第〇〇七八話 アネクドート・両足蛇ザーグ
ザーグは王国において珍しい、メスの両足蛇である。薄い空色と、純白の鱗が入り混じったきれいな体が好評で、人間の間では高値が付くらしい。
物心がついた時分には、すでに王城の中庭で飼われていた。今の場所へ連れて来られたのは繁殖のためらしく、環境に慣れたころに立派なオスを与えられて身ごもる。オスの名前はボーザット。ザーグが物心ついてから、初めて出会った両足蛇であった。
ザーグは、親を知らない。彼女は卵から孵って間もなく、特別な流通ルートでこの北国に送られてきている。
そのため自分の卵がどこで生み落とされ、何匹の兄弟姉妹がいるかなど教わる機会もなかったからだ。そして世の中のことなど、ほとんどなにも知らないで育てられる。
以前の飼育小屋の同じ部屋、別の檻に変色小龍も飼われていたが、年寄りの割にたいした知識はなかった。といっても変色小龍との意思疎通は、鳴き声の違いから難しい。同じサイズの変色小龍としては、高齢だと自己主張していただけなのだろう。その点、ボーザットは物知りだった。
一緒にいる間、いろいろな知識を教えてもらえる。自分たちの寿命が他の冷血獣に比べて長く、二十年以上生きるものが多いこと。こういった飼育状態でなりやすい病気などについて、あるいは王国の外になにがあるかなども、短い間に伝授された。
そして、両足蛇がなぜ王国内に少なくなったかも教わる。
ボーザットは語る、昔から王国には恐ろしい伝説があったと。どうも、もとになっているのは龍が登場する時代の話だった。そういった逸話は形が違えども、とくに海に出る者が多い場所では、世界中のどの国にも伝わって来たもののようだ。
それは神龍が悪魔を成敗する物語であったり、龍王が反乱龍と戦う逸話であったりさまざまである。また悪い龍しかいなかった世界で、一頭の英雄龍がそれらを滅ぼし、唯一の神龍へと成長する伝説なども残るらしい。
王国に古くから伝わっていたのは、物語によってさまざまな理由があるものの、突如呪われた赤い龍が産まれて次々と水害を起こす。ついには人間が安穏と住める陸地まで、なくなってしまうという伝説である。
ハルン大陸の北部に位置する王国において、小さいながらも両足蛇の種が、もっとも龍っぽい冷血獣だ。南の暖かい地方には、鰐竜とか蛇竜といったよりそれらしい冷血獣が存在するので、大陸北部特有の事情になるのかも知れない。だがそれを根拠に大きな水害が続いたとき、だれいうともなく赤色両脚蛇のせいだ、という噂が流れ、その多くが殺されてしまった。世に言う、『赤い竜掃討の惨殺』と謳われた悲劇である。
偶然なのか、赤色両脚蛇の中に、神通力が使える個体が見られたことも噂をエスカレートさせたようだ。ほとんどは危険を察知するために身についた、透視など害の無い ── 人間と意思の疎通ができないから、益もない ── ものだった。だが中には念動力で抵抗した個体もいたなどと、より悪い噂は確実なものになっていく。
両足蛇を飼育しても、産卵して赤い個体が孵ったら殺さなければならないのだ。そうした辛さに加え、赤色の生まれる確率の高さもあって、そのうち世間の風潮から、ついに飼う者が激減する。
両足蛇はそんな事件以降、人間の暮らす温かい家で一般的には飼い続けられない。中には南の草原エリアに移動するものもあったが、冬の厳しいハルン大陸北部でほとんど野生化できず、衰退してきている。このような経緯で、両足蛇は王国からあらかたいなくなったのだが、諸外国には普通に飼われる種だと教えられた。
ちなみに王国でもっとも恐れられるのは、赤い背に黄色の腹部、これに緑色の足がついた個体だ。それにはまことしやかな神話級の逸話も伝えられ、水害を起こした遺伝子の血統と信じられる所以らしい。もちろん別の国では何の問題もなく存在し、一般的に繁殖しているものだ。
ザーグはなぜ、そんなところに飼われてしまったのかを嘆いた。ここへ来るまでに聞いてきた噂から、ボーザットは王国の殿下が、こよなく冷血獣をかわいがってくれる人だと考えている。きっと、赤い子が生まれても殺したりはしないだろうと慰められたが、ザーグはそれを素直には受け入れることなどできない。
そしてザーグはめでたく妊娠したが、産卵を待たずにボーザットは、国外の飼い主 ── ブリーダーのところへ連れ帰られてしまった。その後、三つの卵が産み落とされる。
そんなある日、見かけないトカゲくんが檻の中に連れて来られたのだ。
── ・ ── ・ ──
卵を産んだばかりでナイーブになっており、とても話しかける余裕は持ち合わせないザーグ。しばらくトカゲくんは一匹でブツブツ言い続けているが、人間語はおろか、種類不明のトカゲ語なんてほぼわかるわけもない。卵から離れずにじっと固まっているうち、蚊が紛れ込んで来たのに気づく。真冬でも聖泉のおかげで暖かいこの小屋の中には、こうした虫がたまに迷い込んできた。人間であれば、蚊が嫌がる毒の含まれた香を炊くらしい。だが毒は冷血獣にも影響すると考えられて放置されるため、いつも無視することになる。もし自分が刺されたとしても、卵の中の子供たちにはなんら影響はないはずだ。
