第〇〇七六話 ゴルフの記憶とプラトーシャール
ラゴンはミツと勝手に隠れていた鹿車の中へ、乗り込んできた鹿車のオーナー、タオと知り合った。彼は王都の治安を乱すユニトータに、昨夜も生命を狙われた、裏街道の顔役のはずだ。ところが無防備にも今から緩衝地帯で、セレブなスポーツに興じるつもりらしい。
(─ 昨日の事件が耳に入っていないのか?)
半信半疑のまま、しばらく様子を見ることにした。
「ところで・タオさん」
「なんだい?」
「プラトー・シャールって・どんな・スポーツですか?」
「おう。さすがに、田舎者はしらねえか? 高原球技ってえのはな、皇国のほうから渡ってきた遊びで‥‥」
『田舎者』は失礼な言い方だが、そう思ってもらえているなら、偽装のうまくいっている証拠だ。まあそれらが真実であれば、『貧乏人は知らねえか』と言うよりもましだろう。
タオは、彼の顔ほどの大きさしかない袋から、ある道具を出して見せてくれた。ラゴンはそれを手に取る。専用の道具ばかりを揃えた店には、これに似た、狭い部屋でも練習できる器具があったと、相続者の記憶が反応した。
(─ 子供の玩具のような、ゴルフのドライバーの柄を極端に短くして、ウッドでもアイアンでもないヘッドを取り付けたものが一つ。幾つか転がっているのは、明らかにゴルフボールに見えるな)
この心を読んでも、おそらくミツは聞き覚えのないワードばかりで、意味するところは解らないはずだ。ここは似たような道具を知っていることが、分かってもらえるといい程度だろう。続いて、手渡されたボールを見つめる。
(─ 無数のディンプルと、覚えのある重さ。そして固いながらも微妙な弾力の球体は、やはりゴルフボールのようだ)
「ボール?」
「これは、芝球というものじゃ。それをこのレスティノー打撃匙 ── 単に儂らは打撃匙と呼んでおるが、これで叩いて狙穴と呼ぶ穴にいれる。コツンっ、という音がして終わりだ。これを十回、時間があるときは二十回繰り返す。今日はこの時間だから、十回しかできんがな。鹿車が走ってもほとんど揺れない道は、瀝青粘結道路という、高原球技好きな貴族たちの寄付で、魔法使いが舗装したものだ。すごいじゃろう」
「はい。たしかにすごいですね」
そう言えばこの鹿車は、タオを乗せてしばらくしてから、ほとんど道の揺れを感じられなくなっている。
{それって、瀝青とか言わない? 木乃伊にも使われていたとか。 ── 知らないかな?}
ミツに尋ねてみた。だが、瀝青はもちろん、木乃伊とかも知らないと素直に返ってくる。タオに聞きましょうかというので、それはやめさせた。相続者の知識をひけらかしても変に警戒され、ろくなことはないだろう。
タオはよほど話したいらしく、なお高原球技について説明を続けた。
「草原地帯との緩衝地帯が持つ、起伏の利用により様々なコースを用意し、一日かけて散歩するように芝球を追いかける。そしてパーティの相互懇親を深めるんだが、ハンティングと違って鳥の命を犠牲にはしない。紳士だけに許されたスポーツじゃ」
「女の子はできないんですか?」
興味はないはずなのにミツが、話を聞いているという表明のためか、合いの手程度に質問する。
「高原球技は、男のスポーツじゃ。女はキャディと決まっておる」
(─ 自分の知っているゴルフは、女性専用の打つ場所があったと思うので、そのあたりはずいぶん違うな)
念のため、女王や殿下でもできないのか、などといったことに興味は湧いた。といっても自分の聞く意味は皆無だし、ミリンに話してあげる機会もないのでいいだろう。
「そうじゃ。お主らさえよかったら、儂の高原球技場で今日働かんか。働きによってだが、その後うちの従業員ということで、身分証を発行してもらってもいいぞ。お主らも大王都の外れで、放り出されても困るじゃろう」
