第〇〇八〇話 ミツ◆異世界ゴルフの巨乳キャディ
慌てて駆けて行くとスタート地点らしい場所で、おじさん三人がこちらを向いて待っている。子供の頭くらいありそうな芝球を象ったものが置かれた、比較的平らな場所で。どうも男爵二人のニヤニヤがいやらしい感じがして、意識を覗いたら案の定そんな話題で盛り上がっていたようだ。
「小さくないと思うのに、あまり揺れないですな」
「まだ若いから固いんじゃ。ああいうのは、成長とともにもっと大きくなる。だが乳は出にくいので、授乳にはマッサージが必要になったりもするがの」
もちろん野良仕事でもはじめそうな服装の下に、もっぱら貴族の夫人たちなどが着用する、コルセットのような下着はつけていない。しかしウイプリーの変身した体には、人間なら脂肪ばかりの部分にも、魔力を蓄える脈線が走っており、力が入ると張り詰めるのだ。実はミツの乳房には、その脈線が他のウイプリーに比べて数千倍ち密に詰まり、ミツの膨大な対人間比魔力保持容積を担保していた。
ふだんは柔らかいが、こうして走ったり跳んだりすれば、力を入れると同時に表面も内部も固まる。いわば堅い矯正下着を身に着けたのと同様、たとえ全裸であっても胸やお尻がゆれたり、はずんだりということもない。
しかしラゴンに治療された際、うつ伏せに横たわったり手で押さえて隠したりはした。あのときは弾力のあるものがそうなるように、乳房はひしゃげて、横からはみ出していただろう。一方ラゴンの治療中は激痛が走るたび、カチカチに固まったに違いない。
言葉が聞こえる距離ではなかったが、覗いた二人の意識に思わず駆ける足を止めるミツ。すると男爵たちは気まずそうに、コースのほうを向いてしまった。自分のことだから、思わず顔に出たのかも知れない。その間ラゴンはどこにいるのかと思ったら、草むらの近くで打撃匙を振り回す練習に励んでいたようだ。
さて、すぐにゲームが始まった。順序は年齢順で、キントリイ卿、タオ、ゼントセン卿そしてラゴンと決まっているらしい。
「じゃあ行くかの」
キントリイ卿が『芝球のお化け』の間に立つと、釘の大きなモノを地面に刺して、その上に手持ちの芝球をちょこんと乗せた。変な形のきのこのようで、けっこうかわいい。
「狙穴まで、三百五十八ヤドあります」
先ほど見せてもらった一ヤドの三百五十八倍と算出できたので、先にお知らせしてみたが、みんなミツのほうをむいて唖然としている。
「いや、ミツちゃん、ここは三百九十ヤドの曲がりコースじゃ」
「たしかに直線なら、三百六十くらいですかな?」
「ミツ、それは・まだ」
ラゴンの意識を見ると、一回で飛ばせる距離は二百五十までくらいであり、コースに出るとさらに縮む。もっと近づいてからで、いいのだと知らせていた。
「すいませーん」
「わしでなくても、三百六十はだれも飛ばせんよ」
笑いながら、キントリイ卿のショットでゲームが開始する。これもいちいち言わなくていいものの、それぞれキントリイが百八十七、タオが百九十八、ゼントセン卿が二百十五ずつ飛んだ。しかし、どうもラゴンはまだ身体が慣れないらしい。最初が九十、すぐ走って打って次が空振り、そして八十五と散々のスタートとなった。『あ、トップ・した』とか『ダ・フッた』などとつぶやきながら、一人走り回っている。それでも時間とともに、なんとか体の長さを確認する調整はできつつあるらしい。今度は、道具にまだ慣れないようだ。
「ラゴン、もっと考えて、ゆっくり打てばいい。儂らだけじゃからの」
「そうですなぁ、ハーンナン公もこられれば良かったのに、なにしろ魔王襲来警告以来、半年ぶりの高原球技ですからな」
「楽しみにしておられたはずだったが、本当に残念じゃ。もう明日にも、領地に帰ってしまわれるじゃろう」
