第11話 砦祭の晩餐会
黒字になったばかりの食堂へ、今度は厄介な客がやって来た。
春先のノルトヴァルトでは、街の商人と騎士団が顔を合わせる小さな祭りがある。取引先の見直しも兼ねた晩餐会だと聞き、私は地元の食材だけで組める献立を考えた。燻製魚の前菜、豆の温サラダ、香草を利かせた鶏の煮込み、黒パンの焼き菓子。見栄ではなく、続けられる豊かさを見せるための食卓だ。
ところが開宴前、門番が困った顔で知らせに来た。
「クラウゼン侯爵と、連れのご婦人が来ています」
思わず息を止めた。レナードとセリーヌだ。
どうやら砦向けの新しい供給契約を取り戻しに来たらしい。食堂へ入ってきたセリーヌは、私のエプロン姿を見るなり唇を吊り上げた。
「まあ。侯爵夫人だった人が、本当に台所女中になるなんて」
「役に立つ仕事を選んだだけです」
私は平然と返す。以前ならこの嫌味に胸を刺されていただろう。でも今は、背後に湯気の立つ鍋と働く人たちがいる。
晩餐会が始まると、勝負はあっさりついた。セリーヌが持ち込んだ王都風の菓子は旅路で崩れ、冷めた肉は脂が浮いている。一方、こちらの煮込みは皿が空くたびにおかわりが出た。
「この豆料理、酒に合うな」
「砦の飯とは思えん」
客たちの声が広がるたび、レナードの顔が険しくなっていく。
そしてとどめのように、ヴィクトルが皆の前で言った。
「今の食堂は、ミレイユが立て直した。今後の仕入れも、彼女の帳簿を通さないものは採らない」
その言葉で、商人たちの視線が一斉にこちらへ向いた。私は軽く一礼する。
「価格と納期と品質。それだけ守っていただければ、どなたとでも公平に取引します」
侯爵家の名ではなく、私自身の言葉で。
セリーヌは唇を噛み、レナードは明らかに面白くなさそうだった。それでも二人は何も言い返せない。今ここで腹を満たしている客たちが、答えそのものだったからだ。
晩餐会のあと、片付けをしているとヴィクトルが隣に立った。
「よく戦った」
「食堂でですか」
「あなたにとっては、ああいう場のほうが前線より厄介だろう」
否定できず、私は小さく笑う。
「でも、今夜は勝てました」
「ああ。完勝だ」
その一言が、妙に甘く残った。