大王都とは、王都の周りにある王家直轄地全土を言うらしい。つまりはここで、放り出されるということだろう。
(─ 特段困りはしないけどねえ)
ラゴンはミツと顔を見合わせ、意識で打ち合わせて受けようと決める。今後王都で動くことを考えると、身分証は必要だ。
「働かせてもらえるって、何をするんでしょう?」
「そうじゃなぁ。初めてなのに、キャディって言うてもなぁ ── 若い娘というだけで貴族たちは喜ぶだろうが‥‥」
そんな話の間、ラーゴは千里眼を使い、シャフトと思える短いつなぎ部分を見ていた。念じると、『延伸金属』なる名前が現れる。伸び縮みする金属で、作られたものらしい。もちろんグリップの中には、超小型の魔力圧縮瓶とオリジナルの呪文暗号シートが埋め込まれている。
読んでみたら、なんと無詠唱で長さが変えられるほか、ヘッドのロフトも変更できることがわかった。ほとんど魔力を持たない、人間に使えるものなのだろうかと疑問に思う。
「やった・こと・ある ── かも」
何の仕事をさせようかと、悩み始めたタオに、道具を見つめながらラゴンはつぶやいた。
「なにぃ? ラゴンお主、知らんと言っとったじゃろう?」
ミツに、意識では{大丈夫できると思う} と語りかける。
「名前はしら・なかったかも。でも父親に教えられ・て。打てるよう・になった」
「ほう、なるほど」
もちろん嘘だ。既成知識で、コースも回ったことがある気がする。ここのルールと同じかは分からないが、『打てる』とだけ言っておけば恥は書かないだろう。
「でも ── この・クラブ、クリシュ?」
「打撃匙じゃ」
「それは・もっと・長・かった。そし・ていろんな・種類が・あったかも」
「おーっそれは昔の ── 大昔の話じゃよ。田舎じゃのう。王都周辺では十数年前から、この伸び縮みする打撃匙を使うんじゃ。儂はこんなものも持っておってな。これは‥‥」 別の袋から年代物の打撃匙を取り出して渡される。「古いものだが魔法使いの模造品ではなく、名工と言われたドワーフ、直接の手による逸品らしい」
「伸びる・のか? ロフト・も変え・られる?」
もちろん『人間にでも』とは言えなかった。
「そうじゃ。儂の使っているものは、一定の長さまでしか伸びんがな。またヘッドの傾きも変えられ、それもなんと魔力のない人間が、無詠唱で変更できるんじゃ」
「無詠唱?」
最初にタオが見せてくれた、短いクラブのおもちゃにもみえるものには、グリップのお尻部分にボタンがある。押して念じるだけで、長さとロフトを変える仕組みらしい。魔力は魔力圧縮瓶から、コースに出る前に充てんしておくのだそうだ。よく見るとたしかに模造品であり、オリジナルと違ってシャフトの延伸呪文暗号が一定値までに限られていた。
もちろん五十インチをさらに越える長さになっても、ボールに当たらなければ仕方ないので、それは妥当なことだろう。
一方、後で出てきた逸品ものは初期の製品らしく、完全な無詠唱というわけではないそうで、ボタンもない。
打つまでにグリップを握ったまま、だれにも聞こえないような小声で、番手か、長さとロフトを詠唱する仕組みという。ヒトの身ではかなり慣れが必要なこともあり、使われなくなってしまった。
「しかも狙区画に上がると、パッティング打撃匙に自動的に変わる。だがこの逸品ものは名前を詠唱しなければならん。その代わりそういう指定に制限はない。どんな角度にもなり、どこまでも伸びると聞いておる」
「パッティング・クリューシカ?」
そうラゴンがつぶやいた途端、逸品ものの形が変形してしまう。ときにラーゴの記憶によれば、狙区画というのはグリーン。パッティング打撃匙は、パターと呼ばれていたものと思われた。
「おお、ラゴン。やるじゃないか」
