第〇〇八六話 アネクドート・タオ◆百戦錬磨の忖度
タオは、大きくため息をついて答える。
「儂は海向こうに住んだことがないので知らないんじゃが‥‥」
ラゴンから聞かれたのは、共和国でどんな伝説があるのかという話だった。だがいかに命の恩人の願いでも、申し訳ないが知らないものは答えられない。そこへカミヤが、いいことを思い出してくれた。
「タオさん、うちのもんの中に、共和国の前の時代、ドンナイア帝国出身のやつがいますから、呼んできます」
カリマッカ共和国は、ドンナイア帝国から十数年前に分離独立した新国だ。カミヤが連れてきたのは、もう長年タオの組織で働くオキニイだったが、歴史的に帝国で聞かない伝説なら、おそらく共和国にもない。さすがに部下のことは一人一人しっかりつかんでいるカミヤ。いい人選だった。
「そういや、最初オキニイは港で働いていたんじゃなあ。なんでも、帝国で人にけがをさせたとかで‥‥」
「オヤジ、昔話はよしてくだせえ。で、さっきのめっぽう腕の立つ兄ちゃんたちが?」
若いときの黒歴史は、だれしも掘り下げられたくないと言う顔で、オキニイがかぶりを振る。カミヤから共和国のことで、質問があるというのは聞いてきたようだ。
「そうじゃ、共和国の昔の話を教えて欲しいと言われての」
「お願いします、王国に昔から伝わっている伝説が、あちらでもあるのかを、どうしても知りたいので‥‥」
赤い龍にまつわる伝説をラゴンが、オキニイに話すのを聞きながら、思い出したことをタオは呟いてしまう。
「なんじゃったか、そんな迷信は耳にしたかも知れんのぉ。儂も小さいころの話じゃが嵐が続いたあげく水害があっての。ヤーマトやボリーの大河が次々と氾濫して、大きな被害が出たそうじゃ。そのときに赤い蛇が殺されたんじゃったか、そうじゃったかのぅ?」
「俺たちが生まれたころには、王国でもう両足蛇なんて見れなかったからなぁ。聞いてもいねえが、どうなんだオキニイ?」
そう言えばボコボの港に寄り付く船主に、レオルド卿から依頼された、南国の珍しい冷血獣の調達を頼みまわった覚えがある。そのとき、残らず断られたことを思い出した。口をそろえて、水難の凶兆があるというのが、彼らの言い分だ。こういった類の噂は、かなり古くから伝わっているらしい。となれば、あちらにも似たような話があって然るべきと思ったが、少し思いめぐらせてからオキニイは否定する。
「いや俺はそんな話、知らねえな。帝国では龍は偽龍を滅ぼし、神様になって行くっていう、伝説くらいしか聞かねえよ」
「じゃあ、両足蛇はどんな色でも飼われているんですか?」
ラゴンがいったい何を知りたいのか、何がしたいのかが、タオにはさっぱり理解できない。
「そりゃあ、両足蛇なんて貴重品だからな。しかも普通の白や青白い色以外は、目の玉の飛び出そうな値段で売り買いされているぜ。だからそういうのは大商人とか、王侯貴族しか飼わねえよ。帝国は、ここより寒いからなぁ。聖泉の恵みのない場所じゃ、まず飼えねえんだ」
「そうですか。よし、帝国か共和国ですね」
心を決めたようなラゴンに、タオは尋ねる。
「ラゴン、事情は分からねえが、共和国へ渡るつもりなのか?」
ラゴンの回答は、即決だった。
「はい。なるべく早く」
「じゃあすまねえ、ラゴン、ミツ。お主らを見込んで頼みがあるんじゃが。きっとお主ならやってくれる、いやお主にしかできないと思うんじゃ」
タオは、先ほど打ち明けた共和国の港町に住む友人の話を始める。友人といってもカミヤ程度の年回りの男で、名前はオートン。共和国の港湾都市モーイツで輸出入を行なう商人であり、今は街の有力者になっていたはずだ。これが一週間あまり前に、手紙をくれた。差し出しの日付を見ると書かれてそろそろ二週間になる。手紙の中にはこまめに情報を送るとありながら、そのままぷっつり音信が途絶えた。
「それはかなり心配ですね。今日のやり口を見ても、とんでもなく危険な相手だと思いました。他に、連絡手段はありませんか? 事前に、詳しい事情が分かったほうがいいんですけど」
「実はオートンからの緊急連絡方法は、コウモリなんじゃが。それが先日、なにも持たずに飛んできた。だが何を意味するのかは皆目わからん」
共和国との海を渡るような長距離通信は、軍であればグンカンドリを利用するのが定番だ。だがこれがけっこう、飼育やしつけが難しいとされる。そこで個人では小型の ── といっても、羽を広げれば子供の身長ほどもある ── コウモリが使われることが多い。しかし何も持たずに飛ばされたとなれば、なんらかの非常事態が起きているとしか思えなかった。
