京は任せた。
書きはじめた時は、中央には構わずに日本海側だけを行ったり来たりしようと思っていたのですが、ついうっかり上洛しちゃいました(*^ω^*)ゞ
まだ二条足利邸広間
「古津殿の話では、公方様が上洛されたと聞いて駆けつけてきたが、いきなり弓で射たれたとのことです」と俺。
「何故射った?」と六角定頼。
「現場に居たものの報告では、五十騎くらいの騎馬隊が北からいきなり陣に乱入して来たので、一番偉そうな武将を射ったら帰って行ったとのことです」と俺。
「何故誰かも確認せずに射った?」と、これまた定頼。
「旗印も掲げず、名乗りもせずにいきなり公方様の上洛軍の陣に騎馬隊で乱入してくる者は、朝敵であり幕敵だと判断されて仕方ありません。その細川晴元と言う者の思慮不足と言わざるを得ません」と俺。
「いや、しかし、普通は管領であり京兆家の当主の晴元様が来たら、道を開けるのが常識じゃろう」と、何やら愉快そうな遊佐長教。
「何者かわからぬ者が乱入して来たら迎え撃つのが常識です」と俺。
「そうじゃの。儂は射たれんかったしの」と三好長慶。
「三好様はちゃんと旗印を掲げて、「お呼びときき参上仕った」と口上もいただきましてので… 先にお越しいただいた遊佐殿も、細川殿もきちんと名乗りをいただきました」と俺。
「ぬ、遊佐殿、氏綱様も来ておるのか?」と三好長慶。
「ああ、氏綱様も国慶様も来ておられる」と遊佐長教。
「これはそなたらのさしがねか…?」と長慶。
「いやいや、儂らは駆けつけたはいいが、ずっと隅で待たされておっただけじゃ。お二人は今も待たれておる」と長教。
「新公方様に付かれるおつもりか?」と長慶。
「もとよりそのつもりで」と長教。
「上手い立ち回りよのぉ… して、政長めはいかがした?」三好長慶が、こんどは古津元幸に向かって問いかけた。
「それが…」と口ごもる元幸。
「古津殿と一緒に来られた方ですか?」と俺。
「そうじゃ」と元幸。
「その方ならこの邸内で刀を抜こうとされたので、殴り倒して取り押さえました。今も捉えたままです」と俺。
「なんと、何もかもお膳立てされておる。儂に何をさせたいのか」と長慶。
「俺の考えでは、六角様は公方様の烏帽子親でもあられますので、六角様に管領についてもらい、ただ、京に常駐はできないでしょうから、三好殿に管領代として、実質的な京の復興事業を進めていただこうと思ってました」と俺。
「皆、納得されるのか?」と長慶。
「いえ、俺が細川家… 京兆家ですか? のことをよくわかっていないので、京兆家が管領の方が上手くいきますか?」と、俺は義藤公方と言うか、むしろ奥の義晴先代に向かって問いかけた。
「そうじゃの。将軍家の家臣はその方が落ち着きが良いの」と義晴。
「六角様はどうでしょう?」と俺。
「誰が娘婿の後を継ぐのじゃ?」と定頼。
俺は長慶をチラリと見てから…「いかがでしょう?」と、長教の方に聞いた。
「氏綱様が良いのでは?」と遊佐長教。
「そうじゃな、氏綱様が良かろう」と三好長慶。
「ご一緒のもうおひと方は?」と俺。
「それは、しかるべき地位に…」と長教。
「三好殿は氏綱様と協調して京を復興させていただけますか?」と俺。
「むむぅ、それは銭を出せと言うておるのか?」と長慶。
「銭も人もです。随分と引き連れておいでではないですか」と俺。
「儂に何の得があるか?」と長慶。
「京が復興して、畿内が治まれば、それより他に何の望みがございますか? それこそが三好殿の望みと思っておりましたが…」と俺。
「お主、卑怯だの」と三好長慶。
「ははっ、おっと失礼」と遊佐長教が思わず笑った。
「遊佐殿、遊佐殿は河内の畠山様の御家老でよろしいか?」と俺。
「いかにも」と長教。
「能登の畠山様とよしなにお願いします」と俺。
「うむ」と長教。
「承知した」と畠山義続。
「そして新公方様の元、河内から大和と和泉をしっかりと治めてください。特に寺が強いかと思いますが、叩くか丸めるかはお任せします」と俺。
「それは大変じゃのう」と長慶。
「娘婿は朝敵として処されるのか?」と六角定頼。
「いえ、不幸な事故であったとして、細川京兆家にて丁重に葬ってもらってください」と俺。
「そうか…」と定頼。
「政長様はどうなる?」と古津元幸。
「かのお方は、どうにも自分が何ひとつ間違っておらんとお考えのようにお見受けいたします。今のままでは解放できません」と俺。
「むう…」と古津元幸。
ご都合主義すぎる?
いや、こんだけ都合よく段取りつけといても、皆んなが思惑どおりには動かず、京はうまくいかないような気がします(;´∀`)




