第〇〇八四話 迎え撃つ美しい薔薇
聖霊の坑道を離れたときに、ミツから緊急連絡をもらったラーゴ。すぐにミリンとパパが、まだ会談の最中であるのを確認した。
そこでクラサビに、飼育小屋には戻ったがミリンの話が終わりかけたら、やはり声をかけてほしいと伝える。小屋の外で待つ、不屈の精神ナナコには再度謝って、意識を高原球技場へ集中させることになった。
その後突然姿を消し、また現れるラーゴに驚く両足蛇に、しばらく独り言が多いかもと断りつつ、意識をラゴンへ切り替えて集中だ。
(─ 一人で二人をまかなうのは、なかなかたいへんだよ)
ざっと見たところと言いたいが、知りたければ正確なことは、千里眼から教えてもらえた。直接見えない人影も含めて、悪意の数は三十八。
多くは鍛え上げた、胸筋隆々な猛者が並び立つ。武器は魔法銃が十に加え、それぞれが刃物や斧、双鈎、鋭利な部分のある金属棒といった凶器を携えていた。
対して迎え撃つ、セレブ向けお気楽スポーツ施設のスタッフにしては、屈強に過ぎると思われた従業員たち。とは言っても、ラゴンとミツを含めなければ十一人。各自の獲物は短剣やこん棒、仕込み槍など、装備も数もかなり劣勢であると言えよう。
ラゴンは手持ちが打撃匙一本のみ。ミツに至っては芝球の袋と ── 足元に水袋や、せいぜい目土袋を備える程度だ。
ラーゴは、ラゴンの『コントロール』のページにある『出力レベル』という定義に『六』を設定。打撃匙を、二の腕くらいの長さに伸ばして握りしめる。
「ミツ!」
ラゴンから感応通信接続の合図をすると、すぐミツからの接続があった。それに対して ──
{なるべく殺さないよう、そしてここにいる親衛隊全員、能力と名前を告げ、ボクにつないでくるよう指示して}
{了解です}
── 間髪を入れず、次々とつながったものが名前と能力を告げてくる。時間遅延のヤヤ、高速移動のハヤミ、剛力のハナコ、強靭ヤスコ、眷族召喚ヤヨイ、短時間復帰ハツナ ── だ。
{ハナコ、ヤスコは、おそらく攻撃が集中する、タオとカミヤにそれぞれの能力を付与}
{ハイ!} {ハイ!}
{ハヤミは他の味方に、敵の攻撃から逃げられるよう、高速移動の能力を与えて。あまり強くなったと思われて、大けがをされても困る}
{了解です}
{ヤヤは今まで通りボクについて}
{わかりました}
{ハツナはミツについて、見ていてやりすぎたら戻す準備ね}
{心得ました!}
{ヤヨイは比較的目立たない眷族を召喚、逃げるものがないか遠巻きに見張らせ、ラインはつなぎっぱなしで後方に待機して}
{出番、なさそうですわねぇ。でも、了解しましたぁ}
配置は終わった。ミツは突然、タオからもらった芝球の袋と、足元にあった目土袋を手にとる。そして門のほうへ駆け出すと、わざとらしく叫んだ。
「だれか助けてー!」
逆に大きな声で、自分に注目を集めているようにも聞こえた。
「へへへっ。お嬢ちゃん、逃がさねぇ ── っう!」
進路をふさごうとした男は、吹き飛んで、近くにいた男も巻き込み転倒する。ミツが走り出した勢いにまかせ、振り回した二つの目土袋 ── ひとつは芝球のつまったもの ── で顔面を殴打されたのだ。当然よろけるくらいではすまなかった。
「あっ、ソルジャーさん」
「なんだ! このバカ力女は?」
「逃がすな面倒だ!」
どうも、近くにいて巻き添えで吹っ飛んだ男が、内部で位のある人物だったらしい。二人いっしょに目土袋に吹き飛ばされたのを見たのだ。かなりの強敵と睨んだのか、遠巻きにしていた十人以上の、飛び道具をもたない連中が、ミツを追いかけて門のほうへ走って行く。たまたま見てなかったなら、武器を持たない女の子の相手が容易いと思った者もいるかも知れない。
「いやよ~、来ないでー!」
その声にさらにひきつけられるように、後方で大柄なエモノを持った猛者数人が足を向け、およそ半数がミツを追いかけた。それでも数に余裕があるからか、または飛び道具の邪魔だからか、案外後方が手薄になっても、だれも咎める声を出す者はない。
こうして残ったのは、最前列に魔法銃を構えた六人。そして後ろに同数以上の頑丈そうな猛者が居並ぶ。その中には、驚いたことに朝の四人もいた。
{ヤヨイ!}
{あ、は、はいっ ──}
仕事はないと、油断していたようだ。
{ナミに連絡して、すぐにつなげてもらって}
王都にいるナミにつながると、今朝与えた偽りの命を終わらせるよう告げる。ほぼ同時にかかる、やや後方に立った司令らしき男の号令。
「放て!」
魔法銃が次々と発射された。その直前ヤヤに命じ、時間の流れを遅らせる能力の発動だ。
高原球技でやったように、銃弾のすべての軌跡を割り出すラーゴの千里眼。その情報に基づいてタオに命中する弾の前に、ラゴンは打撃匙のヘッドを伸ばす。