「わたしに、そのコウモリを見せてもらえますか?」
ミツがコウモリに興味を持つ。やはり諜報活動などで、使った経験があるのだろうか。コウモリを見てもとくに何がわかるのかは不明だが、連れて行けば帰巣本能で道案内くらいにはなるのかも知れない。
「ああ、こっちに連れてきてもらっているはずだ。オキニイ、見せてやってくれ」
オキニイが事務所の中に連れてきているコウモリと会わせに、ミツを連れて行った。自分の子供くらいの女の子を相手にして、腫れ物に触るような態度なのがおかしい。
「それでじゃ。あちらに行ったらオートンが無事なのか、もしできるなら、あいつと家族をこちらへ連れてきちゃもらえないかと思ってな。いや危ないことは分かってるが、だからあれだけの腕を持つ、お主ら以外に頼めるものはおらんのじゃ」
頭を机にこすりつけるように頼み込んだ。たとえ助けられたとしてもどうやって逃がすか、船も港もユニトータに押さえられている現状では至難の業である。だから、旧知のサイバーにも頼めなかったのだ。彼の艦艇を使わせてもらえばボコボも通らず、タオでも安心してヤーロ海を渡って行けるかも知れない。
しかし正義感の強いサイバー子爵が、そんな悪党の暗躍を知ったら、隠密裏にオートンを救出するだけですむだろうか。たとえどれほどの犠牲を払おうとも ──
(おそらく、やつに頼めば国を構えた大事に発展する。そうなれば相手が相手だ。王国とてただでは済むまい)
しかしラゴンたちなら、なんとかうまくやってくれそうな気がする。数々の修羅場をくぐってきたタオの、第六感がそう教えてきていた。
「そんな! 手を挙げてください。いろいろお世話になりましたし。いいですよ。なんとか見てきます。で、できれば連れて帰って来たらいいんですよね」
「やってくれるか!」
そんなに簡単に頼みごとを聞いてもらえるとは思わなかったが、ことの重大さをわからないはずはない。しかも先ほどのやつらのような手合いが、うじゃうじゃしているのも承知の上だ。
「タオさんの頼みですから。ボクたち、一蓮托生の仲間なんでしょ?」
「 ── ! そうじゃ、儂らは仲間じゃ、仲間!」
仲間と言ってくれた若者の手を取って、タオは心からの感謝を伝えるが、それにしてもラゴンは、本当に気のいいやつだと思えた。
そうしているところへミツが戻ってくるが、ラゴンの顔を見ただけでうなずきあっている。二人の間には言葉もなく、もちろんコウモリに見つけられたようなものなど、何も持たないのだから『情報なし』。そういう合図なのだろう。タオも分かっていたことなので、落胆はなかった。
「タオさん、あのコウモリ、連れて行ってもいいですか?」
「もちろんじゃ。もしものときは、儂らへの連絡方法に使ってくれ」
やはりコウモリを利用した連絡方法が、使いこなせるのは間違いない。これも母親が教えたのだろうか。先ほどの、身の上話が思い起こされる。
ラゴンとミツがどれほどの修行を積んだのかはわからない。だがラゴンが持つ、あそこまで打撃匙を自由に扱う俊敏性。そしてミツの細い腕で芝球を砲弾のごとく投げる力は、生半可なことで手に入れたものではないとタオは見ていた。
およそ片目片脚になった母親から、自分の子供たちは決してそんな目に合わせまいと、血反吐を吐くほど訓練が課せられたのだろう。そうして育てあげた結果かと思うと、何か熱いものが込み上げてくる。そして今オートンを救いに行ってくれる二人は、それだけの自信があると見た。
まだ秘められた能力、おそらく母から受け継いだ潜入系や、諜報系の技なども持っているのかも知れない。先ほどの悪漢に対する容赦のなさを見ると、対軍隊でもつぶしてしまいそうな感じもする。あれなら、軽く一~二小隊、正面からぶつからなければ民兵で構成した一中隊でも、殲滅できる腕ではないかと思わせるほどだ。
「地図はありますか?」
「どうだったか ── カミヤ」
「へい、探してきやす」
ラゴンが要求したのでカミヤが探しに行くが、ここにあったか自信はない。少し時間をかけてもいいので、地図が見当たらなければ、簡単に描いて来いと命じる。それを持って鹿車の中で、解説しながら戻ることになった。
「じゃあ、ボクたちも帰る用意をしてきます」
「わたしも‥‥」
二人は何と言って持ち込んだものもないのに、再びグラウンドのほうへ歩いて姿を消す。それがどういうことを意味するのか、コースに忘れ物でもあったかと、タオは首をひねった。
だがあの腕なら、庄屋の嫡子にいじめられ、貴族のバカ息子にちょっかいを ── たとえ手籠めにされかけても、問題ないだろうに。
