第〇〇八五話 互いの事情と共和国の友
「お主、すごい腕じゃなラゴン。その細い腕で麻薬強化人間を二人、いやそれ以外にも‥‥」
そう言いながらも、周りではすでにほとんど敵勢が片付いたのを確認し終えていた。けが人はいるが、味方で重症や死人は出ていないようだ。
「いえこいつら、麻薬が切れかかっていたみたいです。それとこの打撃匙、役に立ちました」
いいかげんなことを言っておいた。ただし打撃匙のできは、さすがにドワーフの一品ものだと本当に評価する。タオは自分たちが、ここまで善戦できると思っていなかったのだろう。ラゴンの言葉を信じるほうが、自然なようだった。
その後、ミツが門から戻ってきながら、種族間感応通信を送ってくる。
{主様、後で血液いただきたいです}
あれほど、大活躍をしたのだから当然だろう。ただそれも、彼女のためだけではないようだ。そのミツに向かって、タオは感嘆の声を漏らす。
「それにミツちゃん。大丈夫じゃったか? 助けにも行けず、すまんかった。どちらかというと、十人以上の相手をさせちまって怖かっただろう。 ── しかし強いなぁ、二人とも」
それを聞いて、恥ずかしそうにミツは言った。
「こうみえて、農奴ですから」
カミヤとタオは顔を見合わせ、それからラゴンの顔を見て頬が緩む。ようやく、平和な笑顔が戻ってきた。ラーゴは思う。
(─ いや農奴がそんなに強かったら、不出来な領主は倒されちゃうよね)
その後従業員たちが、襲ってきたユニトータの手の者たちを縛り上げ、また死体を片付ける間、タオから詳しい話を聞かされた。
「いや本当に、迷惑をかけてしまったな。まさかこれほどの手を差し向けてくるとは、思わなかったからのう。こうなったらお主らも一蓮托生、儂らの仲間、いや、迷惑をかけただけ ── じゃったの。お主らは命の恩人じゃ」
「本当に助かったぜ、この通りだ。ラゴン ── さん、ミツ姐さん」
カミヤがタオの横に跪き、さながら土下座の状態で『これからは舎弟と思ってくれ。自分にできることならどんな命令でもきく』とか言い始める。とんでもないとラゴンに対応させる前に、ミツが取りすがってカミヤを立たせようとしていた。
「エーッそんな。カミヤさん、困ります。顔を上げてください」
そんなごたごたもあったものの、とりあえず落ち着いて話すことの許される時間が訪れる。
(─ でも、さっきの『ありがとうよ』っていうのはだれの声だったんだろう? まさか、葬った麻薬強化人間が?)
今さら考えてもわからないので、まずはラゴン側の言い訳タイムだが、さすがに普通の人間とは言いにくい。急に流暢にしゃべるようになったラゴンの口から、既成知識をフル活用して、すでにした話と齟齬がないような作り話を聞かせた。
{ミツは先にボクの意識を読んで、適当に相槌を打ってほしい。変だったらサポートしてね}
「ボクたちの母親は、元外国の傭兵部隊で幼いときから育てられた戦士です。そして南下ハルンのゴードフロイ軍に特殊任務部隊として、所属したこともありました。母がミツくらいの年齢のころ、部隊は敵の罠にかかって、後方支援だった母と同僚二人以外は全滅。残存三人は本隊の制止を振り切って復讐戦が決行され、結果敵主力をせん滅します。その代償として他の二人は命を落とし、母はひん死で山へ逃れたところを狩りに来た父に助けられました。軍に戻れなくなった母は、傷を癒やすため囲われものの身に甘んじたのでしょう。実はこのときの負傷がもとで、母は今も片目は義眼、片足は動きません。父は母によくしてくれたので、母は自分たちを密かに鍛え上げました。領地を守るための、精強な戦士として育て上げられたことで、ボクたちはこのように強くなれたのです」
── と説明した。なにかアメドラとかカンドラとかのスパイものという関連の既成知識で、聞いたことがあるような ── ないようなストーリーだ。だがタオの表面心理はまったくそれを信用しているように見える。命の恩人効果が偉大なのか、あるいはそういうフィクション物語が巷に存在しないためかも知れない。
