く食堂の鍵を開けた。


 指輪がある。たったそれだけで、手元の動きが妙に落ち着かない。銀の輪は派手ではないのに、鍋の蓋を持つ指に乗ると不思議なくらい存在感があった。


「隠さなくていい」


 背後から聞こえた低い声に振り返ると、ヴィクトルが湯気の立つ茶器を持って立っていた。外套の肩には朝露が残っている。毎朝迎えに来ると言った人は、本当に一日も欠かさないらしい。


「隠していません」

「なら、堂々としていればいい」


 そう言って彼は私の左手を一度見て、満足したように席へついた。頬が少しだけ熱くなる。


 だが甘い空気は長く続かなかった。副官イザークが帳簿束を抱えて飛び込んできたからだ。


「団長、ミレイユ殿。南回り街道の補給費がまた跳ね上がっています」


 食卓に広げられたのは、砦へ届く麦と塩の仕入れ控えだった。橋の補修費、通行税、護衛料、仮保管料。名目が多すぎる。私はすぐに計算盤を弾く。


「おかしいです。荷の値段より、道へ払う金のほうが増え始めています」


 ヴィクトルが眉をひそめた。

「橋は去年直したはずだ」


「なのに今月だけで三度も臨時修繕費が乗っています。赤字の道ですね」


 私が呟くと、イザークが苦笑した。

「ぴったりだな。兵の間でも、最近はあの道を赤字街道と呼んでいる」


 私は朝粥をよそいながら決めた。


「見に行きましょう。砦の台所だけ整えても、道の途中で金と食料が削られていたら意味がありません」


 ヴィクトルは匙を置く。

「同行する」


「団長として?」


 灰色の目が静かに笑った。

「給養監督官の護衛として。ついでに婚約者としてでもいい」


 私は吹き出した。

「では、朝食会議の議題第一は赤字街道、第二は団長の発言の重さです」


「後者は却下だ」


 兵たちの笑い声が食堂へ流れ込み、今日も一日が始まる。けれど今度は、砦の外の数字まで取り返しに行く番だった。


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