第〇〇七九話 ミツ◆緩衝地帯(ゲバラゾーネ)の高原球技場
(こんなところにすごい施設を作ったものだわ)
スポーツの楽しみを知る機会になど、ほとんど恵まれたことのない魔族である、ミツは驚きを隠せない。
緩衝地帯の、もっとも王都側に位置する高原球技場全体は、入り口を除いて人の背丈より高い壁で覆われていた。
そんな壁が続く一か所に、鹿車が行き違えるほどの門があり、そこも夜には閉じてしまうのか、頑丈な鉄扉の門を備える。その門を抜けると、高原球技場のグラウンド前に建てられた一軒の建物が、最初に目に入ってきた。
建物の前を見れば、すでに二人の貴族の鹿車が到着しているようだ。もちろん立派なキャリッジがついた鹿車であり、ミツたちが乗って来たような、荷物も載せられる安物とは格段に違う。
それよりミツは、御者台の向こうに初めて見る高原球技場の、きれいに整えられた芝生に目を奪われた。モンスターのいない都市部・村落部やその間はもともと荒野だ。そこにも一部、針葉樹以外は完全に冬枯れる原生林などは点在している。だが冬の十二月、これほど緑溢れる場所は、モンスター多発地域の草原エリアを除いてありえない。この現実は、モンスターが食物連鎖の頂点に存在する標であり、人間がそこを避けて住んできたということの裏返しでもあった。
すでに到着した貴族たちはハーンナン公爵の友人であり、本来は公爵が誘ったものだったらしい。タオはミツたちを残して鹿車から降りると、二人に今日のメンバーの説明をする。ハーンナン公爵の欠席は、さすがに連絡が行きわたっているようだ。ミツたちのことは、タオの知り合いになる豪農の庶子で、わけあって預かったとする説明をまじえて紹介された。その後カミヤも高原球技場手前に構えた建物の、事務所らしきところに入って行くのを確認。周囲を近くまで来ていたカマール姿の、クロス~ハツナたちを呼び込んで合流する。クオレは途中で呼び返したため、近くにいた親衛隊は総勢十体になった。
ここでラゴンは、簡単な状況報告を受ける。面接落選組はエリートたちに引き渡しを完了。この先のモンスターゾーンに隣接した、崖の上に広がる森林の木陰に待機中で、日暮れから活動を始めようと現在計画・検討中。 ── とのことだ。
ラゴンからは、数字の大きい ── クロスからクレイまでの ── 親衛隊四体へ、街まで戻って捜索任務の助けをするよう指示が出された。残り六体はミツの髪の中にでも、隠れてもらうよう命令する。
「話はついた。ラゴン、ミツ、こちらのお二人に挨拶じゃ」
タオが呼ぶので二人は鹿車を降りて、貴族二人に挨拶をした。まだ髪のふさふさする現役のユジュフ男爵はどこか頼りない人だ。もう孫も大人になったらしい年恰好のケンコシン男爵は、元気いっぱいでかくしゃくとしている。二人とも予想しなかった美人キャディの参加にややはしゃぎ気味で、表情からも喜びが隠しきれない様子だ。
「ラゴンくんは言葉がいささか不自由と聞いているから、私のことはゼントでいいよ。王国の西南の果てに近い領地から来た、男爵ゼントセン・ユジュフという」
「なら、わしはキントリイでもキンちゃんでもいいぞ。十六代続く、男爵位のキントリイ・ケンコシンという。タオとはおそらくあんたらが生まれる、ずっと前からの古い付き合いじゃ」
見かけは、こちらの二人とも男女の成人程度に見えるはずだ。ということは少なくとも十五年、およそ二、三十年からの知り合いなのだろう、とミツは計算した。
「よろしくお願いします。兄はしゃべりが苦手ですし、わたしは初めてなのでなにもわかりませんが一生懸命やりますので」
「お願い・します」
「いいともいいとも。ミツちゃんだったな。このじいさんの後に、目土袋を提げてついて来てくれれば、何もかも全部教えてやるわ」
「キントリイ、変な気を起こさないでくださいよ。タオさんが言ってたじゃないですか」
確実にタオより若いとはいえ、男爵貴族からさん付けで呼ばれるタオ。年長のキントリイ卿からも、それが認容された様子を見るかぎり、タオはそれほどの力がある平民ということに違いない。
「あー。すまんすまん、そういうつもりじゃないんだ」
「いやさすがの魔族騒ぎから、ここの草原エリアのモンスターが興奮して危ないので、女の働き手は里帰りしてしまっていてな。雪でも降り始めたらクローズということもあって‥‥」
「とにかくキャディ付きというのは久々だ。いやー、腕が鳴るわ」
そこへタオが戻ってきた。
「聞くのを忘れておったわ。ミツ、目はいいほうか?」
「はい、農 ── 田舎育ちですから」
「そりゃあ、助かる。儂はもう目がかすんでの。冬じゃから雑草も深くはないが、飛んで行った芝球をよく見ていてくれよ」
事前にやったラゴンとの打ち合わせにおいては、妾腹の子で農奴扱いという話をした。しかしここでは、タオが大事に預かっていると説明したので、農奴はやめておこうと言い直すミツ。ラゴンも同意見のようだ。
ミツは芝球探し、穴埋め、汚れた打撃匙や芝球を水で洗ったり、布で拭いてきれいにしたりを教えられる。そのときカミヤが持って来た、兵士風のメットをかぶらされたため、慌てて親衛隊たちを、後ろ髪のほうに移動させなければならない。くわえてボールマーク修復にグリーンフォーク、ディポッド修復用の目土袋、水袋も持たされた。それぞれの袋がしっかりできており、背中にかけられる程度の、丈夫な『より紐』がついている。少々の衝撃なら、痛まないほどの耐久性はあるが、それ自身は重く大きい。その中に砂や水が入って膨れ、見た感じはたいへんそうだが、ウイプリー本来の怪力の前には大したものではなかった。
「本当ならキャディっちゅうのは、狙穴までの距離や、狙区画での転がり具合の誘導もするもんだ。だが、それは無理だと言っておきな」
「距離ならわかりますけど。畑の長さの単位でいいんですか?」
カミヤによると、高原球技では腕を広げたときに、指先から顔の鼻先までの距離が『ヤド』と呼ばれ、使われているらしい。事務所におかれた、具体的な一ヤド長の棒を見せられ、その何倍かを知らせるものだと教えてくれる。
「わからなければ、いいからな」
一応、自分の百里眼には正確に長さをはかれる能力があるので、距離測定の基準をその棒に合わせ、コースに向かって行くミツ。
すでにラゴンは、タオからシャフトの長さと、ロフトの参考になる紙切れをもらっていた。見るとそれにも『ヤド』という単位で、飛距離が書かれてある。かたやシャフトの長さの単位はインであり、これは親指の付け根の幅だそうだ。ただしそれは、打撃匙に延びる長さを指定するとき使うだけなので、とくに気にする必要はないらしい。
四人はすぐ、打撃匙と芝球だけを持って、芝生いっぱいのグラウンドへ歩き出した。少し後れを取ったミツは、急いでいろいろな荷物を提げて出ようとすると、どこからともなく男の声がかかる。
「細っこいのに力持ちだな、ねえちゃん」
ラゴンがクラブハウスと呼んでいた、事務所のある屋敷を出たところで、作業にいそしむおじさんに声をかけられる。
「のうど ── 農家育ちですから!」
どうも一度思い込んだことは、口から離れにくいものだった。