「なるほど、先代ゴードフロイの特殊任務部隊の生き残りか、どおりで強いはずだ」
即席の話であり、最初に会ったときの話などとつじつまが合っているのか、ひやひやものである。
「どうか、内緒にしてくださいね」
「もちろんじゃ。しゃべり方が変じゃったのは、身元をかくすためか?」
「はい、そんなところです」
都合のいい誤解は、大歓迎だ。
今度は、タオから説明を受ける。先ほどミリンパパが説明していた概要をタオの視点から見たもので、現在彼が狙われるにいたる、さらに詳しい事情であった。
ユニトータは王家直轄の飛び地に開かれた、ボコボの港を勢力下に収めつつあるが、タオたち組織を完全に追い出せたわけではない。官吏とつながりを持つ彼らは、麻薬の輸入阻止のため手を組んで、裏でユニトータと戦っているのだ。
それら抵抗勢力を排除するには、タオを血祭りにあげることがもっとも有効と考えたのだろう、と説明を受けた。
「そのせいで儂の片腕だった男が昨日、うちの発祥になる事務所を襲撃され、命を落としたんじゃ」
昨夜の襲撃事件である。ラーゴは見ていた。
「お気の毒に」
さすがに死んでしまった者となれば、だれの力を持っても救うことはできない。ナミが偽りの命を与えても、すでに息絶えた者は動き出したりしないそうだ。
「儂の古くからの友人が、ボコボの港と頻繁に交易を行なっているカリマッカ共和国の港、モーイツという街に住んでるんじゃ。これが一週間あまり前、いよいよあちらの街にもマフィア一派らしき影を見かけ始めた。そういう内容の便りを寄こしたきり、音信不通になっている。無事でいればいいんじゃが‥‥」
「それは、ご心配ですね」
「ボコボの港がユニトータの手に落ちている以上、儂があちらへ行く手段がないんじゃ。どうしてもと言うなら、西のトーンディの港町で無理がきく漁船を探し、そっちから陸伝いに東進。さらにボコボを避けてできる限り島づたいに、ヤーロ海を北上するしかねえが」
王都から見ると魔王島近いボコボの港は東に位置する。西のトーンディは漁港とは名ばかりで、浜付近での漁しか行われず、大海を渡るしっかりした船舶など調達はできない。ましてや正式な渡航手続きが行なえる、交易港でもないという。共和国の貿易窓口になっているモーイツの港に向かうには、ボコボの港から出ている定期便に乗るのがもっとも安全のようだ。海のモンスターが、出没しにくい大きな島三つに守られながらの、航路を取れるらしい。
「タオさん。そりゃぁ、危ねえよ。海のモンスターが少ないヤーロ海だが、いないわけじゃねえ。もしも転覆したときには何よりも‥‥」
カミヤが意見する途中で、言葉に詰まった。意識を読むと、タオが躊躇した理由にも頷ける。脆弱な漁船などは、大海で海にすむモンスターなどに、転覆させられるおそれがあるのだ。となると ── 、カミヤが言いにくそうにした言葉尻をタオが拾った。
「そうじゃ、儂は泳ぎがダメでのう」
言いながら、タオの表面心理に浮かび上がった記憶、それは溺れた彼の姿ではない。実のところタオは、陸地まで泳いで海のモンスターから逃れ、一命をとりとめた。しかし船を出してくれた男が、なんとか転覆した船を戻そうとグズグズしていたら、食べられてしまったという話だったとわかる。なるほど、鯨ほどもある肉食の海獣 ── トドあるいはセイウチかと思ったが、ただのオットセイだ。それでも人間にとってはモンスターには違いない。そんな経験から、モンスターのいる大海がトラウマになったというところなのだろう。大海は、ある意味海の草原エリアなのだ。
もうこの話には、これ以上触れないほうがよさそうである。
「タオさん、ちょっと聞きたいんですけど」
「何じゃ?」
「その共和国に、赤い龍が水害を起こすっていう伝説はありますか?」
「はぁ?」
いきなり話を切り替えられ、その場にいた全員がおかしな声を出した。