(いや違うぞ。そんなことになったら、ミツが貴族にけがを負わせるか、ラゴンが黙っておかんだろう。なるほど ──)
だから、そうならぬよう両親が先手を打ち、故郷を捨てさせたのかも知れない。もしあのバカ息子が、すでにけがでもしたというのでもなければ、おそらくそれに近い線だろうと、人生経験豊富なタオは理解した。その貴族のあたりも、だいたいはついている。
あんなバカでも、貴族の息子にけがを負わせたとなれば、衛士や軍隊が動くなど、いかに腕が立つとはいえただではすまない。
(この年齢まで、いろんな人間を見て来たからな。だいたいのことは想像がつくわ)
タオは、一度その母親という女に、会ってみたくなってきていた。
しばらくたつと、席を外していたオキニイが寄ってくる。
グラウンドに並べられた、押し込んだ賊の亡骸を改めてきたらしい。生き残ったものは縛り上げて鹿車に乗せ、何人かで王都の屯所に届け出るのと、連れて行った犯罪者の突き出しに走らせている。戦いが収まった後、ミツを追ってやられたやつらは目が見えないとか、痛いとかギャーギャー騒ぐ者もあったようだ。だが連れて行くときはなぜか静かになった。おそらく、おおげさに言っていただけだろう。
いずれ死体のほうも、衛士が確認しにくるに違いない。持っていた獲物の使い方はわからないが、こちらで回収させてもらっておくことにした。自分たちの手に例の魔法銃とかがあると知られれば、警戒して襲ってくる可能性も下がるだろう。
「オヤジ、あの二人は本当の兄妹なんですかい?」
「なぜだ、あれほど見事に黒髪黒目で美男美女なんて珍しい、そうそういるもんじゃねえぞ」
納得していないのか、曖昧な雰囲気で、再びコースのほうへ顔を向けたオキニイから、言葉がつなげられる。
「いや、だったらいいんですがね、さっき雑木林に入って行って、なんだか‥‥」
「覗いたのか! 趣味が悪いぞ」
二人とも、ここへ来てから便所に行った形跡はなかった。プレー中も食事の前後も、タオの見たところ他の者たちと一緒だったと思える。一度外には出るものの、この建物の影に、男女共用とはいえ個室の便所があるのを伝えていなかったと、いまさらながら後悔した。ラゴンは男だからいいが、年頃の娘であるミツのそれを覗いたとなれば、失礼な話だ。いくらさきほど仲間だと手を取り合っていたといっても、兄妹の不興を買いかねない。
「ヘ、へぇ、すんません。気になったもんで」
「でぇ? 雑木林に入ったくらいで、オキニイ‥‥」
「いやね、それで中でブチューって‥‥」
「はあ?」
どんな美人でも、飯を食う以上しないわけはないだろう。なんと大きいほうだったかと思ったところ、オキニイの唇がとんがって、そうではないと訴える。そして言いにくそうに、オキニイは続けた。
「 ── 接吻してましたんでね。しかも親戚同士とかが久しぶりに会ったとかじゃない、かなり熱ぅーいやつでしたぜ」
「そんなこと、だれにも言うなよ。そうした兄妹もいるんじゃろう。世の中広いんじゃ」
とは言うものの、どうもあの二人、そんなことで家にいづらくなったのかもと勘ぐりながら、それでも温かい目で見てやろうと思う。
先ほどの一件でラゴンが屠ったのは、麻薬に侵された悪鬼であり、救いようのない廃人と化した者ばかりだった。とはいえ、自分たちのためにその命を奪い、あそこまでの血を流させたのだ。戦争に駆り出され、敵を殺しまくった兵士の心はしばらく獣のままの状態、というセオリーはタオも知っている。まだ血の気の多かったころの話ながら、街道警護で山賊相手に命のやり取りをした日々が思い起こされた。
たとえ相手が悪党で正当防衛といっても、何人ものヒト種の命を奪ったら、宿場に入ると無性に酒をあおらずにいられない。さらには、時間とカネに余裕がある限り女体を求める。その領地で賊徒退治の懸賞金をもらっても、配下といっしょにすべてそうした用途に使ってしまうのが、常だったのを忘れてはなかった。
だから戦の中であれば、攻守いずれの兵士であっても、非戦闘員しかいない村において、略奪や陵辱に走る者が跡を絶たない。それはいっとき戦士の心を蝕む、精神負担のせいと言われている。
そんなことになって力ない者に迷惑をかけないよう、兄妹でできる気持ちの処理をもその教育に盛り込まれたのかも知れない。なにしろ、母親は幼いときから女の身で、修羅場に身を置いてきたというのだ。しかしそれが仇になって兄妹の一線を越え ── とタオは想像を膨らませた。
(おそらく儂の勘は大きくはずれてはおらんだろう。しかも本当は、実の兄妹でないのかも知れん。いずれにしても、助けられた儂らに文句を言うすじあいはない。なにしろ ── 仲間じゃからなぁ)




