第12話 侯爵家の穴だらけの帳簿
祭りの翌朝、砦へひっそりと入ってきた荷馬車があった。
御者台から降りたのはエマだった。久しぶりに会う彼女は頬をこけさせていたが、目だけはしっかりしている。
「無事でよかった」
「そちらこそ」
彼女が抱えてきた木箱には、侯爵家の古い帳簿と契約書の控えが詰め込まれていた。
「旦那様、最近は焦っていて、書庫の管理まで雑なんです。奥様が前に探していた北向けの仕入れ分、やっぱりありました」
私はすぐに机へ向かい、砦の伝票と並べた。
数字は嘘をつかない。隠そうとしても、使った金は痕跡を残す。
侯爵家の帳簿上では、北向けの塩と麦に支出がある。だが実際には、その一部が王都の宝飾店、香油商、そしてセリーヌの借りた新しいサロンの賃料へ流れていた。名目だけ変えて、同じ金を何度も回している。
「軍需金まで食い込んでいる……」
思わず声が漏れた。
レナードは、自分の屋敷の赤字を埋めるために辺境の腹を削っていたのだ。
怒りより先に、呆れが来た。そこまでして守りたかったのが、愛人の見栄と自分の体面なのか。
「証拠になりますか」
不安そうに訊くエマへ、私ははっきり頷く。
「十分すぎるくらいに」
そこへヴィクトルとイザークが入ってきた。帳簿を見たヴィクトルの表情が冷え切る。
「兵の食糧を横取りして、王都で遊んでいたわけか」
「しかも、侯爵家の不足分まで埋めていたようです」
イザークが低く唸った。
「これ、王都監査院に回せるな」
私は頁を揃えながら言う。
「回しましょう。今度こそ、途中で抜かれないように」
エマが持ってきたのは帳簿だけではない。侯爵家を出る前に失ったものを、証拠の形で取り戻してくれたのだ。
もう、見て見ぬふりはしない。




