関東公方
関東は魑魅魍魎が蠢いている。
正直言って関わり合いたくない。
できることなら北条に任せたい。
まず、関東の公方を整理しておこう。
室町幕府から関八州(相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野)とさらに伊豆と甲斐の関東十カ国を任されていたのが鎌倉公方だ。
この鎌倉公方は永享の乱で、室町幕府と関東管領と対立して一旦滅びる。
その後、幕府から許されて復活するが、また幕府と対立して鎌倉から下総の古河に本拠を移して「古河公方」と名乗る。
これに対して幕府は新たな鎌倉公方を送り込もうとするが、鎌倉までたどり着けずに伊豆の堀越で堀越公方になってしまう。
幕府は古河公方と和睦し、堀越公方は北条(伊勢氏)に滅ぼされてしまう。
古河公方からはさらに小弓公方が分裂するが、周りがあっちに付いたりこっちに付いたりして、結局北条氏綱が古河公方に付いて小弓公方を討ち滅ぼした。
この時に北条氏綱は、娘を古河公方だった足利晴氏の正室にして、男子が生まれたら次の古河公方にすることを約束させる。
しかし、さらにさらにその後、古河公方は北条が占拠していた河越城を奪還する戦の旗頭になって大軍で河越城を囲み、例の河越城夜襲を受けて北条に大敗する。
以前に越後を頼ってきた扇谷上杉家のために、越後軍が出兵して北条を追い返したこともあったが、その扇谷上杉家もこの河越城夜襲で滅亡してしまった。
今回、越後を頼ってきたのは山内上杉憲政現関東管領だが、できれば
「北条の下などにつけるか! 討ち果ててでも最後まで闘ってやる」
とでも言って帰って行って欲しいところだ…(;´∀`)
そんなわけで上杉館広間の続き
上座左奥:上杉定実
上座右奥:長尾晴景
上座真ん中:上杉定虎
左並び筆頭:本間高信
左並び二番目:本間泰高
右並び筆頭:上杉憲政
右並び二番目:長尾政景
下座真ん中:菱田翔吾(俺)
「お家存続のためならやむなし。北条関東管領でも何でも受け入れる。なにとぞ手を貸して欲しい」と上杉憲政。
あ、そうですか…^^;
そうきましたか…(;´∀`)
まぁ、そう言われては仕方がない。
幕府に使者を出して、北条には手紙を出しましょうか。
まあ、「十三代将軍就任」の通達に、関東からは北条と里見、佐竹くらいしか反応していない。
仕方がないので「関東平定」のお手伝いをしましょう。
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上杉憲政には幕府とのやりとりの間、とりあえず平井城に帰ってもらって、佐渡から平井城に200、北条に寝返らないで前橋(厩橋)城と箕輪城で頑張っている長野氏のところに100づつ(兵糧付きで)援軍を送った。
長野氏以外にも、平井城より北の安中氏や金井氏、和田氏らがフラフラしながらもまだ完全には北条方にはついていないので、追加でこの一帯にも(これまた兵糧付きで)援軍を送り込んでおいた。
幕府に「関東平定」の御内書を出して欲しいと使者を出したら、御内書を持って近衛晴嗣(後の前久)がやって来た。
晴嗣は若いながらも、今回の新幕府発足に際して内大臣に任命されている。
北条には、「悪いようにはしないから、地震で大変だろうし、しばらくは復興に専念しておけ。近いうちに「第十三代征夷大将軍」の御内書を持って会いに行くから」と上杉定虎越後庄内信濃半国守護から手紙を出しておいた。
実際に、北条の領地でも一部、領民が土地を捨てて逃げ出してしまったところがある。
こんな状況で戦をして、領民が逃げていくような領地を広げても意味がないだろう。
さて、近衛晴嗣によると、北条を関東管領にするのはいいが、関東管領の任命権は幕府にあるので、くれぐれも古河公方が任命するのではなく幕府が北条を任命した形にして欲しいとのことだ。
それと、今の古河公方の足利晴氏は、北条氏綱の娘を正室に迎えてできた義氏を次の古河公方にすると言う約束を反故にして、嫡男の藤氏を古河公方にしようとしていたので、そこのところをうまい具合にやってくれとのことだ。
って、なんだそれは!?(;´∀`)
あっちに付いたりこっちに付いたりする方達。
里見氏
千葉氏
太田氏
真里谷氏
原氏
梁田氏
結城氏
宇都宮氏
小田氏
小山氏
成田氏
那須氏
佐野氏
佐竹氏
など
ナド…