そうこうしていると、急に頭に声が聞こえて驚かされた。
{こんにちは。ボク、殿下に最近飼われるようになったラーゴです}
{ひえええぇぇ ──}
{ ── え?}
トカゲくんが、話しかけているということを理解するのに、けっこう時間を要する。だが丁寧なトカゲくんの説明で、ほどなくザーグもだいたいの状況は把握できた。
話しかけてきたトカゲくんの名前はラーゴ。王城の新入りで、殿下に仲良くしろと言われて連れてこられたらしい。
{先輩は今度、赤ちゃんが生まれるそうですね。おめでとうございます}
最初の挨拶を聞いて、ザーグはトカゲくん ── ラーゴを、けっこういい子そうだと親しみを感じる。
{あたしゃね、ザーグっていう名前をつけてもらってるんだ。これからは、ザーグって呼んでおくれ}
{じゃあ、ボクはラーゴでお願いします。で、それが卵ですか?}
{こっちへおいでよ。三つあってね。どれにどんな子たちが、孵化れてくるか楽しみだよ。でも、健康で産まれてきてくれたら、それが一番いいけどね}
{そうですね ── いやあ、みんな元気ですよ}
{え?}
{あーボク、言わないで下さいね、生来固有能力があって、卵の中くらいは透視できちゃうんです。それで、孵化する前も、外が見えてて ──}
{あー! それ聴いたことあるよ。実はあたしたち両足蛇の中にも、持ってるものがいるんだ。いわゆる神通力だね。じゃ、じゃあ雄雌はわかるのかねぇ?}
{どうしたら、雄雌は見分けがつくのか分かれば見てみますけど}
{そりゃそうだ。まだ、卵の中で十分育たないと分からないもんだったよ? じゃあそれは、楽しみにしとくよ}
{でも、色はわかりますよ。お母さんと同じ真っ白とちょっと青みがかった子、それから、きれいな真っ赤の子です}
{ええっ!}
そんな ── 。たしかに三匹のうち、一匹も生まれない確率なんて、かなり低いとはわかってはいたけれど、と絶望にくれるザーグ。
{え? 赤は嫌いなんですか? で、でも大丈夫ですよ。お腹は黄色っぽいから、そのうち混ざってオレンジになるんじゃないかなあ?}
{お腹は黄色、そんな ──}
{え? ザーグさん、どうしたんですか? 大丈夫ですか ──}
変なトカゲのラーゴが、とても優しく声をかけてくれるものの、現実は変わらない。ザーグは伝説の話を、すべてラーゴに聞いてもらった。
{ ── そんなことで、この子は殺されちまう運命なんだ。不憫だよ。なんとか、生かせてやる方法はないもんかねぇ}
{まさか、殿下はそんなことしないと思うけどなぁ。 ── ザーグさん、じゃあ少し時間をくれませんか? なんとかこの子を逃がす方法はないか、考えてみます}
{そんなことができるのかね? あんたみたいな冷血獣に}
信じられないが、心で話せる力も持っているし、これほどの自信を持っていうのである。だから同じ檻中のトカゲとはいえ、なにか手段に心当たりがあるのだろう。
{あとどれくらいで孵化しますか?}
{あと十日までかねぇ。あたしゃ卵を産むのは初めてなんだけど、この子たちの父親が、卵が産まれたら、それくらいには孵るって言ってたんだ。だから指折り数えて待ってはいるんだけどね}
{解りました。ただ、その後お母さんと会えなくなってしまうかも知れませんが、幸せに生きててくれるだけでいいですか?}
{ああ、もちろんだよ。目の前で殺されちまうより、どれだけいいか}
そう言うと、思いを巡らして考え込むラーゴ。心底真剣に考えてくれているのは、本当にありがたい。
{わかりました。頼りになる人もいるので、海外へ逃がせないかいろいろ調べてみますから、一日ください}
{ ── ありがとう。あんた、若いのにしっかり屋さんだねぇ。本当に頼りになるよ。でもどうしてそこまで、親切にしてくれるんだい?}
{それは‥‥、ボクも孵る前に、食べ ── いや不幸な運命が決まってて。‥‥だから、なんとかしてあげたいって思うんじゃないでしょうか}
なにか深い事情があるということが伝わってくる。おそらくそんな自分の身の上に重ね、同情してくれているのだと理解ができた。
{そうかい ── ありがとうよ。あんた母さんは?}
{いえ、孵ったときは、もうだれもいなくて}
{そうかい、じゃああたしたちが王城へ帰ったら、あたしのこと母さんって呼んでいいよ}
{はぁ? は、はい、ありがとうございます}
ラーゴは変な姿だけれど、本当に気のいいトカゲだった。ただザーグの赤い子供を何とかしてくれると約束してから、ここまで運ばれてくるのに疲れた様子を見せる。
{ごめんなさい。ちょっとボク、今から迎えが来るまで、しばらく休みます}
そう言った後、心に響いてくる言葉は、ぷつんと途切れたのだった。