タオがびっくりしたように言う。なかなかそう簡単には動かないもののようで、長い間魔力充てんもしていなかった故の驚きらしい。あわててミツが、クリューシカの無詠唱技術のほうに、おべんちゃらを飛ばす。
「そんなことができる、魔法道具ってすごいですよね?」
おそらく、ラゴンの魔力行使をごまかすための発言であろう。一方、ミツも人間が魔法を無詠唱で発動できるのか、と驚いているようだ。
「これを実現させるには、かなり無理しておるらしいがの。人間でも無詠唱で、魔法起動ができるというのは、なかなか最近の技術じゃ。しかしこれでないと、他人に力量やねらい目が分かってしまうので、恥をかくこともあってな」
つまり長いシャフトを宣言、池越えショートカットを試み、失敗したら貴族としての名誉に傷がつく、とでも言うものかも知れない。(─ そりゃ、打つ直前に長さが変えられれば便利だろう。なによりそれなら、重いキャディバッグを持ち歩かなくていいんだ)
「やって・みたい」
ミツがやや、おどろいた顔でラゴンを見る。
{大丈夫、多分}
と知らせておく。
「やってみるかラゴン。いや実を言うと、高原球技は四人で回るものじゃが ── 。今朝、儂以外に三人の貴族が集まるはずだったのに、突然一人欠員ができての。大事な客が来るので、出かけられなくなったそうじゃ。魔王の襲撃騒ぎが落ち着いたので、やっと高原球技ができるようになった、と楽しみにされておったのじゃが ── 。おい、カミヤ! お前、やらずに済みそうじゃぞ」
「本当かい、タオさん。助かったぜ。知っての通り俺の球は、どこへ行くかわからねえんだ。草原エリアのほうに飛んで行ったら、俺一人芝球を拾いに走らなきゃならねえなんて、とんでもねえからな」
どうやら千里眼で見る限り、ハーンナン公爵が参加予定だったらしい。しかし本日、急にミリンの訪問がきまり、ドタキャンされたようだ。タオとしてはハーンナン公のドタキャンにより、警備が薄くなったことへの心配が、表層の意識にまで窺えた。
このとき王都に残るラーゴ本体は、すでに王城を出ていっしょにいるレオルド卿から関連情報を得ている。ただミツは、ラゴンの参加意図が読めなかった。
{この身体を動かして調整したいんだ。それともしかしたら、その最中とかでボクたちの力が必要になるかも知れない}
すでに身体を実際、動かすことによる調整をしたいとは伝えていたので、とりあえずは理解してくれたようだ。
「ならお主は、これで回るがいい。以前からどれくらい動くものか試してみたかったんじゃ。だが古いとはいえ、魔法使いの模造品ではなく、名工と言われたドワーフ直接の手による逸品だ。大事に扱えよ。とはいえ、人の力で壊れるもんじゃないがな。ガハハハ‥‥」
「ありがとう・ざいます。気を・つけます」
ラーゴはラゴンの力のパラメータを、非力な人の力にセットした。少し慣れれば、マーガレッタの体術と道具が、なんとかスコアをまとめてくれるだろうと信じて。
「すまねえな、ラゴン。本当に俺は、そいつが苦手でな。掴んで投げたほうが、上手く行きそうなくらいだぜ」
カミヤが御者台から礼を言うので、ミツに丁寧にフォローしてもらっておく。
「ルール・教えて・くれる?」
「もちろんじゃ! じゃ、じゃあ今日は男だけでやるつもりだったが、お嬢ちゃん。お主は水と砂をぶら下げて、いっしょに回ってくれるか? 体験バイトの、キャディってことでじゃ。貴族ども、こんなかわいいキャディがいると知ったら、もう十ホールしたいと言い出すかも知れん‥‥。いやいや、今日はダメじゃ、だめじゃ。困ったお客が来るかも‥‥」 首を小さくふったタオが、ちらっと二人を見てつぶやく。「そう、来たら来たときのことじゃ‥‥」
それは昨夜の悪漢たちから、本日再びタオ自身が狙われるであろう、予感が語らせる言葉に他ならなかった。




