第〇〇七七話 テレパシーと獣コミュニケーション
ラーゴを連れたミリン一行は、レオルド卿 ── ミリンパパの王都邸宅へ到着した。
王国の王配であると同時に、侯爵家という高い地位を誇るレオルド卿は、広い邸宅を有している。二十人を超す部隊が待機するのにも、支障ないほど邸内前庭は広い。
(─ いや考えてみれば、頻繁に国王が訪問することも想定しないといけないのか。国費で整備させても文句は出ないだろうな)
だが、どうもミリンの話によると、土地の産物などを王都で販売などして稼いでいる、金持ち貴族として有名という。商工会や、王都内の町内会にも広く顔が利くようだ。
「すごいでしょう、ラーゴ。父は商人に生まれれば良かったって、いつもお母様がおっしゃるのよ」
「あるいは、女衒になればよかったとも言われたよ」
道中暗い話が続いたので、邸宅に入った途端ミリンのテンションが上がり、ラーゴを抱きかかえたまま屋敷の中庭に駆けて行く。後ろから追ってくるのは屋敷のメイドたちであり、その後ろをおっとりついてくるのがミリンパパだ。
実はこの屋敷にも、飼育小屋があるらしい。構造が王城とよく似ており、中庭には細々ながら聖泉が引き込まれる。王城中庭では聖泉の蒸気の充満さえ感じられるが、ここにそれほどは回って来ないようで、そのまま飼育小屋の中にも配管されていた。
冷血獣とはいえ、王城に住む王侯・高級官僚並みの扱いだ。ミリンパパの、マニア精神がうかがえる。
レオルド卿邸には、最近まで王城中庭の飼育小屋暮らしだったらしい、両足蛇が飼われていた。
その繁殖のためここへ連れてこられた種ヘビと交配させ、産卵したとミリンが説明する。それから母親といっしょに、こちらで孵化を待っているらしい。王国内に生息数の少ない個体の繁殖についてなどは、ミリンパパのほうがオーソリティだからだ。
さらに彼は王都内で冷血獣の繁殖家や、数少ない獣専用の獣治療師にネットワークを持っているという。
そんなことでラーゴは、レオルド卿版・冷血獣飼育小屋ではじめて、両足蛇と対面する。
「ラーゴ、この子が両足蛇のザーグですわ。あなたの先輩で、もうお母さんなの。まもなく、三匹の子供たちも生まれるのですよ」
ミリンがラーゴをなじませようと、両足蛇の檻に入れたものの、産卵間もない両足蛇の母親は、警戒してさっぱり巣から出てこない。
そろそろお昼のため、ミリンとパパはランチをとるということで、小屋にラーゴだけを残して一時退場していく。その後両足蛇の母親は、いくら待っても出てくるけはいがなかった。仕方なくラーゴは、耳の中に潜ませているクラサビと小声で話を始める。
「クラサビ。このくらいで聞こえるかな?」
「うん。聞こえるわよ。今日は退屈ね」
「まあ、そう言わないで。これも大事な人間関係の構築と、情報収集なんだよ。地下組織の話も、だいぶ聞けたしね」
「あ、そうだわ。この近所にまわって来てる仲間がいれば、ここなら来てもらっていいわよね。まだ主様と、直接会ったことがないし」
「そうだね。こういう機会でもないと、中庭は危険だから。ここならボクの結界で、入ってきている聖泉を閉じ込めれば大丈夫そうだし‥‥」
「そうね、魔力が充実して結界無しでこの程度の雰囲気なら、大丈夫な娘もいるから呼んでみるわ」
しばらくすると、一匹入ってきた。王城の飼育小屋と違い、引き込んだ聖泉による温調完備なので、あちこちに意図的な通気口があるようだ。
「主様、ナオコです」
7050 ── ナオコは吸血対象との精神感応通信、いわゆるテレパシーが使える。ただし一度も交信したことがない場合、吸血対象からのオンライン化はできないらしい。
だが種族間感応通信の使える仲間からでも、ナオコを通じて直接吸血対象まで、ダイレクトにつなげられるおまけ付きだという。
「この娘に、まず会ってほしかったのよ」
「えっ?」
クラサビが言う。ナオコの力で親衛隊全員、いやウイプリーとのコミュニケーションをとるため、種族間感応通信がつながるようにしたかったと。
「ナオコは口が堅いから話しておくけど、今日吸ってもらった血液は主様のものなのよ」
「うん、知ってる ── っていうか、今お会いして分かったわ。ワタシとつながっているもの」
「そうか。間接的だけど、もう主様の血を吸っているナオコは、主様と精神感応通信ができるはずね」
{主様、ナオコです}
「おおっ!」
音でない声が、頭の中に響いた。身体全体に伝わってくる脈内での呼びかけ ── 以前ペスペクティーバが、脈を通じ、声で話しかけてきたのとは別物である。
{主様からも呼びかけてみてください}
{ナオコ、聞こえる?}
{はい、感度良好です、ためしにクラサビからつないでみてください、オーバー?}
{クラサビです。主様}
{あ、聞こえるよ、ボクの声はどう?}
{わー、感激!}
{わぁ、すごいね。これはナオコから、つないでいる間でなくても大丈夫?}
{大丈夫ですよ。ワタシの魔力が尽きない限り、ウイプリーのほうからいつでも自由に接続することができます}
一度つないでもらえば、発信側でオフにするまで双方向から話せるようだ。親衛隊からの定時報告や緊急連絡にはいいかも知れないが、こちらから助けを求めたい場合は、他の方法で呼ばないと仕方ないだろう。
「じゃあ、必要なときはこうして連絡が取れるようになったと、みんなに連絡して。もし、近くにボクかラゴンがいて、名前を呼ばれたらすぐにつなげ、指令を受けるようにも伝えてね」
{了解しました、主様}
(─ そうか、しゃべらなくてもいいんだ)
慣れるのに、時間がかかりそうだ。
{ナオコ、それと吸血対象同士、精神感応通信はできるのかな?}
{それは ── ワタシがつながりたいという、吸血対象をすべてつないでいる状態なら、可能です}
{血を吸うっていうのは、ヴァンパイア化や隷属させない程度に、吸血するだけでいいんだよね}
{はい、もちろん隷属は意図的に行なわれます。それにヴァンパイア化は、過ぎた失血によって生命維持ができなくなった人間の、緊急避難措置のようなものですから}
まあ、そこは自分が隷属されていないのだから当然だろう。
くわえてラーゴは、ナオコにお願いをする。
{おいしくないかも知れないけどさぁ ──}
それから、ナオコにはカマールのまま、同じ檻の奥で潜んでいる両足蛇の母親を吸血してもらい、意思の疎通を図ることにした。
{こんにちは。ボク、殿下に最近飼われるようになったラーゴと言います}
{ひえええぇぇ ──}
{ ── え?}
ずいぶん、驚かせてしまっている。まあ、そういう経験がなければ当然の反応だろう。しかし言葉が話せないとはいえ、驚くということは意思の疎通が取れる証拠。つまり両足蛇には獣なりにでも、ある程度の知性はあるようだ。これでここへ来た役目は、なんとか果たせそうだった。