もちろん、ヘッドの全面を覆っている物理結界により、強度は大丈夫だ。ただ弾のすべてが、同じ場所に集まるわけではない。小刻みに長さや場所を変え、間に合わなければたたき落としたり、結界を広げたりして対処していった。だが人間の目ではどうなったか、細かいところまではとても視認できる速度ではないだろう。
一旦鳴りやむ銃弾の第一波。銃の構造的に、魔法装置による銃弾と火薬の装填には時間がかかるはずだ。
状況を司令官が判断するより早く、ラゴンはそのまま打撃匙を、伸ばしながら振り払う。するとヘッドが最前列にいた六人の顔面を殴打、これで無力化に成功した。
抜き放った短刀を、胸の前で構えて固まっていたタオが『らしく』ない。ラゴンのほうへ顔を向けてしばし見つめたあと、小さい会釈で礼を伝えてくる。
呆気にとられる敵とタオの無事を確認した味方。しかも味方の行動は高速化されているのだ。自分でも驚くほどの機敏な動きで、十人近い男たちが前に飛び出すと乱戦が始まった。いったんは銃で受け止めるが、もう同士打ちになることも危惧して飛び道具は使えない。おのおの腰に下げていた、短剣などを出して応戦しはじめる。そのとき最後列で、理由も分からず絶命して崩れて行くモモハデたち朝の四人。それを気に留める余裕は、敵味方どちらにもないようだ。これで、ラゴンたちの目前に残った敵数がおよそ半分に減り、頭数だけは優劣が逆転した。
次の一瞬、ミツがサイキックを使ったけはいがして、思わず目を向けるラゴン。そこには、かなりの高さから着地したように見えるミツがいた。広がったスカートがしぼんでいく少女を囲んで、追いかけて行った十数人の男たちが、ほとんど顔を押さえてうずくまっている。顔や体前面が、砂だらけだ。おそらくジャンプした上空で目土袋の砂を宙に撒き散らし、見上げた敵に向けてサイキックで飛ばしたのではないだろうか。瞬目反射の速度より早く飛び込んできた砂は、ゴミが入った程度のエネルギーではない。下手すると失明、あるいは眼球が潰れているかも知れなかった。
(─ お気の毒に。美しい薔薇には棘があるのだよ)
わずかに戦意を残した数人は、芝球の袋ではね飛ばす。逃げ出したやつには、袋から取り出した芝球をぶつけて失神させていた。見事なコントロールと豪速球だ。
(─ ペスペクティーバは『十里眼持ちの自分が、的を外すはずはない』 ── とか言ってたもんな)
間違いなく、ミツの眼のほうがレベルは上。しかもクラサビの正拳突きを見る限り、あれと同等以上の腕力で、ゴルフボールを食らってはひとたまりもない。ミツに芝球をプレゼントしたタオの、先見の明は評価に値すると思えた。
こちらでは乱戦の間を抜け、あるいは上を跳び越えて前に出る、三人の比較的体格の目立たない男たち。どうも一種異様な雰囲気を醸す彼らは共通して目の色が違う、しかも焦点が合ってない。
内側に『く』の字型に湾曲した幅広の刀身を持つ、殺傷能力がやけに高そうな汎用大型ナイフを下げていた。既成知識から、グルカナイフとかククリナイフという情報がもたらされる。
力を込めて、先制の一打を振り下ろすラゴン。だが、すんでのところで交わされた動きは、人並外れた機敏さだ。打撃匙は、椅子代わりに置かれた自然石をたたき割ってしまう。姿は亡霊のように無気力に見えているが、動きはきわめて俊敏といえた。
「あの三人は、麻薬強化人間だ! 麻薬が切れるまでは、人間の心を持たねえぞ!」
あわててラゴンの出力レベルを一つ下げる。だが、どうやら自然石の兜割りにかまっている事態ではないようだ。さきほどミリンパパの話に出たばかりの言葉が、ラゴンの脳裏によみがえってきた。たしか ──
『麻薬で人格が崩壊した人間を、命令によって殺人機械として利用する、麻薬強化体という存在があるらしい。これは一体一体が魔族のような圧倒的な強さを持つ。魔族よりさらに恐ろしいのは、痛みや恐れの感情も麻痺させられ、躊躇無く身を捨てて襲いかかってくるんだ。たとえ命令者が死んでも、敵と定められた者への攻撃はやめないと言われる』というものだった。
そいつらに襲われるかも知れないと、タオは覚悟してきたに違いない。弱点とはいえないがミリンパパも語らなかった、『麻薬が切れる』という特徴を押さえていた。しかしそのタイミングが、いつになったら訪れるのかは不明である。もはや人間ではないと思って、無力化ではなく絶命してもらわなければ仕方ないようだ。
こういう点、自分が残忍非道な魔族だからか、あるいは別の種族だからかはわからない。だが、朝の一件といい、けっこう人の生き死ににクール ── というより無関心、無感動、いや無頓着だとラーゴは感じていた。
さっそく、体重をはるかに凌駕する筋力によって、異質な跳躍をする麻薬強化人間たち。タオ、カミヤ、ラゴンにそれぞれ襲いかかる。だがタオとカミヤもハナコとヤスコから、強靭・剛力の力を付与されており、簡単に遅れはとらないはずだ。
(─ 麻薬強化人間の筋力ってそんなにすごいのか?)
