関東平協定事項定(江戸公方爆誕)
江戸城評定の間
上座真ん中:近衛晴嗣
左並び筆頭:上杉定虎
左並び二番目:上杉憲政 左並び二番目二列目:長野道安
左並び三番目:長野業正 左並び三番目二列目:遊佐宗円
左並び四番目:蘆名盛氏 左並び四番目二列目:長続連
左並び五番目:高梨政頼 左並び五番目二列目:長尾政景
左並び六番目:椎名康胤 左並び六番目二列目:直江景綱
左並び七番目:大宝寺義増 左並び七番目二列目:中条藤資
左並び八番目:井上清政 左並び八番目二列目:柿崎景家
左並び九番目:島津忠直 左並び九番目二列目:宇佐美定満
右並び筆頭:北条氏康
右並び二番目:足利義氏 右並び二番目二列目:遊佐長教
右並び三番目:武田晴信 右並び三番目二列目:太田資正
右並び四番目:佐竹義昭 右並び四番目二列目:真里谷信隆
右並び五番目:宇都宮広綱 右並び五番目二列目:小田氏治
右並び六番目:結城政勝 右並び六番目二列目:佐野豊綱
右並び七番目:里見義堯 右並び七番目二列目:小山高朝
右並び八番目:千葉親胤 右並び八番目二列目:那須高資
右並び九番目:成田長泰 右並び九番目二列目:梁田晴助
下座真ん中:菱田翔吾(俺)
下座左奥:本間高信
下座右奥:本間泰高
「第十三代将軍足利義藤の名代」御一行様が江戸城入りして、ひと月ほどでこれだけの面子が集まった。
古河の足利晴氏と藤氏は、結局ヘソを曲げたままで来ないと梁田晴助が再度伝えてきたので、梁田晴助を古河公方の名代とすることにした。
第十三代将軍足利義藤の名代の近衛晴嗣が、俺が作った「関東平定の協定事項」を読み上げる。
(会の開始の宣誓だけして振ってくれたら俺が読み上げると言ったが、近衛晴嗣は自分で読みたがった(;´∀`)
「今上後奈良天皇より第十三代将軍の任を受けた足利義藤の御内書に基づいて以下の事を申しつける」と、近衛晴嗣。
・北条家が北条を名乗ることを認め、北条氏康を関東管領に任ずる。
北条家は今後、関東管領家として、幕府に仕えるように。
・古河公方は拠点を江戸に移し、江戸公方として関東管領家と共に関八州の繁栄に尽くすこと。
足利義氏を初代江戸公方に任命する。
・関東の諸将は関東管領の配下に入り、幕府に仕えるように。
上杉憲政を上野の国の守護に任命する。
佐竹義昭を常陸の国の守護に任命する。
里見義堯を上総と安房の国の守護に任命する。
伊豆・相模・武蔵・下総・下野の国は関東管領が直轄管理し、守護代の任命権を与える。
・甲斐は関東管領の配下には入らず、武田守護家が幕府の下治めるものとする。
・岩代は関東管領の配下ではなく、伊達岩代・磐城・羽前・陸前守護の下、幕府に仕えるように。
以上が俺が作った「関東平定の協定事項」だ。
近衛晴嗣はこれを読み上げると、
「この令に従い、幕府並びに関東管領に忠節を誓う者の所領を安堵する」
と締めくくった。
天文十九年のこの時点で、太田資正、真里谷信隆、那須高資、成田長泰らは既に北条方と結んでおり、北条氏康新関東管領の下につくことに抵抗はないだろう。
むしろ新関東管領から厚遇されるかも知れない。
北条と対立していた上杉憲政と里見義堯、立地的に直接対峙していない佐竹義昭には関東管領の下ではあるが、守護職を与えて納得させる。
宇都宮広綱、小田氏治、千葉親胤は戦乱の中、先代当主を失って若年で家督を継いだばかりの当主だ。
この辺りには幕府並びに関東管領の所領安堵は魅力だろう。
足利義氏は北条氏綱が古河公方家を乗っ取るために送り込んだ娘の子なので、初代江戸公方になって北条氏康新関東管領と上手くやっていけと言われればやっていけるだろう。
問題は現古河公方、足利晴氏と嫡男の藤氏、そして古河公方に付き従っていた結城政勝や佐野豊綱、小山高朝、梁田晴助らだ。
なので(幕府からもうまい具合にやってくれと言われているので…(;´∀`)、現古河公方の足利晴氏と嫡男の藤氏は佐渡に島流しにすることにする。
えっ?
この時、宇都宮広綱が5歳?
千葉親胤は8歳?
まぁ、それは、ほら…
芳賀高定とか原胤清とかが付き添っていたと言うことで… ^^; ^^; ^^;