ハーンナン公爵の領地は、王家直轄地の東に隣接するらしいが、領府 ── 領地の首都 ── は中心よりさらに東より。かたやキントリイ卿やゼントセン卿の領地はかなり西側に並んでいて、一緒にできる機会は互いに王都へ来た時に限られる。仲がいい貴族同士であっても、公認の援軍派遣か、冠婚葬祭など行事ごとでもない限り、領主は互いの領地にむやみに入らない。それが貴族ルールというもののようだ。
ちなみにこの二人とも、ハーンナン公爵との縁戚にあたるものの、なかなか領地の遠さから、こうした機会がないのだという。
そんなとき苦戦中のラゴンが合図を送っているのがわかり、ミツは急いで意識を読んだ。
{ヤヤにボクのほうへきてもらって}
なんだろう? 種族間感応通信でヤヤに告げて、ラゴンの髪の中へ飛んで行ってもらった。彼女以外にも親衛隊に選ばれた仲間たちは、偏った特殊能力を持っている。ウイプリーの上層部からはいちいち覚えるのが面倒だからと、無視されてきた能力だが、ヤヤのそれはなんだろう? と髪の中にいるハツナに聞くと ──
{時間の流れを遅らせるのよ。ちなみに私は戻すことができるの、二~三分だけど}
── と教えてもらえた。
その後、急にラゴンは調子が上がっていく。そんなラゴンを見たタオが、送ってくれる声援が快い。
一方ミツといえば、ラゴンが掘った芝生の穴に土を入れながら、それとなく貴族二人がかわす話が耳に入ってくる。
「しかしハーンナン公は最近、めっきりと付き合いが悪くなったと思わんか。今日はまあ、殿下のお越しじゃから仕方ないがの」
「ああ、あれはあの女が悪い ── いや、よほどいいのでしょうか」
「そうらしいのぅ」
二打目を打った後、また二人は公爵の噂を始めた。意識も読みながら盗み聞きすると、どうも若い侍妾にぞっこんになっているという。八人も娘がいて早くに正妻をなくした公爵は、ひたすらまじめで通してきた。それが娘を六人も嫁にやってから、五番目の娘と同年代の侍妾をもらったようだ。その侍妾会いたさに、夜の付き合いがほぼなくなったという状態を揶揄しているらしい。
真偽の程はどうあれ、どうも人間の男は何歳になってもそちらのほうにしか、頭が働かない生き物であることかと感じて辟易とした。同時にさもしい笑みを浮かべながら、全裸の自分ににじり寄ってきた、巨漢の人間の顔が思い起こされる。
(もう今頃は、偽りの命とやらの効果も絶えたころかしら? いえ、そんなに早く死んではかえって怪しまれるかもね。本当にクラサビの仲間たちは、多彩な能力があるわ。わたしの配下たちとはまるで別の ──)
しかもその考え方でさえ、自分が教育してそういう方向性を身につけさせた配下、百番隊たちと違っていた。だれかから教わったのでなく、お互い助け合い頼りあうなどとは、魔族であるにもかかわらず驚愕に値する。
(それが魔族らしくなくて ── なかなかいいわね。でもいったいどの壺の孑孑が ── あっ、クラサビの赤い髪はもしかして ── ?)
そういえば、モモハデとか言ったか、あの変態は。いやそいつはクラサビが倒してしまった、チームのボスの名前だろう。人間は虫を殺すとき、それに名前があったのか考えるのか? 否だ。
だれもそんなことを知る必要もないし、二度と生きて顔を合わさないだろう男の名前など、さっさと忘れてしまって構わない。だが魔王に与えられた、ミツの優秀な頭脳は、しばらくその程度の不必要な情報でも、記憶の片隅にとどめておくはずである。気絶したモモハデというチームボスの、卑猥で低俗極まりないうすら笑いすらも。
そのときふと、魔王でありながら一人の女性にべったりだった、魔族の王を同時に思い出すミツ。だがそれを同一にするのは、自分が最高の誓いを捧げた方への、不遜であると反省する。
そして自分が魔族に生まれ変わった日、魔王に与えられた呪いの乳房に、ひととき手のひらを重ねてみるのだった。




