矢銭なんか払いたくない
酒田の最上川北岸に、御守衛隊の詰め所と飲み食い屋(猪口酒屋)と資材置き場を作った。
佐渡でも越後でも建築ラッシュで資材はいくらでも欲しい。
北へ南へと行き交う北前船でも、建築資材は常に購入の一手だ。
御守衛隊の詰め所と猪口酒屋は、現在、越中の【滑川】と、上越の【塔ヶ崎】、中越の【椎谷】【久田】【川本】【和田部】【新保】、下越の【宮川】【念珠関】、【越後米沢街道】と【越後会津街道】、【清水峠】と【三国峠】、後、高梨氏と村上氏の領地の境あたりの【小布施】にある。
(詰め所はないが猪口酒屋は輪島にもある)
猪口酒屋では、その場で飲み食いが出来るようになっているが、佐渡開発の各種商品も置いてあり、購入出来るようにもなっている。
支払いは銭で行われており、銭がなければ米なり何なり持ってきてもらって、それらを買い取って銭を渡し、その渡した銭の中から支払ってもらう。
米一升を10文で買い取って、かけそば一杯4文とイカの塩辛一皿2文と猪口酒一杯1文(猪口酒は一杯目は1文、二杯目は2文、三杯目は3文と値上がっていくシステム)で7文払って3文持って帰る、みたいに佐渡の銭の普及場所にもなっている。
(古銭、びた銭の回収場所でもある)
ここ酒田の御守衛隊詰め所と猪口酒屋では、隣にこの資材置き場の管理と土木建築、その他ナンデモ請け負い業の窓口も作った。
周辺の人々にお願いした石灰石の買い取りも、ここでしている。
が、持ち込まれる石はほとんど(と言うか全部)石灰石ではない。
せっかく持ってきてくれるので、持ち込まれた石材は、モノによっては(と言うかほとんど)二束三文だが、基本全て買い取っている。
鳥海山で石灰石が採れると言う情報も、眉唾モノかもしれない。
外交・諜報部門から砂越氏に石灰石の買い取りの交渉をしようとしていたが、そもそも鳥海山に石灰石があるのかどうかを先に調査した方が良さそうだ。
そんなわけで、三人一組のスコップ部隊を日替わりで数回、鳥海山に送り込んだ。
地質調査の結果(歩き回っただけだが)、鳥海山では石灰石は見つからず、火山岩のようなモノばかりだった。
まぁ、庭石とかには使えるかもしれないが、わざわざ他家の山から持ち出すようなモノではない。
(石といえば、九谷の方の陶石はうまい具合に集められていて、ちょくちょく敦賀便、小浜便が買い取って積んで帰ってくる)
〜 〜 〜 ※ 〜 〜 〜 ※ 〜 〜 〜
さて、佐渡本間家が酒田港の三十六人衆に入り、酒田の町を御守衛隊(本庄氏が派遣)が見回るようになった。
砂越氏が酒田港に要請してきていた法外な矢銭については支払いを拒否した。
酒田港はまったく運上金を払っていないわけではない。
大宝寺氏には毎年、それなりの額を納めているし、砂越氏にも以前は納めていた。
砂越氏は大宝寺氏と何度も争っており、優勢だったり劣勢だったりしていたが、数年前に負けた時に当主と嫡男共々に全滅してしまい、今の砂越氏は大宝寺氏の身内が養子になって再興させている。
そんなわけで、ここ数年、砂越氏への運上金は支払っていなかったが、大宝寺氏の身内の今の砂越氏がまた、大宝寺氏と戦をはじめて、軍資金が必要だからと矢銭を払えと言ってきたのである。
以下は三十六人衆に入った時に、鐙屋さんと加賀屋さんから聞いた話だ。
「前の砂越様が滅びる以前の戦の時には、砂越様からも大宝寺様からも、両方から矢銭の請求がございました」と鐙屋さん。
「やっと砂越様が滅んで大宝寺様と一緒になったと思っていたのに、また同族で争うのに矢銭を払えなんて、とても付き合いきれません」と加賀屋さん。
「最近、越後に色々と珍しい物が出回るので、度々岩船やら蒲原まで船を出しておりましたら、船からあの中浜村の港を見ていて、あっという間に立派な船着き場が出来て、そんで港の回りがお城みたいになっていって…」と鐙屋さん。
「んで、こりゃあ酒田にもあんな港を作って欲しいと…」と加賀屋さん。
「いっそ、本庄様にこっちまで攻めてきて庄内まるごと治めて欲しいと言いに来たんです」と鐙屋さん。
「そしたら、あれは佐渡じゃとおっしゃって…」と加賀屋さん。
「庄内はのどから手が出るほど欲しいから、佐渡を巻き込めと言われまして…」と鐙屋さん。
「ハハ…^^; まぁ、まず会談をもちましょうか… ハハ…^^;」と俺。
実は、石灰石で有名な山として「鳥形山」と「鳥海山」を間違って覚えていました ^^; ^^; ^^;
今回、これを書いてから、あらためて調べてみたら、「鳥海山」石灰石ないやん><
「鳥形山」って四国やん><




