表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/40

第16話 もう侯爵夫人ではありません

査問の前日、レナードは我慢しきれなくなったらしい。


 昼下がりの砦の中庭へ、豪奢な馬車で乗りつけてきた。セリーヌまで連れているあたり、最後まで見栄を捨てる気はないのだろう。


「ミレイユ、勝手な真似も大概にしろ」


 馬車から降りるなり、それだ。


 訓練帰りの騎士たちが足を止める。サビーネも会議室の窓からこちらを見ていた。


「勝手なのは、軍需金を愛人のサロンへ流したあなたです」


「証拠もないくせに」


「あるから監査官が来ているんです」


 レナードの顔が引きつる。セリーヌは私を睨みつけた。


「あなたさえ黙っていれば、全部うまく回ったのに」


「それを回っていたとは言いません」


 私は鞄から書面を取り出した。王都で正式に作成しておいた離縁申請だ。


「レナード・クラウゼン。私はすでに離縁の申し立てを終えています。今後、私へ夫としての権利を主張しないでください」


「妻が夫に逆らうのか」


「もう侯爵夫人ではありません」


 言い切ると、胸の奥まで風が通った気がした。


 レナードが一歩踏み出した瞬間、ヴィクトルが私の前へ出る。


「それ以上近づくな」


「部外者は引っ込め」


「ここは俺の砦だ」


 短い言葉なのに、空気が一変した。レナードは初めて、自分がもう王都の応接間ではなく、辺境の石畳に立っているのだと思い出したらしい。


 彼は唇を歪め、最後に捨て台詞だけ残した。


「明日の査問で後悔するなよ」


「後悔するのは、帳簿を読めなかった人のほうです」


 馬車が去ったあと、中庭に張っていた緊張がふっと解けた。


 ヴィクトルが振り返り、私の顔を見て少しだけ眉を寄せる。


「平気か」


「ええ。思ったよりずっと」


 自分でも不思議だった。怖くないわけではない。でも、もうあの人の声で立ち尽くす私ではない。


 その事実が、何より私を支えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