イランカラプテ(閑話)
俺は小一郎。
おっ父ぉは戦に出たきり帰って来なかった。
村が襲われ、おっ母ぁと弟の平二郎と一緒に捕まって売られた。
しばらくはろくなものを食わせてもらえなかったが、船に乗せられて佐渡と言うところに来てからは、村にいたときよりも食わせてもらえるようになった。
そこからまた、ずいぶん長い間船に乗せられて今度は蝦夷と言うところに連れてこられた。
ここにはマツマエとアイヌと言うものがいて、マツマエは俺らとおんなじ(似たような)言葉を話すが、アイヌは俺らとは違う言葉を話すと言う。
おっ母ぁに、そのアイヌの言葉を覚えろと言われた。
俺とおっ母ぁと平二郎の他にも、ゴサクとハチってニイチャンと、トミとナツってネエチャンと、ナツのこどものタカも一緒に蝦夷に来た。
皆んな、アイヌの言葉を話せるようになるために来た。
他にも何人も一緒に来たが、他のものは船に乗って行ってしまった。
俺らは最初は今泉様と言う人の家に行って、商場と言うところで働いた。
今泉様はマツマエなので、俺らとおんなじ言葉を話す。
アイヌの言葉も少し話すので、教えてくれる。
商場には今泉様よりアイヌの言葉がわかるマツマエが何人かいて、皆んなアイヌの言葉を教えてくれた。
アイヌも商場に毎日来るが、直接話すと何を言ってるかわからなかった。
けど、アイヌも少しは俺らとおんなじ言葉が話せるみたいだ。
しばらくは皆んなが今泉様の家にいたが、ゴサクとトミが世帯をもつと言いだして夫婦になった。
とは言え、二人の住む家はないので今泉様の家にいることはかわりはない。
その後、ナツがタカと一緒に今泉様とは別のマツマエの山野様の家に住むようになって、俺とおっ母ぁと平二郎はまた別のマツマエの木村様の家に住むようになった。
そうして、蝦夷の商場で働きながらアイヌの言葉を覚え始めた。
商場では、昆布の仕事が一番多い。
干してない昆布は干す。
これが一番の仕事だ。
鮑も干す。ナマコも干す。
後、魚の骨とかワタとかを干して砕いて粉にする。
田んぼに撒くんだそうだ。
他にも色々やることはあるが、実は一番商場がもりあがるのは砂金が持ち込まれたときだ。
砂金は蝦夷の川で採れて、ちょっとの量でもすごく高く売れるらしい。
俺と平二郎は他の皆んなよりアイヌの言葉を覚えるのがはやかった。
次に佐渡からの船が来た時には、俺と平二郎はマツマエのアイヌの言葉が上手いものとおんなじくらいアイヌの言葉が話せるようになっていた。
佐渡からの船にはゴサクと同じくらいのニイチャンが二人乗ってきていて、俺達と同じように蝦夷に残った。
マタヒチとヤタと言う。
二人はアイヌの言葉も覚えるが、石を探しに行くように言われていた。
石炭と言う黒い石を探すらしいが、それ以外にもとにかく色々な石を集めてきて、その石がどこにあったかを覚えておくことが仕事なんだとか。
先に来ていた俺達にも同じ事が言われた。
佐渡の船が帰って行って、しばらくしておっ母ぁと今泉様が話をして、俺達は時々砂金を持ってくるトヌオウシと言うアイヌのところに行くことになった。
トヌオウシの家がある村は、商場から一刻ほど歩いたところだ。
主にサケ・マス漁や熊や鹿を狩って生活をしている。
サケ・マスだけでなく砂金も採ったりするが…
トヌオウシが商場に行くときは、俺と平二郎も一緒に行く。
今泉様が米と麦を分けてくれるからだ。
ゴサクとハチとマタヒチとヤタが何日も歩いて、石を集める旅に出ると言う。
俺が一番アイヌの言葉を話せるので、俺も一緒に行くことにした。
平二郎は留守番だ。
俺達は一日かけて石を集めながら北に行き、また一日かけて商場のところまで戻ってきた。
次は二日かけて石を集めはながら北に行き、また二日かけて商場のところまで戻ってきた。
次は三日かけて石を集めはながら北に行き、また三日かけて商場のところまで戻ってきた。
行きは食料をいっぱい持って行って、帰りは石をいっぱい持って帰ってきた。
道中は野宿だが、アイヌの村があれば泊めてもらえるようにお願いした。
そうして、飲水の場所を確認したり、泊めてもらえる村を増やしながら移動範囲を広げて行った。
十日かけて北に行けるようになったら、佐渡を出る時に渡されていた地図の、できればここまで行ってと言われていた小樽までたどり着いた。
トヌオウシの村は松前の大沢川の流域にあります。
石集め隊は松前から小樽まで石を集めながら行って帰って来る途中に、ご都合主義ながら、茅沼と倶知安も通っています(;´∀`)




