第〇〇七四話 ミツ◆暗黒街の顔役と知り合う
0032 ── ミツは顔の間の距離が、数センチしか離れられないような狭い場所で、ラゴンと見つめあっていた。
(主様の意識は、お城の中にあるのね)
自分たちを兄妹として紹介するために、二人で表層意識を覗き合う形で詰めて検討し、一段落ついている。今のラゴンは、糸の切れたあやつり人形の状態のようだ。だが、先ほどまで心を覗き合うために、お互い見つめあったままの姿勢を保っていた。
「兄ちゃんたち ── 。そろそろこの鹿車、出すんだけどなぁ」
いきなり声をかけられ、驚いてしまう。あまりにお互いの読心術に集中しきっていたため、周りに近づくけはいにも気遣っていられなかったからだ。
「あ、いや、い ── ボクたち」
ラゴンが声を出す。意識はこちらへ戻ってきたが、言葉の調子から主様の発声ではなく、ラゴンの自律的な発声だった。
主様がしゃべれなくなったか、そのときが迫ってきたためラゴンの発声に切り替えたようだ。いままで意識がラゴンに向けられていなかったが、今かけられた声でアラームを返したのだろう。抜け殻だったラゴンの気持ちに、いきなり明かりがともると ──
{ミツ。フォローをお願い}
と依頼された。
「いやぁ、さっきから長ーい間、いい雰囲気で見つめあったままさぁ。一言もしゃべるでもなけりゃ、またなんか始めるでもなくよう、こっちがイジイジ来ちゃってたぜ。でどうするんだ? いいことやりたいんなら別の空いた鹿車に行くか、じゃあないなら降りてくれないか?」
鹿車に牽引用の鹿を四匹繋げながら、直接見えないところから話しかけてくる男を、ミツは急いで百里眼で確認する。
{訳アリだな、このカップルは}
といった意識と五分刈りの茶色い髪に、色黒のやや大柄でがっしりした中年男の姿が見えた。一見してわかる腕っぷしに自信のあるタイプだが、好戦的な印象はなく、落ち着いた雰囲気だとミツは感じる。ラゴンの意識を読むと ──
{さきほど面接室に侵入した、暴力団のような悪党オーラは出ていない。どちらかといえば、善に傾いた印象がある}
と判断している。
「すい、ません、ボク‥‥」
(今からあまりしゃべれなくなるラゴンさまに代わって、わたしが話す主導権をとらないと!)
そう考えたミツは、ラゴンの言葉を遮って前に出る。
「すいません。わたしたち、変な人に追われてるんです」
「えっ? じゃあ、ここを出て行くと困るのかい?」
「はい。追われて逃げてきたんです」
「そうかい。じゃ、俺も急ぐからよ。ちょっと動かしながら、話を聞くぜ」
ここからの話は、先ほど二人で相談したばかりのものだった。ミツとて、もちろんそれほど雄弁には話せない。
そこでまず、自分たちの身の上話ではなく、今自分たちがここにいる事情から説明を始めた。それは宿屋で実際、経験したことを基にした作り話だが、さすがに経験談を含んでいるだけ迫力がこもる。
「 ── それでここまで逃げてきて、隠れてるんです」「そうかい。それじゃ、そこで隠れてな。俺はこのまま、王都の外まで行って人を拾う。その人がどう言うかだが ── 。そちらも、義侠心の厚い方だ。決して、仇やおろそかにはしねえと思うよ」
「ありがとうございます」
ふたりでお礼を言ったときに、鹿車がスピードを落とす。すでに王都外へ出る、門の前に来たようだ。
「心配することはねえよ。場外へ出すものは、ほとんど調べねえから。ちらっと見られても、とくにそこにいりゃあわかりゃしねえ。ちなみに俺は、カミヤっていうんだが?」
男は、自分の名前を名乗った。二人はこの男は大丈夫だろうと、心を読みあって確認し、返答もする。
「兄のラゴンです」
「妹のミツです」
カミヤの言った通り、疑われることなく門を出た鹿車は、一分も走らずにまた止まった。おそらく門から少し離れた外で、この鹿車を待っていて駆け寄ってきたのだろう。
下手に周りを見すぎると、見えてないはずの状況まで加味してしゃべってしまうのを嫌って、門を過ぎた後、百里眼を使えないミツ。それでも、駆け寄ってきた人物は見ておくことにし、同時に耳打ちしているカミヤの心理も読ませてもらった。
ミツもそれなりの地獄耳はあるが、ただの透視能力では周りを気にかけながらささやく、カミヤの声までは聞き取れなかったからだ。