筋力だけで人間の強さは計れないとはいえ、圧倒的な差があるなら戦い方も考えなければならない。オートマトンのパラメータでどのくらいかと比較してみると、さすが千里眼は一瞬で答えを出した。
ラゴン:五
目の前の敵:三・二
強化されたタオ:三・六
強化されたカミヤ:三・三
ハナコの付加能力がすごいのか、タオたちがそもそも鍛えてあるのかわからないが、さらにヤスコから強靱さも付加されている。これならひけはとらないはずだ。
ヤヤの能力の下、スローモーションで跳びかかってくる相手の顔面に狙いを定めるラゴン。打撃匙をもっとも勢いよく、伸びるだけ伸ばしてやった。
(─ のびろ如意棒! って感じだ)
銃弾が飛んでくるのも、一瞬で防ぐだけの速さで伸びる打撃匙。そのヘッドが、大きく開いていた麻薬強化人間の口を直撃したからたまらない。上あごを押し上げ、麻薬強化人間の体を後ろの壁に張り付ける。慌ててのびるのを止めたが、脳幹から脊髄のあたりを潰してしまったようだ。白目をむき、顔の穴という穴から血を噴いて、すでに絶命していた。
途端に、周りの敵意の集中を感じる。どうも先ほどから、目立ちすぎたらしい。こちらを向く、タオとカミヤの相手をしていた、麻薬強化人間たちの視線。同時に味方勢を、複数で相手する者たちが動き、ラゴンに向かって銃を構えた ── ものの、次々と全員倒れ込んでいった。門の前から、芝球が命中したのだ。ミツが嬉しそうに手を振っているが、こちらに応えている余裕はない。心で謝辞を思っておくので見てほしいと思う。
しかしラゴンの戦いぶりが異様に見えてはいけないと、ラーゴは『出力レベル』を二つ引き下げる。筋力で少し劣るくらいでないと不自然と思うからだが、オートマトンの強靱さとマーガレッタの戦闘技能でなんとかなると考えた。多少苦戦しているところも、見せておかなければ現実身がないのだ。
そのときタオやカミヤを振り切って、ラゴンにとびかかってきた二人の麻薬強化人間。
いったんは後ろに飛んで身をかわしたが、逃がしてはくれない。うちの一体が切りかかってくる大きな鉈を、手ごろな長さに縮めた打撃匙で受け止める。横に飛んだもう一人が間隙をついて、ラゴンに突きを入れようとしたが、後ろから殴り掛かったカミヤと再度もつれこんだ。その麻薬強化人間にタオも突進をかけ、普通なら致命的なまでわき腹を傷つけていた。
一方、ラゴンがつばぜり合う相手に打撃匙で致命傷を与えるには、これを振り回す距離が必要。だが力まかせに押してくる麻薬強化人間はそれを許さない。刃と打撃匙のシャフトを重ねたまま、一進一退を繰り返す。顔が近いが陶酔状態なのだろう、表情にはあからさまにあらわれず、戦いの渦中にある殺気がないのは異様だった。しかも麻薬とともに植え付けられた意志だけは、押されてくる力に込められているのにだ。
そしてお互いが身動き取れなくなった瞬間、麻薬強化人間の口元にきらりと光るものが見え、ラゴンへ向かって飛んでくる。
── それは針だ。思わずずり下がったため、喉元と胸に三本突き刺さっている針。けっこう距離がとられたにもかかわらず、麻薬強化人間はさらにとびかかってはこない。はじめて気持ちの悪い笑みを浮かべ、勝ち誇った様子が窺える。
(─ もしかして毒針? これを狙ってたのか!)
とはいえ、オートマトンに毒針が刺さったところで意味はなかった。
あるいは毒ではなく、麻薬なのかも知れない。ぐるっと一回り打撃匙を握った右腕の縦回転で、ヘッドを麻薬強化人間の脳天にたたきつけるラゴン。頭蓋骨が少し陥没した麻薬強化人間は、膝をついてゆっくりと崩れ落ちて行く。
感情がないわけではないのだろう、苦痛にゆがむ一瞬前の顔は、何が起きたのか理解できないような表情だ。ラゴンはだれにも見咎められないうちに、針をさっさと処分しておく。
そのとき、ラゴンの耳元でだれかに囁かれたような気がする。
{ありがとうよ、これでもうおさらばできる ──}
だれの声かと周りを見回しても、声の聞こえた斜め上方へ湯気のかたまりのようなものが消えていくのが感じられたのみ。
見ればタオとカミヤが挑んだ、最後の麻薬強化人間も倒れていた。




