能登平定
七尾城に軟禁されていた三宅総広は、
・三宅氏は「領地安堵令」を犯し、温井領を侵犯しようとしたことが明らかなので、居城の崎山城とその周辺だけを領地として残し、その他の領地は召し上げて守護の直轄管理領とする。
と言う「領地安堵令」違反の沙汰を受け入れ、崎山城は三宅氏に返還された。
天堂城から連行されてきた温井続基は、
・温井氏には謀反の疑いがあるが、張本人の温井総貞が討ち死にしており真相定かでないため、温井家の家督と従来の領地を温井続基が継ぎ、天堂城も返還するものとする。
ただし、輪島港は温井家の管轄を離れて、今後は自治港とする。
との沙汰を受け入れる以外に選択肢はなく、輪島港抜きの温井家の家督を継いだ。
あわよくばと天堂城に出兵した長氏には、
・長氏の此度の出兵は、天堂城の異変をいち早く察知し、主君の意を汲んで出兵と判断するものであり、これを評価し追って沙汰するものである。
とされ、長家並びに長続連には金五十貫文が軍資金としてくだされた。
七尾城から側近の手勢を率いて天堂城に駆けつけた遊佐秀頼には、
・天堂城の異変の報を聞き、直ぐ様守護代行として先陣を切り天堂城に向かった働きを褒めるものである。
これを評価し追って沙汰する。
とされて、感状と金十貫文が褒美としてくだされた。
内紛の耐えなかった能登畠山家の家中が、能登守護、畠山家当主の畠山義総の下にまとまり、これ以降、能登での家臣同士の争いはなくなった。
三宅氏が占領していた珠洲(能登半島の北東の先っぽ辺り)は、元九条家の荘園領地も含めて、佐渡本間家が再開発事業を行う。
領地管理は佐渡でして、代官も派遣して実行管理は松波氏に委託する。
三宅氏の家臣が浪人になるようなら仕官を募ろう。
輪島港には東の外れの方に要塞港湾施設の建築の許可をもらい、既にあった飲み食い屋(猪口酒屋)を移設して、御守衛隊の詰め所も併設した。
朝市の立つ重蔵神社と素麺の座を基に自治組織を作り、酒田と同じように本間家も加入して自治の一端(と言いつつ大半)を担う。
佐渡には来てくれないが、能登には京から公卿や文化人がかなり下向して来ている。
能登と佐渡は、能登で茶会、佐渡で蹴鞠大会、能登で連歌会、佐渡で能楽観覧などなどと頻繁に雅外交を繰り返しており、おそらく今の日本で一、二を争う(多分大内氏の周防界隈と)文化レベルだ。
最近は絵画にも力を入れている。
カルチャー部門の担い手なので、能登には今後もドンドン介入して、平安を保ちたいと思っている。
佐渡から輪島、佐渡から酒田はどちらも同じくらいの距離で、ハーモタイプの船なら風が良ければ朝出航して明るいうちに着ける距離だ。
これで能登も庄内も当面は安泰だし、間の越後も落ち着いている。
周りはとってもきな臭いけど、このエリアでは余計な戦はしないで、内政三昧で過ごそう。
佐渡(本間家)の現況勢力圏
蝦夷:語学留学中
飛島:領有
女鹿:要塞港湾施設駐屯
庄内飽海地区:砂越領を全面的に開発中
庄内田川地区:大宝寺領を全面的に開発中
酒田:自治組織加入 最上川北岸を港湾都市に開発中
粟島:色部氏と牧場を開発中
中浜村:要塞港湾施設駐屯
鷹巣城周辺から越後側の麓:領有 新田開発(石垣棚田含む)並びに一大歓楽施設建設拡張中
津川城周辺:領有 石垣棚田開発中
椎谷:領有 津川城から金上氏を移封
佐渡:領有 鉱山他、全面的に開発中
越後:各地で新田開発中
北信濃:高梨領で新田開発中
舳倉島:領有
輪島:自治組織結成 要塞港湾施設建築中
能登珠洲地区:九条家荘園並びに畠山氏直轄領を全面開発中
越中新川地区:椎名領の東部で新田開発中
滑川:要塞港湾施設駐屯
軍艦島:炭坑開発中
台湾台東:入植開発中
御守衛隊詰め所及び飲み食い屋(猪口酒屋)がある所:三崎峠、十王峠、酒田、念珠関、越後米沢街道、越後会津街道、宮川、新保、和田部、川本、久田、椎谷、塔ヶ崎、三国峠、小布施、滑川、輪島
雅外交で能登から佐渡に来る「やんごとなきお方達」は、佐渡の温泉施設(と併設された歓楽街)がたいそうお気に入りだ。