{ユニトータにゆすられそうになったらしい、理由ありの二人連れをひろった。兄妹と言ってるが、長い間二人でくっついて見つめあったまま、抱き合うでもなくどうもよくわからねえ。詳しい話は、タオさんから聞いてほしい}
能動的に意識しないことを話す特技でもなければ、間違いなくそのような内容を伝えているに違いないだろう。
「わかった。じゃあ、儂も載せてもらうぞ。いいかな、若い衆」
「は、はい・よろしく」
「はじめまして、ミツと言います。よろしくお願いします」
「儂の名はタオ。まあ、どこにでもいるただの爺だ。こっちへ来ないか? もう関所は通った。これからこの鹿車は、緩衝地帯のほうへ行く。あー、心配せんでいいぞ。モンスターには、しっかり気を配らせてあってな。もしも近寄ってきたら警報も鳴るし、忌避剤も散布される。逃げる時間は、十分あるわ。といってもこの十年、あの場所にモンスターが寄ってきたことはないらしいがな」
「緩衝地帯?」
ミツが反応した。そして、鹿車が向かう方向へ目をやる。ラーゴも透視をそちらに向けたのがわかった。一本道で続いていく先にはなだらかな広陵地帯の始まりがあり、右に向かって山脈につながっているようだ。
さらにそれを越えて行けば、モンスターが棲む草原地帯。つまり今向かっている道の方向には、親衛隊の一部 ── 一緒に面接を受けた数人の仲間が待つ。そしてエリートたちとかなりのウイプリーがいるのはミツの百里眼でもわかった。ラゴンの意識も、考えていることは大きく変わらない。
ラーゴからミツに今後の方向性が示される。
{みんながいる方向だ。ところでこのタオという人は、ユニトータが狙ってる人じゃないかな? だったら、王都の人たちに慕われてきたいい人だ。とりあえず頼ってみよう。みんなと合流できそうだしね}
{わかりました。連絡しておきます}
ミツは返答し、種族間感応通信の回線を開く。
「そうじゃ。緩衝地帯といっても、儂の組織が経営管理しているスポーツ施設、高原球技場へ行くところだ。もちろん、高原球技をやりにだが。それでどだい、おめえたちはどこから来たんだ?」
「実は‥‥」
それからラゴンとミツは、自立ラゴンとミツのサポートによって、二人の身の上話を始めた。だがどうしても、ラーゴが考えるだけでラゴンに自動的にしゃべらせる言葉は朴訥で、聞き取りにくい。
二人はお互いの意識を覗き見ながら、情報確認を行ないつつ話を進める。なぜなら二人の言い分の一致を、話し相手にことさら認めさせたかったからだ。
会話中、それは変だなという気持ちをタオや、横から聞くカミヤが思いにしたのに気が付くと、ラゴンがその深層を掘り下げた。そしてちぐはぐがないよう細かくフォローを入れるか、あるいはミツにしゃべらせる。
しかし、そういったトラブルは比較的少なく、仕事柄のわりに意外と人の話は素直に信じてくれるようでありがたい。
「じゃあ言葉を飾らずに言うとだな、ラゴンは農奴を使う庄屋の妾子で、ミツはその妹。貴族の息子が、支配地の庄屋の嫡子を腰巾着にして、妹にちょっかいをかけるので、思いつめた結果村から逃げ出した。ラゴンは昔から庄屋の嫡子に嫌われいじめられており、庄屋が不憫に思って出してくれた、縁切り金で金はある。ただ、領主貴族に黙って領地から出てきたので身分を証するものはない。それでうるさく言わない宿を取ろうとしたら、聞きつけたユニトータの男に脅されて逃げてきたってわけか。まあ儂も、いろいろと貴族との付き合いがあるから、どこのバカ息子かは聞かないでやるわ。ハハハ‥‥」
(長い話が簡単にまとまった。なかなか、頭の回るお爺さんなのね)
「アーッ、俺もそれでよく分かりましたよ。なかなか、ラゴンのしゃべり方になれなくて。そいつは地元の方言かい?」
「いいえ。兄さんは小さいときから、初めての人にはしゃべり下手で。 ── そんなことで、誤解されやすいところがあるんです。なれたら少しは、聞きやすくなると思いますけど‥‥」
ミツが、フォローを入れる。これは打ち合わせずみだ。
「だがラゴンは、話してみたところ悪いやつでもない。なぜ義理の兄弟にあたる、庄屋の嫡子に嫌われたんだ?」
この質問に対し、二人は事前に答えを用意していなかった。
{同情されやすいよう、そういう設定にしただけなんだが}
── とラゴンは意識に表したが、質問から間髪を入れず、ミツは即座に返答する。
「そんなの! 兄様が、すてきだからに決まっているじゃないですか!」
これは、ミツの本心だった。




