佐渡に帰ったら蒸気機関車が…
そろそろ終わりが近づいて来てます。
「ワーワー言うてます。お後が宜しいようで」的な終わりになってしまうことを、あらかじめご了承ください ^人^; ^人^; ^人^;
若狭を平定して一段落ついたので佐渡に戻る。
内藤氏の天ヶ城と沼田氏の熊川城に詰めていた兵は引き上げさせた。
小浜の港から丸山までの要塞施設には、現地採用の兵が増えているので、佐渡からの兵は100人ばっかし残しておく。
町と河川整備、あと、川船も増産したいのでその辺の指導者を残した。
小浜の要塞施設は組屋さんをはじめ小浜の町衆と、小浜代官の山県秀政と連携して自治体制を築いていく。
佐渡から小浜までは、天気が良ければ輪島で一泊、本吉か三国で一泊して三日で着く。
ノンストップ(昼夜航行)なら、二日で着ける。
誰かが小浜に攻めてきても、十日もあれば援軍を送り込めるだろう。
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久しぶりに佐渡に帰ったら、蒸気機関車が走っていた(*。*)
真野湾から両津湾まで試運転させて成功したはいいが、向きが変えられなくて、逆回転のギアは備えていたので、帰りはバックで帰って来ていた。
『なんか、線路ごとグルンってまわして向きを変えるターンテーブルみたいなのがあったよな…
あと、線路が扇みたいに広がってて、切り替えるのとか…
あんまり鉄道詳しくないんだよな…^^;』
このまま、帰りはバックでもいいかも知れないな…
でも、イワナイークッチャン間の線路の敷設工事も順調だし、やっぱりいずれ必要になるだろうから、転車台線路か、切り替え切り替えで方向が変えられるような線路の研究をしてもらおう。
イワナイと言えば、札幌の開拓と北上計画も進んでいる。
札幌では現地採用のアイヌの人たちの手で、石狩川が暴れまくって作った広大な湿地帯を干拓して、ジャガイモ、トウモロコシ、タマネギと大麦を植えている。
人手が有り余っているところではないので、人海戦術で一気にとはいかないが、徐々に徐々に畑を広げている。
ホップはまだないが、ビール工場も作ったようだ。
ホップのかわりに、その辺の毒消しにいいとされている野草をいろいろ試しているみたいだ。
そして北上計画は、小樽から増毛、留萌の間を何往復もし、現地のアイヌとの親交を深めている。
外交手法はいつもの鉄鍋外交だ。
こちらが寄港した時に海岸で鉄鍋を使って煮炊きして、現地のアイヌの人たちにも振る舞う。
アイヌの人たちは皆んな鉄鍋を欲しがるので、何か交換できるものがあれば持ってきてくれと言う。
最初の鉄鍋一個は物々交換で渡すが、次からは何かを持ってきてくれたら佐渡の銭を渡して、鉄鍋は銀貨なら2個、銅銭なら200個で交換すると言って佐渡の銭を普及させる。
こちらは刃物や器類、穀物も持っているので、これは銅銭何個、これは何個と教えていく。
それを繰り返し銭文化を浸透させていく。
さらに増毛、留萌から先の苫前、羽幌の間も何度か行き来し、この間とうとう稚内まで行き着いた。
稚内はこれから先、樺太、大陸、さらには千島列島からオホーツクへの拠点となる町になってもらわなければならない。
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奥州では伊達晴宗が天文の乱の後始末を頑張っている。
釜石では鉱山開発も河川整備もますます進み、鉄鉱石の運び出しも順調だ。
唐丹も栄えてきた。
出羽では檜山の御屋形様こと安東太郎尋季が亡くなり、嫡男の安東舜季が家督を継いだ。
北条は河越城夜襲のあと関東で勢力を広げたが、天文十八年の春に関東で大きな地震が起こり、その対応に追われることになる。
今川は北条と和睦後、三河に侵攻している。
後の徳川家康こと竹千代は今川の人質になっている。
そして武田は北には来ずに南信濃に勢力をドンドン伸ばして、元信濃守護の小笠原氏と戦っている。
劣勢の小笠原氏は安曇野の仁科氏に援軍を頼んできた。
しかし、小笠原氏には以前に何度も「上杉定実信濃半国守護の配下に入るなら一緒に武田と戦うよ。武田に負けてから頼ってきても知らないよ」的な書状を出し、小笠原氏はそれを無視している。
もちろん助けることはしない。
むしろ、「南信濃から西に向かわれたし」と言った通りに、北に来ずに西に向かった武田を応援する。
この世界では、竹千代は織田の人質になることなく、ずっと今川の人質です。




